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第二話 自己満足

【第ニ話 自己満足】


予鈴が校内に響き、「やべっ!」と声を漏らして、夢野志暮(ゆめのしぐれ)は慌てて廊下を駆ける。


「よーしっ、間に合った」


予鈴が終わるギリギリのところで、志暮は自分の席へと戻ってきた。


「よぅ、涼之瀬とはどうだったんだよ?」


席について早々、背後から声をかけてきたのはナルシスト相沢こと、相沢冬馬(あいざわとうま)だった。

予鈴ギリギリまで席を外していた原因である、涼之瀬雨多(すずのせうた)と俺の関係性を知らない相沢は、ニヤッと頰を上げ楽しそうにこちらに目を向ける。


「はあ…言っとくが、お前が期待しているようなことはないぞ。」

「ちぇ、つまんねえの」


言葉通り、相沢はつまらなそうに口を尖らせそっぽを向いた。

と、丁度担任の教師が教室へ入ってきて、クラス全体の空気が少し引き締まったものになった。


「ホームルーム始めるぞ」


気だるそうな声音で担任の教師が指示を出す。

そしてまた気だるそうに日直の生徒が「起立」と言うと共に、志暮の学生としての一日は幕をあげた。



*



数分前、志暮は冬馬から呼び出しの伝言を受け、購買へと来ていた。


「すみません、焼きそばパンと…タマゴサンドを」


適当な食品を購入し、そのまま自販機へと向かいお茶を二本購入した。大体ワンコイン分の出費だった。


「はあ…パシリってこんな気分なのかな」


背中を丸くし、ため息をつく志暮は昇降口に来ていた。


「ほら、今日の」


志暮が人気のない下駄箱に向け声を出すと、一人の少女が二年用の下駄箱の陰から姿を現わす。


「お、おはよう…夢野君」


肩甲骨まで伸びている艶やかな黒髪を一本にまとめ、赤縁のメガネをかけているのが特徴的。

目鼻立ちは整っており、高くもなく低くもない平均的な背丈に、出るとこは出て、引っ込むところは引っ込む。

男が求める理想を形にした、作り物のような容姿のこの少女、涼之瀬雨多(すずのせうた)


