第20話 ドラフト会議と
9月の末
国体が始まった。
出場校はたったの12校
夏の大会で優勝した我が穂高南高等学校は3試合目でもう決勝戦だ
国体はテレビ中継はされないし、ちょうど来年度の春の選抜に出場するために重要な秋季大会と時期が被るため、あまり注目度は高くない。
しかし、会場は超満員。観客のお目当てはどうやら俺のようだった。
大会期間も短いため連戦が続いたが、お得意のアンダースローとの投げ分けで乗り切る。
観客は大盛り上がりだ。
大歓声の中、決勝戦では甲子園決勝の再現とばかりに直球勝負の160km/hの乱れ飛びで大会に花を添えた。
そして、10月下旬 運命のドラフト会議
高校、大学、社会人野球
その中で有望な選手を各球団が指名していく
指名がかぶったら運頼みのくじ引き
今年の初めまでの下馬評では、今年はこれといった目玉がいない不作の年かと囁かれていたが、蓋を開けてみればである。
日本最速投手、本塁打も打つ、他にない物語をもったスター性
競合を恐れて次点の選手を取りに行くか、他に目玉がいないなら一か八か賭けに出るか。
今回のドラフト一巡目
どうやら、他にない価値をもつ選手の獲得チャンスを、最初から手放す方がリスクだと各球団は思ったようだ。
セパ全12球団すべてが初山 タカシを1位指名した。
12名の各球団の監督がくじを引くためにステージ上に並ぶさまは壮観だった。
明日のスポーツ紙一面の写真はこれで決まりだろう。
俺は、抽選会場から遠く離れた穂高南高等学校の会議室で、その模様をテレビ中継で観ていた。
「初山選手。全12球団から指名された感想は?」
くじの結果が出るまでの間に、記者から質問を受けた。
「とりあえず無事に就職できる所があってホッとしています」
記者たちから笑いが起きた。
「どこの球団が意中の所ですか?」
再びの記者からの直球の質問だが
「野球競技歴5ヶ月であんまりプロ野球には詳しくないので、どこでも大丈夫です」
用意していた回答で再度笑いをとる。
実際、俺はプロ志望届を出す時に、セパどこの球団でもOKと公言していた。
最近は交通網も発達しているし、動画通話やらで家族とも話せるのだ。
けど、もし願わくば……
そうこうしている内に、12名の監督がくじを引き終わり結果が出るところだった。
皆、モニターに釘付けになる。
くじを開き中を見て落胆してすぐに自席に戻る11名の監督。ただ一人、交渉権獲得の文字が書かれた当たりくじを引き当てた監督が1名だけ、くじを持った腕を大きく掲げていた。フラッシュがまばゆく焚かれる。
俺の就職先は、セ・リーグの古豪 東京グランデ に決まった。
スタンバイしていた茂雄や一心らチームメイトに胴上げされながら、在京のチームに決まったことに密かに拳を握ってガッツポーズをした。
―――――――――――――――――――――――――
正直あの日から夢見心地だ。
タカシの家にお邪魔して抱きしめられて、あんな言葉をかけられて……
これって、そういうことだよね。期待していいんだよね
すぐにでも言の真意をタカシに問い質したいのに、タカシはあれから国体とドラフト会議で忙しくなり、恒例の図書館での一緒の勉強もお休みになっていた。
そして、ようやく落ち着いたから、久し振りに図書室で勉強しようと連絡があった。指定されたその日は、奇しくも私の誕生日だった。
私はドアの前で深呼吸して図書室に入った。
目の前に座っているタカシを見る。相も変わらず熱心に勉強している。
入団も決まり、もはや大学受験の勉強する意味などない気がするが。
「話は後で、いつもの場所で」
と冒頭言われてしまったので大人しく勉強していようとしたが、こんな状態で集中などできよう訳もない。
(今日が私の誕生日だから誕生日プレゼントくれるってことだよね)
(何をくれるんだろう?去年はマフラーだったっけ)
(今年は……ひょっとして、ひょっとして……きゃあぁぁぁぁぁぁっ!!)
