最終話 私を甲子園に連れてってくれてありがとう
「タカシどうしよう~」
「泣くな可南子。泣く暇あったら勉強しろ」
秋に可南子が受けた模試が返ってきたが、結果が微妙だったからだ。
「結婚関連でバタバタだったからな。一ヶ月くらい勉強が手に付かなかったであろう可南子の成績が落ちるのは織り込み済みだ」
「責任取りなさいよ!!」
「結婚して責任は取ったろ」
「むきぃぃぃ!!」
ちなみに俺と可南子が結婚したことはまだ周囲には秘密だ。
俺も可南子も薬指に指輪はつけてない。なお、プロポーズに使ったのはエンゲージリングという、ある種のイミテーションなので、結婚指輪は上京した時に作ろうと考えている。
「ほら、稲大は地歴科目が激ムズなんだからマニアック知識を詰め込むのと、数学かためるぞ。良かったな穂高大の数学対策が生きるぞ」
「っていうか、なんでタカシも共通テスト受けるのよ。就職決まってるのに」
「以前、俺の模試の成績がテレビで話題になったろ。その時に、ネットで一部の奴が、模試なんて事前にネットで解答入手できるからアテにならないって難癖付けててな。
それを封殺するために共通テスト受けて成績開示して、憶測で適当なこと言ってる奴らを黙らせる」
「うわ、性格悪いわね」
「秀才のイメージつけて、学習塾とか教育関連のCMもらえないかと思ってな。CMの契約料ってすごい高額らしいぞ。実はすでに何社かオファーが来てる。
引退後もテレビのクイズ番組に呼んでもらってセカンドキャリアも安泰だ」
「素敵。一生ついていきます、旦那さま」
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年が明けた一月
通常、この時期にルーキー選手は球団の寮に入寮する。
時たま、注目選手の入寮風景や何を持ってきたかのインタビューがテレビで流れたりする。
だが、今年はそれらのニュースは残念ながら一切流れず、衝撃のニュースが日本中を駆け巡った。
球団側のプレスリリースで、俺が既に結婚していて入寮はしないことが発表されたためだ。
甲子園スターの早すぎる電撃結婚に、女性ファンは非常に残念がっている旨のインタビュー映像やSNSでの嘆きの書き込みがニュースで伝えられたが、それ以上に、高校の同級生との純愛を貫いて結婚するという純愛ストーリーに、世間は概ね好意的な反応であった。
結婚相手は高校の同級生で就学中かつ受験中なので取材は差し控えるようにと取材陣には要望していたのもあり、可南子に取材が行くということは無かった。
高校には不躾な取材依頼や突撃もあったそうだが、共通テストも終わればほとんど学校に登校する必要もないため、上手くかわせた。
「可南子頑張ったじゃないか。共通テスト8割超えたから、これなら滑り止めは共通テスト利用で確保できそうだな」
「9割超えた人に言われたくない。くそ……タカシの点数なら稲大学に共通テスト利用で受かるのに……」
「今年度は数学が易しかったからな。国立の穂高大学対策で二人で数学頑張ってたのが活きたな」
「そこは本当にありがとう」
可南子が苦手な数学でいい点がとれたのは本当に喜ばしい。
そりゃ今年は数学が簡単だったという幸運にも恵まれた。しかし、気まぐれな幸運の女神が、最後まであがいた者に微笑むというのは良いものだと思う。
「さて、これで俺の受験勉強は終了だ」
「お疲れ様。明日には、もう行っちゃうんだよね」
可南子が寂しそうにうつむく。
「ああ。来週から新人の合同自主トレで、それが終わったら春季キャンプが始まり、そのまま開幕だ」
「お勤めご苦労様です」
「受験のラストスパートに傍についてやれないのは残念だったが……」
「ううん。最後は独りで頑張り抜くよ。
いつも隣にいてくれたタカシがいないのは寂しいけど、これからは一緒にいれるんだし」
ニシシッと笑顔の可南子
「一人じゃ2LDKのマンションは広すぎるからな。可南子も早く来いよ」
俺たちは俺のホーム球場と稲大学の中間地点あたりに新居を構えた。
セキュリティのしっかりしたタワーマンションの高層階だ。
