第18話 本当の引退
激闘の戦場 甲子園から優勝旗を持って穂高県へ凱旋したのは、大会の翌日であった。
俺たちの夏休みは残念ながら、数日しか残っていなかった。
その数日間も県知事への優勝報告やら凱旋報告と祝勝会やらで消費される。
なお三年生は夏休みの宿題は無いので、まだマシだ。
二年の藤井君は泣いていた
今日は8月31日
明日には夏休みが終わってしまう
唯一のオフ日だ
なお他の野球部員は、出身中学やクラブへ挨拶周りをするらしい。
その際、俺を一緒に連れて行こうと激しい争奪戦が繰り広げられたが、どれも舜速でお断りした。野郎にモテても嬉しくない。
かわりにサインを数十枚色紙に書かされるわ、ツーショットの自撮りを撮らされた。野郎に頼まれても嬉しくない。
久しぶりの通学路を愛車のロードバイクでかっ飛ばす。
背中にはいつものラケットバッグを背負っている。
ただし中身は、バットやグローブ、スパイクではなくバドミントンラケットとシューズだ。
うん、ラケットバッグにラケットが入っているのは当り前のことだよな。それ以外のものが入っているのがおかしいんだ、うん。
「よう久し振り。元気してたか」
体育館の扉を開けた。なんだか随分と懐かしい。
「え!?初山部長!!来るなら言ってくださいよ
「甲子園の試合感動しました!!」
「俺、テレビの取材受けましたよ。部長のことヨイショしといたので後でサインください」
バドミントン部の後輩たちがワッと寄ってきた。
「はいはい後でな。まずは準備運動と柔軟してこい」
「「「「 はい 」」」
バタバタと走って行った後輩たちを見送る
何故か引退後の方が部長としての求心力が上がっている気がする
「お、タカシが先か。さすが部長」
「元な。幸太」
幸太が同じようにバドミントンのウェアを着て体育館の扉を開けて入ってきていた。
「んじゃ、後輩に気を使わせないようにOB同士柔軟と基礎練習するか」
(パシッパシッ)
地面と平行にネットすれすれを飛ぶドライブの打ち合いをする
「反応遅くなってるぞ幸太」
「うるせぇ。こちとら夏に運動なんて何一つやってないんだよ」
ネットに引っ掛かってしまったシャトルを拾いながら幸太は苦笑した。
「そういや決勝はわざわざ観に来てくれたんだろ。ありがとうな」
「俺は決勝だけは観に行こうと思ってたからな。県大会決勝も観たし、俺が観戦した試合は勝率100%だぞ。勝利の女神と呼べ」
「うちの高校の関係者が観てたなら全員勝率100%でしょ」
「あ、モノホンの勝利の女神が来た」
「よ、可南子。今日は誘ってくれてありがとうな」
「ん、どういたしまして。後で女子部のダブルス練付き合ってね」
「おう」
なんだか久しぶりのバドミントン部の空気は新鮮と言うより懐かしさを感じた。
あと直射日光はないが蒸し暑い、体育館のこの空気はやはり暑かった。
―――――――――――――――――――――――――
「「 はぁはぁ 」」
「「 やりぃ勝利!! 」」
俺と幸太は膝に手を置いて荒い息をしながら地面を見つめて、可南子と美穂のペアがハイタッチをしている。
「幸太。お前、なんだそのモッサリとしたフットワークは。あと幸太よ。お前ちょっと太った?」
「お前、人が気にしてることを!!運動量は激減したのに食う量が大して減ってないから、増量は自然の摂理じゃ」
「いや食う量減らせよ」
「受験勉強の唯一の楽しみなんだから無理」
俺は野球部で強化した下半身により、さらに守備面は堅くなっていたのだが、いかんせん攻撃担当の幸太がズタボロだったため、攻めあぐねているうちに、何やかんや俺もミスショットしたりして可南子と美穂のペアに敗れた。
あと、豪速球を投げられたりホームランが打てるようになったのに、バドミントンのスマッシュは大して速くなっていないことは地味にショックな出来事であった。
「甲子園の優勝投手様も大したことないわね」
「初山先輩倒したって皆に自慢しよ~」
可南子と美穂は「プーくすくす」と笑っている
