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追放された悪役令嬢と孤児院の少女  作者: 影月命
第一章 辺境の孤児院
3/7

episode3 ラズフォンド家の恥

「えっ?」


思わず素っ頓狂な声を出してしまう。


「どういうこと?釈放って……私、処刑されるんじゃないの?」


私が矢継ぎ早に質問攻めすると、獄吏は心底鬱陶しそうに表情を歪め、それでも律儀に答えてくれた。


「審問官殿の厳命により処刑は免除された」


私はただ呆然と傀儡のように棒立ちする。

そう。ただ自失して、獄吏が精緻なデザインのくすんだ鍵で真鍮色の南京錠を解錠する様を凝視していた。

獄吏の言葉の意味を漠然と理解しながらも現実味リアリティが感じられず、何よりも熱望していたにも関わらず否定したくなる。


「免除……された…」


特に深い意味などなく彼の言葉を復唱する。

寡黙な獄吏はこれ以上は何も言うまいといった面持ちで鉄格子の扉を開け、目だけで外へ出るよう促す。

私は意志を持たぬマリオネットの如く、ただ従った。


獄吏と二人で地下牢の回廊を渡り歩く。

現在の時刻が朝であるにも関わらず、光源の少ないこの鉄壁の廊下はとても仄暗く、薄気味悪い。

コツコツと足音が回廊内に木霊する中、私の思考は疑念と疑問のみが奔流していた。


本当に何もされずただこの身が解放されるだけなのだろうか。

本当はこの獄吏が自分をさらなる絶望の淵に陥れるために嘘をついているのではないか。

あるいは執行前なのに刑を偽って私を騙して犯すつもりか。

そんな疑心暗鬼な妄想に捉われ、彼を背後から睥睨するが、その不安が杞憂であれと願う己もいる。想定された最悪な未来を、用意された儚い希望が必死に否定しているからかもしれない。

それに何より、この眼前で悠然と歩く獄吏が見かけによらずそんな非情で冷徹で残忍で卑劣な人間には到底見えなかったからだ。

それとも私が個人的に認めたくなかったのかあるいは。


そんな無為な妄執は前方から吹き込んだ冷気により容易に絶たれてしまう。

ひんやりと冷えた空気が私の衣のありとあらゆる隙間から侵入し、私を襲う。

小さくくしゃみをした後身震いすると、私が今着ている衣類の不便さに嫌気がさす。


私が今着ているのは昨日の昼まで着飾っていた深紅のドレスではなく、簡素な麻布で出来たシャツとズボンだった。

みすぼらしい小麦色の薄絹は、とてもこの劣悪な環境に適切な代物とは言えない。

これなら王都の貧民街に暮らす住民の方がまだまともな恰好だといえる。


「もう、なんで崇高な貴族である私がこんな格好を!」


露出して冷えた四肢を擦りながら、小声で悪態をつく私。

だが水を打つほど静謐な空間なため、壁に反響した私の声はしっかりと獄吏の耳朶を打っていたようだ。


「何か言ったか」


振り返りざま見据える視線と怒気を孕んだような威圧的な低い声に身体を射竦める。


「別に!ただ死刑を回避できてラッキーって思っただけよ」


自分でも呆れるほど露骨に視線をそらす私。

獄吏は私のそのぶっきらぼうな反応に対してのレスポンスは鼻を鳴らすにとどめた。


彼が再び前方を向いて歩き、苦鳴や苦心とは程遠い、どこか心地よい沈黙が支配する廊下を渡ることしばしば、ようやく入口へと続く朝の陽光が差し込む階段が見えてきた。

獄吏が直前で立ち止まり、私に先に昇るよう手で促す。

本当に口数が少ない仏頂面だと内心で感想を漏らしながら指示通り、先に階段を上がる。


「ここは……」


昇った先は数時間ぶりに見た外の景色だった。

左右に開き放たれた鋳鉄の門扉、そこから太陽の刺激的な光芒が暗闇に慣れた双眸を焼き、思わず眩暈により手をかざす。

石レンガの床から門の外の草むらを踏むと、見ている視界が、世界が、変わった気がした。

ギラリと煌めく鋭利な刃を持つ断頭台とそれを扱う処刑執行人。

そんな物騒なものは一切なく、あるのは路傍に咲く花とその蜜を吸う蝶々、そんな平凡で閑散とした安寧のみだった。

この時私は初めて、本当の意味で彼の言葉を理解したのかもしれない。

——審問官殿の厳命により、処刑は免除された。

獄吏の少し癪に障る胴間声の言葉が私の脳髄にまで響き渡る。


「私、本当に自由になったって言うの?……」

「勘違いするな。貴様の犯した罪は重い。処刑は免除されるが有罪なのには変わりない——貴様の刑は国外追放だ!」


私の何気ない質問に獄吏は淡白に無情な事実を告げる。

それもそうか。悪辣な愚行を犯した私が無罪になるわけがない。


私は彼の台詞にあまり失望はしなかった。

そう簡単に物事は上手くいかないと流石の私も知っているからだ。


彼の言葉の意味を咀嚼するように噛みしめて私は再び質問する。


「国外追放って私はこれから何をすればいいのよ?」

「船舶の手配などの手続きは上の人間がする。貴様はそれまでに被害者に詫び、そして両親であるウォロウス・ラズフォンド侯爵とソフィア・ラズフォンド夫人と話をつけておけ。そして貴様には妹が一人いるんだったな。その子とも談話しろ。ラズフォンド侯爵家の恥であるロナリア、貴様の最後の親孝行だ」


冷然とあしらうように告げる声音。

私は整った流麗な美貌を苦痛に歪め、炯々とした鋭利な深紅の双眸で獄吏を睨め付ける。

だがそれも一瞬のことで、力なく項垂れた私は、不承不承ながらも彼の命令に首肯した。

獄吏は私の応酬に胸中で満足げに頷くが、焦慮と悲嘆の念に支配されている私にはもはや気づくことはできなかった。


虚空を眺めてみれば、先刻まで蒼穹の晴れ渡る快晴だった空は、どこか雲行きが怪しく曇天が近づいているのが容易の想像できた。


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