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死因不明

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Twitter:@kiriitishizuka


 

「すいません。天野先生と11時にアポイントを取っているのですが」


 美沙は受付でそう伝えると、そのまま許可書をもらい、中へと入場した。

 訪れている場所は所沢にある防衛医大で、迷路のような案内図を見ながら地下へ歩いていき、法医学解剖室の隣にある研究室とだけ書かれた扉をノックする。


 そこには資料やら本に囲まれ、椅子に座りながらコーヒーを飲んでいる白髪の天野先生がいた。


「あぁ、君が仁科美沙さんだね。村井君から話は聞いているよ」

「初めまして、天野先生」


「例の"サトウタカヒロ"の死体のことだね?」

「えぇ。どのような様子だったかを聞きたくてですね」


「あれは、私も長年監察医をやってきたが、奇妙な死体の一つに挙げられるね」

 天野はそういうと、眼鏡をかけなおし、検死を行ってきた資料の中から"サトウタカヒロ"のものを抜き取った。


「死因は心臓麻痺……あくまで推測だがね」


「不可解……なんでしょうか?」

「不可解だらけさ。死後硬直と死斑の状況から、死亡推定時刻は伝えた通りで間違いないだろう。そこは問題ではないんだ。問題は、あまりにも綺麗な死に方をしているからなんだよ」


「綺麗な死に方ですか?」

「眠ったように死んでいるというほうがわかりやすいかな?」


「それのどこが不自然なんですか?」


「通常、眠ったように死んでいるというのは老衰、もしくは衰弱死が考えられる。が、"サトウタカヒロ"の遺体は、身長173cm、体重67kgと健康体そのものなんだよ。あとは……凍死という線も考えられるが、そんな季節でもないからな。ということは、そのような死に方は考えられない」


「そしたらそれ以外の方法……毒殺とかはどうでしたか?」


「あぁ。睡眠薬の大量摂取も考えたが、血液中からはそのような毒物反応は一切見られなかった。毒物に該当しない成分、例えばクラッシュ症候群で上げられる高濃度のカリウムやミオグロビンの大量摂取なども考えられたが、血液中の成分分析にはそのような痕跡は残ってはいなかった」


 クラッシュ症候群というのは私も聞いたことがあった。


 震災時に長時間下敷きとなった腕や足に、カリウムがたまり続け、救出と同時に圧迫が解放された途端、全身へと周り、急性心不全で突然死を起こすとされている。


 今回の場合は外部圧迫がないため、注射器による皮下やその他経口投与によるものとも考えられるが、成分分析で結果が出ていない以上、それは机上の空論であった。


「そもそも、なぜ心臓麻痺だと思われたんですか?」


「断定しているわけではない。あくまでもその可能性が一番近いというだけだ。司法解剖を行ったが、血管に出血が起こった形跡もなく、傷口もないことから失血死ではない。脳や心臓への人体内出血も見当たらず、血栓も見つけることができなかった」


「それでは……本当の死因は不明と」

「あぁ、そうだ。恥ずかしながら死因を特定することはできなかった。"サトウタカヒロ"は駅のホームに突然死体となって現れ、その場に座り込んでいたということが一番しっくり来てしまうんだよ。理論上、ありえないがね」


「突然死体となって現れた……。それではまるで、生きた人間ではないみたいじゃないですか」


「そうだ。"サトウタカヒロ"は元々死んでいた。生きているということなんてなく、この世に死に生まれた人間ということになる。まさか、そんな遺体だとは私も思ってもいなかったが、事実は小説より奇なりとはよくいったもんだね」


 そう言うと、天野先生はゆっくりとマグカップに入ったコーヒーをすすった。


 ◆


「村井さん、とりあえず天野先生に会ってきましたが、話がちんぷんかんぷんですよ」


「まぁ、そういうなって。次は駅員の植木と海老沼に会ってくれ。捜査で色々話してくれたが、植木は何か隠している様子だった。これは刑事の勘ってやつだ。聞き出してくれると助かる。じゃ、電話切るぞ」

 そういうと通話口でガシャリと電話を切る音が聞こえた。


「ったく、もう少し情報よこせっての」

 美沙は少し怒り気味に携帯をポケットにしまったが、再度ポケットの中でバイブ音が鳴った。


「ったく、次は誰よもう」

 そう言い携帯の画面を見ると、そこには青木編集長の名前が表示されていた。


「お疲れ様です、青木編集長」

「あぁ、お疲れ。急遽明後日会議になってしまってな、会議資料を手伝ってもらいたいんだ。その電話だ」


「わざわざありがとうございます」

「あぁ、それと。お前、今"サトウタカヒロ"のこと調べてるだろ」


「あ……はい。なぜそれを……」

「気をつけろ。深入りしすぎるなよ」


 青木編集長はそれだけ言い残すと、ぷつりと電話が切れた。


「深入りだけはするな」という言葉に美沙は少しだけ濁りのようなものを感じたが、今はそれよりもこの不可解な事件への好奇心が昂ぶり、そんな忠告も右から左へと受け流してしまっていた。



