5話 消化不良だったんだよね
ネタ考えてました
今俺は、闘技場のような所に立っている。
数十分前、見た目科学者の女教員が実技試験開始を宣言した。
宣言されて数秒した後、1人が動いた。
同時に、
「あー、言い忘れてたがここでは行わん」
取ってつけたように彼女は言った。
おいおい、説明はちゃんとして欲しいもんだな。
「実技試験については向こうで行う。分かったらついてこい」
吐き捨てるようにその場を離れる。俺達は戸惑いながらも、彼女について行く。
見えてきたのは少し浮き出た四角い台。かなり大きいが、ここで行うのか。周りには数え切れないほどの座席と人。
「ついた。ここで君たちに試験を行ってもらう」
彼女は俺達の方に振り返った。なるほどな。この衆人監視の中行うと。かなり精神に来るなこれ。
***
そうして俺達の試験は始まった。皆それぞれが全力を出しあって試験に臨んでいる。だが、そうでないやつもいた。
あの深緑の髪の男。何をしたのか、見えなかった。試験が始まって男がした行動といえば、欠伸くらいだ。それだけ。そう、それだけでもう決着がついていた。
分からない。あれはなんの魔法だ…。300年前にはなかった魔法。
俺はどこか楽しい気がした。未知の魔法に対する好奇心が俺の体を揺らす。
そうこうしているうちに俺の番となった。ステージに上がり、目の前の少女と対峙する。
「双方準備はいいか?」
あの女が問いかけてくる。
「問題ありません」
「そうか。では、そっちの方は?」
彼女が少女に問う。少女はこくりと小さく頷いた。
了承をとって女が叫ぶ。
「それでは実技試験、開始!」
俺はじっと様子を見る。何事も観察が大切だからな。
見る限り向こうも動く気配はない。
仕方ない、じゃあこっちから…。
「……」
ボソリと少女は呟いた。多分耳を澄ましても聞こえないくらいに小さく。
だが、お生憎様、空間魔法を極めた俺にとっては音を聞きとるなんて容易だ。
「俺はエル=シグマ」
彼女が聞いてきたのは俺の名前だ。だから俺は名前を言った。そして聞き返す。
「君は?」
「……」
「へぇ。そっか…」
俺は魔力を練り上げる。なんでかと聞かれればこう答えるしかない。彼女はこう言ったのだ。
『後でわかる』、と。
だとしたら、もう聞くことは無粋と捉えるべきだろう。それで俺は実技試験を始めることにした。
てことで、練り上げた魔力を魔法に転換し、放つ。相手は何もする素振りはない。
油断してるのか…?それとも…。と考えた時点で俺は詠唱する。
「空間切だ………ッッ!!」
突如飛来してきた何かを、俺は咄嗟に顔を傾けて避ける。相手と距離をとるために後ろに跳んだ。
空間把握してなかったらモロだった。そう思えるほどの速度で飛んできたそれは、氷柱だった。
俺よりも早い詠唱…。この子、只者じゃないな。だが、相手が氷系統の魔術師だと分かればっ!
それと同時に俺は駆け出す。氷系統の魔法は遠距離、範囲魔法に優れているが、一つ欠点がある。それは相手との距離が近いと、自分も巻き添えを食らうことだ。
つまり、俺が駆け出したのは、接近戦を持ちかけて、相手に魔法を使わせないため。しかし、彼女も抵抗はする。
飛んできた氷柱を俺は避ける。だが、如何せん数が多い。だから俺は…。
「空間切断:圧縮!」
「……っ!?」
強引に彼女との間を詰めた。これで届く。このまま彼女を……!?
周りの空間に軋みが生じたことを瞬時に察知した俺は後ろに空間切断を起動し、一気に離れる。
瞬間俺が立っていたところは、氷柱が無数に立っていた。
それだけじゃない。彼女の周りに氷の大地が広がっている。
あの魔法は高位の範囲氷魔法《氷精舞う舞踏会》か。俺と同じくらいの年齢でなんて魔法を使ってるんだ。
氷の大地が凄まじい速さで、こちらに迫ってくる。
「なんと!あのような歳でこの魔法を!」「流石と言うべきか……」「ありゃ終わったな」
今まで居ないと思っていた外野がここに来て騒がしくなる。こいつらの言葉を聞く限り、この子は凄まじい使い手なのだろう。
「驚いた。まさか《氷精舞う舞踏会》を使うなんて」
「…」
目の前の少女は何も言わない。が、その顔はどこか憂いを帯びていた。ここで俺は彼女の異変に気づいた。
眼が紅い。あの眼をしている奴は俺が知る中で1人だけである。1人しかいない。だが、今は関係ない。
「そろそろ終わりにしよう。周りの人たちも多分待ってるだろうしね」
俺は目に見えるほどの膨大な魔力を練り上げる。可視化できるようになった魔力は、蝶のように鮮やかな色を発する。
相手は…。俺は彼女を見た。再び彼女の周りの空気が軋みだす。だがそれはさっきのと比べ物にならないくらいに軋んでいる。
これが彼女の全力か。よし、じゃあ俺も。
そしてお互いに魔法を放てるようになる。
「行くよ。空間切断…」
「……!」
魔法の詠唱が完了する、その直前ーー
「双方やめ!実技試験終了だ!」
まさかのストップかかっちゃったよ。まぁ、仕方ないか。あのまま続けてたら、間違いなく学院吹っ飛んでたもんな。
こうして俺の入学試験は終わりを告げた。
***
帰り道にて。
ほほう。なんともこの状況は…。
周りには30は超えるであろう男達。こいつらあれだな?
「あんたら、あいつらの仲間か?」
俺が言っているのは、入学試験前に肩慣らし相手として戦った奴らのことだ。すると、如何にもという感じのボスっぽい奴が前へでた。
「うちのもんを殺ってくれた落とし前、つけてもらうぞ?」
ボスっぽい奴が言った瞬間、周りの奴らが動いた。無駄のない洗練された動き。あいつらがそうだったんだからこいつらもまた然り、か。
でも、悪かったな。
「それは丁度良かった。だって…」
本当に良かった。俺は喜びながら、魔力を瞬時に練り上げ、放つ。
「消化不良だったんだよね」
その日、男達の叫び声が、王都を駆け巡ったそうな。