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無念無想 二

 江戸の片隅にある寂れた剣術道場。

 そこが龍牙会の集会場であることは、裏の世界で飯を食っている者なら皆知っている。今日も、その集会場にて幹部たちが集まっていた。一応、客分格である仕掛屋の鉄も顔を出している。

 やがて、定例会が始まった。大幹部の藤堂順之助が、皆の顔を見回す。


「今回、皆さんにお伝えすべきことがあります。根本さん、こちらに出てきてください」


 前に進み出て来たのは、がっちりした体格の中年男である。身の丈は六尺近いだろう。肩幅も広く、腕も太い。髪はぼさぼさだが、かろうじて髷だけは結っている。

 有り体に言えば、龍牙会には似つかわしくない雰囲気だ。どこかの山の中で、山賊でもやっている方がお似合いの風貌である。


「こちらは、龍牙会に新たに加わってもらうこととなった根本忠雄さんです」


 客分格と聞き、鉄の表情が僅かに歪む。どういうことだろう。龍牙会の客分格になるには、それなりのものが必要だ。ただ単純に、腕が立つとか子分の数が多いとかいう理由だけでは不十分である。あの山賊男に、それだけのものがあるとは思えない。

 その謎は、すぐに解ける。


「根本さんは、北王会(ほくおうかい)の幹部です。今回、縁あって客分格として加わってもらうこととなりました。これは同時に、龍牙会と北王会の同盟も意味します」


 その途端、皆がざわめく。

 北王会……三年ほど前に、上方にて結成された裏の組織である。二年ほど派手に「仕事」をしていたが、ここ最近は休眠状態であった。やがて噂すら聞かなくなり、何かのっぴきならない事情で密かに解散したのでは……などと言われていた。

 その北王会が、江戸に来るとは……鉄は、顔をしかめていた。


「皆の衆、よろしくお引き立てのほどを」


 そう言うと、根本は頭を下げる。すると、幹部である疾風の又吉が口を開いた。


「こいつはめでてえな。北王会と手を組んだとなりゃあ、鬼に金棒だ。龍牙会は、もう盤石の態勢だな」




 やがて定例会が終わり、鉄は外に出る。帰ろうと歩き出した時だった。


「あんた、仕掛屋の鉄さんだね。ちょっと待ってくれないか」


 その声に、鉄は振り返った。

 先ほど紹介された、根本という男が立っている。顔に笑みを浮かべているが、目は笑っていない。品定めをするかのごとき鋭い視線が飛んできている。


「いかにも、俺が仕掛屋の鉄だ。何か用か?」


「あんたらの噂は聞いているよ。かつて江戸では、辰の会が裏の世界を支配していた。ところが、よりによって仕掛屋の人間にまで手を出した。その時、元締が動き辰の会の鳶辰を粛清した。いやあ、大したもんだよ。うん、本当に凄い」


 根本は、大げさな態度でうんうんと頷く。だが、鉄の方は冷ややかな表情だ。


「ほう、そう思うかい。まあ、俺がやったことじゃねえからな。あくまで、元締のやったことだよ。当時、俺はまだ加入してなかったからなあ。だから、いっさい関係ないんだよ」


「いやいや、そんな元締に信頼されている……これは、鉄さんの器量だよ。仕掛屋の噂は、上方にまで聞こえていたぜ。大したもんだ」


 この根本なる男、見た目は山賊のようである。しかし、喋る口調は太鼓持ちのようだ。たいていの者なら、この意外さに戸惑うだろう。

 だが、鉄は冷ややかな態度を変えなかった。北王会のことを詳しく知っているわけではないが、あまりいい噂は聞いていない。


「俺も、北王会の噂を聞いたことがあるよ。会に逆らった商人の女房と娘を、両目潰して女郎屋に叩き売ったって話をな」


「ああ、あれか。あれは、若い者が勝手にやったことさ」


 すました表情で答える。


「そうかい。だがな、若い者ってのは上の連中のやることを見て覚えていくもんだ。北王会じゃあ、そういう仕事が当たり前なんじゃねえのかなあ。他にもいろいろ聞いてるしよ」