結局30分で限界に達した私は、涙目ふくれっ面で図書室の出口を指さしタカシにアピールするのだった。
―――――――――――――――――――――――――
「休憩早くないか」
「限界だったの!!私が!!こんなんじゃ集中できないんだから」
俺たちはいつもの購買近くのベンチに座っていた。
秋の季節は寒くもなくちょうどいい。
「そうか、宙ぶらりんの状態だったもんな。悪かった」
「いいよ……忙しかったんでしょ」
「それじゃあ、可南子に勉強に集中してもらうために手短に済ますか」
そう言ってタカシはゴソゴソとポケットをまさぐった。
何やらシックな小箱だが、プレゼントなのにラッピングがされていない。
(なんだろう?)
可南子が箱を注視すると、パカッと小箱が開いた。
中には指輪が入っていた
(え……指輪……え!?)
(誕プレで指輪……いやいやそれじゃ重すぎる)
(じゃあ、これが告白の代わりってこと?)
(え? え!?)
驚きで固まっているとタカシが口を開く
「結婚しよう可南子」
妄想や想像というのは、現実ではあり得ないことを想像するから楽しいのだ。
ただ、ごく稀に現実が想像のそれを大きく上回ることがある。
「ふぁい。ふ、ふ…不束ものですが、よろしくお願いします」
進路はどうするのかとか、この歳でもう結婚
あ、今日から18歳だからもう結婚できるかといった色々考えるべき事は一切考えず、
シンプルに自分の心のままに答える。
時に大事な決断ほど、考えすぎずに単純に物事をとらえて決める方が良いこともある。
可南子は後年、この日を……自分の人生における大きな決断をした日を振り返り、そう思った。
―――――――――――――――――――――――――
「ま、ま。一杯一杯」
「すいませんね」
「この筑前煮おいしい。これは隠し味、生姜?」
「そうなの。炒める時にすりおろした生姜をね」
(一体なにが起きてるの?)
可南子は狐につままれたような顔で、借りてきた猫よろしく座っていた
場所は初山家の客間もとい仏間だ。相も変わらずタカシのご先祖様に見守られている。
横を見ると、自分の両親がタカシの両親と一緒に料理や酒を酌み交わしている。
「ね、ねぇタカシ。この集まりって……」
隣に座るタカシの服の裾をクイクイ引張る
「ん?両家顔合わせ」
「なんで!?」
「そりゃ結婚するから」
「流れが速いよ!!」
「その辺はすまんな、こっちの都合だ」
「っていうか、この間は思わずOKしちゃったけど、付き合うの通り越していきなり結婚って性急すぎるでしょ!!」
「ん~、今さらだろ。俺ら三年近く毎日のように一緒だったんだし。好き合ってたのお互いわかってたろ」
「ふぇ……」
可南子を野球の試合よろしく完封して、出されたおもてなし料理に舌鼓をうつ。
お、この筑前煮の鶏肉旨い。おもてなしだから母さんいつもより良い鶏肉使ってるな
「なんでうちの両親にすでに結婚の話が伝わってるのよ。昨日プロポーズだったのに」
「先にお義父さん、お義母さんに結婚の挨拶してたからな。俺の両親にも事前に話してた」
「まさかのプロポーズ前に!?」
「外堀を埋める戦略がそちらの専売特許と思うなよ」
俺はニヤリと笑った。
「お義父さん、お義母さんは喜んでくれたぞ」
「いや、そりゃそうでしょうけど……」
そりゃ今のタカシなんて、プロ野球選手として凄い有望株なんだから、結婚相手としては諸手を挙げて賛成なんでしょうけど、それにしたって……え~~?
