第8話 鮮烈デビュー
7月はじめ
県予選が開幕した。
我が南高は準シード校の位置。シード校と当るのは、当該ブロックの決勝である四回戦からだ。
ブロック決勝を制するとベスト4となり、組み合わせ抽選の後、準決勝となる。
言い換えれば、三回戦までは強い高校とは当たらない。
温存と経験を積ませるために、三回戦までの先発投手は二年生投手の藤井だ。
なお、背番号1は彼が背負っている。
俺が助っ人なのに背負うのを固辞したためだ。
二回戦までは、まだ学校は夏休みに入っていないが、平日にも試合があるため、出場する日は公欠となる。平日に堂々と学校を休めるのはなんだか得した気分だ。
おまけに自分はベンチで座ってるだけ。最高だ。
三回戦ではさすがに、相手も強くなってくるので、先発の藤井君が打たれたら、俺が継投することになっていたが、そこは藤井君も意地があったのか、完封勝利。
そして今日は四回戦。
学校も夏休みに入り、スタンドには応援のためにたくさんの在校生が集まっていた。
ブラスバンド部も暑い中準備している。
「県大会でこんなに応援してもらえるのは野球部特権だよな~」
バドミントンとの違いに俺が思わずボヤく。
やっぱり甲子園への切符をかけてっていうのは特別なんだよな。
「お前も今は野球部員だろうが」
「あくまで助っ人。その体は最後まで崩さんぞ」
一心からの返しにこれまた雑に返す
「さて。ようやく俺たちの出番だな。待ちくたびれたぜ」
「三回戦は藤井君が頑張ってくれたからな。」
「タカシがいなかったら藤井と今年は心中で、来年につなげるって年になってたかもな」
二年生でエースとして投げて負ける。先輩の代を負けさせてしまった後悔をバネに、さらに頑張るという図式だ。
ただ、その場合の現三年の立場は……という感じだが。
「助っ人の俺に感謝しろよ。俺のバーターでお前も出れるんだし」
「感謝してる。お前のおかげで最高の夏だよ」
俺の厭味なんてどうでもいいくらい一心は嬉しいようだ。
「行こうぜ!!」
「おう!!」
俺の夏がはじまった。
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「いや~大勝だったな。」
「四回戦で5回コールド勝ちは初めてだよな」
試合後、通路の影のような場所で着替える。
メンバーたちは今日の大勝にはしゃいでいる。
「けど…間違いなく今日のスターは」
「完全試合してくれたタカシだよな」
「「「「 タカシ様ありがとう 」」」」
試合はあっけなく終わった。
ダイジェストすら省かれているのは、相手校が可哀想なくらいに大敗したせいで、振り返る気にもならなかったからだ。
5回までとは言え、完全試合。
四球もゼロで相手に一切塁を踏ませなかった。打線は爆発。5回で10点を取りコールド勝ち成立。
相手校は終始あっけにとられていた。
今まで公式試合、練習試合ともに一切の登板歴のないノーデータの投手。
エースの故障による苦肉の策として登板した控えピッチャーかと予想したが、蓋をあければ、その謎の投手が投げる快速球に手も足も出ず。
その動揺が守備にも悪影響を出したか、毎回失点を重ね、立て直す間もなく負けた。
「それでタカシはどうした?一心」
「取材だよ。監督と茂雄が一緒についてくれてる」
「そりゃ注目されるわな」
「急に表れた150km/h出る投手だもんな」
「経歴聞いたらもっと驚くだろうな」
「野球歴二ヶ月だもんな」
一心と部員たちは、囲み取材を受けているであろう正面ゲートの方を向きながら話していた。
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「ふわぁ~」
昨日は疲れた。
いや、体はすこぶる軽い。
疲れたのは試合後の取材だ。
公式の囲み取材が終わった後も、さらに取材が何件も入った。
試合後なので短めにと川本監督から釘は刺されたが、それでも経歴やら何やら根掘り葉掘り聞かれた。
今日も取材が入っているので、学校へ行かねばならない。
今日は準決勝のカードを決めるための抽選会があるので試合はなしの、貴重な休養日。
本当は家でゴロゴロ休みたかったんだが仕方がない。
気を取り直し、腹が減ったので階下へ降りていく。
「おはよ。母さん今朝の朝食のおかず何~?」
