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第六話 表裏

【第六話 表裏】


「んで」


志暮(しぐれ)華乃(かの)は結局話す場所を変えようと、校内の一階にある『第一化学準備室』にて、机を挟み対面に座っていた。


「さっきも言ったであろう。その…雨多(うた)ちゃんと喧嘩を…」

「違う。なぜ喧嘩したのか、だ」

「そ、それは…」


と、それっきり黙り込んでしまう華乃に志暮は何も言わず、ただじっと待ち続けた。

相手のペースで話をさせる、それが一番早い手であると信じて。


「げ、原因は、明確で…わかっている。」

「そうか」

「…こ、事の発端は、今日の休み時間だ。私と雨多ちゃんが廊下を歩いてたら、人が寄ってきて…」


志暮はその時の事を知っている。自分も見ていたし、その場で安心した感情を持ったのも記憶に新しい。


「それで、私は雨多ちゃんを守ろうと必死になって、色々言ったんだ…」


そこでまた、華乃は黙り込む。

時計の秒針がカチカチと音を立て、数十回秒針が動いたところでようやく、華乃は言葉を発しようと口を開く。


「…ある程度追い払って、少し距離が離れたお前ともう一人の…相沢冬馬(あいざわとうま)だったかな。の後ろ姿に向かって、『二度と近寄るな』って言ったんだ。」

「お、おう…」


自分に向けられていた言葉に、全く気づいていなかったのもあり少し狼狽えた志暮だったが、続く華乃の話に耳を疑った。


「そしたら、雨多ちゃん凄く怒って。『何でそんなこと言うの』『酷い』って。周囲の人達には何を言っても、黙ったまま私の後ろにいたのに。

お前達に向けた言葉にはすごく、感情的になったんだ。」

「それってどういう…」

「雨多ちゃんね、私に最後にこう言ったの。『夢野(ゆめの)くんが可哀想』って。」

「……俺?」


まさか自分が原因で、目の前にいる半泣き状態の少女と、学校一の秀才と名高い涼之瀬雨多(すずのせうた)が喧嘩をした、何て志暮には到底理解のしようがなかった。

だから、その場には妙な間が訪れた。


「…そんな雨多ちゃんに私もムキになって、酷いこといっぱい言っちゃって…。

でも、それから私考えてたんだ。」

「な、何をだ…?」

「雨多ちゃんと言い合ってから、ずっと、ずーっと。帰ろうとしているお前の姿を目にするまで。」


先程の落ち込んでいた顔からは、想像もできないほど据わった目を向ける華乃に、志暮は固唾を呑んで続きの言葉を待った。


「雨多ちゃんとお前の接点は何か。」

「接点…」

「まず、雨多ちゃんはあまり他人との会話やスキンシップを好まない。故に自分から他クラスのお前に会いに行くことはないだろう。それこそ、何かしらの理由がない限りは。」

「………」

「次に、休日。雨多ちゃんは朝から夕方まで家の手伝いで忙しい、と言っていたし遊びに行くことは無いと思う。

休日に雨多ちゃんが遊びに出ているのなら、この学校の生徒で一人くらいは目撃している人がいてもおかしくない。そのくらいの存在感が雨多ちゃんにはある。だが、校内でそう言った話は今のところ耳にしない。

