第2話 助っ人
本日は2話つづけての投稿になります。1話がまだの方はそちらから読んでいただくようお願いします。
「弱ったな……」
大会が終わった翌々日の月曜日の学校の教室の昼休み。頭を抱えるほどではないが、答えが見つけられない難問に腕を組んで考え込んでいた。
「何か悩みか?タカシ」
俺の部活の元相棒にしてクラスメイトの幸太が、向かいの席から菓子パンを頬張りながら訊ねた。
「部活引退したらやることがない」
「普通に受験勉強すりゃいいんじゃねぇの?」
「志望校には成績がすでに足りてるから、今からやりはじめる理由がない」
「さっすが学年トップクラス様。全国の受験生に刺されそうな物言いだな」
俺は地元の国立穂高大学の法学部志望だ。そして大学を卒業したら、地元の穂高市役所に事務職として入庁するつもりだ。
穂高市役所は学閥が穂高大学なので、穂高大学以上のレベルの大学を目指す動機が、俺の中にない。
穂高大学の法学部は文系の割に数学がかなり難解で配点も高いという癖のある入試方式だが、先を見越して1年生から数学に力を入れてきた俺にとっては、むしろ他の受験生との点差を拡げられる美味しい入試方式となっている。
「夢が公務員ってのも若人としてどうなのよ」
「公務員イコールつまらないと短絡的に断じるのはまだまだ青いな幸太」
「それで、幸太はどうするんだ?来週からゴールデンウィークも始まるし」
「普通に勉強だよ。まだエンジンが本格的に掛かる気はしないけど」
「遊びに行くにしても、周りはまだ最後の部活の試合に向けて頑張ってる最中だから、誘うの気兼ねしちゃうしな」
「それな~~~」
そうなのだ。
あまりに早い部活引退により、俺たちは周りとペースがズレている状態なのだ。
我が南高には帰宅部が存在せず、3年の引退まで何かしらの部活に所属しなくてはならない。文化部の活動も盛んで、夏休みを越えても引退しないつわものも多い。
そんな状況下で、ある意味気楽な立場な俺たちだが、意外と自由度がないのである。
「バド部の練習に顔出すか?」
「後輩たちの新体制が始まるのに、引退して早々出張るのは嫌だ」
「だな~~~」
持っていた菓子パンを食べ終え、幸太はカフェオレのストローを咥えながら、教室の奥にいる女子グループに顔を向ける。可南子が女友達と談笑しながらお昼を食べている。
「可南子も県大会あるから部長として頑張ってるだろうしな」
「気軽な立場の俺たちじゃ士気に水差しちゃうかもな」
「はぁ~、周りに人はたくさんいるのに独りぼっちな気分だ。」
「「 ヒマだ~~~ 」」
俺たちが群衆の中の孤独を感じて独白をする直前、ガラッと教室のドアが開いて、赤茶色の人物が入ってきた。手には大きなタッパーを持っている。中身は空っぽだ。
そして一心は、俺たちをジ――ッと見つめている
「よう一心。相変わらずデカイお弁当箱だな。野球部の昼食ミーティング今日は終わるの
遅かったんだな」
俺は居心地の悪い直視に耐えきれず、そう幼馴染に声をかけてみた。
畑中 一心は、俺とは幼稚園から小、中、高校はてはスイミングスクールまで一緒だった筋金入りの幼馴染だ。
幼馴染というとワードだけ見ると甘酸っぱさが連想されるが、男同士なのでそんなもんは湧き上がるはずもない。
赤茶色のよく日焼けした肌に白いワイシャツとのコントラストが映える。そして坊主。
高校の野球部に入ってからは筋肉がついて、身長は伸びていないのにデカくなって、本当に入学当初からは別人だよな~と思った。
「タカシ。頼みがある」
切実な表情をしながら、一心がガシッっと俺の両肩をつかんできた。
力入りすぎて痛ぇよ。
「お前、今ヒマだって言ったよな?」
「言ったけど……」
「放課後野球部グラウンドに来てくれ!運動できる格好で!!頼む!!!」
鬼気迫る表情で顔をグイグイ近づけながら、一心は俺に懇願してきた。
声がでかいよ。みんな見てるだろうが。
「わかったから落ちつけよ」
と一心を宥めていたら、そこで昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ったため、一先ず話は終わった。
―――――――――――――――――――――――――
放課後
俺は一心に文字通り腕を引っ張られながら、教室を後にした。
帰りに一声かけようとした可南子の機先を制した見事な一心の早業だった。
「一心君、タカシに何の用だったんだろうね。幸太君何か知ってる?」
「いや俺もわかんねぇ。野球部グラウンドにって言ってたから、野球部がらみじゃね」
「野球部のお手伝い?雑用とかライバル校の研究の手が足りないのかな?」
「あるいは勉強絡みかもな。テスト勉強期間に開くタカシの寺子屋はテスト期間の定番だし。単位がやばい部員でもいるのか」
「うん。特に数学は解りやすくていい。文系目線でとにかく赤点回避のポイント抑えてくれてるし。あれで救われた子が何人もいる」
「可南子は数学駄目だもんな~。なのに何で文系三教科に絞らねぇんだ?」
「別に…行きたい大学があるからだし……」
「穂高大学は数学難しいから、数学苦手な可南子には正直無理筋じゃね」
「な!!別にタカシと一緒の大学に行きたいから目指してるわけじゃないし!!」
「俺は一言も、タカシと一緒だからだろとは言ってないんだけどな~」
