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第12話 甲子園出場により変わる世界

(ミーン ミーン)


真夏の暑い日の夕方


 今日の練習が終わった後

 俺は今、クーラーの効いた校長室のソファに座っていた。

 横には川本監督が座っている。

 目の前には知らんおっさんが座っていて、大きな身振り手振りで熱弁していた。



「ぜひ初山選手には来年、我が翔揚大学野球部に入っていただきたいのです。

我が大学は現在、東都リーグ二部で一部昇格を切望しています。是非、初山選手にはそ  の原動力となっていただきたいのです」


「はぁ……」


「スポーツ推薦でもちろん学費は全額免除です。入試は小論文と面接ですが、ほぼ形式上のものです」


「今は甲子園のことで頭がいっぱいなので、大会後にあらためて考えてみます」


「もちろん返事は大会後で構いません。では、良い返事がいただけるのを期待しております」


翔揚大学野球部の監督さんだか部長さんだかが退室していくと、

「はぁ」とため息をついた。


「いまので何校目ですか?」

「15校目…いや16校目か」

「地元大学から東京の大学まで幅広いですね」

「正直、ワシも経験の無いことだから疲れる」


 本来、強豪高校ならばある程度、大学との選手の供給ラインが出来ているが、我が南高はそういったルートやコネなどが無い。

 逆に言うと何もしがらみが無いため、どの大学もワンチャンを狙って声をかけに来ているようだ。

それだけ、150km/h後半台を高校生で放るピッチャーは獲得したいものらしい。


 正直、スポーツ推薦で大学へ行くのは考えてない。

 野球部に4年間、場所によっては寮生活ってのはしんどそうだ。

 大学は普通に穂高大学法学部に一般受験で行くつもりだし、推薦が来ている大学が偏差値的に穂高大学より高いという訳でもないし。


「初山もゆっくり考えてみるといい。進路に幅ができたのは基本的に喜ばしいことだからな」


 ポンッと肩を叩いて川本監督は退室していき、俺も帰路についた。


 甲子園への初出場が決まってからは、本当に慌ただしい。

 地方大会が終わったが、甲子園の開会式までは意外と間が空いていない。

せいぜい10日間程度だが、これでもかとイベントが盛りだくさんだ。


 壮行会や地元市長への表敬訪問など公的な行事に加え、練習中にもマスコミ取材やらが入る。インタビューへの返しはようやく最近慣れてきたところだ。


 しかし、自分たちなど比じゃないほど忙しいのは周りの大人だ。


 壮行会の企画から、大応援団の一団を運ぶためのバスや宿の手配、寄付金の募集・受け入れ管理、チケットの申し込み受付


 南高の事務局の人たちは、慣れぬ事務仕事や発注業務に忙殺されていた。

 寄付金は思ったよりもかなり集まったそうで、資金的に目処がある程度立ったとのことなので一安心だが、やはり初出場ということで、多くのOBや周辺企業からかなり集まったようだ。


「甲子園ってやっぱり特別だよな。バドミントン部が全国大会に出たって、こんな騒ぎにならん。在校生はおろか地元の人やOBまで応援に足を運ぶほどの熱があるわけないからな」