「俺は2軍スタートだったら2軍グラウンドのある隣県まで長距離通勤。
可南子も稲大学落ちて滑り止めの大学だったら、電車で通学片道1時間半か」
「残念な結果だったらお互い目も当てられないね」
冷静にいま思うと、ちと物件を決めちゃうの早まったか。
けど良い物件だったからきっと、進学就職の時期になったら残っていないだろうからと勢いで決めてしまったのだ。
そして新居にいれる家具や家電を二人で決めるのはとても楽しかった。
「俺は何としても開幕1軍を勝ち取る。だから可南子も頑張れ」
「うん。お互い通勤通学ですれ違いの新婚生活なんて嫌だもん。石にかじりついてでも受かってやるんだから」
「俺も東京のタワマンで若奥さんのいる生活がいいから頑張るわ」
「新居……若奥様……」
春からの新生活を想像したからだろうか。
ボウッっと可南子の顔が熱くなったのが傍目からもわかる。
「暑いならひざ掛け毛布取るか?」
「や!!」
拒否の言葉と共に、可南子は二人の膝がくっつくように近づいた。
一枚のひざ掛け毛布は大きめでも二人で使うとギリギリだった。
冬場の勉強の恒例だから、大きい毛布を買おうとしたが可南子には却下された。
「ね、タカシ。私を甲子園に連れてってくれてありがとう」
「今さらだな」
「あそこから変わったんだもん。私の人生」
「俺の人生もな」
二人で笑い合った。
「けどね、知ってるタカシ?」
小首を傾げた可南子が微笑みながら俺に尋ねてきた。
「ん?」
「もしタカシが甲子園のスターじゃなくて、ただの高校生のままだったとしても、受験が終わったら私から告白するつもりだったんだよ」
フフッ、言っちゃったという顔で頬を赤らめた可南子は口元を両手で隠していたが、俺の反応が気になるのか横目でチラチラ俺の顔を覗いていた。
「俺もそのつもりだった。一緒に大学へカップル登校するつもりだった」
「…………アハハッ!!じゃあ私とタカシが一緒になる人生はどの道、変わらなかったんだね」
「さすがに、こんなに結婚するのは早くはなかっただろうけどな」
思いもかけない返しだったのに驚きつつ、嬉しそうな表情で横に座る可南子は潤んだ瞳で俺のことを見つめ返す。
「あなたと結婚できて幸せです」
「こちらこそ結婚してくれてありがとう」
ひざ掛け毛布で足をくっつけながら、俺たちはこっそりと口づけした。
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「白熱甲子園です。本日は、シーズン中のお忙しい中、インタビューを受けていただきありがとうございます」
「いえいえお気遣いなく。よろしくお願いします」
季節は8月初旬。場所は球団の会議室。
俺はメディアからの取材を受けていた。インタビュアーはキー局の女性アナウンサーだ。
こういった取材対応についても慣れるを通り越して、もはや生活の一部に昇華された感があった。
「5年前の初山選手が初めて世に出た夏の甲子園は、いまだに伝説的な大会だったとファンから語られていますね」
「若気の至りで、今思うと結構無茶してるなと感じますね。決勝付近で連日登板するのは、やっぱりあまり褒められたものじゃないですからね」
「ただ、初山選手はプロ5年目ですが、特に怪我をすることもないですね。何か秘訣でもあるんですか?」
「そりゃ、プロでは登板から中5日程度は次の登板まで開きますからね。それだけあれば、自分的には回復には十分だと感じてます。
あと、競技歴が短く、肩や肘に長く蓄積された疲れやダメージが無いことでしょうか」
「なるほど。登板がない日はどうしてるんですか?」
「全体練習にチョロッと顔を出して後は、その辺をサイクリングしています。」
「初山選手のロードバイク好きは有名ですもんね」
「全国各地を転戦する際の楽しみですね。各所の観光名所をサイクリングで巡っています」
「ホームグラウンドのゲームの時に、他の選手は高級外車で出勤しているのに、初山選手はロードバイクなんですよね」
「ちゃんと僕が乗ってるロードバイクも高級外車ですよ。フレームはイタリアのあの有名な…」
