第9話 不安
図書室へ可南子と一緒に向かおうとすると、マネージャーの楓がこちらへ向かって走ってきた。
「先輩~。準決勝の相手が決まりましたよ~」
元気な声で、息を切らせながら報告してくる。
スマホは家に置いてきたので、わざわざ直接伝えにきたてくれたようだ。
ロードバイクは駐輪場にあったから、校内にはいるはずと探し回ってくれてたそうだ。ごめんよ。
相手は昨年の優勝校だ。
県外からも優秀な選手をスポーツ推薦で獲得している名門私立校だ。
「抽選へ行っていた川本監督と主将の茂雄先輩が帰校したらミーティングがあります。15時に部室へ」
「了解。ありがとう」と伝えると「失礼します」と楓は元気に挨拶をして下がっていった。
「本当にタカシって野球部なんだね。」
「あくまで入部二カ月の先輩だから、後輩への接し方が悩ましい」
「さっきのマネージャーさんは尊敬してるっぽかったよ。やっぱり実力のある人には自然と敬意がわくんじゃない」
「その説が正しいとなると、俺はバド部では大して尊敬されてないことに……」
「あ……ごめんなさい」
「謝るなよ。ガチで尊敬ないみたいで可哀想だろうが。俺が」
いや、実際バドミントン部の部長だった時は、部長としてみなを引っ張ってとか皆無だったからな。
野球部主将の茂雄の分厚いリーダーっぷりを見てると、同じ役職だったとは思えん。
「けど、女子マネージャーさん可愛い人だったね」
可南子がジトッとした目を向ける。
この表情の可南子は久しぶりだ。
俺がセクシーだった鷹匠先輩の話をしていた時と同じ目だ。
「俺にとっては鬼軍曹だけどな。後輩だけど」
「鬼軍曹?」
「守備の基礎トレでつきっきりでイジメ抜かれた」
「ふ~ん…つきっきりでトレーニングしてたんだ~」
とにかくゴロの処理は守備練習の度に特練でやった。
前方にダッシュして各塁に向けて投げる。
最初のうちはかなりもたついたし、所詮は付け焼刃。
捕球した後のフィールディングは結局三級品のままだ。
守備の面は不安がつきない。
「そういう楽しげなもんじゃないよ。楓のゴロノックはもはや恐怖の対象でしかない。
最初は女子マネージャーって響きにテンション上ったんだがな…って痛!!」
可南子に脇腹をグーでどつかれた。
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準決勝当日。
相手は名門校で、投打とも高いレベルにある総合力の高いチームだと聞いた。
しかし……
俺は球場の電光掲示板を見上げた。現在は5回表の南高の攻撃。
5-0で南高がリードしている。
俺はバッターボックスに立って、相手投手を眺めていた。
5回だがすでにかなり疲弊しているようだ。
第一打席では糸が引いて見えていた相手ピッチャーの球に、今は糸が見えない。
今日の発見なのだが、いいピッチャーの投げる球ならば、打席でも糸が見える。
第一打席ではその事にびっくりして、球を見ることに集中して三振してきた。
第二打席ではバットを振ってみようと楽しみにしていたのだが、残念ながら糸が見えないので駄目だろう。
俺はいつものとおりに、バットを構えただけで三振した。
「バットくらい振れよタカシ。亡き親父さんから受け継いだ木製バットが泣いてるぞ」
「親父殿を勝手に逝去さすな。そして、助っ人ピッチャーに打撃まで求めんな」
バッティングはフォームは奇麗だが、結局当たらないままだったので諦められている。
バントも指に当たるとまずいので、基本は棒立ちで三振してくる。
「しかし、連日打線が爆発してるな。こんな強かったら、別に二年の藤井君が投手でも打ち勝てたんじゃないのか?」
「打線は明らかに、ここ最近で急速に全体のレベルが上がったな。タカシのバッピのおかげだ。一級品の生きた球で打撃練習してきた成果だな」
にこやかに笑う一心も今日はタイムリーヒットを放っていた。
「お、茂雄が打った。回れ回れ!!」
茂雄がタイムリーツーベースで得点を7-0とした。
これでこちらが守り切れば7回コールドで南高の勝ちだ。
そろそろ投球練習なと言われて、俺と一心は投球練習のためのブルペンへ出て行った。
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「やっちまったな……」
俺は苦虫を噛み潰したような顔をしながらボヤいた。
7回裏。あきらめない相手の一振りが、ちょっとした波乱を巻き起こした。
一振りといっても、ボテボテのピッチャーゴロ。
捕球して一塁へ送るだけの簡単な打球だったが、見事にお手玉してしまいセーフに。
続くバッターは手堅く送りバント
しかし、俺の球はバントも難しいためピッチャー前に強めに転がるミスバント。
二塁刺せると思いきや、補球後振り向きざまに、ボールを握りこぼして落球。
嫌な流れになりかけたが、後続はヒッティングを選んだ相手のおかげでそのまま後続を仕留めてゲームセット。
けど、これで……
「明日の相手にバレたよな。俺の守備に大いに難ありって」
結果だけ見れば7-0の7回コールドの完勝。
しかし、今までは完全試合だったが、今日はエラー2つ。
明日の決勝、相手は間違いなく序盤からピッチャーに取らせるバントを多用してくるだろう。バントで前に転がすだけなら、150km/hでも強豪校の選手なら何とかこなすだろう。今頃、相手校は速球のバント打ちの練習でもしているのだろうか……
「思ったよりキツイな……」
「何が?」
試合終了後、着替えながら思わず出た俺の独り言に、一心が反応する
「いや、ほら……俺って個人競技だったから、ミスしたって、自分が困る程度だったのが、今はチーム全体にダイレクトに影響が出ちゃうのが、怖いなって…」
「ん?ミスしたら皆でフォローするから大丈夫だぞ。それがチームってもんだろ」
当たり前だろという顔をして一心が返した
「ミスしたら他のみんなでカバー。勝った時やいいプレイができた時には皆で喜ぶ。
それがチーム競技の醍醐味だ」
主将の茂雄もカラカラっと笑って答える。
「けどタカシもやっぱり人の子なんだな。ピッチングではあんなにエグイ球を放るくせに、あんな何でもないゴロをファンブルするとか」
「バッティングも全然だもんな。やっぱ神様は二物は与えないってのは本当なんだな」
「明日の新聞の見出し楽しみだな~『守備に不安あり』とか書かれるのかな~」
「俺らもここ2試合は全然打球が飛んでこないから、守備の力が鈍っちまったよ」
「やべぇじゃん。タカシみたいに失策2はごめんだな」
他の部員たちも先ほどの俺のエラーをこれでもかといじってくる。
これは、いじることで俺の落ちた気持ちを持ち直してくれようとしている、気遣いなのだということがわかった。
皆の気遣いに報いろうと俺がとるべき態度は……
「うるせぇ、お前ら!! そんなこと言うなら明日投げねぇぞ!!」
「ひぇ~タカシ様がご乱心あそばされたぞ」
「神様 仏様 タカシ様~ 明日も何卒~ 何卒~」
他の部員たちが着替え途中の上半身裸の姿でひれ伏し土下座をするコントをする。
いつの間にか笑っている俺に、先ほどの気落ちした陰の空気は振り払われた。
明日も勝つか。こいつらのためにも