つまりは休日、外出はしていない。もしくは家の周囲のみで行動している。と推測ができる。」

「赤宮…お前すごいな…」

「まだまだあるぞ、校内でのお前と雨多ちゃんが関わるとしたらいつ、どこでなのか。

また、相沢冬馬は雨多ちゃんにとって感情的になる対象なのかどうか。」


ここまで言い逃れのできない考察を並べられ、志暮は腹を括った。が、それと同時に若干の狂気じみた何かを感じずにはいられなかった。まるでストーカーのようだと。

だがそれ以上に、今日始めて話した相手だけれど自分よりも涼之瀬雨多という人物を理解しているかも知れない相手に、これ以上隠す理由はないだろう。と。


「…もういい。赤宮の結論を聞かせてくれ」

「ああ。私の結論は……お前と雨多ちゃんは何かを隠して生活をしている…。」


この一瞬の間で、志暮は意を決した。

もう、迷う必要はないだろうと。


「すなわち!裏で付き合っている、恋人同士なのではないか!!」


…が、志暮の思考はフリーズした。

そして目一杯、大きく息を吸うと…


「いきなり飛躍しすぎだろおおおおおおおお!!」


と、志暮は化学準備室に響くほどの声量で叫ぶが、華乃は眉一つ動かすことなく言葉を聞いたと同時に、再度考え始める。

冷静な華乃を前にして、志暮は場を濁すように咳払いをする。


「飛躍している…か。」

「そ、そうだ。第一、何で俺と涼之瀬が付き合うんだ!スペックが天と地ほどの差だぞ?」

「そうか?お前の家柄を考えれば、割と誰でも堕ちるだろう。それに理由なんて誰にも…」

「結局は、そうなんだよな。…みんな、見えているものだけを信じるんだ。表面だけを。」


華乃の言葉を聞き、志暮は何故だか苛立ちだけを感じ、腰を上げた。

しかし華乃は、冷静に座ったまま志暮を見上げて疑問を言葉にしていた。


「それは、どう言う意味だ?」

「言葉以上に意味なんてない、周りの人間は…みんな、見えてるものが全てで裏で努力してることなんて何一つ考えちゃいない!…そんなのおかしい。おかしいんだ!そいつを想うのならちゃんと気持ちを考えて、全部を理解して、それで…」

「そんなもの、無理に決まっているだろ!」


志暮は感情的に言葉を発していたが、華乃の怒号の一言によって我に返った。だが、もう志暮の言葉に取り消しは効かない。

それが、志暮の本心からの言葉であったからこそ、取り消しなんてできなかった。


「表面で評価するな。全てを知れ。…そんなもの無理だろ!相手のことが知りたいから想うんだ。人は好意を抱くんだ。少しでも気にかけてもらおうと、努力しているんだ!」


ぐうの音も出ず、志暮はただ黙って華乃の言葉に耳を傾けていた。


「初めから全て分かる人間なんていない!相手に認めてもらう努力をしても、報われないやつだっているんだ!」


一言一言が、志暮にはすごく刺さる言葉に聞こえた。

それほど、自分にとっては図星だった。


「だが、少なくとも…私には誰かの努力に気づいてあげることはできない。自分がそうされなかったから、な…」


華乃の覇気は段々と薄れ、俯く表情に最後は哀愁だけが残っていた。

その様子を見て志暮は座り直し、気を落ち着かせた。


「ごめん。俺、なんか頭真っ白になって…」

「あ、いや、…いいんだ。私の方こそ取り乱してすまない」


そして再度、秒針の音が室内に響く中、志暮がふと窓の外へ視線を向けると、部活を終えた生徒たちが下校する様子が目に映った。


「と、とりあえず今日は帰るか…」


突然の呼びかけに華乃は少し肩をあげ、驚いた様子を見せた後で時計を確認する。


「そ、そうだな。心苦しいけど、しばらくは雨多ちゃんと距離を置いてみるよ。」

「ああ。わかった。それじゃあ明日の放課後にまた、ここで話し合うとしよう。」


そうして二人は軽く挨拶を交わし、互いに逃げるように化学準備室を後にした。

恐らく、話をしていた時間は十分程度。

だが、志暮と華乃には一時間以上にも思える程に長く、重く感じていた。


「俺、何であそこまで熱くなって…」


志暮の心中に残ったのは疑念のような、言葉にし難い感情だった。自分は何にあんなにも、苛立ちを感じていたのか。


「ああ、そうか。」


そして、一つの結論へとたどり着く。

それはすごく簡単な答えで、きっと誰しもが抱えている当たり前な心情。


「俺は、同情されたかったのか」


自分で言って間もなく、とても馬鹿らしく思えた志暮は苦笑し帰路へとついた。



*



「こういうのはどうだろうか?」


ここは第一化学準備室。

昨日のいざこざが嘘だったかのように、俺と赤宮(あかみや)は『涼之瀬(すずのせ)との仲直り計画』の案を出しあっていた。


「まず、俺と相沢(あいざわ)が涼之瀬に聞こえるように、赤宮の良いところを言いまくる。その後で、俺が凉之瀬の陰口を言う。落ち込んだ涼之瀬の元へ赤宮が登場し慰める。どうだ?」

