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第七話 素直

【第七話 素直】


雨多(うた)ちゃんの…努力?」

「そう。お前が言っていた、隠し事ってやつの真相だよ。」

「真相…」


志暮(しぐれ)は一度、軽い深呼吸を挟みゆっくりと口を開ける


涼之瀬(すずのせ)は……」


華乃(かの)は固唾を呑んで、続きの言葉を待った。


「とてつもなく、貧乏だ」

「…………え?」

「涼之瀬はとてつもなく貧乏だ」

「うん。あの、ごめん。もう一回言ってもらっていいかな?」

「だから、涼之瀬は」

「もういい!やめて!」

「…どっちだよ」

「ちょ、ちょっと今話しかけないでもらえる?考えてるから!」

「…はいはい」


先程までの緊迫した空気からは一転し、志暮の言葉によって二人の間は、初めて会話した時のような、気の抜けていて、それでも少し心地いいような、そんな不思議な雰囲気に変わっていた。


「まあ、とりあえず続きを話すが」

「え、まだ先があったの?」

「そりゃ、こっからが『努力』の本質でもあるからな」

「そ、そうだよね!流石に貧乏でした、で終わったらエタノール液を頭からぶっかけて火を放つところだったよ。」

「さりげなく怖いこと言うなよ。マジでやりそうでビビるわ」


志暮は小さく咳払いをし、話の流れを戻したところで、続きを語り始める。


「涼之瀬は貧乏だ。だから、あいつは働いている」

「バイトってこと?」

「まあ、そうなんだが。その…夜、なんだ。あいつが働いてるのは」


一瞬の間を挟み、華乃は頬を朱色に染めながら志暮に問う。


「そ、それって…雨多ちゃんは、身体を…?」


思っていた質問と違い、志暮は一瞬硬直したが、直ぐに首を横に振って華乃の考えを否定した。


「ち、違う違う!普通に居酒屋だよ。夜勤ってだけだ」

「なんだ、居酒屋か。」


華乃は安堵のため息をつくと同時、一つの疑問が過った。


「あれ、でもそれって…」

「ああ、法律的にはアウトだ。」

「……なるほど、そういう事なんだ。雨多ちゃんの秘密って。」

「そう。涼之瀬は年齢を詐称し、夜勤でバイトをしている。

もちろん学校にも周りの友人にも言えることじゃない。だから知ってる俺も黙っていた。」

「確かに、それがバレたら雨多ちゃん学校に居られなくなるかもしれないしね。それに、その…家が貧しいのなら尚更バレたらまずいもんね。」

「ああ、本当にその通りなんだ…」

「で、でも、居酒屋だと知った人も来るんじゃ?教師だって飲みで行くことはあるんじゃない?」

「そこについては多分、大丈夫だ。涼之瀬は基本厨房で料理を作ってるって言ってたし」

「そっか…」


華乃は話を聞き、雨多の置かれた状況を理解しつつあった。

でもそれは、自分にはどうにもできない、現実的で深刻な問題であるという事も、事実として受け入れなければならなかった。

言葉や気持ちだけでは到底、解決できるような事じゃない。高校生ならば尚のこと。

だから、華乃の表情は浮かないものへと変わってしまう。


「気にするな…って言ったら違う気もするが、赤宮だけじゃない」

「え?」

「俺も、何もしてやれないんだよ」


志暮の励ましは、華乃にとっては「お前には何もできない」と言われている様で、抑えていた怒りが膨張し、溢れようとしていた。


「…ふ、ふざけるな。お前は裕福じゃないか!そんなお前が何で雨多ちゃんを憐れむ!」


違う。こんな事言いたいんじゃない。


「俺は…裕福な家庭に生まれた事を、一度だって喜んだことは無い」

「そんなの嘘だ!雨多ちゃんが苦労してる間、お前は良い暮らしが出来ているんだろ!それなのに!」


違う。違うよ、こんなの…私じゃない。


「望んで得た事じゃない!俺だって、俺にだって想うところは…!」

「ふざけるな…ふざけるな…」


……いや、これはただの八つ当たりだ。

いつも近くにいたのに気付けなかった自分に腹を立てているだけ。

自分よりも雨多ちゃんを知っていた目の前の相手に、ただ嫉妬しているだけ。

そして、事情を知ったのに何も出来ない。…そんな自分が許せないんだ。


「私は…雨多ちゃんの友達、失格だよ」

「……」


華乃は力なく泣き崩れた。

涙に込められた想いには、いつしか華乃自身が感じた怒りや、悔しさが重なっていた。

だが、この想いは誰かに対してじゃなく、無力な自分に対してだった。


「なあ…ゆ、夢野」

「…なんだ」

「私は、私、は…雨多ちゃんの為に、何か、できないのかな?」


それでも華乃は、無力なままでは終わりたくなかった。


「はあ。それは、本人に聞いたらいい」

「え…?」


志暮が後方にある、出入り口の扉に手を向け華乃が顔を上げると、涙を流す雨多が姿を現わした。


「雨多、ちゃん…」

「ごめんね、華乃ちゃん。私、知らなかった。

華乃ちゃんが凄く頑張ってたのも、辛かったのも…なのに、いつも私ばっかり支えてもらって」

「そ、そんなことない!私は雨多ちゃんに、雨多ちゃんだから、救われたんだよ…。」

「華乃ちゃん…」

「後はお二人でどうぞ」


そう言って席を立つ志暮に、華乃は疑問を口にする。


「これ、夢野が?」

「ん、いや、元々涼之瀬には事情を話す事の了承を得る為に、事前に連絡はしていたが、呼んでたわけじゃない。

ただ…今日ここに来る途中でばったり会ってな…まあその、成り行きで。」


頭を掻きながら、バツが悪そうに話す志暮を、華乃はキッと睨んだ。


「ごめんね、華乃ちゃん。盗み聞きみたいになって」


それでも、雨多の呼びかけがあると、すぐにいつもの様な表情へと戻り、志暮は改めて「面白い奴だ」と心中で呟いた。


「ううん。いいの、これで雨多ちゃんの事もっと知れたから」

「やっぱ赤宮、ストーカーか何かだろ、正直怖いぞ?」

「え!嘘!?そ、そんな事ないよね、雨多ちゃん?」


話を振られた雨多は、ぎこちない笑みを浮かべて気まずそうに目を逸らす。


「そ、そんなあああああああああ!!」


ともあれ、赤宮華乃と涼之瀬雨多は短い期間の喧嘩を得て、より一層互いを知る事ができた…はず。

そして今回の件で俺、夢野志暮は何一つとして得をしたとは思えなかった。

ああでも、あの後去り際で、赤宮と連絡先を交換してリア充への一歩を踏み出せた気はした。

ま、赤宮と友達は無理無理。あんな意味わからん様なやつは、相沢だけで充分だ。

こうして俺のいつもの日常には、少し騒がしい話し相手が加わった。

お読みいただきありがとうございます!こちら第七話になります!

この作品は毎週、土・日曜日の投稿を予定しております!

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