第3話 週三勤務ゆえ本日はお休み
「野球部の練習、最後まで付き合わなくていいのか?」
「俺が手伝うのは打撃練習だけ。月水金曜日の平日週三回な」
「ランニングやウェイトトレーニングはしないと」
「バッピの前にウォーミングアップがてら少し付き合うくらいかな。」
「気楽な立ち位置だな」
「そりゃあくまで助っ人だからな」
校門を出てすぐの場所にある自販機で買った500mlのレモンスカッシュ缶を飲みながら、俺と幸太は駄弁っていた。部活の後の俺たちの恒例行事だ。
俺と幸太は共に自転車通学だが地元が違うので、高校を挟んでそれぞれ真反対の方向が家路となる。そのため、家路につきながら駄弁るということが出来ないため、この自販機はよく活用される。
ちなみに俺の地元はガチの田舎なので、ここを逃すと自販機が他にないという悲しい事情もある。部活を引退してもこの習慣はしばらく辞められないかも。
「しかし、タカシにあんな特技があったとはな。100km/h以上の球なんて俺投げられないぞ。しかも狙った所に」
「小さいころから、一心からキャッチャーの練習だからってピッチャーの真似ごとをさせられてたからな。実際に投げたのは久しぶりだった。
コントロールがいいのは、投げたいところに糸を引いて、その通りに投げ込むだけだ」
「糸を引く?何だそりゃ?」
おっと。
そういえば一心にも子供のころに同じこと話してポカンとされたんだった。
これはどうやら俺だけの独特な感覚らしい。
バドミントンを含めて、この糸は何故かボールを投げる動作の時にだけ見えるものだ。
小学生の時にドッジボールの上手さを担任の先生に褒められた時に、得意げにコツを話した時の、何か異様なものを見るような担任の表情が思い出された。
「あ~、いや違くて、その……
あ!!下半身が強いとコントロールが安定するらしいぞ。川本先生が言ってたな。バドミントンでの地獄のフットワーク練習の賜物だな」
「たしかにバドのフットワーク練もだろうけどさ……」
「下半身が強いのはその自転車のせいじゃねぇのか」
幸太は俺の方を、いや正確には俺の乗っている愛機のロードバイクへ、ジトッとした目線を向けた。
「自転車と呼ぶな。ロードバイクと呼べ」
「しかもこれガチの奴だろ。見た目だけそれっぽくした物じゃなくて」
「トッププロに機材提供もしてるイタリアのメーカー製だからな。でもコンポはそこまでじゃないぞ。シマノの……」
「いや、興味無いから。知らん知らん」
高校入試が終わったら、合格祝いと自分のお年玉貯金をつぎ込んで買ったロードバイク。もちろんそこまで高価なロードバイクじゃないぞ。数十万もしない、型落ちでこみこみ十数万円くらいのアルミ車だ。
なお十数万円でも十分高いと周りからは引かれている。
「これは趣味もあるが実益も兼ねてるんだ。我が家がどこにあるのか、お前も一度遊びに来たから知ってるだろ」
「ああ一度だけな。二度と行かない」
「その二度と行きたくない場所に俺は毎日帰っているんだが」
俺の自宅は山の上にあり、電動自転車ですら登るのが億劫なキツイ坂が続く。普通のママチャリで遊びにきた幸太は、意地になって足をつかずに登ろうとしたが、中途で失速して派手にすっ転んでいた。
「しかし、良かったな。おあつらえ向きに中途半端な時期の暇の使い道が見つかって」
「そうだな。高校野球といえば夏の象徴みたいなものだし、それに一部だけど携われるのはいい思い出になりそうだ」
そう俺は笑った。
翌朝 火曜日
布団の中で目覚めてまず感じたのは肩の張りだった。
これはある意味予想通り。昨日しっかりアイシングもしたから、思ったより軽くすんだ感じだが、さらに翌日にはすっきり肩が軽いという訳にはどうやらいかなそうだ。
「おはようタカシ。ねぇねぇ、昨日の野球部の手伝いって何だったの?」
登校して教室に入り自分の席に荷物を置くや否や、可南子が話しかけてきた。
「昨日、部活終りに野球部グラウンドを覗きに行ったけど、タカシの姿はなかったし」
「ああ。野球部のバッティングピッチャーの助っ人を頼まれてな。手伝うのはバッティング練習の時だけだ」
「ピッチャー!!? へぇ~、そうなんだ……へぇ……」
可南子の頭の中に、まっさらなマウンドで凛々しく野球帽を被って見事な投球フォームで快速球を投げ込むタカシの姿がイメージされた。
「なんか格好いいじゃない(ボソッ)」
「そんな恰好いいもんじゃないぞ可南子。俺は昨日見たけど、タカシは変なヘッドギア着けて投げてたぞ」
「おはよう幸太。それを言ってくれるな。安全第一なんだから」
「あら、そうなの。じゃあ今日は部活の休憩中に覗きに行っちゃお」
幸太の茶化しを聞いて、可南子がニンマリと笑う。
そんなに俺の滑稽な姿が見たいのか
そうかそうか
「今日は行かないぞ。月水金の平日週3日出勤だ」
「大学生のバイトトみたいね」
「肩を壊すとダメだから休みは必要なのさ」