「んん~~!!」
盛大に自爆した可南子からバシバシ背中を叩かれるのから逃れるべく、幸太は話題を変えた。
「そういや女子部はこれから練習だろ、部長さん」
「もうっ。けど、隣のコートにタカシや幸太君がいないのは、やっぱり寂しいな」
「俺もタカシも暇だから、その内ダブルス練習とか手伝うぜ。タカシは気楽な俺らが出張るのをためらってる感じだったけd」
「絶対連れてきて」
「いいわね」
「はい」
食い気味で決然とした表情で可南子は幸太へ強く要求した。
―――――――――――――――――――――――――
可南子も部活へ行き、一人で下校することになった幸太は、タカシのことが気になったため野球部グラウンドへ寄り道した。
南高の野球部は、わが校の看板ともいえる部のため専用グラウンドがあるのだ。
過去に県大会の決勝までは何回か駒を進めたことがあるという実績により期待をかけられているのと、田んぼのど真ん中にある立地ゆえ、土地に困っていなかったというのが理由だろう。
ただ、私立の強豪校のようにスポーツ推薦で選手を集めてるわけではないため、県外のシニアクラブやボーイズの有力選手が入部してくる訳ではなく、地元シニアの中堅どころの選手や中学軟式出身者が主に入部してくる。
「えいほぉ~~」
「げぇぁお~~~」
言語化が困難な独特な掛け声が響く野球部グラウンドに到着した幸太は、キョロキョロとグラウンド内を見渡した。
広いグラウンドだが、幸太はすぐにタカシを見つけられた。なぜなら、白を基調としたユニフォームを着た野球部員たちの中に、一人だけ体育の授業で着る体操着姿の奴がいたからだ。
「次、外角に10球でお願いします」
「あいよ」
打撃練習用のバッティングゲージにいる打者に向かって、ピッチングゲージでヘッドギアをつけたタカシがピッチャーよろしく硬式球を投げ込む。
タカシがテンポよく投げ込んでいく球を、打者が次々打っていく。
あっけに取られていると、バッティングの順番待ちをしていた一心が幸太に気付いて声をかけてきた。
「よう幸太。タカシの様子を見に来たのか?」
「ああ。野球部の助っ人だって言うから、てっきり雑用かデータ整理の手伝いかと思ってたよ」
「タカシがバッティングピッチャーなんて意外だろ。タカシのコントロールがいいのは知ってたから、藁にもすがる思いでダメもとでやらせたら、これがどぴったしだったのよ」
タカシは野球競技歴はない。シニアや中学軟式野球部はおろか、リトルリーグにすら所属したことがない。
ただ、野球にどっぷりの一心との遊びでキャッチボールや自宅練習に付き合わされていたのだ。
「ま、一心が高校の野球部入ってからは、自宅練習に付き合わされることはなくなったから、久し振りだったな。硬球なんて今日はじめて握ったし」
「おうタカシ。バッピお疲れさん」
「手が汚れたから先に手を洗いたい」
「室内競技は軟弱だな」
「バッピ用の球が古いから余計手が汚れた気がする」
洗い場へ行って手を洗っていると、監督の川本先生が話しかけてきた。
「いいバッピだ。これなら言うことなしだ」
とタカシはケツをバンバン叩かれた。
「ストライクゾーンに安定して球を集められて、おまけに外角内角の投げ分けもできる。そして、球速も120km/hくらい。打ち頃で言うことなしだ」
「自分的には割と必死で投げてるんですけどね。そうすか、打ち頃の速度ですか……」
「いやいや未経験で120投げれるなんてかなり凄いぞ」
タカシは苦笑いしながらも、恰幅が良いなりのイメージまんまで、あけすけな物言いをする川本先生のことは元より嫌いではなかった。
「しかし、なんで部外の自分が呼ばれたんでしょう?」
「なんだ一心から聞いていないのか?」
「今日いきなり連れてこられてヘッドギアを被らされました」
「今、我が部は極端にビッチャー不足でな。入部したばかりの野手志望の1年までバッピに駆り出しているというありさまだが、これが中々ものになってくれなくてな。実戦形式のバッティング練習の投手が不足していたんだ」
「それで、肩のある控え捕手の一心にバッピを本格的にやってくれと頼んだ訳だ」
「で、それが嫌だった一心は俺を差し出したと」
一心は小学生のころから捕手一筋だが高校では正捕手の座を奪えずにいた。なにせ正捕手は主将で4番。まさにチームの柱のような頼もしい男なのだ。
「一心には野手のコンバートを提案していたんだがな。捕球力は高いがリード面で主将の茂雄に大きく水をあけられてしまっていた点は、本人もわかっていたようだが」
「あいつも当時悩んでましたが、やっぱり捕手を諦めきれなかったみたいですね」
「とは言え、夏の予選に向けて控え組はバックアップの機会が増えざるを得ない。まぁ今回は君という代案を示したんだから、監督の私としては問題ないがね」
「一心に一杯食わされたのは癪ですが、ちょうど中途半端に暇を持て余していたので自分としても都合がいいです。ぜひお手伝いさせてもらいます。」
「是非よろしく頼むよ」
差し出された川本先生の右手を俺も握り返す。
ノックバッティングのタコでゴツゴツした手だった。
今年は暑いですね。部活の人は頑張って
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