頭をボリボリかきながらリビングに入ると、父と母がワイワイ新聞を囲んでいる。
「あ、タカシおはよう。ほら見て見て!!」
見せられたのは我が家で定期購読している地方新聞だ。
地方のスポーツ面はこの時期は高校野球一色だ。そこにデカデカとピッチングモーションに入る俺の全景写真が載っていた。
見出しは
『球速150km/hの今大会屈指の右腕』
『野球歴二ヶ月の助っ人部員』
「母さん。もう一回、昨日の試合の録画観よう」
「お父さん。そろそろ出勤の時間でしょ」
「そうだった。あ、新聞持っていっていい?同僚に自慢したい」
「ご近所さんに自慢するから駄目よ」
「しょうがない、出勤の道中にあるコンビニで買っていくか。じゃあ行ってきます」
あんなはしゃいでる親父殿初めて見たな。
珍しいもんが見れたなと、スマホに手を伸ばすと……
SNSの通知件数がえげつないことになっていた。
見なかったふりをして、スマホをソファに放り投げて朝飯のソーセージと卵焼きを見て今日の朝食は米食だなと思い、炊飯器から丼ぶりに米をよそった。
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学校での取材がようやく終わった。
短髪ではあるが坊主ではない髪型と、野球部のもつエナメルバッグではなく、バドミントンのラケットバッグで球場入りしているという風体に対してイジられた。
バッドが何とか入るからラケットバッグをそのまま活用しているんだよね。
ピッチャーとしての才能は何で培われたのか?という質問にはバドミントンとロードバイクですかね~と適当に答えた。正直、俺も知らんし。
そうしたら、ロードバイクに乗っている写真が撮りたいというので快く応じる。
愛機の写真が新聞や雑誌に載るだなんて興奮する。
この点は、取材に応じて良かったと思えた点だ。
「さて、せっかく学校に来たんだから……」
俺はいつもの場所へ向かった。
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図書室に行こうと歩いていると、購買部近くのベンチに人影が。
可南子だった。
こちらには気づかず、ベンチの上でノートを膝の上に置き、せわしなくペンを走らせている。
集中しているのか、べンチの背後に回り込んでも気づかない。
背後から覗き込んで見ると、数学の問題を解いてるようだ。
真夏に屋外なので、額に汗がにじんでいる。
「穂高大学の過去問か。頑張ってるな可南子」
「うひゃあ!!」
いきなり声をかけたのに驚いたのか、ペンをとり落とした。
「声かけちゃって悪いな。集中してたみたいなのに」
「いいよいいよ。全然。ちょうど煮詰まってたし」
「どこで詰まったんだ?教えちゃる」
「いいの!?ここの大問3なんだけど…」
勉強を教え合う時には図書室では無理なので、ここのベンチをよく使っていた。
しかし屋外なのでこの時期は暑く、冬は寒い。
二人ともスポーツタオルを首にかけ、汗をふきながら続けた。
「私はここでの勉強は冬の方が好きだな」
「たしかに夏は汗で紙がくっついたり、汗で集中が乱されるから、俺も冬の方がましだと思うな」
「ちがくて…私は冬が好きなの」
「なんで?冬は寒くて手がかじかんで、それはそれで集中が削がれるじゃないか」
「だって……」
可南子はモジモジとうつむき
「ベンチで一枚のひざ掛け毛布かけて二人で勉強するの好きだったんだもん……」
予想外の返しに思わず次の言葉が俺には浮かばなかった。
寒いからと膝をつきあわせて座っていた冬の情景を思い出す。
あの時は暖まるためにという理由が先に立ち、さして気にしなかったが、客観的に状況を説明されると恥ずかしいな。
「今年の冬はコタツで勉強したいな。ほら、今年は風邪ひいちゃ大変だし」
「貼るタイプのカイロを毛布に貼れば平気だし」
「私はここがいい。もう予約しました。キャンセルは認めません」
きっぱりと言う可南子。
「今、真夏だぞ。暑い時に毛布だカイロだなんて聞いてるだけで暑くなってきた。図書室戻るぞ」
「あ、待ってよタカシ~」
可南子の意思表示にイエスノーの返答はせずに、話題転換をして会話を打ち切る。
可南子が慌てて勉強道具を片している合間に、速やかに手で顔をあおいでクールダウンする。
こんなに顔が火照っているのは暑さのせいだろう。