 そう言うと、鉄は背中を向ける。


「腹が減っちまったから帰るぜ。話なら、また今度にしてくれ」


「鉄さん、俺たちに付いた方が得だぜ。仲良くしようや」


 去り行く鉄の耳に、根本の声が聞こえた。だが、鉄は無視して歩いて行った。


 ・・・


 草木も眠る丑三つ時。

 西村右京は、提灯を片手に町を見回っていた。今日は夜勤である。なんとも面倒な話だ。

 今のところ、挙動不審な者は見当たらない。江戸の町は、ひっそりと静まりかえっている。昼間の喧騒が嘘のようだ。普段の右京ならば、適当な場所で時間を潰していただろう。

 だが、その静けさは破られてしまった。突然、怒鳴り声が響き渡る。ついで、ぱたぱたと駆けてくる足音。間違いなく、何か事件が起きたのだ。しかも、こちらに向かって来ているらしい。

 普段の右京なら、迷うことなく回れ右をして、その場から立ち去っていただろう。しかし、今の彼はまずい状況にある。先日の一件より、上役の村野から睨まれているのだ。次回の人事査定にて、牢屋見回りへの降格は免れそうもない。

 正直、降格されても構わないとは思っている。しかし、避けられるものなら避けたい。何より、この状況で下手人を取り逃したなら、降格だけでなく給金を下げられる可能性もある。

 仕方ない。やるだけのことはやろう……右京は、その場に立ち止まった。すると、路地裏より姿を現した者がいる。まだ若い男だ。黒い着物と頬かむりの格好からして、盗賊であろうか。刀によると思われる傷を負っており、提灯の薄明かりでも深手なのは見てとれた。このままだと、確実に死んでしまうだろう。


「お前、どうした。大丈夫か」


 右京は、慎重に近づいていく。すると、男は声をあげた。


「お願いだ、助けてくれ。金ならやる。だから見逃してくれ」


 どういうことだ? 右京は眉をひそめた。


「見逃すも何も、このままだとお前は死ぬぞ。まずは医者に見せないとならん」


 そう言った時、もうひとつの足音が聞こえてきた。どんどん近づいている。こうなると、もうごまかせない。


「とにかく、今は医者に見てもらえ。何をしたか知らんが、このままだと確実に死ぬぞ」


 言いながら、肩を貸し無理やり立たせた。その時、ひとりの男が姿を現した。抜き身の刀を手に、息せき切って立ち止まる。体は大きく、いかつい風貌だ。身につけている着物は上等なものとは言えないが、立ち姿からは威厳のようなものを感じる。間違いなく侍だ。

 右京は眉をひそめた。侍を睨みつけ、口を開く。


「私は南町奉行所の同心、西村右京です。この者が何をしたかは知りませぬが、まずは番屋に連れていき医者に見せます。手出しはさせませぬぞ」


「俺は、浪人の川田小十郎(かわだ こじゅうろう)だ。現在、わけあって三崎(みさき)屋に世話になっている。その男は、三崎屋に押し入った賊だ。短刀を手に押し込み強盗をする腹積もりであったらしい。一太刀で仕留めるつもりだったが、逃げられたのだよ。後は任せる。早く牢にぶち込んで、裁きを受けさせてくれ」

 

 侍は答えた。

 三崎屋といえば、雑貨を扱う商店である。規模は大きい。主人の三崎文吉(みさき ぶんきち)は、しじみ売りから成り上がった男だ。裏では、あくどいことをしているとの噂も聞く。

 もっとも、そんなことは右京には関係ない話だ。ぺこりと頭を下げる。


「そうでしたか。失礼しました」


「いやいや、わかってくれればいい。その賊を、きっちり裁いてくだされ。では、御免」


 侍の方も、一礼し去っていった。その時、またしても男が声をあげる。


「頼む、逃がしてくれ。金なら、いくらでも払うから」


「いくらでも払う金があるなら、なぜ押し込みなどしたのだ」


 その言葉に、男は黙り込む。


「このままだと、お前は死ぬかもしれん。何をやったか知らんが、運が良ければ島送りですむかもしれんぞ」


「ふざけるな……くそが……」


 呻くような声の直後、男は崩れ落ちた。気を失ったらしい。

 仕方ない。このまま連れて行こう。右京は、半ば引きずるようにして番屋に連行した。






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