99話 頑張る日々 33「純粋と我欲」
魔狼を殺した身では、あの群れの中にいられない。
皆はダンジョンのと野生のでは違うというが、受け止めきれず、少し離れた所で野宿をすることにした。
食事はハーヴィ達は魔狼のダンジョンで。僕やヴィトはスロールが作ってくれた果物を食べることにした。
パチパチと焼ける焚き火。
野宿といったらこれだろう。
テントもない。
虫除けスプレーもない。
BBQ?今の僕にはノーサンキュー。
けれど、
綺麗な夜空の下、華麗な従魔に囲まれて。
贅沢すぎるほどだ。
僕には。
「それで、ハーヴィ?今日のダンジョンを僕に見せて、何を伝えたかったの?」
「ぬ?まだ気づかんか、これは自身で気づいて欲しかったが。トールよ、魔物らしさとは何だ?」
「それは・・・純粋さ、だと思う」
「何を持って純粋と呼ぶ?」
「・・・我欲を持たない?」
「そこが間違えよ。魔物とて、生き物だ。欲はある。人間から見れば些細なものかもしれん。ずばり、強くなりたい、子に強くなって欲しい。群れを大きくしたいなどな」
「それはどんな生き物だって!」
「どんな生き物だって持っておる本能ではないぞ。子を捨てる獅子がいる、弱くても生きていければ良いと諦める者もおる。スライムロードのように群れを大きくすることに興味を持たない者もおる。動物のように本能にあるがままではない。魔物は自分の意思、欲を持っておる」
「それは・・・」
そうだ、僕を見に来たいと生まれたばかりの頃に祝福を授けに来てくれたという。
それは欲求から始まったものだっただろう。
僕が生まれたから人間を襲うのを止めようというのもそうだ。
僕が悲しむのを見たくないという欲求からだろう。
「そうか・・・」
「うむ、自身を強くしたい、弱点になるところを克己したい。それの何が悪い。ゴブリンも魔狼もどうであった?自身が強くなるため、子を強く育てるため、ダンジョンを進んでおった。食料の為だけではない」
「うん」
「では、トールよ、汝に問う。今日ダンジョンで死した魔物は何も生み出さなかったのか、何の糧にもならなかったのか」
「・・・違う、それは違う!あの子達の将来への糧になった、彼等の強さへの糧になっていた。無為なんかじゃない!」
「欲とは我侭を通すものよ。魔物らしさから離れた我侭での殺戮は禁忌?魔物らしくあるならば強くあろうとするのが正道よ。強くあるには狩るのが一番よ。程度はあれどもな。しかし、ダンジョンでは程度は気にしなくても良いときた。ならば、皆食料以外でも使おうだろうよ」
「うむ、我が群れでも子狼が狩りができるようにと、適当な野鼠や魔物を与えることがある。それは食料にもなるが、大事なのは子狼に経験を積ませることよ」
とハーティが言う。
「うちもそうしていたねぇ」
とスコールも言う。
「魔物は純粋、ですが欲はあるということですね。トール、こう考えましょう。あなたは自身の欲に従って魔物を屠りました。その事実は消えません。切っ掛けが金銭であることや、殺す覚悟を持つ為だったことも変わりありません。それでもトール、彼等はあなたの身体で生きているのです。あなたの戦闘の経験として。それは尊いことではありませんか?」
とヴィトが語りかけてくる。
「うん・・・・・・・・・・・・・うん」
知らず涙が零れ落ちる。
憑き物が落ちたようだ。
心が軽くなった。
誤魔化しかもしれない、詭弁かもしれない。
それでも、僕の中で彼等を殺したことは生きている。
「今日は皆で寝ましょう、スコールさん、大きくなって、丸くなって寝てもらって良いですか?」
とスロール。
「えぇ~、ハーティで良いじゃん!!私だってトールと寝たい!」
「丸まって寝ると、こう尻尾が集まりますよね?」
「うん」
「そこで寝たいのです」
「スロールの我侭じゃん!??」
くくっ、あ、駄目だ堪え切れない。
「あっははははははは!うん、僕も今日はスロールに賛成だ。尻尾で包んでおくれ、スコール」
「えう、トールにまで言われちゃショウガナイ」
と大きくなり、丸まったスコール。大きな金色の山だ。
あの夢を思いだす。
けれど、その温かさに触れれば、あの恐怖も消え去る。
ハーティを抱きしめ、スロールの手を握り、スコールに包まれ、ヴィトが片手を頭に置いてくれ、ハーヴィが僕の上にいる。
