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同心無想(三)

 南町奉行所の見回り同心・西村右京は、今日も町を見回っていた。

 今は日は高く、人の出も多い。そんな中、通りを歩いていく同心の姿は、否応なしに目立つ。ある意味、いるだけでも犯罪の抑止にはなっているのだ。

 右京は、のんびりと大通りを歩いていく。だが、不意に狭い路地裏へと入っていった。そのまま、早足で歩いていく。さらに、どこかの物置小屋へとずかずか入っていった。

 と、その後を追う者がいる。まだ若く、二十歳になるかならないか。頭に髷はなく、顔立ちには幼さが残っている。動きやすさを重視し、袖や裾の短い着物を着ていた。背は小さいものの、身のこなしは早そうだ。

 そんな若者が、右京の後をついて物置小屋へと入って行こうとした。だが、彼の目の前に右京がぬっと顔を出す。同時に、若者の襟首を掴んでいた。


「私に、何か用か? 番屋で聞いても言いのだぞ。それとも、奉行所で取り調べるか?」


 その声は、ひどく冷たいものだった。若者は、震えながら口を開く。


「えっ? いや、あの──」


 その途端、ぐいっと引き寄せられた。すぐ目の前に、右京の顔がある。

 直後、力任せに壁に押し付けられた。


「お前はさっきから、ずっと私の後をつけていたな。同心の後をつけ回すとは、何が目的だ?」


「目的っていうほどじゃないけど──」


 その途端、右京は短刀を抜いた。若者は、ひっと声を上げた。


「お前は、どこの何者だ? さっさと言え。でないと、今すぐ殺す」


 言いながら、短刀を振り上げる。若者は、顔を手で覆い叫んだ。


「わ、わかったよ! 言うから! 呪道の兄貴に頼まれたんだよ!」


 右京の動きが止まった。


「呪道だと? どういうことだ?」

 

