第四話 一歩前へ
【第四話 一歩前へ】
今日は休日。
学校がないため、少し遅くまで眠っていた俺は、あくびをしながらベッドから降り、スリッパを履いて自室の扉を開けた。
扉を開けると「おはようございます志暮様」と、金髪でお下げのメイドがお辞儀をして出迎える。
「ああ、おはよう」
「朝食の準備が整っております」
「ん、ああ。顔洗ったら行くよ」
「かしこまりました」
無駄に広い廊下をのそりのそりと歩いていき、洗面所兼、浴室がある場所までやってきた。
引き戸を開け大きな二面の鏡の前まで来ると、寝癖が酷い寝起き姿の自分を見て、ため息を一つこぼす。
決して不幸なわけではない。むしろ幸福すぎるくらいだろう。
別に今の生活が嫌いというわけでもない。
身の回りで不便に思う事っていうのはあまり無いし。まあ、メイド達が色々と世話を焼いてくれるおかげだが。
でも、だからといって満足ができているとも言い難い。
何せ、俺にとってこの生活は…少し邪魔に思えるからだ。
「あれ、兄さんも今起きたの?」
大きなあくびをしながら引き戸を開け、そう声をかけてきたのは妹の『夢野叶芽』。
ボサボサの髪と少し垂れた目尻、『兄さんも』という言葉から察するに叶芽も、つい先程起きて顔を洗いにきたのだろう。
それにしても…
「俺もついさっきだ。…というか、いい加減そういう格好は卒業したらどうだ?」
叶芽が着ていたのは、配色と模様、微妙な装飾まで全てがダンゴムシをベースとしており、フードの先端にはご丁寧に触覚まで付いた、まさしくダンゴムシの擬人化…というよりは、ダンゴムシになりたい人間のような格好だった。
「ん?いやーこれ愛着あるんだよね。あ!じゃあ明日からはダイオウグソクムシにするよ!」
「そっちもあるのか!…ってそういう問題じゃねえ!」
「あっははは」
叶芽は笑って話を流すと、俺の隣の洗面台で顔を洗い始める。
「なあ…変なこと聞くけどさ」
「何?体重なら教えないよ」
「聞かねえし、興味ないわ!」
「あっそ。で、何さ?」
そう聞き返され、なぜか言葉に詰まった。聞こうとしたことは決まっていたのに。
なのに、これを言ったら何か崩れるんじゃないかと思って、言えなかった。
「…いや、何でもない」
「ふーん、そっ。」
叶芽は特に追及などすることなく、歯を磨き始める。
*
「志暮様」
「んー?」
「ご友人は」
「できてねえ。ってか最近そればっかだな?」
ここは俺の部屋。だが、数分前「話がある」と部屋に訪ねてきた、このメイドを中に入れたら一向に話を切り出そうとせず、部屋のあちこちを見ていた。
それで、ようやく話し出したと思ったらこの始末。本当になんなんだ…
「はあ…」
「おい、仮にも俺は親父がいない間、ここの主人になるんだぞ?」
「左様でございますか…」
こいつ…。
まあ、権力とか使って人を従えるのは正直気がひけるし、このくらい対等な接し方をしてくれる方が、こちらも話しやすいが。
「志暮様…いつになったら我々から手を…」
「ああ、一応は引くよ」
「……えっ?」
「いやあ、最近さ。後押ししてくれる出来事がよくあってさ。このモチベーションが続く限りは、もうお前達をどうこうするなんて言わないよ。」
「し、志暮様……ご立派になられて…ううっ」
「おい、なぜ泣く。大袈裟だぞ!」
目の前で話すメイドの瞳からは、歓喜からであろう大粒の涙がそりゃもう、ボロボロ流れる。
なんだろう、凄く精神的にダメージを受けているぞ…?
