96話 頑張る日々 30「我侭と自己満足」
「ト・・!」
「ト・・!!」
「・・ル!!」
「目を・・・・か、トー・!!」
「トール!!」
んぅ、なんか雫が降ってくる。
昨日の雨の残りだろうか。
温かい。
雨の残りなのに温かい。
「目をさまして、トール!!」
必死な声に、目を覚ませば僕の愛しい従魔達が僕を見下ろしていた。
頭が柔らかい。
見れば、スロールの顔が見える。正確には胸に視界の大半が覆われているけど。
見知らぬ天井だ。
「目を覚ましたか」
と安堵のため息をもらすハーヴィ。
「えっと、僕は・・・」
「宝箱を開けたら、泣き出してしまい、意識を失ったんですよ。・・・大丈夫ですか?」
あぁ、思い出した。
僕は今、ダンジョンにいるんだった。
そこで『肉』が入った、宝箱を見て、意識を失ったんだ。
「まだ、続けるのかい?私はもう嫌だよ、こんなに辛そうなトールを見るのは。良いじゃないか、戦うのも守るのも私達がいる。それだって、立派なテイマーの生き方だよ」
とスコールが泣きながら、僕の胸にぐりぐりと頭を寄せる。
いつもの明るさがない。
不甲斐ない、彼女にまで心配をかけている。
「ゴメンね、進まなくちゃ」
「どうしてさ!お金!?なら私達で攻略するよ!お肉!?私達で取ってくるよ!!もうトールが壊れちゃいそうで見てられないんだ、家族が傷つくのが嫌だってトールは怒ったでしょ!!私達だって同じ気持ちなんだ、なんで分かってくれないんだい!!!」
と更に胸に頭を寄せてくる。
彼女の頭を撫でながら、
「本当にゴメンよ、でも進まなくちゃ」
「何に拘っておる、誰もここで引き返しても文句なぞ言うまい、お主はよくやった。それは間近で見ていた我等が分かっておる。何がそうさせる?」
とハーティが睨むように僕を見た。
「僕はもう殺したから」
と思ったよりも声がでなく、ポツリと呟いたかたちになってしまった。
「僕はもう彼等を殺したから、引き返せない。今逃げたら彼等から逃げることになってしまう」
「それの何が悪い?辛くなったから逃げる、生き物としてそれは正しい」
とハーヴィ。
あぁ、皆優しくしないでおくれ。
決心がぐらつく。
奥歯を噛み締め、
「僕の我侭で彼等は死んだ。ならば僕は我侭を貫かなくちゃ。彼等の死をできる限り実り多きものにしたい」
「奴等はそんなことを考えてはいまい、自己満足だぞ」
「そんなの分かっているよ」
上手く笑えているだろうか。
「我侭、自己満足。そんなので満ち溢れているのが僕だ。強欲に貪欲に進むさ」
「奴等はただ生きようとした、そしてお主に出会い、死んだ。そして、糧となった。ただ、それだけよ。そこに意味などない。下手に意味づけする方が侮辱になるかもしれん」
「分かっている、つもりだ。でもさ、強欲だから。彼等を糧にしたい、そう思いたい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・呆れた」
とハーヴィは言うと、歩き出した。
「2階の階段のところまで先に行っておる、罠の心配はするでない。そこまで言うからには貫き通してみよ」
「ありがとう、ハーヴィ。そして皆。」
とふらふらとしながら立ち上がる。
「じゃあ、僕等も行こう」
・・・
・・・
ハーヴィがいないためか、通路の先のゴブリンが見えるようになった。
1階はゴブリンだけだろうか。
僕等に気づいた、3匹は各々、短剣、長剣を持って向かってくる。
息を吸って、吐く。
息を吸って、吐く。
これから行うのは僕の我侭だ。
これから行うのは自己満足のためだ。
存分に恨んでくれ。
存分に怨んでくれ。
彼等が間合いに入った時、槌を真横にして先端を蹴り飛ばす。
槌はまっすぐに射出される。
2匹が巻き込まれ、壁に激突する。
ズンっとダンジョンが揺れる。音がする。
でも、なによりも、ぐちゃっとした音が鮮明に聞こえる。
アノ感触が目覚める。
3匹目が長剣を持って、襲いかかってくる。
怨め。
身体を移動させて、かわし。
体重を乗せて、腰を捻り、思いっきり殴る。
ダンジョンと拳で挟んだかと思えば、ゴキッ、ぐちゅと音がして、感触がして。
この日、初めて、素手で生き物を殺した。
ハーティもスコールも、何も言わずに死体を食べてくれた。
ありがたい。
お願いなんて、できる状態じゃない。
吐き気がする、涙がでる、視界がぼやける。
甘ったれるな!
