第1話 引退
1話は野球のやの字も出てきません
「第三シングルスゲーム。マッチワンバイ 穂高県立穂高東高校」
「団体戦予選第一試合は穂高南高校―穂高東高校 1-3で穂高東高校の勝利です」
まだ蒸し暑さはさほど感じない市の総合体育館に主審の抑揚のない声が響いた。
この瞬間、俺の……穂高南高校の夏が終わった。
などとセンチメンタルな気分は湧いてこなかった。
こういう感情は後から湧き上がってくるものなのかもなと一瞬考えたのち、
すぐに俺は部長として公式の場での最後の仕事をする。
「集合!」
(タッタッタ)
「「「「「ありがとうございました!!」」」」」
中央コートのネット際に我が南高のチームメイトが整列し、相手校である東高の選手たちと握手をかわす。
「次の試合も頑張ってください」
「ありがとうございます」
部長同士の儀礼的な勝者への激励を終えた俺は、チームメイトを見回した。
みな一様に悔しくて泣いている訳でもなく、終わった終わったという顔だ。
そう、ただ終わったのだ。
我らがバドミントン部の夏が………
いや……1つ重大な誤りがあった。
訂正しよう。
今は高校3年の4月後半。来週末からゴールデンウィークが始まるという頃。
断じて夏は終わったどころか始まってすらいなかった。
「これでもう終わりか~」
「けど、かえってゴールデンウィーク始まる前に終わって良かったかもな」
「ゴールデンウィーク遊びにでも行くか」
「ば~か。受験生なんだから切り替えろよ。塾の自習室で勉強勉強」
「うげ~~~」
試合後に名ばかり顧問の教師から、この経験が今後の人生に云々というありきたりな訓示をもらい、部長である俺は後輩にお前たちが次代を作っていけ云々となおざりな挨拶をした後、俺達は荷物を置いているスペースでチームメイトと駄弁っていた。
試合結果や大して落ち込んでもいないチームメイトを見ての通り、我らが南高バドミントン部は弱小だ。
俺も含めて、バドミントンを始めたのは高校からという部員がほとんど。
俺達が高1の時の3年生がなまじっか強かったせいで、練習メニューは結構過酷だった。
そのため、当時2年生の俺たちの直上の代の部員は全滅。俺たちの代も団体戦がギリギリできる人数しか残らなかった。
そして当時の3年生が引退したら、当時1年生だった我らの天下。
キツイ練習は無く、まるで大学のサークル活動のような緩さ。
中学時代に学級委員をやっていたからというふざけた理由で、投票により部長を押し付けられたのが俺にとってはマイナスポイントだったが、そのせいか練習だけは休まずに出て、そこそこのレベルにまでは達していた。
「ま、俺らは一先ずダブルスで1勝できたから満足かな」
そう言って、ダブルスのパートナーの新城 幸太が肩を組んできた。
幸太は唯一、中学時代にバドミントン部競技歴がある奴で我が部のエース。
エースで経験者なのだから幸太が部長をやれと言ったが、頑なに引き受けようとせず、その結果俺が貧乏くじを引くことになった訳だ。
「タカシ。部長おつかれさん」
「1年生から部長だからマジで疲れたよ。先輩たちに交じって部長会議に呼ばれる緊張がお前にわかるか」
「わからん」
「この野郎」
肩に乗った幸太の手をハタこうとしたら、ヒラリと幸太は俺から離れた
「でも役得もあったろ。女子部の部長の可南子と仲良くなれたんだし」
「可南子といえば思い出した。午後から女子部の団体戦が隣の第二ホールで始まるな。みんな、折角だから応援に……」
「あいつらもう帰っちゃったよ」
そう幸太が言うとおり、俺が幸太とじゃれている間に他のチームメイトは既に荷物をまとめていなくなっていた。
「俺達って、結局チームとしての纏まりは、てんで無かったって事を最後にマザマザと見せつけられたような気分じゃないか?」
俺が悪い意味でセンチメンタルな気分を言葉として吐き出した
「個人競技だしそんなもんだよ。幽霊部員なのに3年の最後まで試合に付き合ってくれただけで、俺としては十分義理がたい奴らだったと思うよ」
幸太は飄々とした口調で俺の吐き出した悪いものを丸めてポイっと投げてくれた。
「そうなのかもな……。お前のそういう意外と本質をついてる所は、部長向きだったと思うんだがな」
「今さら苦情は受け付けねぇよ」
「さて、昼飯食ったら女子部の応援に行くか」
「おうよ。タカシが応援に行ったら可南子も喜ぶぞ」
「団体戦なんだから応援するのは女子部みんなだろ。ほら昼飯済ませに行くぞ」
勝ち進んでいれば午後まで試合があるので作ってもらった母さんの手製の弁当に、少し情けなさを感じつつ弁当をたいらげた俺と幸太は、女子部の団体戦が行われる第二ホールへ向かった。
我が南高の女子バドミントン部は結構強い。エンジョイ勢である幽霊部員は男子部以上に多いが、中学から経験のあるガチ勢で試合には臨んでいるので、チームとしてしっかり機能している。
結果、部長でエースの可南子の活躍もあり、南高女子バドミントン部は見事県大会への切符を手に入れた。
「そっちは初戦敗退か~お疲れさまだね」
沖 可南子はそう俺たちを労った。
時刻は夕暮れ時、ラケットバッグを担ぎながら、俺と幸太と可南子の三人で、大会会場から結構距離がある最寄り駅に向って歩いていた。
本当は試合が終わったら、可南子たち女子部員に「おめでとう」と一声かけて俺と幸太は先に帰ろうと思っていたのだが、可南子に
「表彰式も見ていって!!で、一緒に帰ろ」
と言われたために、この時間になった。
初戦敗退した俺たちの傷に塩を盛るかのような行為にも思える。
「けど、俺とタカシのダブルスで1矢はむくいたんだぜ」
「見てたよ。相手、中学からの経験者のペアだったのに、よく勝てたね」
「幸太のおかげだよ。俺はただ幸太が点決めるのを隣で眺めてただけさ」
そう俺が自虐すると、可南子は俺たちの前に華麗なフットワークで回りこみ、屹然とした表情でまっすぐ向きなおった。さすが女子部のエース、いいフットワークをしている。
「そんなことない!タカシが守備で安定して相手のシャトルを拾えてたから、幸太君の速攻が活きて勝てたんだよ。」
「私ずっと見てたよ。先輩も顧問の先生も碌にいない、誰に強制されるでもない部の状況で、タカシが地獄のフットワーク練習をきっちりこなしてきてたのを」
「だから……」
「自分のこと、お荷物だみたいに言わないで」
可南子は立ち止まりうつむき、肩をふるわせている。
なんで勝ち進んでいる方が泣きそうになっているのかわからんが、少々俺が自虐的に過ぎていたのかとも思えた。
「すまんな。俺のこと見てくれてたんだな。ありがとう可南子」
素直に反省の弁を述べると、可南子はプイと顔を背けた。
西日の方角に顔を向けたので眩しいはずだが、可南子はこちらを見ない。
「良かったな可南子。タカシの素直なお礼もらえて」
「うるさいよ、幸太君」
可南子が照れくさそうに幸太の脇を小突いてと二人がじゃれ合う所を後ろから眺める。
幸太と可南子は同じ中学の出身、二人とも当時からバドミントン部で旧知の仲だ。
二人の掛け合いを見ながら、夕暮れの空を見上げた。
「真夏の炎天下の太陽の下じゃないけど、これが俺の引退か……」
と独りごちた。
今年の甲子園も何とか開幕しましたね。
中継のお供に本作をどうぞ。