表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/58

秘術無想 七

 やがて呪道は、お勢の待つ奥の部屋へと通された。鉄と藤堂、それに死門も一緒だ。


「お勢さん、入りますよ」


 言いながら、呪道は襖を開け入っていく。飄々(ひょうひょう)とした態度だ。一度は破門された身だというのに、怯む気配がない。

 

「呪道、久しぶりだな。まあ、そこに座れ」


 対するお勢の方も、構えた様子はない。ごく自然な雰囲気で、部屋の奥に座っている。室内は暗く殺風景で、江戸の裏社会を仕切る大組織の元締がいるとは思えない。

 そんな部屋で、呪道は遠慮なしにどっかと腰を下ろした。ペこりと頭を下げる。


「お久しぶりですね。お勢さんも、相変わらず綺麗ですね」


「そんな下らん世辞が言えるということは、元気でやっている証拠だな」


「ええ、まあ元気でやってますよ。龍牙会の方は、すっかり変わっちまったようですがねえ。見たことも聞いたこともない顔が多いですな。どうやら、今の龍牙会は金さえ積めば簡単に幹部になれるようですね」


 厭味たらしい口調に、死門がじろりと睨みつける。大幹部の藤堂もまた、明らかに不快そうな表情を浮かべている。だが、呪道は涼しい顔で彼らの視線を受け止めた。


「お前の言う通りかもしれぬな。確かに変わった。だがな、変わらなくてはやっていけぬ。我々は、お前のような気楽な身分ではない」


 お勢も、穏やかな口調で答える。特に気分を害した様子はない。だが、藤堂は我慢できなくなったらしい。ついに口を開いた。


「破門にされた人間に、会についてとやかく言われたくないな。そんなことより、あんたにひとつ聞きたい。最近、龍牙会と懇意にしている者たちが次々と襲われている。下手人は、どうやら素手の武術を使うらしい」

 

「そうかい。だがな、そんな奴は江戸にはたくさんいるぜ」


 すました顔で、呪道は言葉を返す。しかし、藤堂の追求は止まらない。


「もうひとつある。下手人は、素手の打撃で全員を殺している。それも、ひとり当たり二、三発で片付けているんだよ。並の腕じゃねえだろうが。こんな奴、江戸にはそうそういない。あんたのところの人間じゃないか、そんな声も少なからず届いている」


「なるほど、そいつぁ面倒だ。しかしな、下手人を俺の手で取っ捕まえれば問題ない。それで、八方丸く収まる。あんたにゃあ無理かもしれないが、俺にかかりゃあ楽勝よ」


 自信たっぷりの表情で、呪道は言ってのけた。すると、お勢の目がすっと細くなる。


「どういうことだ? 心当たりでもあるのか?」


「ええ、もちろんです。そんなことやりそうな奴に、ひとり当てがありましてね」


「ちょっと待ってくれねえか。いい加減なことを言って、ごまかそうとしてんじゃねえのかい? そもそも、そいつが本当の下手人であるという証拠はあるのか?」


 またしても藤堂が口を挟む。だが、呪道に怯む素振りはない。


「ああ、あるよ。俺の記憶が確かなら、そいつは金以外にも、殺した相手の持ち物を奪っているはずだ。そこでだ、俺んとこの人間が下手人を始末する。で、その持ち物ってのをお勢さんにお見せする。大幹部の藤堂さんよう、これで文句ないだろ」