だが、本当に言葉通り『立派になって』という意味で涙を流しているのなら、多少は母性の様なものがあったのかも知れない。
「それにしても、親父は今頃何してるかな…」
「旦那様は、探検家でいらっしゃいましたね。確か、未知の秘宝を見つけて一攫千金の後にご結婚して、この家で暮らしていたと聞き及んでおりますが」
「ああ、だがもう十年以上前の話だよ。」
そう…元々、このだだっ広い家には両親と俺、叶芽の四人で暮らしており、母さんと共に家事を行うお手伝いさんが日中、よく来ていた。…円満で不自由ない、普通の家族だった。
だが悲劇というのは予告なく、突如として訪れるもの。これを俺は四歳で理解した。
どんよりとした雲にこの地一帯が覆われ、天候が乱れたある日。それは俺の四歳の誕生日だった。
急な落雷が停車していた車両に直撃して、街中で大爆発が起こった。それに巻き込まれた母さんは、病院に搬送されたが意識は戻らず亡くなった。
当時、病室で誰よりも泣いていた親父のことは、今でも忘れられなかった。
それから間もなく、母さんの突然の死に耐えられなくなった親父は、この家にメイドを雇い、俺と叶芽を置いてどこかに行ってしまった。いや、正確には戻ってしまった。探検家の世界へと。
だから、幼かった俺と叶芽には親父の代わりとなるメイド達、皆が育ての親みたいなものだった。
現在はこの家に俺と叶芽、四人のメイドが共に暮らしており、今目の前にいるメイドはここに一番長く居て、一番理解してくれる。
俺も叶芽も、何でも話せる…身近な存在だと、いつも感じていた。
「親父は、何で探検家に戻ったんだろうな」
「…恐らくですが」
「ん?」
「お金の為ではなく、手に届かないような『何か』を探しているのでしょう。
旦那様にとって、奥様は掛け替えのない大切な存在だったと思われますから。」
「そう、かもな…」
志暮は戸棚の上に置いていた家族写真に目が行き、そのまま手に取って眺め始めた。
「…俺、頑張るよ」
「はい、どんな時でも応援しております」
そうしてメイドとの話は終わり、志暮の休日はあっという間に過ぎていった。
*
休日が終わると、またいつもの一週間が始まった。
ホームルームでは、担任の教師から七月に開催される体育祭についての話があがり、運動部の連中はやる気に満ち溢れ、文化系の連中は心底嫌そうな顔をしていた。
かくいう俺も、反対派だ。まあ俺の後ろにいるやつ、つまりは目立ちたがりの相沢冬馬はそうじゃないらしいが。
「なあなあ志暮。一緒の競技やんねえか?」
先程から背中にツンツンと指を当ててくる相沢を全力でシカトして、俺は授業を受ける準備へと移っていた。
「志暮頼むよ。ほら体育祭なら、良いとこ見せれば女子が寄ってくるかもよ?な?」
「な?じゃねえ。お前…同級生をペットみたいな表現するのやめろ。同じ種族だろ」
「お、やっと反応した」
いい加減鬱陶しくなってきた相沢に向けて怒りの眼光を向けるが、「にひひ」と笑って返された。
「はあ…やるとしたら?」
「そりゃお前、リレーに決まっ」
「却下。他をあたれ。」
手をヒラヒラと仰ぎながら前に向き直る志暮の背中を見て、冬馬はあることを思いつく。
そして、自席から前のめりになって志暮の耳元で冬馬は
「もしかしたら、凉之瀬も見てくれるかもよ」
「涼之瀬ねえ…」
学校一の秀才と噂される涼之瀬雨多のことだ、体育祭でも追っかけ回されて誰かを見てる暇は無いだろう。
「なんだ、反応薄いな」
「ん?まあ、な。」
志暮は頬杖をついて、席から少し離れた窓の外へ視線を向ける。
そんな志暮の反応に、冬馬はつまらなそうに軽いため息を漏らし、同じく窓の外へ視線を移した。
「相沢はさ」
「んー?」
「バイトとかしてるのか?」
「いや、平日は基本的に学校の後は部活だし、土日は…まあ色々と忙しくてバイトとかは、やってないな。」
「そっか」
「志暮は…って、するはずないか」
「…興味はあるけどな。やらせてもらえない」
「あーもしかしてあの、目付きの鋭いメイドさん?」
相沢は、一度だけ俺の家に来たことがあり、その際に何人かのメイドとは面識を持っていた。
だから、俺の身分や苦悩を多少は理解してくれていて、踏み込んだ事は言わないでくれる。
きっと、こういう場面で一歩前に出ないと俺が掲げた目標には、ずっと届かないままなんだろう。なら…
「そんなとこだ。それより、体育祭の話だったよな…」
「あ、そうそう!で、どうよ?」
志暮は自分から話題を戻したものの、これといった妙案は浮かんでおらず「とりあえず」と言葉を投げる。
「出場者決めはもう少し先だし、俺が出来そうな競技があるんだったら考えなくもない…」
「曖昧だなあ。よし、なら速攻で良さそうなの見つけて速攻で志暮の了承を得てやるぜ」
「そうかい。まあ精々頑張れ」
冬馬の笑顔につられ、志暮も薄く笑みを浮かべた。
少しずつ進んで行く志暮のリア充への道は、まだまだ始まったばかりだった。
お読みいただきありがとうございます!こちら第四話になります!
登場人物の過去や『同じ境遇に立つ者』の一端が見られたかな、と思います!
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