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第5話 入部

木曜日の放課後


俺は青空の下ではなく、学校近くのファミレスに来ていた。

なお俺の家路からは逆方向なので、そう頻繁には訪れない。

今日は幸太とのんびり駄弁りたかったのだ。


「良かったのかタカシ。一心から野球部来てくれって懇願されてたろ」


ドリンクバーの炭酸飲料を飲みながら幸太が俺に確認する。


「野球部には手伝いに行ってるだろ。明日は約束通り行くし」

「一心はタカシに入部してくれって意味で言ってたみたいだが」

「俺は週三回勤務で契約したんだからな。なぁなぁで勤務時間を延ばすのは契約違反だ。待遇に何かプラスされるわけでもないし」

「さすがは未来の公務員。労働法もしっかり勉強してらっしゃる」

「法律以前の問題だ。変に気が回る奴ほど空気読んで仕事引き受けすぎて潰れるぞ」


俺はあくまでお手伝い。

そのスタンスを崩す気はない。

外部の者扱いだからこそ、丁重に扱ってもらえている訳だし。

それに中途半端に暇な時期とはいえ、高校三年生の受験期だ。

今から炎天下で白球を追いかけるのに全てを注力するなんざ御免こうむる。



「けど、一心の顔。あれはガチだったぞ。あれはちょっと常軌を逸してたって」

「あいつはしつこいからな。」


 一心がリトルリーグに入った時、中学の部活決めの際にはかなりしつこく、一緒に入ろうと勧誘された。

 あいつが野球に真っすぐなのは尊敬できる部分ではあるが、俺を巻き込もうとするのはいただけない。


「まぁ3年から野球部に入るなんて聞いたことないもんな」

「部員が集まらなくて試合に出れないから、掛け持ちで入部とかなら漫画でも見る展開だがな。一心が控えに甘んじる程度には部員が所属してるわけだし」

「正直、現実的ではないわな」


マルゲリータピザをはふはふ頬張りながら、俺たちは無為な時間を過ごすという贅沢を味わった。



―――――――――――――――――――――――――



金曜日の放課後


俺は野球部グラウンドへ向かっていた。

一心からの執拗な勧誘が今日はなぜか鳴りを潜めていたことに対して薄気味悪さを覚えたが、俺は当初の依頼通りバッティングピッチャーという役割をこなすだけだと自分に言い聞かせて、着替えるために更衣室に入った。



少々認識が甘かった。

俺はそう自省しながら周りを見渡す。


俺は今、更衣室に待ち構えていた一心や他の部員達に取り囲まれた。

ガッチリした球児に囲まれたので、最初は生まれて初めてのカツアゲにでもあうのかと思った。


今の俺は野球部のユニフォーム、といっても試合で使うような校名が入ったものではなく所謂、白ユニフォームを着せられていた。足もとも、ただのスニーカーではなく、誰かのお古のスパイク。

とにかく見た目だけは100パーセント野球部員というい格好で、ブルペンのマウンドに立っていた。


「あの~~今日はバッティングピッチャーは……」


俺がおずおずと、後ろのネット裏にいる監督の川本先生に尋ねると

川本先生は端的に答えた。


「ウォームアップは済んだね?君のピッチングが見たい」

「なぜ?」

「推薦があった」

バッピの有無について尋ねた俺の質問はナチュラルに無視された。

恨めしげに一心を見る。

気まずくて顔でも背けるのかと思ったが、一心はまっすぐにこちらの目を見据える。



一心のことは後で問い詰めるとして、マウンドから捕手を見る。

グラブを構えているのは、一心ではなく、正捕手で主将の別府ベップ 茂雄シゲオ

わざわざ時間を割いて俺の球を受けるという点からしても、ただならぬ雰囲気である。

やばい、ちょっと緊張してきた。


「じゃあ行きますよ」


俺は昨日のルーティーンを経て、ワインドアップで投げ込んだ。



(ビチッ!)



捕球したグラブの音がブルペンに響くと思ったが予想外の音が発生した。

茂雄が俺の球を捕り損なったのだ。


「す、すいませんでした!!」


茂雄はあわてて後逸したボールを拾い、ボールを返球した。


川本先生は渋い顔をしたが、直後、スピードガンで計測をしていた部員から何事か話しかけられた。一瞬、川本先生の眉尻が動いた。


「落ち着け茂雄。もう一球だ」


川本監督の一言を契機として、俺もまたルーティーンの後、振りかぶり投げ込む。



(ズッ!!)



球はまたしても茂雄のキャッチャーミットの上を掠め、捕手の後ろにそらす。

「茂雄。何か含む所でもあるのか?」


決して声を荒げてはいないが、しかし虚偽の返答は許さないという圧のある重々しい声色で訊ねた。


「決してそんなことはありません!!純粋に目算を誤りました」

「目算を誤る?確かに球速は140km/h出ているがストレートだし捕れるだろ」


140km/h!? そんな球速が出ていたとは自分でも驚いた。

一昨日投げた時は、一心は何も言わなかったし

明日、可南子に自慢してやろう


あれ?けど一昨日は一心は一度も捕逸はしなかったが……


「いいえ……」


茂雄は動揺しながらも、ただしきっぱりと言った。


「微妙に動いています。いわゆるナチュラルムービングの類だと考えられます」


「ふむ……」


顎を触りながら思案した川本先生は、俺の後ろで様子を見ていた一心に


「一心。お前が受けろ」


「はいっ!!」


ピシッと姿勢を正した一心は準備をすべく駆け足でブルペンを出ていった。




―――――――――――――――――――――――――




一心がプロテクターを身に着けしゃがむ。

投げ慣れた一心なので、正直ホッとした。


「始めてくれ」


川本先生の指示を受け、一心に向かって、先ほどよりは気楽な気持ちで投げ込む


(ドシュッ!!)