「却下だ」

「なんでだよ!」

「貴様は雨多(うた)ちゃんに嫌われたいのか?そうであっても、こんな下衆なやり方は私が嫌だね。」


既に話し合いを初めて三十分程が経過しており、未だに良い案が浮かばず、投げやりな作戦ばかりを出してしまう自分自身に、志暮(しぐれ)は苛立ちを感じ始めていた。


「どうしたらいいんだ…というか、これって俺が手を貸す理由あるのか?」

「そういう細かいことはいいじゃないか。私とお前の仲だろ?」

「まだちゃんと会話を始めて二日目だけどな」

「………本当にどうしよう。今日一日、雨多ちゃんと話さなかっただけでも辛いのに、こんなのいつまで続くのか…」


華乃は急に弱気な表情になる。

先程までの強がりや冗談が嘘だったかのように。


「赤宮って面白いやつだよな」

「どういう意味だ…?」

「いやあ、何て言うかすげえ感情が豊かというか、表情がコロコロ変わって。

良く言えば裏表が無さそう。悪く言えば子供っぽい。かな?」

「はあ…」

「なんだよ」


ぐたっと机に突っ伏す華乃に、志暮は頬杖をつきながら視線だけを向ける。

そして、唐突に華乃は話し始める。


「私はさ」

「ん?」

「…心理学研究者になりたいんだ。」

「心理学?」

「そう。人はこうするとどう反応するだとか、こう言うと感情がどう変化する、だとか。そういうのさ」

「じゃあ、赤宮が声をかけて最初の時に言ってた、別次元がどうたら、ってのは?」

「あんなのデタラメだよ。かじった程度の浅いもの。」

「そ、そうか…。まあでも、すげえ目標だな…」


志暮がそう返すと、著しく華乃の表情は曇った。

まるで、もう既に諦めてしまった。そんな浮かない顔だった。


「十二。」

「何の数だ?」

「私の研究をまともに聞こうとせず、私の目の前で資料を捨てた心理学研究者の数だよ。」

「持ち込みか何かか?」

「正式な発表の場だよ。ステージに立つと、目の前で座っていた研究者たちは皆、嘲笑った。

私がいくら資料の解説をしても、誰一人としてまともに聞こうとせず、『誰かの成果を自分のものにしてるだけ』『あんなガキにこんなのがわかるわけない』って。見た目で、見た目だけでそう判断して…」


そう語る赤宮は悔しそうに拳を握っていた。

状況も、過程も、今ある結果も、何もかもが違うはずなのに、俺には赤宮の悔しさが分かる気がした。


「赤宮も…表だけを見られてきたんだな」


自然と口から出たのは、そんな哀れむような同情の言葉。


「やっと、認めてもらえると思ったんだ。」

「…認める、か」

「親にも、同級生にもずっと馬鹿にされてきた。『そんなの調べてどうするんだ』『変なやつ』だって。

でも結果を出せば、研究者の人達に認めてもらえれば、もう笑われることはないだろうって…そう、思ってたのに。結局誰も、私を見てはくれない」


赤宮は悔しさからか、胸を押さえて涙を流していて、その涙には今までの辛さと、努力と、そして怒りを感じた。

昨日、赤宮が声を荒らげていたあの時、僅かに感じた哀愁の正体はきっとこれだったのだろう。

俺は、その痛みがどんなものなのかきっと良く知っている。



「……すげえ、辛いよな。偏見ってやつはさ」

「………」

「別に赤宮に同情するからでも、話の雰囲気に流されるからでもない。必要だと思うから、赤宮には伝えておく。」

「…何を?」

「涼之瀬の努力だよ」


二人のいる空間に纏う空気は、同じ境遇にある者にしか分からない、重く張り詰めたものだった。


お読みいただきありがとうございます!こちら第六話になります!

この作品は毎週、土・日曜日の投稿を予定しております!

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