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秘術無想 六

「鉄さん、こいつらは何なんだ?」


 疾風の又吉が、低い声で尋ねる。その目には、はっきりとした敵意が浮かんでいた。


「念のため、俺が連れてきた用心棒だ。最近は物騒だからな」


 すました顔で、鉄は答える。

 ここは、龍牙会の集会場だ。まだ昼間だというのに、室内には又吉を始めとした闇の世界の住人たちが大勢集まって座りこんでいる。元締のお勢はまだ姿を見せていないが、大幹部の藤堂順之助と死門は座して成り行きを見守っている。

 幹部たちの視線の先には、鳥の巣のようなちぢれ髪の男の姿があった。しましま模様の派手な袈裟けさ、奇怪な形の首飾り、手首には腕輪、耳たぶには輪のような耳飾り。誰が見ても異相だ。

 この男、拝み屋の呪道である。龍牙会の集まりに参加するのは久しぶりだ。彼に浴びせられる視線は、半分以上が敵意を含むものである。かつて呪道に世話になった者たちはといえば、苦り切った表情であった。どういう展開になるか、既に察しているのだ。

 呪道の傍らには、仕掛屋の鉄がいる。だが、いるのは彼だけではない。小柄なざんぎり頭の青年と、背の高い女が控えていた。

 青年は、無駄肉のない鍛え抜かれた体を黒い着物で包み、片手には杖を携えていた。額には三日月型の入れ墨があるが、目の周りは火傷でふさがれている。

 対照的に、女の方は白い着物姿だ。腰に細身の剣をぶら下げ、金色の髪を後ろで束ねている。肌は白く、和人にはありえない不思議な顔立ちをしていた。

 このふたりは、仕掛屋の隼人と沙羅である。本来、ここは龍牙会の幹部しか立ち入ることが出来ないはずだった。しかし、今回は鉄が強引に引き入れたのである。なぜなら、今回の集会は破門された呪道に対する公開裁判だ。一歩間違えれば、公開処刑にもなりかねない。それを防ぐため、隼人と沙羅のふたりを伴って入ったのである。




 そんな鉄の配慮は、一部の幹部たちのさらなる反発を招いてしまった。


「ここはな、龍牙会の幹部だけが入れるんだよ。お前みたいな毛唐けとうはな、さっさと失せろ」


 坊主頭の男が、のっそりと前に出た。沙羅の体を、ねめつけるような目で見る。

 直後、下品な笑みを浮かべた。


「ただ、どうしてもと言うなら居させても構わねえぞ。とりあえず、そこで着物を脱げ。裸で土下座して頼めば、いさせてやってもいいぞ」


 言った瞬間、しゃっという音がした。空気を裂く音が数回。瞬きする間もない。

 

「そんなに裸が好きでしたら、まずは御自分から御脱ぎになってはいかかです?」


 沙羅が声を発した。いつの間に抜いたのか、彼女の手には細身の刀が握られている。

 直後、坊主の帯がぽろりと落ちた。真ん中から、綺麗に切られている。

 それに伴い、着物がはだけた。途端に、鉄がげらげら笑い出す。


「おいおい、やめてくれや。お前の裸なんか見ても一文の得にもならねえよ。むしろ、こっちが金もらいたいくらいだ」


 その言葉に、坊主の表情が一変した。凄まじい形相で沙羅を睨みつける。


「女だからって甘い顔してりゃ、いい気になりやがって! ぶっ殺すぞ!」


 喚きながら、掴みかかろうとする。その瞬間、すとんという音がした。同時に、坊主の足元の畳に手裏剣が刺さる──

 

「あと一歩でも動いたら、当てるよ」


 言ったのは隼人だ。二本の手裏剣を、お手玉のように空中に飛ばしては受け止めている。目は見えていないはずなのに、驚くべき芸当だ。

 周囲の者たちも、隼人の神技のごとき芸を目の当たりにし、完全に呑まれている。本来ならば、こんな時には大幹部の藤堂が一喝し場を収めねばならないのだが、その藤堂は青い顔で震えている。

 こんな時に怯まず動けるような者は、今の龍牙会にはひとりしかいなかった。


「ここで手裏剣を投げるとは、いい度胸だな」


 言ったのは、お勢の用心棒である死門だ。死人のような白い肌で、顔には表情らしきものがない。冷酷な目で隼人を見つめながら、すっと刀を抜く。

 その時、沙羅が前に出た。隼人の前に立ち、刀の切っ先を死門に向ける。


「隼人に手を出すなら、私が相手になります」


 静かな声で言い放つ。すると、死門の表情が僅かながら変化した。


「お前、兄である俺と戦うというのか」


「兄は死んだと思え、そう言ったのはあなたです。私も、昔の私ではありません。試してみますか?」


「面白い。相手になってやる。身の程を知るがいい」


 死門が言った瞬間、場の空気は一気に変化した。先ほどまでとは、比較にならない異様なものだ。又吉や坊主らは、固唾を飲んで状況を見ている。彼らも、死門の腕前は知っていた。戦闘態勢に入った龍牙会最強の剣士を止められるほど、命知らずではない。