「甲子園は夏の風物詩だからな。それに応援とはいえ直接参加できる機会って滅多にあることじゃないからな」


 特に南高じゃあなと苦笑しながらボールをしゃがんだ体勢のまま、俺に返球してくる。


 今、俺と一心は、一心の家の庭でブルペンよろしく投球練習をしている。

 すでに空は暗くなっているが、農機具を保管する小屋から投光器を引っ張りだして使っている。


「初出場だから。一生に一度かもだから。ってキーワードを最近よく周囲で聞くな」

「財布の紐を緩めたり、仕事や学業をほっぽり出すための常とう句だな」


 ちなみに俺の親も一心の親も例外ではない。

 野球のユニフォームは有無を言わさず、全員新調されることとなった。


 グラブはそもそも買って三か月なので、俺のは新調する必要はない。

 バットも手になじんでいるから、スペアで一本買い足しただけ。


 エナメルバッグも買うように言われたが、さすがに他の部員はバッグまでは新調しなかった。1個だけの発注ではかなり高くつくため、今まで通りラケットバッグだ。


 最近はこのラケットバッグを担いでいる風体が新聞にも載り、俺の代名詞になっている。



 「で、こいつは物になりそうか?」


 一心が呼びかける。


 「わざわざ秘密特訓で一心を付き合わせてるんだからな。物になってくれなきゃ困る」


 「俺のことは気にするな。今は、マスコミや野次馬が常にいるからな。練習中にやるのは無理だもんな」


 「助かる」


 「けど、まさか自主練習がしたいとはな。週三回勤務のタカシ君がどういう風の吹きまわしだ?」


 「最近は行事ごとや取材やらで実質、週三回練習だな。それに…」

 「それに?」


「自分たちに皆が期待してくれて、我がことのように喜んでくれてるんだ。ちょっとくらいは頑張ろうと思ってな」


「自主的に残業するくらいは…か」

「残業代は後で請求する」

「どこにだよ」



 投光器の眩しい光の下、俺は一心に投げ込んだ。




―――――――――――――――――――――――――




「ただいま。腹減った~」


 一心の家での自主練習を終えて帰宅した俺は、ラケットバッグを放り出して寝転がりたい衝動に駆られながら、まずは洗濯物をバッグから取り出した。


「おかえり。洗濯物は洗い場に置いといて。下洗いするから。

ご飯はダイニングテーブルの上よ。汁物は自分で温めなさい」


「あんがと」


 俺は小鍋をコンロにかけ、丼ぶりに米をよそって食べ始める。

 今日のおかずは豚しゃぶサラダに肉じゃがだ。


「そういえばさ~」


 母が洗い場で汚れものを下洗いしながら話しかけてくる。

 洗い場とダイニングテーブルが離れているので大声だ。


 「なに~?」

 「甲子園の応援の時に泊まる宿だけど、可南子ちゃんも私と同じ部屋に泊まるから」


 「ゴブッ」


 思わず口の中の肉じゃがを噴き出しそうになった。


 「なんで可南子が!?」


 「あの子、毎試合応援には行くつもりみたいだから、じゃあ保護者の宿の宿泊者数に余裕あるからって私が誘ったのよ」


 「そんな知らないオバサンと寝泊まりとか、よく可南子もOK出したな」


 「可南子ちゃんは即OKだったわよ。可南子ちゃんの親御さんの説得に骨が折れたくらい」


 「あいつ受験生なのに何考えてんだ。下手したら半月くらいの滞在になるのに」

 「あら、決勝まで残る気満々ね。我が息子ながら豪胆だわ」

 「可能性の話だ」


 母の茶化しを生真面目にいなす。


 「可南子ちゃんは応援以外の起きてる時間は勉強に費やすからって両親に土下座までして頼んだらしいわ。」


 「そんなこと、俺には全然言ってなかったのに……。っていうか、なんでそんな俺より、可南子の事情に母さんが詳しいん?」


 「可南子ちゃんとは毎日やり取りあるしね。ほら言ったでしょ。県大会決勝のスタンドで一緒に応援した時に連絡先交換したって」


 そうなのだ。俺が紹介などしていないのに、いつの間にかうちの母と可南子は知り合い、それどころか俺を介さず二人で連絡のやりとりまでしているようだ。

 幸太からは外堀埋められたから、あとは火だるま落城されるだけだなと笑われた。

大坂夏の陣かよ


 「今度、可南子ちゃんのご両親が我が家に挨拶に来てくれるって。そんなのいいのに恐縮しちゃうわ」


 俺は頭を抱えた。


 落城を覚悟した淀君の気持ちがほんの少しわかった気がした。


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