第五話 小柄な勇者
【第五話 小柄な勇者】
涼之瀬雨多、十六歳。
初恋でした。
その出会いは起こるなんて予想もできない様な、何の変哲も無いありふれた日常の中。
ちょっと肌寒さを感じる初秋……唐突に、訪れました。
「ん」
そう言って彼は、気恥ずかしそうに手に持った袋をこちらに向けた。
目を合わせようとせず、ただ少し口をモゴモゴとしていた。
「…あなたは?」
これが、私が彼に発した初めての言葉。
「…夢野志暮だ」
「しぐ…れ?」
「い、いいから。ほら早く」
そう言って彼は、私が受け取ろうとしなかった袋を押し付けるように手渡し、そのまま去って行った。
たった数十秒の出来事。
「…焼きそばパンと、お茶だ」
どうしてなのだろうか。
そして、いつだったのだろうか。
彼は、気づいていた。私の秘密を。
…それから早いもので、気がつけば半年が過ぎていて、私は…まだ一歩も踏み出せずにいました。
*
「ぶぇっくしゅっ!」
志暮は廊下に響くほどの大きなくしゃみをした。
それを、隣を歩く冬馬がゲラゲラと笑う。
「志暮、風邪か?そんな季節でもないだろ?」
確かに、今は梅雨前で少しカラッとした日が続く、そんな春とも夏とも言えない気温の真っ只中だ。
風邪ではない。あるとすれば花粉くらいなものだが、そういった感じでもなかった。
「これが噂されるってやつか…」
「ぷっ、何言ってんだか」
と、また冬馬はゲラゲラと笑い始める。
志暮はそんな冬馬を訝しむように横目で睨む。
「お前にだけは、そういうツッコミされたくないな…」
「ん?なにが?」
想定外の冬馬の切り返しに、志暮は小首を傾げる。
「え…まさかあのナルシスト、素なの!?」
「だから、なんだよそれ?俺はいつだって普通だろ!」
「あ、ああそうだな。うん。」
ダメだ。こいつと会話をしてると、こちらの歯車が狂ってしまう。
…それにしても、今のくしゃみはなんだったんだ?ただの寒気とか…か?
「なあ志暮」
「うん?」
「俺、最近思うんだけど」
「…何だよ、改まって」
と、そこで冬馬は立ち止まり、つられるように志暮も止まる。
「涼之瀬ってさ」
冬馬の口から出た人物の名に、志暮はピクリと眉を動かす。
「眼鏡外したらめちゃくちゃ可愛いんじゃね?」
冬馬が真面目なトーンで放った言葉に、志暮はため息を一つこぼし呆れたように口角をあげた。
「…お前がお前で良かったよ」
「何だそれ」
冬馬が笑う中、志暮はただただ安堵の息が漏れた。
気づかれていなくて良かった、とそれだけを思って。
「志暮は気にならねえのか?俺だってちょっと気引こうとしてるんだぜ?」
「俺にはまず、『友達を作る』という大きなミッションがあるからな。今はどうだっていい、かな」
そんな浮かれた話以上に、あいつには他人に評価されるべき点がある。だが、誰かに言えるような状態じゃ…
「でもさ」
「ん?まだなんかあるのか?」
「いや、涼之瀬って美人だし人当たりもいいし、すげえ人気者って感じだけど…」
志暮は黙って続きの言葉を待つが、一向に冬馬が話す気配がなく「どうした?」と、声をかける。
「……俺には、涼之瀬が辛そうに見えるよ。」
そう言って曇った表情の冬馬が向ける視線の先には、男女問わず大勢に囲まれて廊下を歩く、涼之瀬雨多の姿があった。
「そう、だな…。そうかもな…」
いつか、相沢には言わないといけないのだろう。
でも、もしかしたらこいつは俺がいうより先に、涼之瀬の真実を知るかもしれない。
「あれは…大丈夫そうだな。前と違って、ちゃんと連れがいる」
雨多が囲まれている中心で、「あっち行け!」「見世物じゃないぞ!」などと怒号の声を上げて、小柄な少女が雨多を守ろうと周りの生徒に威嚇していた。
「誰だ?あのちっこいの」
と、冬馬が問いかけるが志暮は黙って首を横に振った。
「ま、いいか。教室戻ろうぜ」
「ああ、そうだな」
志暮は振り返る最後まで、勇敢に雨多を守ろうとする小柄な少女を目の端に捉え、そしてまた、安堵した。
*
放課後になり、志暮が一人で下校しようと靴を履き替えている時だった。
単調な足音が一定の速度で志暮に近づいて、そして、止まった。
「おい!そこの冴えない感じのやつ!」
と、どこか聞き覚えのある声に、志暮は顔を上げた。
「んん?」
そこにいたのは、ショートボブの茶髪に、頭頂から垂れるように生えたアホ毛が特徴的な、小柄な少女。
白衣を着ていたが明らかにサイズ感が合っておらず、『着せられている』という表現が一番当てはまっていた。
そして何より…涼之瀬を囲む生徒を威嚇していた少女に似ていた。
「君は?ってか冴えないって俺のこと?」
「今この場にはお前と私の二人しかいないだろ。それとも、私が声をかけたのは観測すらしていない別次元にいるお前であると…そのように申すか!」
何だろう…すごくめんどくさそうだ。
できることなら関わりたく無い…が、これも何かの縁…なのだろうか。
「あーごめんごめん。俺が冴えないやつで…君は?」
「人に名を尋ねる時は己から名乗れ無礼者が!」
「………帰ろ」
前言撤回だ。もうこいつに用はない。
が、昇降口を出ようとしたところで背後から服の裾を引っ張られて、進行を阻害された。
「まだ何か用か?」
「あ…あの、えっと。」
「無いなら俺は帰るぞ」
と、振り切ろうとした所で、掴まれていた裾が更に力強く握られる。
少女は、今にも泣きそうで全身が小刻みに震えており、その瞳はどこか遠くを見つめている様で、辛そうだった。
「はあ。わかった、話は聞くから手を離せ。あと名を名乗れ」
「くっ…この我に下級みんぞっ」
「早くしろ」
「うっ…赤宮華乃。」
「んで、赤宮。何か用か?」
「い、いきなり呼び捨てか!さんを…いや、様を付けろ!」
志暮が表情を消して、踵を返し歩き出すと華乃は泣きつく様にしがみ付いた。
「わ、悪かった。だから、帰ろうとしないでくれ!」
「はあ…。都合が悪いなら一旦場所変えるか?」
真面目に話を聞こうと志暮がそう問うが、華乃は首を横に振り「ここでいい」と、ようやく本題を切り出そうとしていた。
「実は…」
「うん」
「雨多ちゃんと…」
「涼之瀬?」
「喧嘩した」
「……は?」
こうして、志暮の環境は『涼之瀬雨多』を原因とし、また一つ…動きだそうとしていた。
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