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第7話 県大会開幕

「第一シングルスゲーム。マッチワンバイ 私立明星高校」

「県大会 団体戦準々決勝は穂高南高校―明星高校 2-3で明星高校の勝利です」


6月半ば


県大会会場である空調の利いた県立体育センターの第一体育館に主審の抑揚のない声が響いた。

この瞬間……穂高南高校女子バドミントン部の夏が終わった。



「お疲れ。惜しかったな可南子」



試合が終わり、部員の前で部長として最後の挨拶をして一区切りついたタイミングで。可南子に応援に来ていた俺は声をかけた。


「タカシ……ごめん、ちょっとこっち見ないで」



スポーツタオルで顔を覆いながら、体育館の壁の方を向く可南子。

部長から後輩への挨拶の時にも後方で見ていたので、可南子がボロ泣きしながら挨拶をして、それにあてられた後輩もワンワン泣いていたのは知っていたのだが、黙って待つ。


「ごめんお待たせ。会場遠いのに応援に来てくれてありがと。

 タカシには引退後にも練習付き合ってもらっちゃったし」


笑顔でようやく顔をあげたが、目は涙の跡で腫れぼったくなっている。


「あと一勝すれば県大会より先に進めたんだけどね。私のシングルス1で勝ててればな~」

「相手は全国クラスだったからな。それでもフルセットまで粘ったんだ。凄かったよ」


「これでとうとう引退か~。けど、まだ実感わかないな」

「俺の時もそうだったよ。けど、可南子のとはやっぱり違う」

「違うって何が?」

「俺は試合に負けて引退が決まった時、涙は出なかった。可南子みたいに」

「…………」

「だから、泣いてる可南子をみて美しいと思った」


「うっ、美し…!!」


絶句してまた顔をスポーツタオルにうずめる可南子。


そう、あれは美しい光景だった。

全力を出し切った後の爽快感と喪失感が同時に押し寄せて、感情の器からあふれ出す。

本気の感情の発露は、人の感情を揺さぶる。


「頑張ってた何よりの証だよ。可南子、部長本当におつかれさま」


止めとなったのか、可南子はタオルに顔をうずめたまましゃがみこんでしまう。

俺は黙ってそれを見下ろしていた。



「あれで付き合ってないとかあり得なくないですか?幸太先輩」

「安心しろ。俺は一年以上前からその疑問を胸に抱えつづけている」


俺と可南子から少し離れた場所で幸太と、次期女子部部長の後輩の女子の美穂が、二人を眺めながら話していた。


「ま、これからは本格的に受験生で、二人仲良く図書室で勉強するだろうから大丈夫だろ」

「幸太先輩は気を使って勉強会に参加してないんっすよね」

「俺は空気の読める奴だからな」


「けど、変に真面目な二人だから、受験が終わるまでくっつくことは無さそうっすよ」

「そうだろうな。いや……その未来しか浮かばないな」

「私も同意見っす。二人が付き合うのは卒業式後。賭けてもいいっすよ」

「俺も賭けるわ」

「二人とも同じ方に賭けても賭けにならないじゃないすか」



二人の賭けはあくまで時期の違いで、タカシと可南子が付き合うのは決定路線であった。




―――――――――――――――――――――――――




女子部の最後の試合が終わった翌週の火曜日の放課後


可南子はいつもの通りに図書室の前まで来ていたのだが、入室をためらっていた。



(どんな顔してタカシに会えばいいんだろう……)



試合の後にタカシがかけてくれた言葉を思い出すと、頭がカッカする。

自分が欲しかった、かけて欲しかった以上の言葉をタカシから貰った。


「美しいって……」


口が自然とニヤけてしまうのを慌てて拳で隠す。


(あれって…そういうことなんだよね……)

(何とも思ってない相手には言わないよね……)

(私も部活引退した今はちょうどいいタイミング)

(もしかしたら、もしかしたら今日、今日っ!!?キャーーーーッ!!!)



