影使いのロク
第一章の初めの部分で登場した劇中劇になります。
義経と弁慶の物語をヒントに作った和風ファンタジーで、六郎の持つ笛は「薄墨の笛」をイメージしています。
新右衛門は思いつきで、弥彦は構想中の秘仏転生ものからの流用です。
一応、バトルシーンまで書く予定です。
今は、昔。都に掛かる大橋。そこに夜な夜な為右衛門十郎丸を名乗る身の丈六尺三寸の大男が現れては、乱暴狼藉を働いていたという。
その噂を聞きつけた腕自慢の武士たちは、我こそは、と言わんばかりに自慢の名剣名刀を携え、十郎丸に立ち向かって行ったが、ことごとく返り討ちに遭ってしまい、ついには、恐れ慄いて誰も大橋に近づかなくなってしまった。
困り果てた時の帝は、占い師に十郎丸を討伐することの出来るものを探し出す様に命じた。その結果、白羽の矢が立ったのが都の端にある出多羅面山に住む六郎という小天狗であった。
『天狗の住まう山というから、もっと、鬱蒼とした木々が広がっている未開の山とばかり思っていたが、随分と道が開けているのだな』
夜。勅使として六郎の住む出多羅面山に入った瀬川新右衛門は、幅が 五間くらいはあろうかという整備された道を歩きながらそう言った。『しかし、いくら道が開けているとはいえ、こうも暗いと、なんというか、明かりが欲しい所だな』
『へへ、旦那様。影使いの住む山で明かりはご法度ですぜ?我慢してくだせえよ』
道案内をする弥彦という男は、不気味に笑いながらそう言った。
『影使い?』
『へへ、旦那様は何も知らねえんですな。旦那様がお探しの六郎が使える異能の力の事でさぁ』
『異能の力?妖術の類の事か?』
『いや、似ていますがね、全くの別物ですぜ』
弥彦は、そう言った。
『別物……、か。すると、妖術には出来ぬ事、例えば、時を戻せたりも出来るのか?』
『いやいや、アレにそんな力はありませんぜ』弥彦は、笑いながらそう言った。『それに、時を戻すなんて大それた事が出来る力、この世にありゃしませんぜ』
『何故わかる?』
『へへ、出多羅面坊様の受け売りでさぁ。あたしはよくわかりませんがね、この世の理がなんちゃらって言ってましたね』
そんな話をしながら歩いていると前方に明かりが灯る小さな小屋が見えて来た。
『ほうら、見えてきましたぜ?あれがこの山に住む大天狗である出多羅面坊様の住む小屋ですぜ?』
『そこに六郎という小天狗がいるのか?』
『へえ、そうです』
弥彦がそう言った時だった。伸びやかで透き通る様な笛の音が静かな夜の山に鳴り響いた。
『な、なんだ?』
新右衛門が辺りを見回しながらそう言うと、弥彦は上を見上げながら『おおーい、ロクッ。お前さんに客人だぞーっ、いっ』と言った。
すると、ふわり、と新右衛門の目の前に端正な顔立ちの山吹色の服を着た齢、十四五、六の少年が降り立った。手には薄墨色の古びた笛を持っていた。
『なに?オッちゃん』
『ロク。こちらの旦那様がな、お前に用事があるそうだ』弥彦は、そう言うと新右衛門に『こちらが、旦那様がお探しの六郎です』と言った。
『……ふむ、小天狗と聞いて来たのだが、まるで人間の童のようだな』新右衛門は、六郎を見ながらそう言うと咳払いをした。『お初にお目に掛かる。私は……』
『ま、立ち話もなんだからさ、中に入れって、な』
六郎は、新右衛門の言葉を遮るようにそう言った。
『お、おい。まだ、話の……』
『……旦那様。ロクは、世間知らずでしてね。まあ、許してやってくだせぇ』
弥彦が、新右衛門の耳元でそう囁くと六郎が、小屋の入り口に立ちながら『オッちゃんもどう?』と言った。
『へへ、じゃあ、遠慮なく……』
弥彦は、そう言うと小屋の中に入っていった。
『新右衛門って言ったっけ?アンタも早く、入りなよ』
六郎は、そう言った。
『俺を呼び捨てとは、いい度胸だな。勅命でなければ……』そう呟きながら小屋に向かって歩き出した新右衛門は、ふと、ある事に気がついた。『いや、待て。あの小天狗。何故、俺の名を……』
新右衛門は、そう呟きながら六郎を見た。六郎は、年相応の少年といった屈託のない笑顔を浮かべていた。しかし、新右衛門は、それがひどく不気味に思えた。