『まもなく、東武スカイツリーライン 急行 久喜行きがまいります。危ないですので、黄色い線の内側までお下がりください』


 美沙は青木編集長に頼まれた会議資料を作り、その日は終電で東武動物公園駅へと向かった。

 北千住駅より、約1時間の距離にある東武動物公園駅は名前こそ知られているものの、田舎であることには変わりなかった。


 東武動物公園駅は埼玉県宮代町に該当している。


 駅から東口を出て少し離れたところに国道4号線が走っており、そちらにはスーパーや飲食店、小中学校などが建てられており、比較的ベッドタウンとして機能をしているが、西口に出れば、東武動物公園までの道のりには古いお店や看板が多く、シャッターを閉めているお店が数多く点在している。


 一時期、進修館がコスプレの撮影施設として賑わっていたのは耳にしたことがあるが、今では、そのイベントも不定期に行われるだけになってしまい、いつも通り静かな建物だけがそこに残っていた。


 終電で降り立った東武動物公園駅にはちらほらと帰宅するサラリーマンや大学生の姿がまばらに見えたが、数分の間にその人影は2階にある改札口へと上がり、ホームには美沙以外の人は誰もいなくなった。


 美沙はそれを確認すると、2階へと上がり、ゆっくりと改札口を出た。

 15分ほど駅構内で携帯をいじり、約束の時間になると、美沙は改札口横にある事務所をノックした。


「週刊黎明の仁科というものですが」と名乗り、扉を開けた駅員へ名刺を渡すと、「貴女が仁科さんですね、どうぞ」と快く事務所の中へと入れてくれた。


 事務所の中は、普段関係者以外の立ち入りがないせいか、少し雑然としていた。

 そのまま、来客用のソファに通され、温かい緑茶が目の前に出される。


「遠いところからわざわざありがとうございます」

 さきほどの駅員とは違う人が、美沙に向かってお辞儀をした。


 白髪の混じったベテランの駅員のようで、名刺を渡されるとそこには「植木 知久」と記されている。

 そして後ろから、先ほど扉を開けてくれた駅員が顔を出し、「私が海老沼です」と名刺を渡された。


「こちらこそ、お忙しいところ取材を受けていただいてありがとうございます」

「いえいえ、こちらもこのまま無碍に突っぱねてはいけないと思いましてね」


「早速ですが、事件当時の状況をお伺いさせて頂いても宜しいでしょうか?」

 そう言うと、海老沼が事件当日のことを事細かに話し始めた。


 村井からある程度の概要を聞いてはいたため、そこに話の相違がないことを確かめると、次に例の防犯カメラに映った映像を見せてもらうこととなった。


「ほら、ここですここ」


 海老沼が指を指すあたりを何度も、停止、巻き戻し、再生を繰り返す。

 確かに、誰もいなかったベンチに突然人影が現れるといった現象が見えた。


 これは合成ではないということを海老沼は興奮気味に美沙に説明をし、美沙はその前後の映像も見せてくれと、死亡推定時刻の映像と死体発見時の植木と海老沼が遺体に駆け寄る映像を見せてもらった。

 何度見てもおかしなところはない。


「こんなの……初めてだわ」

「初めてとは?」

 防犯カメラのチェックを終え、先ほど座っていたソファへと再び戻る。


「週刊黎明って読んだことあります?」

 美沙はがさがさとバッグの中から、今週号の週刊誌を取り出し、机の上へと置いた。


「ええ、はい。ゴシップ記事とか、オカルト的な記事を中心とした週刊誌ですよね」

 海老沼は雑誌を手に取り、パラパラと中身を捲る。

 そのまま植木に手渡そうとするが、手を突き出し「俺はいい」と断った。


「そうです。どちらかというとアンダーグラウンドな世界をお届けしているのがうちの雑誌なんですが、あまり読者には言いたくないですが、ネタのほとんどが裏の取れていないヤラセとか捏造、嘘、合成なんですよ。特に心霊なんて本物なんてごく一握りの僅かなものです。だから今回の事件はかなり珍しいんですよ」


「えぇ!ヤラセなんですか!」

「周りに言わないでくださいね。あくまでエンターテイメントとしてこちらは書いていますから。脚色もしていますが、ある程度真実も織り込んでますよ」


 笑いながら海老沼と美沙は、週刊誌を捲りあいながらいろいろ解説と質問を交えながら話をしていた。

 ただ植木だけは微動だにせず、ただ何かを思い詰めるように座っている。


「仁科さん。本題を伺いたいのでしょう?」

 そんな和気あいあいとした雰囲気を割くように、植木が静かに低い声で美沙に聞いた。


「そうでしたね……申し訳ありません。聞きたいのは植木さんにです」

「村井刑事も私をすごい目で睨んでいましたよ。刑事の勘ってやつは怖いですね」


「植木さん、あの死体のこと何か知ってるんですか?」


「あぁ、知っている。もう私も今年で定年になる年だ。ずっと秘密にしてはきたが、そろそろそれも疲れてきたよ。仁科さん、海老沼君、今から話すことはあまり周りには言わないでくれ。頭がおかしいと思われてしまうからね」


 そういうと、植木さんは自分自身の過去に起こった出来事についてを鮮明に語ってくれた。


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