「はい!!初山選手の出場した甲子園に話を戻させていただくと、当時、御ひとりだけバドミントンのラケットバッグを背負われているのが非常に可愛いですよね」
人が気持よく愛車自慢をしようとしたのを盛大にぶった切った上に、俺の黒歴史の話をぶち込んでくるとは、この女性アナはやり手だな。
「エナメルバッグを買うのがもったいなかったんですよね。ただの助っ人のつもりだったから。
もしタイムマシーンがあるなら当時の自分に、その後何年もインタビューで弄られ続けるから、渋らずに買えって言ってやりたいですよ」
「アハハッ。いまでもバドミントンはしてるんですか?」
「以前はシーズンオフに妻や幸太…あ、高校の友人たちと集まってやっていました。
今は子供が生まれたばかりでお休み中ですが、子供が大きくなったら今度は家族みんなでまた参加したいですね」
「お子さんには野球ではなくバドミントンを?」
「それよく聞かれるんですが、子供自身が夢中になれるスポーツをやるのが一番ですよ。
僕なんて偶々野球が上手かったから、仕方なく仕事でプロ野球選手をしてるだけですからね」
「またまた~」
俺の鉄板ジョークが冴えわたり、インタビュアーの女性アナウンサーも笑い和やかな雰囲気だ。
「さて、現在プロ5年目。先発完投型投手で、キャリアにおいて防御率は常に1.0未満。若手投手で既に三桁勝利目前。
また、打席では必ず一試合に一発はホームランを放つことから、初山選手が登板する際にはチームの勝利が確約されていると評判ですね」
「自分が出る試合を勝つだけではチームが優勝することは出来ませんからね。今後は後輩の指導にも力を入れたいですね。ちなみに教えるのは得意なんですよ。妻が大学に受かったのも、当時私が勉強教えてたおかげなんですよ。」
「夫婦仲が良くてうらやましいです。それにしても甲子園のスターとの学生結婚。当時の女の子はみんな憧れましたね~」
インタビュアーの女性アナはうっとりとした目で両手を組んで、夢想をしているような上目遣いでそうこぼした。
「おっと、また話が逸れましたね、すみません。後輩と言えば初山さん。ついに母校が!!」
「はい。南高の後輩たちが成し遂げてくれました!!シーズン中なので甲子園に応援には行けませんが、テレビで声援を送りたいと思います」
「二回目の出場になる穂高南高等学校。初山投手の頃と変わらず川本監督がチームを率いています」
「頑張れ後輩!!」
プロ野球選手は母校の野球部に指導に行ったりは出来ないので俺は顔は出せないが、俺の両親を通じてタンマリと寄付はしておいた。ついでにバドミントン部にも。
ちなみに今の南高の男子バドミントン部は結構強くなって、県大会でも上位の常連らしい。俺のおかげで入部希望者が激増したらしい。
あと、野球部を助っ人で手伝いたいという他の部活の部員が後を絶たないと、今年、穂高南高校の教員として赴任して野球部のコーチに就任した一心が嘆いていた。
「最後に……」
女性アナウンサーからのインタビューの締めくくりを予告する言葉に、俺は椅子に座りなおして居住まいを正した。
「初山選手にとって甲子園とはズバリ何なんでしょうか?」
俺は少し逡巡して言葉を選ぶ振りをした。
この質問も今まで何度もされてきたが、俺が答える答えはいつも決まっている。
「自分の人生。はては、自分の大事な人の人生をも変えられるエネルギーに溢れた場所です」
すでに自分にとっては使い古した言葉だが、一つも色褪せぬ気持ちを表した言葉で、インタビューを締めくくった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
処女作ですが、無事に完結までもってこれてホッとしています。
因みに、所属していたバドミントン部が早々に敗退して、野球部を手伝ったのは作者の実体験です。
現実は甲子園出場は叶わず、野球部員の同級生と一緒に泣いたのは、今思うと青春の良き思い出です。
ブックマーク、評価、感想よろしくお願いします。
活力になります。
次回作も書き溜め中なので、見かけたらまた読んでやってください。
それではまた。