「桃子さん。この事知ってたのに私に黙ってたのひどくないですか?私の味方してくれるって言ってたのに」
「あら、私は可南子ちゃんの味方よ。同時に息子の味方でもあるだけよ。母親ですもの」
桃子はフフッと笑ってコップのビールをあおった
「やっぱり結婚するの嫌だ?俺は可南子を独りじめしたいんだけど」
タカシは私の目をまっすぐ見すえる
「……嫌じゃない」
むぐうと口元をへの字に歪めているが顔は紅潮して可南子は答える。
その聞き方はずるいよ……と、か細い可南子の声は、もはや宴会の様相をていし始めた喧騒に搔き消されて誰の耳にも届かなかった。
「よし、じゃあこれ書いて」
ピラっと薄い紙をタカシが差し出す。
すでに、日付と私の署名欄以外は記入済みの婚姻届だった。
「いま、印鑑持ってないし……」
うろたえる可南子が腰の引けた返答をすると
「大丈夫よ可南子。お母さんがあなたの実印持ってきたわ。印鑑登録もしてあるわ」
おかしい。私のお母さんが娘を背後から撃ってくる。
自分が包囲網をジリジリと狭めて相手を追い詰めて優勢だと思っていた盤上で、いきなり別次元の土俵の戦いに引きずり込まれて、速攻で土俵際に追い詰められたような気分で、可南子は判を押した。
―――――――――――――――――――――――――
「はじめまして。監督の稲尾です」
そう挨拶した壮年の男性が俺とガッチリと握手を交わす。
今、学校の校長室で、交渉権を獲得した東京グランデの稲尾監督と対峙していた。
今日は本契約へ向けた球団側との交渉だった。
「契約金、年俸については高卒ドラフト一位の慣例金額の最高額を提示させていただきます。初山選手からなにか契約条件に関して、ご要望はありますか?」
監督の隣に座る球団フロントの人から契約内容の説明を受ける。
「追加で二つ条件があります。一つ目は大学入試共通試験の受験を許可していただきたい」
「大学進学をまだ諦めていないと?」
稲尾監督が鋭い視線を向ける
「いえ、単なる高校時代に励んだ勉学の集大成を示すためです。球団との本契約をそこまで伸ばす意図はありません」
「時期的には新人合同自主トレの時期か。都合で2、3日抜けるのは構わんよ。認めよう」
「ありがとうございます。そして二点目ですが、寮へは入寮しないことを認めてください」
「なに?ルーキーは必ず入寮するのがルールだ。例外は…」
「選手がすでに結婚している場合、ですよね。これをどうぞ」
稲尾監督へ市役所の戸籍課で発行してもらった住民票の写しを渡した。
「私事ですが、先日結婚いたしました。」
「なんと!?」
稲尾監督もフロントの人も驚いていた。
「結婚している新人というのは、通常、社会人野球の選手が対象ですからね。高卒ルーキーで入寮しないのは……」
フロントの人は前例的に難色を示していたが……
「ワッハッハ!!いいな。このご時世で、あえてこんなに若くして結婚するとは。かえって新しいな」
「しかし、いいのか?初山。君はきっと、これからプロ野球選手の中でもさらにトップレベルに年俸や地位が上がっていく。素敵な女性との出会いなど引く手あまただと思われるが、惜しくないのか?」
稲尾監督から意地悪そうに質問を投げかけられた。
「逆です。俺がプロ野球選手 初山タカシとして認知される前から好意を寄せてくれた相手は、今を逃すと二度と手に入らないと思ったので、婚姻を踏み切りました」
けっこう強引な手を使いましたけどねとタカシは笑った。
タカシの誘い笑いを受けて稲尾監督の顔も和らぐ
「なるほどな。欲しいものを何としても手に入れるか。決断力もあって良いな。将来、いい監督になりそうだ」
これからプロ選手人生が始まる君に言う言葉じゃないなと、稲尾監督は自分で言った言葉に自分でガハハと笑いだした。
「二つ目の条件、認めよう。ただし、通常入寮する時期の年明けには、婚姻の事実を球団側から発表させてもらうことが、こちらの条件だ」
「はい。それで大丈夫です。ありがとうございます」
結婚発表したら、せっかくプロ野球選手になるのにお姉ちゃん遊びができないぞ~もったいないな~グラビアアイドルやモデルや女子アナと付き合えるかもだぞ~
と稲尾監督にしつこく弄られたので、俺は即答えた。
「目の前に確実に幸せになれる道があるから選んだだけです」
と。
次回、最終話
ブックマーク登録、評価、いいね、感想ありがとうございます。励みになります。




