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無念無想 七

 夜の剣呑横町は、もはや異界といってもいいかもしれない。

 夜鷹や得体の知れぬ商売人が徘徊し、そこかしこで好き勝手なことをしている。毛皮の胴着を着た男が松明を片手にのし歩いているかと思えば、(ふんどし)ひとつのほぼ全裸な男がへらへら笑いながら徘徊していたりもする。ひょっとしたら、阿片か大麻草を吸っているのかもしれない。

 そんな有象無象がうろつく中を、右京は目立たぬようにそっと歩いていく。いつもと同じような、素浪人風の格好である。もっとも今となっては、剣呑横町の住人たちも右京が何者なのか、薄々感づいてはいる。死事屋の一員という事実は知らないものの、裏の世界の住人だとはわかっているのだ。したがって、彼に手出しをする者はいない。

 やがて右京は、目当ての場所に到着した。呪道の寝ぐらである『慈愛庵』だ。

 戸を開け、そっと中に入る。床板を持ち上げ、階段を降りていった。



 地下室に入ると、他の面子は既に揃っていた。右京が腰を下ろすと同時に、呪道が口を開く。


「全員揃ったな。今回の仕事だが、ある男に息子の仇を取ってくれと頼まれた。その仇ってのが、あいつだ」


 言いながら、指をさす。その先にいるのは、右京だった。

 一瞬、異様な空気が室内に漂う。いち早く反応し立ち上がったのは正太だった。


「ちょ、ちょっと待ってよ兄貴! どゆこと!」


 慌てた顔で叫ぶが、呪道の表情は変わらない。


「まあ、待て。話は最後まで聞け。まずは右京、念のためお前の口から聞かせてもらいたいことがある。章吉を斬ったのは、お前なのか?」


 静かな口調だが、言葉の奥には有無を言わさぬ意思が感じられた。右京は、ふうと溜息を吐く。


「いや、私ではない。三崎屋の用心棒、川田小十郎だ」


「なるほど。だが世間では、お前が斬ったという噂が広まっている」


「そうらしいな。私も不思議だよ」


 とぼけた口調に、呪道は苦笑した。


「まあいい。本当なら、頼み人のことは墓場まで持っていくのが掟だ。しかし、今回は頼み人の方が先に墓場に逝っちまった。そこでだ、特別に名前を明かす。八郎といって、お前についこないだ殺された男だよ」


 その途端、またしても正太が口を挟む。


「ちょっと待ってよ!」


「まあ、待て。いいか、八郎とお菊は、お前とお鞠に殺された。状況からして、そいつは仕方ねえ。殺らなきゃ、殺られてたからな。しかしだ、そうなると問題がひとつ。俺は、八郎から仕事料を受け取っちまった。こいつを、どうしたもんかと思ったわけだよ。そこで、この件を詳しく調べてみた」


 少しばかり長い前置きの後、呪道は語り出した。


 ・・・


 ことの起こりは、鼠の権六である。この男が、半端者の章吉に話を持ちかけた。


「三崎屋の主人の文吉だがな、とんでもない野郎なんだよ。裏で阿片を売りさばくは、町娘を手込めにするわ、本物の屑野郎だ」


 権六は、現場を見てきたかのような表情で身振り手振りを交えて語る。

 章吉の顔が、怒りで歪んだ。この男、血の気は多く乗せられやすい性格だ。しかも、仕事はしていない。昼間から、ふらふらしているような男である。もっとも、若さゆえの純粋さや正義感らしきものも残っている。


「なんだとぉ? ひでえ野郎だな、ぶっ殺してやりてえ」


 その言葉を聞いた途端、権六はにやりと笑う。


「実はな、あいつを殺してくれって話が来たんだよ。礼金は十両だ。お前、やってみるか?」


「へへっ、上等じゃねえか。あんな狒爺(ひひじじい)を殺して十両なら、楽勝だよ」


 章吉も、笑いながら頷いた。この時点で、商談は成立したのである。

 翌日、章吉は馴染みの女郎に話を打ち明けた。この手の男は、黙っていることなど出来ない。べらべら喋った次の日の夜、短刀を懐に三崎屋へと向かう。

 ところが、待っていたのは用心棒の川田である。


「情報通りだな。この店に押し入るとは、本当に愚かな奴だ」


 言い放った直後、抜き身の刀を構え斬りかかってきた──


 ・・・


「ここからは、俺の想像だ。この鼠の権六は、三崎屋に密告したんだよ。あんたの命を狙ってる奴がいます。金さえくれれば、情報を教えますよ……てな。てめえで殺しを依頼しておきながら、な」


 その途端、正太が憤然とした様子で口を開く。


「何それ? とんでもねえ奴じゃんか」


「そうさ。だから、俺は考えた。八郎からの依頼通りに、ここにいる右京を仕留めたとすれば、本当の下手人を見逃すことになる。あいつの依頼は、章吉の仇を討つことだからな。そこでだ、今回は特例とする。三崎屋の主人と用心棒、そして権六を仕留める」 


「さすが兄貴だ。話がわかるなあ」


 正太が、手をぽんと叩き答える。呪道は苦笑しつつ、他のふたりに視線を向けた。


「で、他の連中はどうだ?」


「金さえもらえば、誰でも殺ってやる」


「あたしもだよ」 


 それまで、無言で話を聞いていた泰造とお清は即答した。


「で、お前はどうするんだ?」


 呪道は、右京に目線を向ける。すると、右京は鋭い表情で口を開いた。


「私は、その権六とやらに会っていると思う」


「本当か?」


 聞き返す呪道の表情も、きついものになっている。

 右京は、いかにも不快そうな表情で頷いた。


「ああ。街中で、いきなり声をかけられた。お前の命を狙っている男がいる、情報を教えるから金を出せと言われたよ。信用できんので断ったが、それから間もなく八郎とお菊に襲われた。今の話を聞いて、合点がいったよ。あいつが権六だ」


「なるほどな。汚い野郎だよ」


 吐き捨てるような口調で言った呪道。右京はというと、重々しい口調で話を続ける。


「今回の仕事だが、私に権六を殺らせてくれ」


「いいだろう」


 答えた後、呪道は畳の上に五枚の小判を並べていく。


「一両ずつ取って行ってくれ。今回は特別に、全額前払いだ」

 






 



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