第11話 県大会決勝 後編
「凄い凄い!!!」
タカシのソロホームランが飛び出した時
私と美穂は思わず抱き合って飛び跳ねて喜んだ!!
「タカシ先輩ちゃんと打てるんじゃないですか。可南子先輩、バッティングはてんで駄目だって言ってたのに」
「タカシがそう言ってたんだもん。けど、今はそんなことどうでもいいじゃない」
「ですね~~~」
三塁側スタンドの南高応援団席はお祭り騒ぎだ。
息苦しい投手戦の様相を呈していたのが、ついに均衡が破れたのだ。
それが目の覚めるようなホームランとなれば興奮するなという方が酷というものだ。
「は~い。暑いからね。水分どうぞ~」
大きなツバの帽子にタオルを首に巻いた女性がスポーツドリンクを紙コップに注ぎながら、手渡してくれた。
興奮冷めやらぬスタンド内でちゃきちゃきと動き回っている。
「ありがとうございます。いただきます」
可南子はペコリとお辞儀をして、紙コップを受け取った。
「さっきタカシのこと話題にしてたわね。タカシのクラスメイトさんかしら?」
「え?あの……」
「あ、ごめんなさいね。おばさんが急に話しかけちゃって。ほら、みんな初山君とか初山投手って呼ぶから、下の名前で呼ぶから親しいのかなって思って」
「はい。クラスメイトで、同じバドミントン部だったんです」
「あ!!ってことは、あなたが可南子ちゃん?女子部の部長さんの」
「は、はい」
なんでこの人は私のことを知ってるんだろう?
可南子は訝しく思い、目の前にいるご婦人を観察した。
見たところ、野球部の父母会の人っぽいから、野球部員の誰かのお母さんだと思うけど
野球部員…… 私を知っている……
あ!?
「もしかして、あの……」
「タカシの母の初山 桃子です。あの子がお世話になってます」
ペコリと頭を下げたタカシの母に、可南子は慌てて立ち上がり、90度のお辞儀で
「こ、こ、こちらこそタカシ…君 いや、初山君にはお世話になってます!!」
ひたすらペコペコと頭を下げる可南子につられてか、何故か美穂も立たせられて頭を下げさせられる。
「いいのよ畏まらないで。あの子とはよく勉強一緒にしてるんでしょ?」
「ふぁ、ふぁい!!勉強させていただいています!!」
全く予期せぬタカシの母とのファーストコンタクトの衝撃で動揺が抑えられない可南子はまだ声が上ずってしまう。
「受験勉強で大変なのに、応援に来てくれてありがとうね」
「いえ、母校が甲子園に出れるかもの瀬戸際なんですから、当然応援に行きますよ
勉強の方は順調ですし」
少々落着きを取り戻してきた可南子は(キリッ)とした返答をする。
「可南子先輩さっき前回の模試マジやばかったって言ってたじゃ…ウグッ!!」
可南子の肘鉄が美穂の脇腹に入った。
美穂に横目で
( マジで今は黙れ )
と本気の殺意がこもった視線を一瞬向け
タカシ母に淑やかな表情で振り向き談笑を続ける
(姑の前でいい恰好したって、後でバレるっすよ……)
と美穂は思いながらも、君子危うきには近寄らずよろしく大人しくすることにした。
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4回裏 第一高校の守り
マウンドの上
第一高校 佐野投手は無表情だが、内心は荒れ狂う海の如くかき乱されていた。
『打たれた』
『撃たれた』
『討たれた』
『打ち気がない奴だと思っていた』
『それでも手を抜いた投球をしたつもりはなかった』
『いや、所詮は素人だからとの油断がどこかにあったのか』
『でも、これでもう油断しない。次の打席ではきっちり……』
(カキィイン!!)
