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95話 頑張る日々 29「ダンジョンと涙」

朝食のスープを少しだけ飲み、

今日はジョギングも素振りもなし。

少し早いかもしれないけど、ドワーフの長の所へ。


「おぅ!3日後までって言っても早かねぇか!?」

とドワーフ特有のがなり声で出迎えられる。


「おはよう。まだ出来上がってない?」


「いいや、昨日の内には仕上げたぜ、今着けてくか?」


「うん、お願い」

と着せてもらう。

うん、間接も自由に動く。

視界も良好。

その分、もちろん防御は薄いか?

鎧なんぞ初めて着るから分からないけど。

特に西洋甲冑とかは見たことがないから何とも比較ができない。

・・・あ、この前の稽古場でフルアーマーは見たか。

それと比べると頼りないか?

まぁ機動力が売りということで。

・・・鉄のフルアーマーとか、ジャイアントの渾身の一撃で潰れそうだしネ!

「ありがとう」


「おう!あんま無茶すんじゃねぇぞ!」


思わず笑ってしまう。

「大丈夫、心強い保護者も一緒だから」


それを聞いて長も豪快に笑う。

「そりゃそうか!あんま心配かけさせんなよ!」


「あ、はい、そうします」


・・・

・・・


家に着くと、ハーティが荷車を数台連結させた物を咥えていた。


「ハーティ?これは?」


「ヴィトがな、肉を載せるのに必要だろうと、近隣の者から借りてきおった。引くには高さ的に我が向いておるだろうとさ」


「そ、そうか。後でその家にはお礼に行かないとね」


「うむ」


あ、よく見ると荷車はスライムが一杯だ。


「あ、トール、スライムロード殿がダンジョンを近くに設置してくれましたので、今日はそこに行きましょう」

とヴィト。

後ろには悪霊らしきものが数十体いる。


「あぁ、うん、ヴィト、そのね、スライム達と彼等は?」


「スライム達は肉を食べきれない時用に保管するために借りました。後ろの彼等は私が連れてきました、ダンジョンの攻略には欠かせませんよ?壁をすり抜けられるので、次の階までや宝箱のところまで一直線です」


「あ、そう。その、ごめんなさい、急で。今日はお願いします」

と、とりあえずレイス達に挨拶をしておく。


皆頷いたり、手をパタパタして「気にするな」みたいにしてくれている。

けど・・・凄く気になることが一点ある。


「ヴィト、彼等は朝日を浴びて大丈夫なの?」


「体力が刻一刻と減っていく位です。大丈夫ですよ」

と笑うヴィト。

・・・駄目じゃん!君配下には容赦がないね!!


「OK、分かった!皆揃っているね」

と辺りを見渡して確認する。


ハーティ・・・よし、荷馬車みたいになっている

ヴィト・・・よし、後ろに悪霊を連れている。ご近所様の目が痛い。

ハーヴィ・・・よし、ハーティの上にいた。

スコール・・・よし、ハーヴィの上にいる。

スロール・・・よし、いつも通り。君が良心だ。


鉄の塊をもって、ミョルニルとでも名付けようかな・・・。


「さぁ、早く行こう!」

と、とりあえずレイスの皆さんのために急かす。

苦しそうな表情がデフォだと思っていました!


いざ、進軍!!


・・・

・・・


と言っても、少し森を歩いたところの巨木に扉がついていた。

本当に自由にダンジョンの扉は設置ができるらしい。

中へ足を踏み入れる。

一応出口を確認すると、出口が閉まるようなホラーテイストはないらしい。


「さぁ、レイス達よ、それぞれの方角へ!」

とヴィトが指示を飛ばし、しばし待つ。

皆すぐに戻ってきた。

壁抜けはズルイ・・・。

「次の階は北東で、宝箱は一つ。東の方ですね」


「じゃあ、宝箱から行くかな」


「うむ、では我の後に付いて来るが良い」

とダンジョンの幅いっぱいまで大きくなったハーヴィが先を行く。


「・・・ハーヴィ?そんなに大きくなってどうするの?」


「うむ、罠の確認だ。我を傷つけられる罠を流石に父も作らないだろうよ。他の魔物なら即死しかねん。魔物は適当に後ろに放るでな、それはトールが相手せよ」

と後ろも見ずにずんずん進む。

あ、槍が、鱗に当たって壊れた。

あ、落とし穴、踏み壊された。

あ、火が、噴射しているところを壊した。

盗賊とかの罠解除のスペシャリストが見たら泣くぞ。これ。


そんな、思った以上にお気楽なダンジョン攻略だったが、


・・・それは突然やってくる。


「む、ゴブリンよ、トール相手をせい」

と唐突に空から落ちてきた。

ハーヴィが言ったように放ったのだろう。

ゴブリンはわけもわからずに混乱しているようだ。

・・・やめてくれ。

後ろが塞がっていることに気づいたらしい。

・・・やめてくれ。

前にしか進めないことに気づいたのだろう。

・・・やめてくれ。

僕に気づくと組み易しと思ったのか、笑った。

・・・やめてくれ。

構えた短剣を手に向かってくる。

やめてくれ、そんなに生き物らしく動かないでくれ!!!!