「ああ、おはよう。ほい、これ」


警戒しきった猫のように、志暮の手からパンと飲み物が入った袋を受け取り、中を見て一瞬目を輝かせると、すぐに志暮から距離を取った。


「別に何もしないぞ?」

「…うん、ありがと」


短く答えた雨多はそそくさとその場から退散していった。

志暮は手渡したままその場で立ち尽くし、去っていく雨多の背中を眺めていた。


「あいつも大変だなあ…」


同情に似た独り言を残し、志暮はまた自分の教室へと戻っていった。



*



四時間分の授業を終え、昼食の時間になった。

朝同様、決まった人達が決まったグループで机を並べて談笑し、食事を始める。

その光景を志暮は後方から眺め、ため息をつく。


「うっす志暮。ん?今日はいつもの弁当は無いのか?」

「ああ、今日は…忘れたから」

「ふーん。じゃ、学食でもいくか?」

「そうだな」


いつもの弁当。それは正月におせち料理を入れるような豪勢な三段の重箱。

毎日持たされるそれは、荷物になるし何より一人で食べ切れる量じゃなかった。その為いつも相沢と一緒に食べていた。つまりは今日、相沢も昼食がないということになる。

家を出る前、いつも置かれている場所を確認したが弁当は無く、メイドに聞こうにも何やら忙しそうだったので、昼は適当に済ませようと今朝から決めていた。

そう言えば、今朝は妹の叶芽(かなめ)も身軽だった。


「何ぼーっとしてんだ?早く行こうぜ」

「ん、ああ」


そして、志暮と冬馬は一階の食堂へと足を向ける。

だが、教室を出てすぐに志暮達は立ち止まる。

視線の先に、学年を問わず大勢の男子に食事の誘いを受ける、雨多の姿を見つけたからだ。


「あれ、明らかに困ったって顔してるよなあ」


現場を見て、至って真面目な声音で冬馬は呟く。


「そう…だな。めんどくさそう、って顔にも見えるが。」

「どっちも同じでしょ」


涼之瀬は、声をかけてくる周りの連中に対し、「え、いや…その」「あの、また今度で…」「ちょ、ちょっと今は余裕なくて…」と、律儀に一人一人に応えていた。

返答の内容は邪魔者をあしらう様だったが、それでも突っぱねたり、シカトをしないだけ丁寧なものだと感じられた。

しかし、断られてもしつこく言い寄る男子どもには、正直関心はできなかった。

が、俺が行動を起こすよりも先に相沢が動いていた。


「おーい雨多ちゃーん。お待たせ。ささ、早く行こ」


まるで、街中でナンパされている見知った人を助ける時に使う様な、テンプレな行動。

だが、ありがちであるからこそ、深読みをする必要もなく、舌打ちやら聞こえるように嫌味を言って大人しく引いていく周りの連中。きっと彼らは本人が拒絶していることを承知の上で、押し切ろうと図っていたのだろう。これが好意なら流石に引く。


「ほんと、すげえよな。ああいう所。」


自然と関心の声が出た。

相沢の行動はメンタルの強いものだけができる行いであることに間違いはない。なんせ、助けた子はあくまでも“見知った”というだけなのだから。助けた後は、どうなるかはわからない。

恋に落ちるか、友人になるのか、もしくは「余計なことをするな」と頰を引っ叩かれるのか。

振り回される子からすれば、どちらにせよ鬱陶しいのかもしれない。

ま、それでも救出できたのならそれでいい。きっと、それで正しい。


志暮、冬馬、雨多の三人は言い寄ってくる連中から離れ、食堂がある方面へと歩いていた。


「大丈夫か、涼之瀬」


志暮がそう声をかけると、雨多は俯いたままピクッと肩をあげ、視線だけを上げる。


「うん、大丈夫。ありがとう相沢君…と、夢野君」

「いいってことよ、ところで雨多ちゃん。これから俺たち学食で飯なんだけよければ一緒に…」

「おい馬鹿」


と、雨多に近づく冬馬の耳を引っ張り、志暮は呆れた様にため息をつく。


「今、涼之瀬は飯にしつこく誘われて困ってたから助けに入ったんだろ。お前が同じことしてどうする」

「あはは、そりゃそうか。すまんすまん」


だがまあ、学校中の男が声をかけるのも仕方がない。

涼之瀬雨多(すずのせうた)は…文武両道、才色兼備の誰もが認める完璧超人。と、この学校では噂されている。

いつもお淑やかで、分け隔てなく人当たりがいい。

容姿とその人柄が相まって、いつしか噂は当人の知らないところで肥大化していった。

実家は金持ちだの、専属のメイドがいるだの、黒塗りの高級車で登下校をするだの…

そりゃもう、根も葉もない噂だ。

知らないんだ。誰も。

涼之瀬雨多という人間は、ただの女子高生で、努力家で、家族想いで…でもちょっとだけ臆病だということを。


「ところで」


と、控えめな声で雨多が志暮達に声をかける。


「うん?どうしたの雨多ちゃん」

「二人はどうして私を助けてくれたの?」


そう問われ、志暮と冬馬は顔を合わせ、それから志暮が応える。


「困ってたから…かな?」


至極普通。当たり前のことだと志暮は思っていた。

志暮にとっては、雨多の事情を全く知らないというわけでもなかった。

だから、志暮が思った『見知った異性を助けるテンプレ』の行動は本来、志暮自身が行うのが正しかっただろうし、そうするつもりでいたから、志暮はその行動を容易に想像できた。むしろ、それしか思いつかなかった。