一人でひとしきり盛り上がった後、唇を噛んで無理やり顔を引き締めると、意を決して図書室の扉をあける。



「ね、寝てる!?」



いつもの席を見ると、タカシは勉強道具を机上に出しているが、コックリコックリ船をこいでいるところだった。

拍子抜けした可南子だが、ふと何かを思いついたような顔をして、ソソソッとタカシのいる机の方へ向い、いつもの対面ではなく、隣の席に座った。

そして椅子をさりげなくタカシの方へ近づける。


「疲れてるのかしらね。野球部の練習で」

タカシの寝顔を堪能しつつひとりごちる。

タカシはスヤスヤと静かに寝息をたてていて、すぐには起きなさそうだ。


キョロキョロと周りの目を気にしたのち

そっとタカシの肩に頭をもたげて寄りかかり、束の間の疑似恋人気分を楽しむ



「それでも来てくれて私は嬉しいぞ」


タカシは変わらず寝息をたてていた。




―――――――――――――――――――――――――




「くわぁ~、眠い」

タカシは大きく伸びをした。


「顔シャキッとさせろよタカシ。大事な日なんだから」

一心はいつになくキリッと引き締まった顔だ。その理由は格好にあるのだろうか。

それは、着ている格好のせいだろう。

一心は試合用のユニフォームに身をつつんでいた。


「そういうお前も顔ニヤついてるぞ」

「やっと背番号ありのこのユニフォームに袖を通せたんだ。しょうがないだろ」


俺の球は現在のところ、一心しか捕れなかった。

ブルペンでの全力投球のお披露目の後も、正捕手の茂雄と何度か試したのだが、どうしても後逸してしまう。

俺の球はナチュラルに手元で変化して毎回生きているようで、とても自信を持って捕球できないという。

ならば、なぜ一心は捕れるのかというと、捕球が人一倍好きなのと、幼少期から俺の球を受けていて球筋に慣れているがゆえなのだろう。


結果、俺が登板する時にはバッテリーごと交代。

ただ、茂雄は打者陣の主力なので外すわけにはいかないので、一心が捕手のときには外野に入ることとなった。

というわけで、一心も無事にベンチ入りだ。一心は打撃も結構いいので、チーム全体の打撃力はむしろ上がった。


「しかし、なんでタカシだけ制服なんだ」

「仕方がないだろ。ユニフォーム間に合わなかったんだから。」


皆が試合に出る際のユニフォーム姿なのに、俺だけ制服の夏服。頭には借り物の帽子だけは着けている。


「ユニフォームが高いとか、他の部員に借りればとかゴネてたから間に合わなかったんだろが」

「すぐ着なくなるであろう服にかけるには結構な金額だろうが」


結局、試合のユニフォームは背丈が似ているOBのお古を提供してもらい仕立て直すことで落ち着いたが、今日には間に合わなかったのだ。


「ほら俺たちの番だ、行くぞ!!」

「「「おおお~」


主将の茂雄の号令で歩調を合わせながら行進してゲートから歩みだす。

暗がりのゲート付近から、光の世界へ。

青空の下、眼前にスカーンと広がった球場に球児たちが整列している。


そう、今日は夏の地方大会の開会式だ。

メインの球場に各校が勢ぞろいするのは壮観だ。


「1 1 1 2 ~!!」


茂雄の号令で歩調を合わせて行進、整列する。

俺は目立たないように列の最後尾だ。

ただ周りがユニフォーム姿の中、俺だけ制服なのでかなり目立つ。


(男子マネージャー?スコアラー? なぜ選手と一緒に行進してるの?)


と他校の選手の列から視線が飛んでくる。

選手登録してるならば、制服姿でも可だというのは大会運営に確認済みなので問題ないのだが居心地が悪い。


けど、さすがに新品でユニフォームを買うという選択肢は取れない。結構なお値段の物をたかが助っ人で出場するだけの俺が仕立てるのは割に合わない。

まぁ、試合までにはちゃんとユニフォームも間に合うし今だけの辛抱だ。と、奇異の目で見てくる視線を無視して、澄まし顔で式典が終わるのを待った。






後々、俺はこの選択を後悔することになる。

とっとと新品のユニフォームを買って、この開会式に間に合わせておけば良かったと。




この時の、俺だけ制服で開会式で行進している映像は、後々、県内はおろか日本全国に広まってしまうことになってしまうからだ。


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