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第4話 ルーティン

水曜日の放課後

少し日差しがきつくなってきた野球部グラウンドにて

今日もバッティングピッチャーのお手伝いだ。

室内競技の俺には日差しがきつい。

よく屋外競技の部活をやってる奴からは、室内競技は涼しくていいよなと言われ、

「いや、バドミントンは風に影響受けるからドア閉めきるせいで暑いんだよ!! 」

と力説するが、屋外の日差しってやっぱ暑いわ。


「よっしゃ。今日もいいコントロールだぞタカシ。要求の箇所ばっちし。捕手としては本当に最高なピッチャーだ」

「ほんと一心はキャッチャーオタクだな」

「お前が週三回しかバッピ手伝ってくれないから昨日は俺がバッピだったんだ。バッピ捕手とはいえ嬉しいぜ」

「球とるのがそんなに楽しいのかね」

「楽しい!!」

 

 バッティングピッチャーの手伝いは、来ていきなり投げたりはしない。きちんと肩を作ってから始める。肩を作るといってもさっぱりわからない俺は、一心の言われたとおりの力加減で投げているだけだ。

 まだ肩の疲れが抜けてないから、今日はゆったりと全身をリラックスさせながら投げる。


「………………」


球を受ける度に、一心は首をかしげてから返球してくる。

そして、俺の方に一心が駆け寄ってきた。


「タカシ。飛ばしすぎだ。球速が一昨日よりかなり出てるぞ。今はウォームアップだからそんな本気で投げ込まなくていい。怪我のもとになるからやめろ」


いつになく真剣な表情で言う一心だが、今度は俺が首をかしげる番だった。


「え?逆じゃないか。一昨日より、正直かなり力抜いて放ってるぞ」

「いや、間違いない。手元での伸びが違う」

「今は、7割くらいの投球なんだがな」

「ふーむ……何か腕や肩に違和感でたらすぐに言うんだぞ。無理は絶対するなよ」

「優しいじゃん」

「お前が故障したら、俺のバッピ手伝い率が上がるからな」

「ホント欲望に忠実な奴だよな、お前は」


何やかんやありつつもアップを終え、ティーバッティングを終えた部員たちが来たのでバッティング練習が始まった。



 今日の打撃練習でのオーダーは、ストライクゾーンに適当に散らして投げる実戦形式なので、適当に四隅に散らす。


(ポコッ)

「ちっ」


(ギャリーン)

「くそっ」


 今日は打者陣の調子が悪いようだ。皆、一様に球がまともに前に飛んでいかない。

 打者の交代時に、一心がまたも声をかけに駆け寄る。

 


「タカシ。さっきから際どいのが多すぎる。何とかならんか」

「え?実戦形式だって言うから、ストライクゾーンの四隅に適当に投げ込んでただけだけど。これって厳しいのか?」


「内角高めギリギリとかバッピで投げんな。もしバッターに当たったらどうすんだ」

「夏の大会向けての時期に怪我は勘弁だよな。了解了解」


一心が戻ってバッピ再開。


(ギリッ)

「ぐっ」


(スイーン)