うん、今日は悪夢を見ないですみそうだ。
「お休み、皆」
「「「「「お休み」」」なさい」」
・・・
・・・
夢を見た。
死体が群がってくる。
だから、抱きしめてこう言う。
「君達のおかげで強くなれた、ありがとう」
皆が殴ってくるし、噛み付いてくる。
それでも、
偽善だとしても、誤魔化しだとしても、
今感じている想いは嘘じゃない。
だから、皆を抱きしめて感謝を述べる。
「君等の死を無為にはしない、強くなる、もっともっと強くなる。この世界をより良くする。ありがとう」
「殺された君達からすれば、言われても嬉しくないかもしれない。それでも、ありがとう。君達との戦いで僕は成長できた」
目の前に巨大な影ができる。
ミノタウロスだ。
彼にも抱きつく。
「君との戦いは楽しかった、実戦での死を感じた。怖かった、でもそれ以上に死力を出し切れた、楽しかった、君も楽しかったかい?」
彼は笑うと頭に手を乗せてくれた。
「ありがとう」
・・・
・・・
朝日で目が覚める。
こんなに休めたのはいつ以来だろうか。
森林で寝たのが良いのか。
いや、皆で寝たからだろう。
皆はまだぐっすり眠っている。
ハーヴィはいつの間にか横向きに僕とヴィトにまたがって、
ヴィトは僕を抱きしめる形に、
そして僕はハーティを抱きしめ、
スロールは驚くほど動いていない、手を握り締め、
スコールの尻尾が身体に巻きついているので、身体をそっと動かし、顔で毛並みを楽しむ。
くれぐれも皆を起こさないように。
・・・あぁ、幸せだ。これ以上ないくらい幸せだ。ありがとう、皆。
・・・
・・・
皆が起きてから、夢のことを聞かれた。
ありのままに語れば、ハーティが呆れたように言う。
「なんともトールらしい」と。
我だったら燃やすがな、とハーティが言い、ハーヴィも頷いた。
死人に追い討ちをかけるんじゃありません。
でも、うなされなかったことは皆が喜んでくれた。
だから、僕も朝に言えなかったことを言う。
「皆がいてくれたおかげだ、ありがとう。皆とともにいる今が幸せだ」
きっと、蕩けたような、情けない笑顔だったろう。
だけど、それだけ幸せなんだ。
男らしくない?
そんなのは追々で。
まだ、しばらくは肉を食べられないだろう。
魔物の姿を見ると罪悪感が襲ってくるかもしれない。
それでも、それでも、
このおかげで皆とより深くなれたと思うのは傲慢だろうか。
・・・
・・・
家に帰ると両親がすぐに出迎えてくれた。
1日で解決したことを呆れたりせず、純粋に喜んでくれた。
さぁ、ここからは残った仕事を片す時間だ。
「ヴィト、戦利品は?」
「宝石類は既に換金しております。30プラチナになりました。武具や防具はそのまま倉庫へ。ミノタウロスの斧と鉄塊だけは自宅の前にいつものように置いてあります。肉や塩なども倉庫へ。そうそう、蜂蜜が出ました。喜ばしいことですね、今度の祭りの際の魔物達へのリクエストに入れておきましょう。武具などはトールが使うに相応しいものはありませんでした。それと、はい」
「これは?」
と受け取ると、頭に声が響く。
『ダンジョン制覇、おめでとう、トール。ジョブを強く設定してしまった分、反動も酷かったようだね、辛い中よく乗り越えた、これからも皆を頼むよ』
あぁ、イネガル神の声だ。
「これは皆はもう?」
「えぇ、聞きました。大体がトールを気遣うようにといったことでしたが」
「なるほどね。うん、ありがとう。これは教会に寄付しようか」
「そうしましょう。まぁ、ダンジョンを攻略しないと聞こえないみたいですがね」
「へぇ~、父さん達?」
「えぇ。何も聞こえないとのことでした」
「・・・ま、良いでしょ。あっ、だったら教会に寄付するのも止めようか、家で保管しよう」
「何故です?」
「聞こえない物を、ありがたい物ですって渡すのも・・・ねぇ?その点、僕等ならいつでも聞けるし。ハーティ達も喜ぶでしょう」
「ではそうしますか」
「じゃあ、ヴィト、お昼くらいになったら皆で王都へ行こうか」
「あぁ、では?」
「うん、大量買いだね!」
とほくほく、次はスロールと奴隷達の家を見に行く。
何でも、既に建築済みで問題なく過ごしているとのこと。
畑も、うん、なんか耕している?
