所在不明
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1985年10月23日
植木 知久 26歳 東京都墨田区 旧東武伊勢崎線 曳舟駅
「おい、植木。終電後の見回りだ。行ってこい」
「はい!」
植木は二回り上の先輩の阿部に終電後の見回りを頼まれ、懐中電灯を持つと急いでホームへと向かった。
ホームにはいくつかの心もとない蛍光灯がいくつかともっているだけで、霊の類が苦手な植木にとって、このホームの見回りは恐怖そのものであった。
東武鉄道に勤め始めて4年になるが、当初配属されていた久喜駅に3年間の勤務後、急遽転勤を命じられ、配属をされたのがこの曳舟駅だ。
久喜駅と違い、東武伊勢崎線の中でも各駅停車でしか停車することのないこの駅の乗降率は高いものではなく、正直なところ仕事がしたい植本にとっては退屈そのものであった。
「ったく、人使い荒いな……」
植本は阿部に聞こえないように悪口を吐いた。
阿部はこの環境を天国だと思っているらしく、駅員室で煙草を吹かしながら、成人雑誌を開きニタニタと笑っている姿を見ると、なんで俺はこいつにコキ使われなきゃならないんだとストレスを溜めていた。
植本は懐中電灯を照らしながら、早歩きで見回りを済ませていく。
いつもならホームの半分まで歩き、適当にチェックした後に、向かいにある反対のホームも確認して、あとは自動販売機の温かいコーヒーを買って外で時間を潰すことが日課であったが、今日は半分まで来たところで先まで確認しようという気にふとなってしまった。
懐中電灯を照らしながらホームを2/3まで歩いていき、ホームの端っこにあるベンチまで来ると、反対側の下りのホームのベンチに人影が見えた。
「……こんな時間に人?」
植木は慌てて、1階へと降りる階段へと走っていき、そのまま反対側のホームへと繋がる階段を駆け上がった。
反対のホームを出ると、不気味なぐらい静かな空気が流れていて、風の音だけが木霊している。
「誰かいるんですかー……?」
植木がか細い声で呼びかける。
誰も返答がなく、そのままゆっくりとその人影のあったベンチへと歩みを進めた。
「あのー……」
植木はその男のもとまで歩み寄り、肩を叩いた。
その感触は銅像を叩いてるかのように硬く、冷たい。
叩いても微動だにしないその男の肩を掴むと、左右へと揺さぶる。
その途端、男は膝から崩れ落ちるようにしてドサりと地面へと倒れた。
ごろんとその男が仰向けになると、そこには目を見開き、青白い肌で唇は紫色に変色した無表情の男の顔が薄暗い夜の中ではっきりと植木の目に映った。
「うわああああああああああ!!!!」
植木は叫び声をあげると、そのまま懐中電灯を放り捨て、駅員事務所へと全速力で駆け込んだ。
「あ、あ、阿部さん!ほ、ホームに男の!」
「なんだようるせえな。ちゃんと話さねぇとわかんねぇだろ」
「男の死体があったんです!」
「なんだって!」
阿部は急いでみている雑誌を閉じ、吸っている煙草を灰皿でもみ消すと、急いで植木のいうホームへと向かった。
懐中電灯を照らしながらそのホームのベンチまで近づいていると、そこには先ほどと変わらず、仰向けとなった男の死体が転がっていた。
「植木!警察を呼べ!」
植木は阿部に怒鳴られると、急いで駅員事務室へと戻り、電話で警察へと通報した。
10分後、すぐさま警察官が現れ、現場検証を行い、そのまま遺体は救急車で運ばれていった。
「阿部さん、こんなことってあるんですね」
「あぁ。特別不思議なことじゃねぇよ。駅員をやってれば、こんなこと一つや二つ出くわすさ」
「それにしても、あの死体、いつからあそこにいたんでしょうか」
「植木、誰にもいうなよ」
「え?それはどういうことですか」
「あの死体はな、"サトウタカヒロ"っていうんだ。まさか、2回もお目にかかるとはな」
「2回目……」