「あっ!」


一心がまたしてもこちらにやってくる。


「おいタカシ。外角主体での組み立てするんじゃないよ」

「外角四隅に2球放った後に内角高めに入れてるだけだろ。しかし、面白いよな。外と内の落差で、バッターあんな上体のけぞるのな」

「レギュラー陣相手にエグイ配球すんな」

「内角は、言われたとおりボール一個分は内に入れてるぞ」

「真ん中も放れよ。打てないんじゃバッティング練習にならん」


「ほーい」


 仕方なくど真ん中にも放るようにしたが、先のバッターたちへの配球を見て警戒しているのか、ど真ん中が来るとかえって意表をつかれるのか見送るバッターが続出。


 様子を見にきた川本先生により、バッピ練習は終了となった。

 今日はバッター陣は調子悪かったんだな。

 しかし、今日は全然疲れていない。力を抜いて投げたからかな。むしろ、ちょうどエンジンがかかってきたような感じだ。


「一心。最後に、本気で投げていいか」

「ん……今日は予定より球数少ないから大丈夫だろ。」

「オーケー」


バッピ用のゲージを片づけた後に、俺は一心に言った

他の部員たちは下半身強化トレーニングへ行った。


「何だよタカシ。野球には大して興味無いみたいなこと言ってたくせに、ハマったか?」

「俺が苦手なのは野球の観戦だ。野球をプレイすることはまぁ普通だ」

「それ監督や他の部員に絶対言うなよ。」


苦笑しながら一心と話していると


「あれ~、もう終わっちゃた?せっかく走ってきたのに」


可南子がバドミントンのウェアのまま、予告どおりに休憩中に野球部グラウンドへ俺の雄姿を見にきたようだ。

練習用のTシャツにハーフパンツで、セミロングの髪はポニーテールにまとめられている。

「残念だったな。ヘッドギア姿が拝めなくて」

「楽しみにしてたのにー」

「いやいや、可南子は運がいいよ。今から、俺の全力投球を披露するところだからな」


 ヘッドギア姿を見られなかった事に安堵した俺は、可南子の前で格好つけようとする。そこらへん、俺も男の子なのだ。

 バドミントンでは逆に俺が可南子に教わることの方が多かった。


「ちっ、女子の前だからっていい恰好しぃが」

「何か言ったか一心?明後日はお休みしちゃうぞ」

「5球ストレートな。さっさとやるぞ」


しゃがんでミットを構えた一心に、俺は渾身の力を込めてストレートを投げ込む。

一心のミットは微動だにせずミットに吸い込まれる。


(バシンッ!!)


いいミットの音が出た。


「速っ!! タカシすごいね~ 」

「だろ~~」

「可南子を甲子園に連れてって~」

「おうよ」


上機嫌な俺と「キャッキャ」とはしゃぐ可南子

そんな二人をよそに、捕球した一心は首をかしげる。

?マークが頭上に浮かんでいるのが見えるようだ


「おいタカシ。さっきのバッピの時のストレートより遅いぞ」

「なぬっ!? もう一球だ!! 」


今度もしっかりと肩に力をこめて投げる


(バシンッ!!)


いいミットの音がしたがまたしても


「今度も遅い。コントロールは相変わらずバッチリだけど…」

「そんな~ 渾身の力を肩に込めて投げてるのに何故じゃ!? やっぱ野球って嫌い!!」

あと3球あるが、もう俺は帰りたい気分だった。



「渾身の力?…… あっ!!わかった!!

タカシの悪い癖だ!!」


可南子が大声で、聞き様によっては失礼な言葉を発した。


「沖さん、タカシの悪い癖とは?」

「タカシって強いスマッシュ打とうとする時、変に全身に力が入りすぎて、かえって遅い打球になってたのよ。」


「それは、可南子や幸太に散々言われて克服しただろ……」

「悪癖が克服できたの2年の冬の終わりだったじゃない。」

「うぐぅ……。けど、苦労して克服のためのルーティンは見つけられたわけだし」


「ルーティーンって言っても、スマッシュ練習時限定で、肝心の試合中には使えなかったしね」

「あれには我ながら本当にがっかりしたわ」



可南子の言うとおり、バドミントンでは、インパクトの直前までは余計な力が入っていない方がいい。その方がいいのは理屈では分かっているのだが、中々悪癖はなりをひそめてくれなかった。


「やっぱり、ピッチングも余計な力は入っていない方がいいのか一心?」

「そうだな。」

「ちょっと待ってろ」


俺は、悪癖を克服するために編み出したルーティーンを試す。

全身に力を込めて3秒キープして弛緩させる。

まるでボディビルダーのポージングのような動作

力むならば、いっそ思いきり力ませると、その後は不思議と力まないということを2年の冬に見つけたのだ。

しかしスマッシュ練習の前にやるならまだしも、バドミントンの試合のラリー中に3秒固まるのは致命的なので、結局試合では相変わらずだったというぬか喜びに終わったが……


ルーティーン後にワインドアップで振りかぶり

スラッと上体を伸ばした伸びやかなフォームで投球動作を開始、球に力を乗せる一瞬にだけ力を込めるイメージで腕を振りぬく。


(ドシュッ!!)


一心のグラブから今まで聞こえたことのない音がした。


「どうだった一心」


一心は捕球した体勢のまま動かない。

そして無言でこちらへ返球してきて、捕球の構えを取った。


一心の雰囲気に当てられて、俺も無言で再度ルーティンをしてから投げた


(ドシュッ!!)


再度グラブから快音が聞こえ、一心は

「ラスト」


と抑揚のない、張りつめたような声色で言いながら俺に返球した。


可南子も異様な空気を感じたのか、黙って見ている

俺も無言でルーティンの後に、リラックスして投げ込んだ


グラブにおさまった最後のボールを見つめながら、一心がこちらにゆっくりと近づいてきて俺の正面に来た。



「タカシ」


「何だ?」


「今日からお前、野球部に入部しろ」


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