後で聞いたら、可南子は甲子園応援の期間もラケットを持って行って、勉強の息抜きに素振りフットワーク練習をやっていたらしい。
「はいはい負けました負けました。勝者には敗者からジュースを奢らせてもらいます」
「部員みんなのね」
「え?」
「甲子園で、この夏休みあんまりお小遣い使ってないの桃子さんから聞いてるから」
「奢りはOBの務めっすよ」
気がつくとニコニコとした部員達に囲まれていた。
逃げられない。
俺は観念して千円札数枚を差し出した。
―――――――――――――――――――――――――
バドミントン部の部活が終わったあと、野球部にも顔を出した。
すると先客で一心と茂雄が来ていた。あいさつ回り終わりのようで制服姿だった。
「おうタカシ。バドミントン部に顔だしてたのか」
俺の格好を見て一心が話しかけてきた。
「ああ。久し振りで楽しかった」
財布は軽くなったがな
「そういやタカシ。俺と茂雄なんだけどさ、稲大学の推薦の話が来た」
「本当か!?六大学だし良かったじゃん」
「ちなみにタカシも稲大から推薦の話来てたのか?」
「ああ。もう断っちゃったけど」
「稲大の野球部なら就職でも引く手あまただろうに」
「俺は大学進学する場合なら穂高大にするつもりだから」
「やっぱりプロ志望届出すのか?」
「ああ。決めたよ」
「そうか……就職先はドラフトのくじ次第か」
「就職先がくじ引きで決まるって、冷静に考えたら凄いよな」
「ま、あんだけ騒がれてんだ。ドラフトの目玉だろうな」
甲子園優勝が決まった直後の喧騒を思い出しながら、後輩部員たちが守備練習している姿を眺めた。
『最後の一球は日本最速 167km/h』
『地方公立高校の快挙』
『甲子園初出場初優勝 穂高県へ優勝旗が渡るのは50年ぶり』
『ドラフト争奪戦 メジャー球団も獲得に動く!?』
『大学進学濃厚か!?全国模試成績優秀者欄に初山選手の名』
「まさか春に受けた模試の成績まで全国のお茶の間に開示されると思わなかったよ。」
「偏差値バレとか聞いたことない単語だな」
ちなみにテレビではさすがに順位や偏差値はモザイクがかかっていたが、ネットでは俺の順位と偏差値が公開されてしまっている。受験した人には普通に公開されてる情報だから仕方がない。
「勉強してる所を撮らせてくれ、バドミントンしてる所を撮らせてくれって撮影の注文がうるさかったな」
「学校も文武両道の良いイメージになるからって積極的だしな」
「学校側には慣れない甲子園の対応で骨折ってもらったから、ちょっとは恩返ししないとな」
「県大会の開会式で制服姿で行進してるタカシの映像と、結局最後までエナメルバッグじゃなくてバドミントンのラケットバッグ背負ってるタカシの映像は何回テレビで観たかわからんな」
「野球歴が短いことが視覚的に解りやすいからよく使われてるんだと」
「俺の家の前の地獄坂をロードバイクで登るのが最近、近辺の自転車乗りの中でブームらしい」
「タカシの強さの秘密とか言われてテレビに出てたもんな」
口ぐちに俺関連の報道をいじる一心と茂雄がいい加減嫌になってきたので話題を変える。
「けど、これでようやく正真正銘引退か。」
俺は5月からの助っ人期間を振り返る。
当初はこんな夏休みが丸潰れになることなど想像もしていなかった。
青春の延長戦のつもりが、ずいぶん遠くまで来てしまったようだ。
「ん?何言ってんだタカシ。まだ引退じゃないぞ」
「へ?」
予想外の言葉に俺は間の抜けた声を出してしまった。
「国体があるだろ。夏の甲子園ベスト8以上は出場確定だぞ」
「マジ!?」
「国体は9月末だからな。3年は推薦で進路決まった奴だけ出場だな」
「代も変わったから、3年は自主練習メニューだな」
「っていうかプロ行くなら自主練習必須だろうが」
「またバッピ頼むぜタカシ」
逡巡した後、ハァとため息をついて俺は一心と茂雄に答えた
「平日週3回だけな」
最終話っぽい締めだけど、まだもうちょい続きます。
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