「驚いたよ。俺が初めて見た"サトウタカヒロ"とまったく背丈も顔も死に方も一緒だ。あれは駅にいる亡霊なんだよ。気をつけな」
「亡霊……ですか。」
阿部は煙草を一本吹かし、駅のホームで一筋の煙を上げていた。
その煙は天まで届くことなく、すぐさま風に乗ってどこかへと消えていく。
植木は煙草を吸う阿部の横顔を見た。
その目つきは真剣なまなざしで、どこか物悲しい光のない目をしていたことを植木は生涯忘れることはなかった。
◆
「村井さん!聞いてますか!」
「あ、あぁ……すまんな。それ本当のことなのか?」
村井はアイスコーヒーを飲む手を止め、テーブルの上へと置いた。
「植木さんの数十年前の記憶ですから確証はありませんが……本当のことだと思います」
「そんな昔にも"サトウタカヒロ"が存在していたとはな……にわかに信じがたい話だな」
村井はテーブルに置かれた湯気の立つ温かいナポリタンにフォークを突っ込み、それを口へと運んだ。
美沙が村井にこの"サトウタカヒロ"の事件を聞いてから、2週間が経過した。
この2週間で得た各自の調査で得た情報のすり合わせをするために、同じ喫茶店で集合していた。
調べれば調べるほど謎の深まるこの事件に、美沙の当初の好奇心は消え、むしろ突っ込んではいけない沼へ片足を入れてしまった恐怖心が沸々と沸き立っている。
「俺も警察内の身元不明者のデータベースを調べてみたんがな、"サトウタカヒロ"という言葉はヒットすることはなかった。植木の話が本当なら、古い書庫に身元不明の資料が残ってるかもしれねぇな」
村井はすでにナポリタンを半分以上食べ進め、その間にアイスコーヒーを水のようにごくごくと飲み干している。
その様子と裏腹に、美沙のお皿にあるサンドイッチは食べるスピードは遅く、三角の端を一口食べかけたまま、それをお皿の上へと置いた。
「村井さん……以前、青木編集長から言われたのですが」
「なんて言われたんだ?」
「この"サトウタカヒロ"の事件、深入りはしすぎるなと忠告を受けました」
「青木さんがか。珍しいな、あの人がそんなこと言うなんて」
村井は少々青木のその言動に驚いていた。
青木と村井は年の差があれど、警察と雑誌記者という組み合わせで、持ちつ持たれつの関係にあった。
そんな旧知の仲であったこともあり、青木の部下として可愛がられている美沙への協力を惜しむなと村井本人に言っている。
青木は取材に関しては鬼のような気迫をもって、隅々まで調べ上げることを教訓としていた。
そのおかげで警察の知りえない真実までたどり着くこともあり、度々危険な目にあってきたと酒の席で笑い話として話してくれていたが、今まで美沙の取材に対して「深入りするな」という言葉を使うことは一度もなかった。
先日取材をした植木の先輩である阿部も何か真実を隠していたようだったが、植木に聞いたところすでに阿部は15年前に病死していると聞かされている。
「私……この取材を降りようとは思っていません。記者として仕事を受けた以上、真実を追求したいんです。ですから、村井さん。真実のために私に協力してください」
美沙は真っすぐ村井を見つめた。
その鋭い眼差しに、村井は仕事に情熱を燃やす者として揺り動かされるものがあり、ただただ美沙の固い決心に頷くしかなかった。
「俺もできる限りのことはする。何かあったら俺に電話してこいよ」
村井はそういうと店員からお会計を頼み、そのままレシートをレジへと持っていってしまった。
美沙は残りのアイスコーヒーを一気にストローからすすった。
皆が真実を隠そうとしているという匂いが鼻へとこびりつき、美沙を嫌な匂いで取り巻いている。
美沙は携帯を取り出し、通話履歴の中の4行目を押すと、その人物に電話をかけた。
4コール目の呼び出し音がし、ガチャリと通話に出る音が聞こえた。
「お疲れ、どうした?」
「―――青木編集長。折り入ってお話があります」