ハッ!として打球の行方を茫然と眺める。
一心の一振り
打球を追いかけ下がっていたレフトが追うのをやめた。
レフトポール直撃の2ランホームランだった。
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「こんな風に決まるんだな」
一心が防具を装着しながら言った。
「何が?」
一心のひとりごとのようにも聞こえたが、いちおう反応して返してやる。
「夢が叶う瞬間さ」
「………。」
「ガキの頃から何度も夢見た。甲子園行きを決める瞬間。夜寝る前に何パターンも妄想した」
「このパターンはあったのか?」
「いや、大体は同点のまま最終回だ。その方が盛り上がるだろ?」
「そうかもな。じゃあ、このシナリオはボツか?」
「フィクションだったらリアリティが無いって言われてボツだよな」
電光掲示板を見上げる
8-0
「まさかエラー0とはな。昨日の様子からしたら5失策はするかと思ったんだけど」
「見事だったろ」
「ああ。まさか、バントすらさせない投球をするとはな」
「問題は根本解決するのが良いんだよ」
「守備したくないだけだろ」
「この後、また守備練習だよな。今から気が滅入るよ」
「県大会の決勝真っ最中に先のこと考えんな。ふ抜けた球投げるなよ」
「それは安心しろ。最終回も絶対、守備なんてやるつもりないから。相手には悪いが本気だ」
俺は
9回表のマウンドに向かった。
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(私はどこで間違ったのだ……)
第一高校野球部監督はそう、内心で自問自答した。
(他校の選手とは違い相手ピッチャーの事前データがほとんど無いのは仕方がなかった)
(ゆえに、準決勝で見せた大きなディスアドバンテージ 守備の不安を徹底的に突くことにしたのだが……)
(まさか、バントすらさせてもらえないとはな)
打席が二巡目に入ってから、相手ピッチャーの球威がさらに上がった。
150km/hから5~8km/hは球速が上がった。
うちの選手にとっても未知の球速だ。おまけに一級品の糸引くストレート
バントすらまともに出来なくても選手たちを責めることはできない。
(この期に及んで、まだ先があったとは……
これでは、どんな作戦を立てようとも大した意味がなかったか)
(ふっ)
(球児の成長には毎度毎度驚かされるが、これはさすがに規格外だったな……)
監督という立場ゆえ試合中なので毅然とした表情は崩せない。そのため、心の中で自嘲した。
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「相手は代打ですね。強いのかな」
「いや、あれは思い出代打よ。正直、この点差を覆すのは現実的じゃないからね。ベンチだった子に公式戦最初で最後の打席に立たせてるのよ」
「なるほどですね~。さすが桃子さんです」
「私も一心君のお母さんに聞いてただけよ~私も慣れない中で必死なのよ~」
可南子はタカシの母と意気投合したのか、隣り合った席に座って観戦している。
「なんかすごい勢いでタカシの外堀が埋められている気がする」
「そうっすね。本人の知らないところで」
幸太と美穂は、後ろの席で応援していた。
「けど、タカシが先制ホームラン打ったってマジ?すげぇな」
「マジですマジです。幸太先輩は5回から来たから見てないっすよね」
「予備校の夏期講習のコマがあったからな。コマの狭間だからまた予備校へトンボがえりだ」
「ちゃんと受験生やってますね」
「タカシみたいに余裕あるわけじゃないからな。けど……」
「こんなお祭り騒ぎ。参加しなきゃ一生後悔する」
「ですね」
9回表の南高の守備
ここを守り切れば南高の優勝だ
守備の間、応援団は座席に着席して手を胸の前で組んで打たれないことを祈る。
タカシがアウトを一つ取るたびに歓声と拍手
「あと一人!! あと一人!!」
2アウトであとアウト1つ
ここで皆立ち上がり、人差し指を立てて頭上に掲げながら叫ぶ
半ば悲鳴のように連呼するスタンドの面々。中にはすでに涙ぐんでいる者もいる
そして、ついにその瞬間が訪れる。
(バシーンッ)
空を切った相手打者がその場にうずくまる。
「ストラックバッターアウッ ゲームセット!!」
審判のコールを聞き、タカシはガッツポーズをして目を細めた。
「やったぞおおおぉお!!」
一心が頭上に白球をかかげながら、こちらへ駈け出してくるのが見えた。
と、背後からも内野陣がこちらに走ってくる。
何故かスローモーションに見えた。
(みんな泣きながら笑ってんな…)
そう思ったタカシの目じりにも光るものがあった。
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「やったぁぁぁあああぁぁぁ!!!!」
「きゃあああぁぁぁああぁぁ!!!!」
「うわああああぁぁああああ!!!!」
南高スタンドは歓声に包まれ熱狂に支配されていた。
隣の名も知らぬ在校生、先輩なのか後輩なのかわからないが、そんなものは気にならない。
お互い抱き合って勝利を喜び合う。
メインの応援席からは少し離れた位置に陣取っていたOB達は、みな人目を憚らず男泣きに泣いていた。長年、あと一歩で果たせなかった悲願が、今実現されたことに我がことのように喜んでいる。
部員の父母たちも顔をくしゃくしゃにしながら拍手していた。
熱狂の渦中の中、選手たちは整列し、校歌の前奏が流れ始める。
スタンドにいる面々も自然と肩を組み、校歌を泣きながらがなった。
校歌の演奏が終わると、選手たちは一斉に応援席に向かって走り出した。
皆、弾けんばかりの笑顔だ。
「応援ありがとうございました!!甲子園でも応援よろしくお願いいたします」
整列して主将の茂雄が大きな声で号令をかけ、一同が深々と礼をする。
「俺たちの悲願をありがとう!!ありがとう!!」
「甲子園も絶対応援行くぞぉ!!」
「監督胴上げせぇ胴上げ!!」
そういえば試合開始前に監督胴上げするって言ってたもんな。
「やろうぜみんな」
「集まれー、監督こっちですこっち」
「胴上げは表彰式の後だぞ。今は……」
と川本監督は及び腰だ。
「そんなもん、何回やってもええもんでしょ。やりましょやりましょ」
「「「「 そーれ 」」」」
「ワーッショイ!ワーッショイ!!」
川本監督が宙に舞った。
「ありがとう。ワシも夢が叶ったわ」
笑顔で目を細める監督。
なお、胴上げは本来、表彰式の後に行うもので、この時にはマスコミのカメラマンがグラウンドに入っていなかったので、後でもう一度胴上げをすることになった。
後に、監督は大会運営側に謝ったそうだが、初優勝で慣れていないからしょうがないと笑って不問に処されたそうだ。