「俺は兄貴の弟分の正太だよ。兄貴に頼まれて、あんたの周りにいろって言われた」


 となると、この男もまた死事屋の一員なのか。だが、見たこともない奴だ。さらに言うなら、頼りない。こんな小僧を仲間に入れるとは、何を考えているのだろうか。


「何のためだ? 呪道は何のために、お前をよこした?」


 尋ねた途端、正太の顔が歪む。


「いや、それは……やっぱり、あんたと連絡とったりするためじゃないかな」


 引き攣った笑顔で、正太は答える。しかし、右京の表情は変わらない。


「気に入らないな」


「は、はい?」


「お前は私を知っている。私の名前も、何をしているかも、呪道から聞いて知っている。そうだな?」


 右京に問われ、正太は顔を歪めながら頷いた。


「あ、うん。いや、それは、まあ」


「だが、私はお前を知らない。お前がどこの何者かも知らされていない。その知らされていない人間に、私をつけ回させた……そのやり方が気に入らん。不愉快だ」


「いや、それにはいろいろと事情があるんじゃないかと──」


 次の瞬間、正太は口を閉じた。彼の顔すれすれのところを、短刀が突き刺さる。


「さっさと帰って、呪道に伝えろ。明日の亥の刻、この件について話し合いたいとな。ついては、私が直接そちらに伺うと……わかったな?」


「は、はい!」


 震えながら、正太は返事をする。


「あと、もうひとつ。もし今後、お前が私の周囲をうろうろしているのを見かけたら、必ず殺す。覚えておけ」


 ・・・


「てことは、龍牙会は勘蔵の始末を依頼されていたんですな。ところが、請け負った奴が失敗した上に龍牙会から請けた仕事だと吐いちまった、と」


 鉄の言葉に、お勢は忌ま忌ましげな様子で頷く。


「そうだ」


「まったく、龍牙会も落ちたもんですね。昔だったら、失敗した時は捕まる前にてめえの口を塞ぐってのが当たり前でしたが、今は違うようですな」


 皮肉のこもった鉄の言葉に、藤堂の表情が歪む。だが、それは一瞬のことだった。すぐに、温厚そうな顔つきに戻る。


 龍牙会の元締・お勢の呼びだしを受けた鉄は、昼過ぎにとある料亭へとやって来た。

 中に入ると、奥の部屋に通される。そこでは、お勢と用心棒の死門、さらに大幹部の藤堂順之助が待っていた。鉄は、直感的に察した。これは、確実にろくでもない用事だ、と。

 そして事情を聞き、鉄は心の中で嘆息した。要は、自分に尻拭いをやらせようというのか。




「単刀直入に言おう。北町奉行の見回り同心・今井雅之介と、その手下の勘蔵を始末したい。奴らを殺れる腕を持つ者に、心当たりはあるか?」


 お勢に問われ、鉄は上を向いた。


「俺も奴らの噂は聞いていますがね、あれは厄介ですよ。勘蔵は最低のろくでなしですが、腕は確かです。一時期、剣術道場に乗り込んでいっては師範に因縁をつけ、弟子の見てる前で師範を打ちのめして金を巻き上げてたそうです。中には、真剣で勝負した侍もいたそうですが、相手にならなかったとか。奴の鎖十手は、そこらの剣術家が束になっても敵わないって噂ですね」


「仮に仕掛屋さんに頼んだとしたら、やってくれますか?」


 横から、藤堂が口を挟む。すると鉄は、そちらを見もせずに答えた。


「悪いが無理だ。こっちは、別の仕事を抱えてる。そっちが片付かない限り、あんな連中とは殺りあいたくないな」


 そっけない口調だ。実のところ、鉄は藤堂が好きではない。商売上手なのは結構だが、この男が大幹部になってから、龍牙会は金儲けの方を重視するようになった。だが、裏稼業は商店とは違う。

 その時、ふと思いついた。


「いっそ、呪道が元締やってる死事屋に頼んでみてはどうです? あいつらなら、腕は確かです。約一名、頭がおかしいのがいるようですがね、仕事には影響ないでしょう。死事屋なら、いけると思いますよ」


 鉄の提案に、藤堂の表情が変わった。


「そいつはおかしいんじゃないですか? 呪道は、龍牙会を破門になった男ですよ。今になって、そいつに龍牙会が仕事の依頼をするのは、筋が通りません」


 言いながら、鉄を睨みつける。すると、鉄は面倒くさそうに答えた。


「あんた、大幹部のくせに何もわかってねえんだな。あの今井雅之介は顔が広いんだよ。しかも剣術の腕は、北町でも五本の指に入るって噂だ。あいつらを大人数で仕留めようとすれば、北町を縄張りにしてるやくざや火付盗賊改が動くし、情報も洩れやすい。だから、少人数で闇に紛れて仕留めるしかねえんだよ。それが出来るのは、死事屋くらいのもんだ。筋だ何だというなら、まず自分で調べろよ」


 淡々と語ったが、一度も藤堂の方を見ようとはしなかった。俺はお前を認めてない、という意思表示であるのは明白だ。

 すると、藤堂の顔から商人の仮面が剥がれ落ちた。裏の世界の住人の顔が剥きだしになる。


「鉄さん、あんたは俺を──」


「その死事屋は、腕は確かなのだな?」


 藤堂の言葉を遮り、お勢が口を開いた。鉄は、うんうんと頷く。


「もちろんです。俺が保証しますよ」


「ならば、その死事屋に頼むとしよう」


 あっさりと言ってのけたお勢に、藤堂は顔色を変えた。


「ちょっと待ってください! それでは、筋が通りません! 龍牙会の組織としての──」


「時と場合によっては、筋を曲げることも必要。古くからのしきたりにこだわらず、新しいやり方を……事あるごとに、そう主張していたのは、お前であろう。今回も、同じことをするだけだ。私の決定に、これ以上の言葉は不要だ」


 びしりと、お勢が言い放つ。そこまで言われては、引き下がるしかない。藤堂は、不快そうな表情で押し黙った。

 お勢は、再び鉄の方を向く。


「だが、この藤堂の言うことにも一理ある。そこでだ、形としては龍牙会は仕掛屋へと依頼することになる。仕掛屋が、その仕事を引き受けられず死事屋へと依頼する……これなら、問題あるまい」


「なるほど、まるで頓知とんちのようですな。さすが元締だ。いいでしょう、俺が死事屋に話をしておきます」


 鉄の口調には、皮肉が込められている。だが、お勢は素知らぬ顔をしていた。






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