第三話 観察
【第三話 観察】
いつもの朝。登校をして、それで…何故か正門を入ってすぐに、物陰に身を潜めて次々と登校してくる他の生徒を観察していた。
「………」
きっかけは、先日起きた涼之瀬雨多の救出問題。
あの日の放課後に、妹の叶芽によって勝手に自己完結をした俺は、その時心中で掲げた『目標』の第一歩を行動に起こそう。と、こうして張り込みの様な事をしていた。
「やべえ…俺、何やってんだろ」
小学校、中学校、高校生活の一年と一ヶ月…この長い期間で、まともな友人を一人として作ることができず、『こんな事で変に気を使われない様に』と身内には見栄を張り続け、生活する中で周囲には極力悟らせない様にしていた、このボッチ属性。
だが、『見栄を張る』『悟らせない』…これはあまりに大きな壁だった。
なんせ、今まで静かだった奴が急にキャラ変えて積極的になる、なんて、変な時期にイメチェンして目立とうとしてるか、一部の対象にだけアピールしようとしてるのがバレバレな奴みたいで、ちょっと距離置きたくなる様な痛い人だし。無理でしょ…メンタルもたないよ?
せっかくイメチェンしたのに次の日からいつも通りに戻ってるか、不登校になってる様な案件だよこれ。
「よし、やめよう。他の人達と登校時間ずらして早めに来たけど、所詮無駄。
それっぽいチャンスがあるにはあったが、到底俺には無理だった。レベルが高すぎた。」
「何やってんだ志暮」
「おほぉいっ!!」
や、やべ。びっくりして相当間抜けな声が出ちまった。
って、またこいつかナルシスト!
志暮に背後から声をかけたのは、お馴染みの相沢冬馬だった。
「変な驚き方するな。一年一緒にいたけどそんな声聞いたの初めてだ。」
「当たり前だろ!誰が好んでこんな間抜けな声出すんだよ!」
志暮が勢いよくツッコミを入れれば、冬馬は「にひひ」と歯を見せて笑う。
そして志暮はバレたのがこいつで良かったと、安堵のため息をつく。
「そんで」
「ん?」
「こんな所で何してたの?」
「そ、それは…」
い、言えるわけがない。
ボッチ脱却のため、話しかけやすそうで、その上一人で行動する若干気弱そうな人を待っていただなんて…!
あれ、これだけ聞くとマジで俺やばいやつじゃね…?
「あーなるほど」
黙り込む志暮を見て、何かを察して冬馬はニヤリと口角を上げ、目を細めた。
「な、なんだよ…」
「さては志暮…手頃な女子に声かけて、金か何かで釣ってデートでも誘うつもりだったんだろ!全くこれだから思春期は」
「…は、はあ?バカじゃねえの!そんなわけないだろ!」
は、反応に少し遅れた…。
金で釣るなんて下衆なことをするつもりは無かったがやり方自体は大方、相沢の言う通り…。ま、まあ断念したわけだが。
それにしても、相沢…お前とはいつか決着をつけなければならない様だ。俺の身の安全とリア充になる、という目的のために。
「ふーん、ま、別になんだっていいけど。」
と、興味無さげに応える冬馬は続々と登校してくる生徒の中で見知った顔の人何人かと、軽い挨拶を交わしていた。
「…あ、相沢はさ」
「ん?」
「結構、仲が良い人多い、のか?」
正直自分でも、いきなり何を言い出しているんだ、と思った。
だが、一度滑り出した口はもう止めることはできなかった。
「んーまあ、そうだな…同じ中学だったやつともたまに連絡は取ってるし、高校でも部活の先輩含めて結構仲良い人はいるかもな。」
「そ、そうか」
「ん…?ああ。なーんだ。」
と、冬馬はまた何かを察した様に切り出した。
「志暮、友達になれそうなやつ探してたのか」
「なっ!?」
カァーっと体温が上がっていき、耳の先まで真っ赤になっているのが自分でもわかった。
なんなんだこいつは。出会ってから一年で、ここまで悟られるものなのか。
ちくしょう、久々にしてやられた。
「その反応は、当たりだな。ま、別に言いふらしたりはしねえよ。ただ…」
「な、なんだ?」
これ以上何を言うつもりだ、割ともう限界だぞ!
