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追放された悪役令嬢と孤児院の少女  作者: 影月命
第一章 辺境の孤児院
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episode6 国外追放

時刻は昼。燦然と輝く太陽はしばらくして天頂に達し、カンカン照りの炎天下によって地面からは妖しげな蜃気楼がゆらゆらと揺らめいている。


歩く通路の左側を見れば建築様式が石造の赤い屋根をした家屋などの建造物が軒並み揃っていた。

そんな家々の立ち並ぶ光景とは一風変わって振り返ってみればスカイブルーとアクアマリンが絶妙に調和した雄大な景観が広がっていた。

その風景のあまりの美しさにしばし立ち止まって呆けているといきなり背中を掌で押された。


「何を立ち止まっている!早く歩け」


不意に押されて転倒しそうになるのを寸でで堪える。

不躾でぶっきらぼうな物言いにムッとして振り返るが、現在私は手枷が嵌められているため反抗することもできず素直に従う。

こんな状況じゃなければ私でもこの芸術のような茫洋とした水平線を見て感動の一つや二つしていたかもしれないのに、世界というのは理不尽だ。

心中で嘆くと、私の心情を知ってか知らずか隣に立つ帽子を深々と被った初老の男は仏頂面で手枷に繋がれた鎖を右手で握っていた。

この男は私が地下牢に牢獄されてた時の獄吏と同じ看守服を着用しているが、あの人とは別人だ。役割は私が逃亡しないように見張る監視人といったところか。


傍らに立つ痩身長躯の初老はあの時の壮年の男よりも顔の彫が深く、これまでの人生で積んできた経験と研鑽を顔に刻み込んでいるような風格がある。漆黒の髪には白髪がまばらに生えているが、顔の彫が深いおかげか異様に似合っている。

初老の男は衣類をだぼだぼに着崩した壮年の男と違い、タキシードの如くきっちりと看守服を着こなしていた。そしてさらに毅然と姿勢を正した姿はさながら淑女レディをエスコートする紳士セバスチャンのような印象を受ける。


そんな彼の容姿から乱暴な行動をとるわけないと勝手に勘違いして油断していたから、さっきは動揺して転びそうになったのだ。


私は彼の外見との悪い意味でのギャップに悪態をつきながら思索に耽って歩いていた。


ここは所謂港町だ。

外交や貿易のため、あるいはこの大海原を冒険するために船舶が活発に行き来している。


だが私はそのどちらにも該当しない。私は大罪人として国外追放されるという名目でここに立たされている。

そう思うと妙な不安が私を駆り立てた。

無論、島流しなど経験したことなどないから流刑地がどのような場所なのか皆目見当もつかない。故にとにかく生存率が上がる区域であることを祈るほかないのが現状だった。


夜間の光源として役立つ白亜の灯台が屹立する港町から海に向かって伸びた石造橋をしばし歩いていると、前方に数人の人影が見えた。


おそらく船長と思しき人物が先頭に立ち、その背後に水兵の服を着た青年が規則正しく並んで休めの姿勢で待機していた。

それだけならまだよかったのだが、彼らの傍らには私の見知った人物達もその場で待機していた。

無論、ラズフォンド一家だ。

ウォロウス、ソフィア、それにリオとそれぞれ三者三様に異なる表情を浮かべていた。

ウォロウスは気難しい表情を浮かべ、ソフィアは悲嘆の面持ちで俯いている。

リオに関しては基本はショックで立ち直れませんと言わんばかりの哀愁を漂わせているものの、私だけが彼女に視線を向けている時だけは嘲弄するような酷薄な笑みを浮かべていた。


私たちが彼の前に到着すると、開口一番、隣の監視人が言葉を発した。


「大罪人ロナリアを連行して参りました!フェリオライン船長」


背筋を伸ばし事務的発言をしながら敬礼する獄吏の男。

それに対しフェリオラインと呼ばれた目つきが刃物のように鋭く、美髯の生えた男性は「うむ、ご苦労」とだけ簡潔に告げた。

言いながら私の手枷に繋がった鎖の受け渡しをする。

フェリオラインの着ている制服は海軍のような藍色を基調とした正装で腹部に六つほど真鍮色のボタンがついている。肩に装飾された肩章は海の方から吹く風のよって純金色の紐がひらひらと舞っていた。

それはさながら上流階級の貴族のような印象をうける。

硬めの黒髪の上には純白の帽子が目深に被してあり、その正面には紺色のいかりの刺繍が施されていた。


そしておそらく、胸元に真鍮の天馬ペガサス徽章きしょうが付属されてることや、フェリオラインに対する獄吏の敬虔けいけんな態度から彼より船長の方が地位が高いのだろうということが伺えられる。


ふと、フェリオラインが鋭利な双眸で私に一瞥をくれる。


「最後の別れになるだろうから、ラズフォンド侯爵家の方々に挨拶しなさい」


口にくわえてあった太い葉巻を手に取り、地面を断つような低い声音で彼は呟く。

言われて私は反射的にウォロウスたちに視線を向けた。

すると逆に彼らはサッと視線を逸らす。

あたりに奇妙な沈黙が充溢する。

最初にこの重苦しい静寂を破ったのはウォロウスだった。


「もはや君とは家族の縁を切った仲だから君の将来についてとやかく言う義理もないが——いい節目だと思うからこれを機に変わるといい。国外でしっかり贖罪を果たしなさい」


ウォロウスの父としての最後の真摯な忠告。しかし私は罰が悪そうに視線の先を逸らしていた。

次に口を開いたのはソフィアだった。

私と同じ深紅の双眸は深い悲哀に満ち溢れ、おそらく私と会ってないときに号泣したであろうことが目元から垣間見えてどこか痛ましくみえる。


「ロナリア。あなたの犯した罪が重いことをこの一件で知るのよ。そして反省しなさい。……正直に言うと私は、あなたがしっかりと反省して改心する姿を見たかったわ。でもそれは叶わないことだってわかったの。ロナリア、もうあなたとは家族じゃないけど私はずっと見守ってるわよ」