ダンジョンに思い切り頭突きをする。
「「「「トール!!??」」」」
「もう・・・・大丈夫。僕には悲しむ権利などない、悼む資格もない。手を合わせることもできやしない。気づいたから、もう大丈夫」
そう、もう大丈夫。
必要なのは傲岸さ、持つべき物はスイッチ。手に入れるべきは壁。
心を何かが覆うのが分かった。
「さぁ、先へ」
それからも20匹程度を見つけた。
槌で薙ぐ。
槌を振り下ろす。
拳で潰す。
足で首から先を消し飛ばす。
槌で潰す。
もう涙は出ない。出尽くしたのだろうか。それで良い。泣く資格なぞありはしない。
吐き気は相変わらずだ。殺しているのだ、仕方ない。
そうして、殺せば殺すほど心が何かに覆われていく。
気づけば2階だ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・行くぞ」
ハーヴィは僕を見ても何も言わない。
それがなんとありがたいことか。
いや、ハーヴィだけではない、皆が何も言わない。
助かる。
今はトールに戻れない。
今はただ殺戮者たれ。
2階もハーヴィが宝箱まで先に行き、次の階まで進むらしい。
2階では狼がでてきた。
魔狼ではない、普通の狼だ。
あぁ、くそったれ、知っていた、分かっていた。
分かっていたさ!!
人型だけじゃない。
ここには僕が触れたくて触れたくて好きなモノもいると!!
彼等は常に4~6匹で徘徊しているらしい。
ゴブリンと違って連携が取れた動きだ。
足を狙うもの、腕を狙うもの、ずばり喉を狙うもの。
しかも、ゴブリンよりも早い。
殺せ、
殺せ、
殺せ、
殺せ!
槌を横にして振り下ろす。
数匹が潰れる。
断末魔が聞こえる。
一匹の喉を掴み、頭をダンジョンの壁に叩きつける。
何かの声がする。
怒声だ。
僕の怒声だ。
「あああああぁぁぁぁああああああああああぁぁぁあああ!!!!!」
我ながらなんて未練がましい。
まだ、トールなのか、これじゃ怒声というか悲鳴じゃないか。
そうして、最後の狼の頭を蹴り飛ばすと、その子はダンジョンの壁にぶち当たり、動かなくなった。
もう吐くものが無くて助かった。
身体から水分が無くて助かった。
心は更に何かで覆われていく。
憧れていた、野生の狼にずっと触れてみたかった。
それがこんなことになっている。
心を覆うものが厚く厚くなっていく。
心が凪いでいく。
「僕は殺戮者。
僕は殺戮者。
僕は殺戮者。
僕は殺戮者。
僕は殺戮者。
僕は殺戮者」
スイッチを作ろう。いつでもトールに戻れるように、いつでも無慈悲に殺戮できるように。
壁を作ろう、死体を見ても感情を動かされないように、何が敵でも無慈悲に殺戮できるように。
途中、ヴィトから水を飲むように言われた。
口を潤す程度だけもらった。
泣かないように。
それでも不思議と涙が出た。
・・・
・・・
そうして、49階まで辿り着いた。
外はどれ位経っているのだろうか。
ここに来るまでに様々な魔物を殺した。
オーク・・・村での勤勉な彼等を思い出しながら、槌を振るった。
ジャイアント・・・村での勤勉な彼等を思い出しながら、槌を振るった。
魔猪
ジャイアントビー
大蛇
ミミック
ジャイアントスパイダー
魔狼
ワイバーン
そして、それらの組み合わせ。
階が深くなるにつれて、彼等に有利な地形になっていく。
魔狼ならば、長い草が繁った草原のような地形。
大蛇やジャイアントスパイダーならば森。
ワイバーンならば天井が高く。
いずれにせよ、ハーヴィがおかまいなしで歩くので、見通しは良いのだが。
大分、荷車に載せる量も多くなってきた。
ハーティ達もこれ以上は食べ切れんということだ。
そうして50階への階段のところで、ハーヴィに出会った。
深呼吸して、スイッチを意識して変える。
「そう言えば、ハーヴィは食べている?」
「いや、食ってはおらん」
「お昼かどうかは分からないけど、ご飯時は過ぎているだろうから。しばらくは先を塞ぐものがいれば食べても良いよ、ごめん、気がつかなくて」
「ふむ・・・あれだけの啖呵をきっておきながら、怖気づいたというわけで」
「ハーヴィ、言って良いことと、悪いことがある。誰が怖気づくって?そんな資格は最初のあの子を殺した時点で、とっくになくなっている」
我ながら、こんなに冷たい声がでるのだな。
遠くから思った。
「・・・謝罪しよう。分かった、ではしばらくは勝手に食っておる」
と、次の階に行くと、大きな門で塞がれていた。
「これは・・・」
「そういえば、以前、ハーヴィと攻略したときには10回毎にこういう特別仕様のがありましたね」
とヴィト。
「そういえば、そうだったかの」
とハーヴィ。
「トール。たぶんここのは強力な魔物ですが、どうしますか?」
とヴィトが心配そうに尋ねてくる。
「行くよ」
「そのコンディションで?」
「うん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ、何かあったら、この身に変えても守りますからね」
「それは困るな、気絶するまでは好きにさせてくれ、お願いだから」
とヴィトに抱きつく。
「・・・・・・・・・・分かりました、皆さんもそれで」
そうして、扉を開けた先には、大きな広間で、ミノタウロスが巨大な斧を持っていて、待っていた。
「僕の我侭の為に死んでくれ」
と前に出れば、
ぶも~!と言う声とともに走り出してくる。
予想外に早い!