「けど、一心君はなんでタカシに依頼したの?」
「俺がコントロール良くてそこそこの速さのボールを放れることを思い出したみたいでな。自分がバッピしたくないからって、幼馴染を差し出しやがって全く……」
「幼馴染だからタカシがピッチャー出来るの知ってた訳ね。
あれ?けど、タカシから野球の話題って全然聞かなかった気がするけど。スポーツの話題といえば、専らバドミントンと大好きなロードレースについてしか聞かなかったような」
「あ~、俺って野球そんな興味ないんだよね」
「「なんですと!!?」」
「プロ野球選手もあんまり知らん」
「一心からしつこくリトルリーグに勧誘された反動かな。あと、野球って観戦してる時も、謎の待ち時間みたいなのあるじゃん。まだ野球のルールもよく解ってない子供のころ、父親と実業団の野球の試合観戦に連れてかれた時も飽き飽きしちゃって、5回表で泣いて帰った」
はぇ~、と意外な一面を見たという表情の幸太と、ショタ時代のタカシの泣き顔を想像して鼻下が伸びている可南子。
「なら、どうして野球部に協力してるの?」
「部活引退が早すぎたからな。俺にとっては振ってわいた青春ロスタイムみたいなもんだ」
「野球なのにロスタイムとか混乱するな。青春延長戦と呼べ」
朝練を終えた一心が予鈴が鳴るギリギリに教室に入って早々、俺に突っ込んだ。
「タカシと一緒に野球やれなかったのが本当に俺は心残りだよ。幼馴染バッテリーとか燃えるだろうが」
「そういう王道な展開は俺も嫌いじゃないが、現実で自分がやるとなると話は別だ。それよりも昨日は言いそびれたけど、よくも俺に何も説明せずにバッピを押しつけやがったな。この貸しはデカイからな」
「あ、補食のおにぎり食わねぇと。じゃあなタカシ。明日も頼むぜ」
俺の小言は無視して肩をポンッと叩き、一心は自席に戻って行った。
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授業が終わり、今日は野球部の手伝いもないため、受験生らしく図書室で勉強をしていた。
一時間半ほど経ち、そろそろ集中力が切れてきたので一息入れるかと、顔を上げると視線を感じた。
斜め前の席に可南子が頬杖をついて座っていた。
「やっと気付いた……」
唇を尖らせて非難めいた声をあげる。
図書室だから控え目な俺にだけ聞こえる声量だ
「ん、待たせたな」
俺も小声で可南子に短く返答した後、無言で図書室の出口を指さす。
可南子は嬉しそうに頷いて図書室の席を立った。
「ん~~、勉強後に甘いカフェラテしみる~」
俺と可南子は購買部で買ったパック飲料を程近いベンチで飲んでいた。
校門すぐの自販機が幸太との定番の休憩場所としたら、このベンチが可南子とは定番の休憩場所だ。
下校時刻から一時間以上たっているので、みな部活に行ったり下校しているので、この時間に人はまばらだ。
「火曜日は、他の部との体育館のローテーションの兼ね合いで、バドミントン部はオフ日だもんな。」
「ある意味一番開放感のある日かも」
「火曜日は可南子との勉強デイってのが定番だから休んでるわけじゃないけどな」
一年生の頃、部活のオフデイでまっすぐ早めに帰宅しても、部活がある日よりも時間に余裕があるからと、かえってダラけて勉強に集中できないため、俺が自主的に放課後に残って勉強しているのに、いつからか可南子も混ざるようになって、今日まで続いてきたのだ。
可南子は得意の英語を、俺は得意の数学をそれぞれ相手に教え合った。
相手に解るように説明するために、講師役の自分はそれ以上に理解していないといけないので、人に教えるというのは自分の成績アップにもなる一石二鳥の行為なのだ。
「私は好きだよ。この時間……」
「ん……そうだな」
「タカシはさ! これから火曜日以外も放課後は図書室で勉強するの?」
「そのつもりだよ。家じゃあまり集中できない性質だし」
「そっか……良かった。部活の引退後が楽しみになっちゃたな」
「部活引退が楽しみって…… 部員を率いる部長の言うことかよ」
「部員の子たちの前ではちゃんと部長部長してますよ。こんな事タカシの前でしか言わないから」
俺と可南子は部長という同じ立場から、時には他の部員には聞かせられないような悩み相談や、愚痴を言い合ったりもした。
気軽な活動をしていた男子バドミントン部の部長をしていた俺より、本格派の女子バドミントン部で部長として部をまとめている可南子の方がプレッシャーは大きいからこそ、素になれるこの時間は、可南子にとって貴重なものなのかもしれない。
「けどタカシったら先に引退しちゃうんだもんな」
「それを言ってくれるな。けど、野球部の手伝いもあるから、しばらくは今まで通りだ」
「今まで通りか…」
「それも、未来になって振り返ったら、貴重な時間だったって思えるのかな」
そう言って、ベンチから立ち上がりながら、可南子は飲みかけのカフェラテを飲み干した。