「俺もいつかは、志暮と『友達』って思える仲になれたらな、ってだけさ。」
「えっ?」
「何でもねえよ。ほら、教室行こうぜ。」
「……あ、ああ。」
なぜだろうか。
一瞬。本当に一瞬だが、相沢の表情が悲しそうだったのは。
気のせいだろうか…うん。きっと気のせいに違いない。だってあいつは、俺と同じただの同族なんだから。
*
何だか今日は不幸の連続だった。
朝の張り込み問題を始めとして、休み時間便所から出て手を洗おうとしたら蛇口に石鹸が詰められるという、小学生の様なイタズラの所為で水が至る所に噴出し、びしょ濡れになった上掃除をさせられ、掃除をしていたせいで移動教室の授業に遅れ、昼食の時間になり重箱弁当を食おうと思ったら箸が無く、揚げ物にソースをかけようとしたら手が滑って、着替えたばかりのジャージの上に容器が落下。
その後も授業中、『何となく目についたから』という理由で問題の解答役に指されまくれ、間違えれば気恥ずかしく、当たっていれば安堵。
これの繰り返しで、ようやく放課後になった…。
「ぶああぁっ…」
帰宅しようと荷物をまとめた所で、変なため息が出て再度椅子に腰掛けた。
まあ、これだけ災難が続けば仕方がないだろうけど…。
でも、箸がないとか授業中に指されまくるのは果たして…。うん、考えるのはやめよう。
「いやあ、今日は悲惨ですな志暮さんや」
「…相沢か」
「うっす」
「部活は…これからか?」
「ああ、だがまあその前にお前さんを慰めてやろうとな。」
「ふんっ、余計なお世話だ」
そして冬馬はいつもの様に、何がおかしいのかゲラゲラと笑う。
「…お前はさ」
「んー?」
志暮がそう切り出すと、冬馬は志暮の前の席で椅子の背もたれに肘を乗せて座った。
「どうやって、そんなに友達作ったんだ?」
「何だそれ」
と、冬馬はまたゲラゲラと笑いだす。
「ま、真面目に聞いているんだ!」
「ああ、悪い悪い。そうだな…」
志暮は固唾を飲んで、続く冬馬の言葉に耳を傾ける。
「友達…か。まあ、なるようになった。かな」
「……へ?」
「おお、また変な反のっ」
「そうではなく!何で、その…なるようになったんだ!」
「そう言われてもな。俺は自分が好きなことをしていて、気づいたら同じ趣味の人間と一緒にいて、多少親密になってた。…それだけだ。」
「自分が、好きなこと…」
志暮が復唱して、その言葉の意味を理解しようと思考していると、冬馬は「やべっ、部活行かないと」と慌てた様子で荷物を持った。
「まあ、さ」
冬馬は荷物を持って、部活へ急ごうとその場で足踏みを始めながら志暮に声をかける。
「志暮は今のままが俺は良いと思うぜ?じゃあな!」
と、冬馬はそれだけ言い残して足早に教室を後にした。
「今のまま…ね。」
志暮はまた一つヒントを掴んだ気がして、先程まで落ち込んでいた気分が少し和らいでいた。
「帰るか」
*
「はっ、はっ、はっ…」
冬馬は校庭に行くため急いでいた。
冬馬が所属しているのは陸上部。雨が降ったり危険なことが予想されない限りは基本的に外での練習。だから早く行くため、急いでいた。
だが、不意に立ち止まった。冬馬の意志は、そこにあるようで無い。
冬馬は自然と、当たり前のように、立ち止まった。
考えていたのは、つい先程まで教室で話していた志暮との会話。
外のグラウンドを走る生徒達の掛け声が聞こえるほどに静寂した廊下で、冬馬は儚げに窓の外を見下ろして薄く笑みを浮かべた。
「俺に友達は……いないよ」
冬馬が放った独り言は弱々しく静けさに呑まれ、誰に届くでもなく消えていった。
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