野菜類はスロールに任した。
だって、僕分からないし。
後、意味が分からないのがまだ建築が続いていること。
「スロール、あの建物とかは?」
「えぇ、なんでもオークさん達もこの村に住むとか」
「・・・・・・は?」
「またどうせ建物建てたりするだろうからって」
「・・・ヴィトは?」
「村長が良いと言っているし、良いのでは?と」
「食料は?」
「スライムのダンジョンを借りろと」
「・・・・・・ん~、まぁ良いか。これから建てたりするかもっていうのは正解だし。今いる子達分と追加で4棟くらい建てさせておいて」
「分かりました」
奴隷の人達が跪いたりするので、止めさせる。
そんなに偉い人じゃありません。
スロールを紹介し、野菜作りで困ったことがあれば相談することを伝える。
「あと、ドワーフに奴隷たち寄りのところに共同釜作らせておいて、後で材料とか酒とか渡すからって」
「はい」
・・・後は・・・村長の所へ行こう。
スロールには伝言を任せて、単身村長のところへ。
この世界の老人や偉い人は油断ならないからなぁ。
「随分と無茶をしたようじゃの」
ほら、入れてくれて早々にこれですよ。
「思った、数百倍は無茶をして、皆を困らせました」
と開き直って笑ってみる。
「もう大丈夫かの?」
「えぇ、皆のおかげで。それと寝込んでいる間に魔物達が勝手にすみませんでした」
「いやなに、村の発展のためには良かろうて。許可を出したのも儂じゃしな、それでその為だけではなかろう?」
「えぇ、今度皆に剣と魔法を覚えられるようにしたいと思っています」
「ふむ、剣はいつぞやのダイス坊との話にあったやつじゃな」
「はい、結局思いつかなかったので、自分で木剣を用意できることを条件にしたいと思います。魔法はヴィトに」
「ふむ、魔法のぅ」
「そういえば気になったのですが、この村で魔法を使える人はいないんですか?」
「おるよ、鍛冶屋のところ、それと幾つかの家が使えるはずじゃ」
「皆に教えないんですか?」
「まぁ、飯の種だからの、中々教えられんのだろう」
「・・・魔法は止めにした方が良いですか?」
「そもそも、何故魔法を教えようと?」
「魔法があれば共同釜の燃料の代わりになりますし、湯水をたくさん出せれば家で風呂に浸かれますから。いざ、井戸に毒が入っても飲料水の代わりにもなるでしょうし」
「・・・・・・・・ふむ。金は取るのか?」
「いいえ、適当にヴィトの空いた時間にやってもらいます。そんなですから取りませんよ。剣も」
「ならば、好きにすると良ぇ。皆にはまた折を見て伝えておくでの」
「ありがとうございます、用件は以上となります」
「・・・・・・・・良い経験をしたようじゃの、良い顔をしておる」
「得がたい経験でした、良かったのかは・・・・・・・そうですね。良い経験になりました。それも皆のおかげです、彼等がいなければ、呪縛となっていたでしょう。僕は、本当に、恵まれています」
それでは失礼します、と出て行く。
村長が眩しい物を見るかのように目を細めていたのには気づかずに。
小ネタ
「ところで、プラチナ30って王都の宝石屋で間に合ったの?」
とヴィトに尋ねれば笑顔で返された
「はははっ、まさか!4ヶ国の宝石屋全部巡りましたとも!どこも今は余剰資金はないですよ。仕掛けますか?」
「仕掛けません」