 文句あるなら言ってみろ、という表情で、呪道は藤堂を睨みつける。藤堂が言い返そうとした時、お勢が頷いた。


「いいだろう。その条件、飲もう」


「ちょっと待ってください! こいつの言うことを信じるのですか!?」


 血相を変えて喚き散らす藤堂に、お勢は冷静な表情で応じる。


「ああ、信じる。もし、この男が下手人に逃げられたら……その時は、お前たちの好きにさせてやる」


 直後、彼女の表情が一変する。


「この件については以上だ。皆にも、そう伝えろ。まだ文句があるというなら、それは私への反逆とみなす」


 ・・・


 がさっ、がさっ、と奇妙な音が響いている。

 周囲は闇に包まれ、空には星が輝いていた。そんな中、奇妙なふたり組がせっせと動いている。地面の土を掘り返しているのだ。

 その傍らでは、同心が提灯を掲げていた。


「なんで俺が、こんなことしなくちゃならないのよう。旦那もさあ、ちょっと手伝ってよう」


 ぼやきながらも、せっせと穴を掘っているのは正太だ。もうひとりは、お鞠である。一方、その横で提灯をかざしている同心は西村右京だった。


「仕方ないだろう。役人である私が穴掘りをするわけにもいかん。一応、名目は事件の調査なのだからな」


 そう、彼らがいるのは墓地だ。ここには、武術家の本庄武四郎が埋葬されている……はずだった。呪道の命により、墓を調べに来たのである。

 正太とお鞠だけで掘っているところを誰かに見つかったら、墓荒らしと間違われた挙げ句、奉行所の役人を呼ばれるかもしれない。そこで、見回り同心である右京が側にいるのだ。誰かに見られても、言い訳はできる。


「でもさ、あんたはどう思うんだよ?」


 穴を掘りながら、正太が聞いてきた。


「どう思う、とはどういうことだ?」


 聞き返す右京に、正太は掘る手を休め首を傾げてみせる。


「死体が動き出して人を襲うなんて、俺には信じられないよ。そんなこと、本当にあるのかね。なあ、お前もそう思うだろ?」


 言いながら、お鞠の方を向く。すると、彼女も手を止めた。正太に、首を傾げてみせる。


「だろ? 呪道の兄貴の言うこととはいえ、こればっかりはなあ。右京の旦那、あんたはどう思うんだよ?」


 話を振られた右京は、真面目な顔で語り出した。


「さあな。本当かどうかは知らんが、病で死んだはずの男が葬式の時に息を吹き返した、という話を聞いた覚えはある」


 その途端、正太の顔が歪む。


「げげ、本当かよ。おっかねえな」


「だがな、その場合は医師の見立てが間違っていたというだけだ。本庄は、泰造さんに撲殺された。あの人の打撃なら、熊でも殺せるかもしれん。そんなものをくらって生き返るなど、ありえない」


「でもよう、お清は見たと言ってるらしいんだよ。どういうことだろうね」


「それを確かめるため、穴を掘るのだ。さあ、お鞠さんを見習って頑張れ」


 言いながら、お鞠を指さした。彼女は、穴掘りを再開している。ふたりが喋っている間も、黙々と穴を掘っている。


「ちぇっ、わかりましたよう」


「そう言うな。お前には感謝してる。後で、酒と飯を奢ってやるから」


 右京の言葉に、正太は顔をしかめた。


「へいへい、わかりやしたよ旦那。俺みたいな下っ端は、汚くてきつくて危険なことをするしかないのよね」


 自嘲するかのように言った後、再び穴を掘り出した。と、何か硬いものに当たる。


「あれ、こいつじゃないの」


 正太とお鞠は、その周辺を注意深く掘り返していく。すると、土に覆われた棺桶が出てきた。

 ふたりは、ふうと一息ついて座り込む。


「棺桶はあったよ。でもさ、中はあんたがみてよ。俺、死体とか見るの好きじゃないから」


「その必要はないと思う。ここには、何も入ってなさそうだ」


 そう、見るまでもなかった。棺桶につきものの匂いが全く感じられないのだ。

 それでも、念のため蓋を開けてみる。

 予想通りだった。中はからっぽである。


「やはりな。死体が消えている」


「じゃ、じゃあ、呪道の兄貴の言ったことは本当だったんだ……」


「そうなるな。今回は、生き返った死人が相手というわけか」


「ちょっと待ってよ。生き返った死人を、どうやって殺すの?」


 言われてみれば、その通りである。右京は考えてみた。


「そうだな。たとえ殺せなくとも、手足をばらばらに切り離せば動きを封じることは可能だ。後は、火で跡形もなく燃やせばいいだろう。普段より、少し手間がかかるだけだ」


 真顔で答えると、正太は顔を歪めて頭を振る。


「あんた、やっぱり怖いよ。この仕事に向いてるわ」


 その言葉に、お鞠もうんうんと頷いた。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