身体は正直だ。

避けてしまう、かわしてしまう。

この相手程度なら危機を知らせる信号もない。

全てが目で追える。

突く、払う、体当たり。

かわす、かわす、かわす。

上から、右から切りつける、突く。

かわす、かわす、かわす。

僕達の動く音しかしない。


魂がない?

関係がない。

これは生きている。

自分の縄張りに入ってきたのを排除しようとする、本能がある。

そう思うと、鉄の塊を振るえない。


ずっと続くかと思った攻防だったが、

その時は突然だった。

幾ら攻撃しても当たらない僕を無視して、後衛のハーティ達に向かおうとした。

咄嗟だった。

気づいたら、鉄の塊を振りぬいていた。

手にぐちゃっとした感触が伝わってきた。

壁に叩きつけた時にはダンジョンを震わす、激しい音と衝撃が手に伝わった。

それ以上に手に伝わったのは頭を叩き潰した、その頭蓋の感触だった。

そうして、僕の初めての殺し合いは終わった。


「トー」

と誰かが呼ぶ声がしたが、聞こえなかった。

気づけばびちゃびちゃっと口から吐いていた。

お゛ぇ゛、え゛ぇ゛、う゛・・・げぇっ

しばらくの間、吐いていたと思う。

誰かが呼ぶ声が聞こえる。

遠くで聞こえる。

遠く、遠く。

遠く。


・・・

・・・


「う゛」

と目を覚ました。


皆が心配そうにこっちを見ている。


「ごめん、心配かけたね、どれ位意識がなかった?」


「10分位でしょう、大丈夫ですか?」

とヴィト、それは続けるのかという意味も込められているのだろう。


「うん、大丈夫、続けるよ、続ける」

と先の死体を見ようとすればなかった。


「人間はゴブリンなどは食わんというからな、我が食っておいたぞ。それで良いのだろう?」

とハーティ。


「うん、ありがとう」


スコールが心配そうにこっちを見ている。

「トール・・・」

大丈夫、という意味を込めてスコールの頭を撫でる。


「さぁ、行こう。目標はダンジョンの制覇だ」

とよろよろと歩き出せば、皆も付いて来てくれる。

その前に、さっきの死体の方へ手を合わせる。


「トール、それは?」

とスロールが尋ねてくる。


「死者への・・・礼儀作法の一つかな?迷わずに神様のところへ行けますように、みたいな」


「魂がないのだぞ」

とハーヴィ、後ろ姿からでも分かる。

真剣な表情で言ってくれているのだろう。


「それでも、僕は生き物だと思った。だから」


「そうか」

と言うと彼は歩き出す。

「そなたはいつも、困難な道を行く」


「不器用なんだよ」

と笑っておく。


そう、不器用なんだ。

本当は狼やドラゴンや犬や猫や狐をもふもふできればそれで良い。

ただ、そうして生きていきたいと思っている。

聖書?魔物と人間との共存?人間の死者数を減らす?

余分なことだらけだ。

この世界を愛してしまったから。

皆が優しいこの世界を愛してしまったから。

自分を貫けない。

捨てられない物が増えていく。見捨てられない物をつい見つけてしまう。

人間が増えれば、動植物が滅ぶ。

そんな歴史を知っている。

のにも関わらず、人間まで増やそうとしてしまう。

本当に自分でも呆れるほど不器用だ。



それから数回、ゴブリンに出会った。

2度目のゴブリンにも槌を自分からは振り下ろせなかった。

その子が後衛を狙った時に身体が動いた。

まだ吐くものが身体に残っていたが、意識は失わずにすんだ。


3度目のゴブリンには自分から殴れた。

だけど、槌を振り下ろせなかった。

彼が半死半生であるから止めを刺すように言われて、この日初めて自分から槌を振るった。

意識して振るった時の感触は余計に手に残った。

きっと、一生忘れないだろう。

もう吐くものは残っていなかったが、吐き気がこみあげてくる。


4度目のゴブリンからは槌を振るえるようになった。

頭を狙ったが、上手く当たらない。

身体が拒否しているのが分かる。

身体に当たってしまい、食べる部分をほとんど無くしてしまった。

感触が手にこびりつく。

吐くものはないが、吐き気が止まらない。

気づくと涙が流れていた。


それから10体以上のゴブリンを相手にして、ようやく槌を自在に振るえるようになった。

吐き気はあいかわらず。

涙も流れる。


宝箱に辿りついた時には、半死半生になっていた。

ダメージは一切受けていないが、槌を振るうごとに大事な物を潰した気がした。彼等を殺すごとに、この身が、この心が冷たくなっていくのを感じていた。

宝箱の中身は何かの肉だった。

何故だか、それを見て堰が切れたように泣いてしまった。

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