気づけば頭上から影が。
横に跳べば、そこに斧が振り下ろされていた。
そして、斧は生き物のようにこちらに向かってくる。
どうにか槌を前にして盾にするが、力の差で吹っ飛ぶ。
ダンジョンの壁に当たり、「かはっ」と息が出て行く。
だが、彼は既に次の行動を終えている。
なんと、こっちに斧を投げたのだ!!
思いっきり、ダンジョンの壁を蹴って、場所を移動する。
しかし、斜め前に飛び出してしまった、つまり斧に接近する!
斧はギリギリ僕に当たらなかったが、熱い。
熱い!?
当たったところを見れば、ダンジョンに生えていた草が燃えている。
・・・上等だ、魔法かなんだか知らないが、やってやろうじゃねぇか!!
殺す、殺さないではなく、一つの戦いへと赴く。
久しぶりの心境。
あぁ、スケルトンの先生に鍛えてもらった時以来か。
それが今はこんなにも心地良い。
ミノタウロスも笑っているようだ。
君も楽しいかい?それは何よりだ。
楽しもう、命をかけて!
斧は彼の手に。鎖が巻いてあるようだ。
鎖も注意、投げも注意。
ならば、
ならば!
突撃しかあるまい!!
「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」
槌を持ってジグザグと彼の元へ。
斧を投げられるのは困る。
鎖にどんな効果があるか分からない。
「あああああああああああ!!!!!!」
と槌を振るう。
止められる。
槌を振るう。
止められる。
槌を振るう。
止められる。
槌を振るう。
止められる。
なんて、素晴らしい。
止められているのだ、脅威とみなされている。
当たれば大ダメージを与えられる。
そして、何より先手を取れていることが良い。
防ぐのに精一杯でいてくれる。
それは僕の安全につながる。
・・・
・・・
幾合、何十合、下手をすれば百に届くのだろうか。互いの武器は延々とぶつかりあう、お互いが汗でびっしょりだ。
均衡を崩したのは相手から。
力比べになっている状態にも関わらず、何と、自身も焼けるのに斧を熱くさせ始めた。
ガラス工房に行ったときか、いやそんなではない、もっと暑い。
当然、鉄の武器を持つ僕も手に火傷を負う。
いや、正確に言おう。鉄が溶け出している。
そして、僕の手は溶けた鉄に触れ、大火傷を負った。
「ううううぐぅうううう」
だが、それは相手も同じこと。相手の手も火傷を負っている。
それでも槌をぶつからせあう。
ぶつかるごとに鉄が少しずつ溶ける。
彼は笑っている。
このまま行けば、僕の武器がなくなると思ったのだろうか。
だが、僕にも一つ、ここまで見せなかったとっておきがある。
賭けだ。
失敗すれば、お腹から裂かれるだろう。
だが、今の僕の実力だとこれしかできない。
相手にも分かるように、渾身の力を込める。
相手は先に斧で僕を二つにすることで、それを止めようとする。
僕の狙いはまさにそれだ。
そうして、僕は初めて、相手の斧を狙って、槌を振り下ろす。
威力が弱まった感触を頼りに魔法を繰り出す。
五芒星に配するは全て『光』、示す指示は『前方』
目の前が真っ白になっているはず。
魔法と同時に目を閉じ地べたに張り付く。
上を斧が過ぎていくのが分かった。
槌を捨てて、彼の足を掴む。
「おおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!」
回転、回転、回転、放つは斜め上。
「おおぉぉぉぉりゃあああああああぁぁぁ!!!!」
盛大に投げ飛ばす。
先程のお返しとばかりにダンジョンの壁に叩きつける!
そして、槌を持って走る。
まだ、視力が戻ってない彼は、我武者羅に斧を振っている。
渾身の力を込めて、彼の頭上にジャンプする。
安全のため槌を下にして、そのまま落ちる。
斧が槌に触れたが、軌道は変わらなかった。
落ちて、落ちて、ぐしゃりと音がして、辺りは静まりかえる。
「「「「「トール!!!」」」」」
と皆が駆け出してくるのが、目に見えたが、
力を正真正銘使い果たした僕は、そこで意識を手放すことにした。
一つだけ、スライムのダンジョンのボスだから、熱系の武器を使うやつがいたのか、と不思議な納得とともに。