 しかし、そんな空気などものともしないのが仕掛屋だ。隼人が、横からすっと動く。


「あんたの相手は俺だろうが。やるなら表に出ようぜ。どうしてもというなら、ここでも構わないがね」


 言った直後、またしても手裏剣が飛ぶ──

 だが死門は、飛んできた手裏剣をいとも簡単に刀で払いのけた。手裏剣は弾かれ、くるくる回りながら宙を舞う。

 直後、死門の手が動いた。宙に飛んだ手裏剣を、ぱっと掴み取る。


「返してやる」


 言うと同時に、またしても死門の手が動く。手裏剣は、隼人の足元に突き刺さった。

 すると、今度は隼人の足が動いた。足の指だけで、畳に刺さった手裏剣を引き抜く。宙に放り投げ、手でぱしんと掴んだ。

 唖然となる龍牙会の面々。彼らとて、裏の世界で相当の修羅場を潜っている。にもかかわらず、このふたりは格が違い過ぎた。全員、息を呑んで見守っている。このふたりが殺う合う、それは龍牙会最強の男を決める闘いでもあるのた。

 そんな両者の放つ闘気は、今にも粉塵爆発を起こしかねないくらい危険なものだ。しかも、横にいる沙羅もまた、いざとなれば襲いかかりそうな体勢である。立場は隼人や沙羅より上であるはずの鉄ですら、圧倒され額から汗を滲ませていた。 

 殺し合いが始まるのは、時間の問題……誰もが、そう思っていた。だが、その時──


「おいおい待ちなよ。そんなに熱くなるなって。この呪道さまの芸でも見てよ、ちょっと頭を冷やせ」


 言ったかと思うと、呪道がすすっと前に出てくる。いつのまにか、派手な袈裟を脱ぎ捨て全裸になっていた。ただし、股間は広げた扇子で隠していた。

 途端に、鉄がぷっと吹き出す。


「おい呪道、何をとち狂ってるんだ。さっきも言っただろう、男の裸なんか見たくねえんだよ。んなもん、銭湯に行きゃあいくらでも見られるんだからな」


「馬鹿いっちゃいけない。同じ裸でも、俺のは芸なんだよ。見とけ」


 ほっ、という声と同時に、股間を隠していた扇子が一回転した。にもかかわらず、隠しているはずのものは全く見えていない。

 困惑する周囲の者たちに構わず、呪道はさらに大道芸を続ける。はっ、ほっ、というかけ声と共に、その場でくるくる回り出す。独楽こまのように回転しているが、股間を隠している扇子は全くずれていない。

 さらに呪道は、回りながら扇子も回転させる。裏、表、裏、表……しかし、依然として股間のものは見えていない。珍妙ではあるが、見事な芸当である。

 不意に、鉄がぱちぱちと手を叩いた。


「いやあ、お見事。同じ剥き身でも、そっちの杏仁あんじんとは違うな」


 言いながら、着物をはだけさせたまま唖然としている坊主を指差す。

 杏仁と呼ばれた男は、鉄を睨みつけた。だが、室内の雰囲気は変わっている。さっきまでの爆発しそうな空気は、完全に消え去っていた。中には、くすくす笑っている者もいる。それも、ひとりふたりではない。

 死門はというと、ふざけた芸を前にやる気が失せたらしい。呆れた様子で刀を降ろした。目が見えず状況がわからないはずの隼人も、空気の変化を敏感に感じ取った。何があったか察し苦笑している。沙羅にいたっては、顔をしかめ呪道を睨んでいた。

 和やかな空気が、場を支配している……その時、奥から声がした。


「鉄さん、呪道を連れてこちらに来てくれ。藤堂、お前も来い。この件は、四人で話し合うとしよう」


 お勢の声だ。鉄は頷くと、端で唖然としている藤堂を睨みつける。


「今の聞いたろ。それにしてもよう、今にも殺し合いが起きそうな時に、高見の見物たあ恐れ入ったよ。そんなんで、よく大幹部が勤まるな。呪道が丸く収めなかったら、今頃どっちか死んでたんだぞ」







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