最初は平常心を保って話していたのに感情が昂ってきたのか、徐々に涙声になり、最後には眸に涙を溜めていた。私は胸中で辟易しながらもとりあえずこくりと頷く。

ソフィアはいつだってこうだった。

涙もろい彼女は何かあるごとに涙で目を充血させ、それをウォロウスが慰めていた。

感受性が豊かと言ったら聞こえはいいが、泣くのは女の武器だと思ってる私にとっては必要ないところで優しさアピールをする心底鬱陶しい女としか思っていなかった。

そんな小考を知る由もないソフィアはウォロウスに背中を擦られながら心を落ち着かせていた。


ソフィアが話し終えると、隣に立つリオが静かな、けどよく通る声で「お姉ちゃん」と呟いた。

その声に意識が向いて不意に顔を向けると、パチッと目と目が合った。

不本意ながら私は息を呑んだ。

リオは涙目になりながら悲愴感漂う面持ちで露出した肩をぷるぷると震わせていた。


「否だよ、お姉ちゃん。離ればなれになるなんて、ずっと一緒だって幼少期から言ってたのに!」


リオはオペラの名優も裸足で逃げだすような名演技で虚偽の思いをつらつらと並べたてた。

それはまるで本当に別れを拒絶しているかのように。

両親やフェリオライン船長及び水兵達が真摯に話を聞いている。


「でも……」


リオは指で流れた涙を拭ってから決心したような意志の籠った眸で面をあげた。


「この結果は仕方のないことだと思います。お姉ちゃんのしたことは重罪だと思うし、だったらちゃんと罪滅ぼしをするべきだと私は思います」


唯一の姉と別れてしまうという残酷な運命を受け入れるように、リオは己の決意を表明した。

そしてリオは自らの着ている紺青のドレスの裾を軽く握りながら上目遣いで呟いた。


「あの……最後に、いいですか?」


その発言にフェリオラインは脳裏に疑問符を浮かべ、鋭い両眼だけで彼女の真意を問いただした。


「もう会えないかもしれないので、お姉ちゃんとハグして別れを告げたいなって」


その台詞を聞いて船長はホッとしたように軽くため息をつき帽子のつばを右手で摘まんで目元を隠しながら呟いた。


「なんだそんなことか。それなら構わない」


フェリオラインから許しを得たリオは満面の笑顔を浮かべておもむろに私に抱擁してきた。

私より頭一個分ほど矮小な体躯のリオはグッとつま先立ちで背伸びして背丈を合わせる。

私は木製の手枷を嵌められているため一方的にハグされるだけだが、リオは別れを惜しむように両手で背中を押さえている。

そして私の耳元で小悪魔のように囁く。


「バイバイロナリア。侯爵家の跡継ぎは私が代わりになっておくから安心して放逐されていいよ。あ、最後になるから一応これだけは忠告しておくけど、盗賊だけには成り下がらないようにね?」


リオの試すような物言いに憤りを感じ、横目でキッと睥睨する。

だが彼女は私の反応に対し飄然とした態度で、姉との別れによる哀切と私とハグできた嬉しさが混濁した複雑な表情を浮かべている。

彼女の純真無垢な妹のような横顔を睥睨しながら私は心底ゾッとしていた。

声音には本性を露にした性悪女のような醜さがあるというのに、リオがその陰険な悪罵を発している間、彼女は常に顔面に≪良い子の仮面≫を貼り付けていたのだ。

無論、リオは小声で話しているから他者に野卑な話の内容を聞かれることはない。

冷や汗がツーッと頬を伝う合間にも彼女は言葉を紡いでいた。


「あ、でもお姉ちゃんのことだから、すぐに盗人に堕ちそうだよね」


喜悦でククッと喉を鳴らし癇に障る笑い声をあげるリオに、暴力をふるいたくてもふるえない拳がその隔靴掻痒ともどかしさでふるふると震える。


「向こうでも頑張ってね、お姉ちゃん。さよなら」


いつもの猫を被ったような世間体の声音に言葉を失っていると、リオはそそくさと私から離れた。

ある程度別れの挨拶が完了したと把握したフェリオラインは、その場にいるクルー達に指示を出し、自分は威厳のある足取りで船舶に乗り込む。

船長に指示された水兵達は齷齪あくせくと出航の準備に取り掛かった。

その中の一人が鎖で繋がった私を連れて木造の船に乗りかかる。

ガレオン船というのだろうか。

比較的船首が低く船体はスリムといった印象で海上での安定性も高そうだ。

船の上に乗ると私は個室へと隔離された。

航海中に海に身投げするのを防止するためだろうか。

水兵たちが錨を上ゲて帆を掲げたのを確認すると、船長はホイッスルを鳴らして出港の合図を鳴らす。

海面を揺れていたガレオン船が発進しだした。



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