一心はきっちり俺の球をグラブに収め、あの重々しい音が響いた。


素人の俺が言うのもなんだが、いいストレートだ。

ニンマリした後、周囲の反応を見ると、皆、捕手の一心の後ろでスピードガンを構えていた部員に目線を向けていた。


「151です!!」



興奮してうわずった声で、スピードガンをもった部員が声を張り上げた。


シーンっと静まり返るブルペン。



「わ~、150行った。やったやった。いい記念になったな~」


沈黙に耐えきれずに、俺はタハハッと頭を掻きながら声を発したが、誰もそれに反応してくれないため、ただの独り言になってしまった。

羞恥に耐えかねた俺は一心を巻き込むことにした。


「一心。150台って最近はそこまでの球速じゃないよな?

150以上出てるピッチャーはよくニュースで話題になってたりするし」


「……151km/hは、球速だけなら今年のピッチャー10本の指に入る」


「全国のな」


俺は天を仰いだ。

ブルペンのある雨天練習場のトタン屋根しか見えなかった。

まるで、俺を捕らえる鳥籠のようだと思った。




―――――――――――――――――――――――――




「なるほどルーティーンか。それで投球が様変わりしたと。」

「はい。決して手を抜いてただとか、隠していたというわけではありません。

俺自身戸惑っているところです」



俺と川本先生は、職員室のソファに座り茶をすすりながら話していた。

基本、職員室に呼ばれることなど仕出かさないので何とも居心地が悪いが、あの状態の野球部グラウンドにいるよりはずっとマシだった。


「部員たちがすまんな。しかし、あの結果を見たら興奮するのも無理はない。かくいうワシも、高揚感を隠しきれんよ」


俺のピッチングを目の当たりにした部員たちが驚きのフリーズから回復した後は、熱狂が支配した。


「野球部入れよタカシ!!絶対に!!」


「バドミントン部はもう引退したんだろ、じゃあ問題なくね!?」


「救世主さまじゃ~~~!!!」


皆、腹から声が出てるので非常にうるさかったし、スキンシップでバシバシと俺のケツや肩を叩いてきて痛かった。興奮していたせいだろう。

俺が先ほどの揉みくちゃの様子を思い出していると、川本先生は湯呑に口をつけた後あらためて俺に向きなおった。


「知っての通り、今年は、特にピッチャーが不足していてね。だから君にバッティングピッチャーをお願いしていた訳だ。単刀直入に言おう。是非、正式に野球部に入部してくれ」


川本先生が頭を下げる。



「条件があります」

頭をあげた川本先生に、イエスともノーでもない返しをする。



俺は正直言って、野球部への入部自体を回避するのはもう不可能だろうと考えていた。

あれほどのピッチングを見せた奴をみすみす放っておく事はできないだろう。

俺が相手の立場なら、どんな手を使ってでも部に引き込もうとする。

今までは一心だけをあしらえば良かったが、それが他の部員も参戦して何倍もの規模に膨れ上がることになる。

それらの圧力をあしらい続ける手間を考えるとゾッとする。


入部するのが不可避ならば、せめて交渉をして自分にとって有利な条件を勝ち取る。

そして交渉をする機会は、入部するか否かの選択権という強力なカードを俺がもっている今しかない。


「聞こうか」

「練習参加は今まで通り月、水、金の週三回で。これは受験勉強との兼ね合いです。」


俺は、教員としては断りづらい理由を申し添えて主張した。


「土日は試合があるんだが」

「試合については大会日程の都合を当然優先します」


「朝練習については参加するかね?」

「月、水、金はフルで参加します。メニュー内容は皆と一緒で大丈夫です」



「私の飲んでいただきたい条件としては以上です。要は、あくまで助っ人であるというポジションは最後まで崩したくはないのです。それに……」


一度言葉を切って、意識的に間をとる。


「これなら、受験期の三年生を入部させても、キチンと勉強の両立について配慮をした上で協力願ったのだと、内部にも外部にも説明がつくかと」

口元に笑みを貼り付け言い切ると、川本先生はニヤリと笑った。


「そうだな。その辺が落とし所だろう。

今から毎日練習しようが隔日になろうが、結果に大した差は生まれないだろうし。

その条件でいこう」


川本先生が右手を差し出してきた。


俺はホッと胸をなでおろす。

もしルールはルールだからと画一的な枠にはめるのを強制してくるようなら、最悪決裂も考えられただけに、川本先生に柔軟さに救われた。


「よろしくお願いします。監督」


先生から監督への呼称の切り替えは、俺が野球部の一員になったことの証であった。


こうして俺は高校3年の5月に野球部の新入部員になった。


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