だから、あの場で動かなかった事実は、志暮には何故か罪悪感として心の中で残っていた。


「……そう。ありがとう。私お弁当持ってきてるから、ここで。」

「ああ、わかった」


短く挨拶を交わして、涼之瀬は離れていく。

朝と同じ、どこか悲壮感の漂った背中を向けて。

俺があの時動かなかったのは、先に相沢が前に出たから。それだけだ。

決して見て見ぬ振り、とは違う。


少し重くなった空気の中、志暮達は食堂へと向かった。

そして、志暮達から少し離れた階段の踊り場で、雨多は立ち止まっていた。


「困ってたから…か。」


小さく呟く雨多の頰は紅潮し、耳の先まで赤くなっていた。



*



午後の授業は何故か内容があまり入ってこなかった。

いや、理由なんて一つしかないのかもしれない。


「あの時、俺が助けに行っていたら…あー!やめだやめ。過ぎた事だ。」


志暮は荷物をまとめ、教室を後にした。

冬馬は陸上部に所属しているため帰りは一人。最寄りの駅に着けば迎えの車が来て、家に帰る。

志暮の学校生活はこの繰り返しだった。

リア充になりたい。

これが志暮の高校卒業までの目標であり、願望でもあった。

だが、高校二年になった今でも、心の底から友人と呼べる人さえできていなかった。

これでは、リア充の前提条件である“恋人”は夢のまた夢だった。


「はあ。自分から変わっていかないと、だよな…」

「なにが?」

「……叶芽か」


昇降口から志暮が出ていくのが見えた叶芽は朝同様、不意に背後から声をかける。


「なんか最近、兄さんため息ばっかだよね。なんかあったの?」


叶芽は妹。それ故に家でも出ている不のオーラの様なものを悟られてしまったのだろう。


「なんでもないよ。今日は部活休みか?」

「え?あ、うん。そんなところ」

「そっか」


それで会話は終わる。

特に気まづいといったわけではないが、間が持たない。

そう思った志暮は、仕方なく今感じている不の理由を語る。


「今日さ、涼之瀬が男に囲まれてたんだ」

「なにそれ、暴漢?」

「いや、食事の誘い。」

「ふーん、それで?」

「困ってたから、助けたんだ。」

「おお、やるぅ」

「相沢が」

「……」


叶芽はジトっとした目で志暮を見る。


「それでさ、思ったんだよ。俺は、涼之瀬が努力しているのを知っている。というより、涼之瀬について多少理解をしているつもりだった。なのに、先に前に出たのは深いところを知らない相沢で、俺は見ていただけ。

それって、知ってる人が目の前で困ってたのに、俺は見て見ぬ振り。だったのかなって。」

「…ふーん」

「なんだよ、真面目に話してるのに」


叶芽は、澄ました表情を崩す事なく、自分のサイドから垂れている髪の毛を指で回して遊ぶ。


「でも、それはさ」

「ん?」

「兄さんが、助けようと思ったかどうかなんじゃない?」

「…助けようと、か」

「うん。それにさ、相沢先輩が本当に涼之瀬先輩の事情を知らないって根拠はあるの?」

「それは…ない」

「なら、重要なのは、その場面で兄さんは助けようと思ったかどうか。行動に移せなかったのは、後一歩の勇気がなかったか、単にもっと早く行けた人がいたかどうか。それだけなんじゃない?」

「……そうか」

「深く考えすぎなんだよきっと。兄さん根は優しいんだし、見て見ぬ振りなんて性に合わないんじゃない?」


そこまで言われ、志暮は「ぷっ」と吹き出す。


「なによ、人がせっかく真面目に答えてあげたのに」

「いや、すまんすまん。ただ…」

「うん?」

「俺は、優しくなんかない。…自分の為に、行動をしたいって思うだけなんだ。」

「…どういうこと?」

「要するに、あの時俺が助ければボッチ脱却だったかもしれないのに、チャンスを逃して落ち込んでた。それだけだよ。優しさも同情もない。あったのは自己満足だけだよ」

「なんか、よくわかんないっ」


そう言ってそっぽを向く叶芽の頭に志暮は手を置く。


「でもまあ、ありがと。参考になった」

「ちょ、こ、子供扱いしないでよ!」


楽しそうに頭の上に手を置いてくる志暮に対し、叶芽は顔を赤くし振り払おうとする。


きっと、叶芽の言ったことに間違いはない。

俺はきっと、孤独でいた時間が長くて独占欲が湧いていたのかもしれない。

涼之瀬は友人でも、ましてや恋人なんかでもないのに。

でも、もしも…少しでも、可能性があったのなら。

あの時相沢じゃなく、俺が助けに行っていたら…今、一緒に帰っている相手は叶芽じゃなかったのかもしれない…。

後一歩の勇気。これが今の課題なのだろう。


「俺はいつか、リア充になってみせるさ」

「はっ!ならんでいいわよそんなの!」


乱れた髪を直しながら、叶芽は声を荒らげてそう言う。他愛のない、普通の会話。

そうして、志暮と叶芽は二人並んで帰路へと就いた。


お読みいただきありがとうございます!こちら第二話になります!

着々と登場人物が増え、謎も深まっておりますが、まだまだ物語は序の序の序章です!

是非とも続きをお読みいただき、よろしければ評価や感想等もお願いします!

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