71話 頑張る日々 5「激怒と稽古」
「教えるよ?というか味わってもらう。何をするか?説教とお仕置きだ、この馬鹿どもが」
そう言うと、件の3人の顔が驚愕に染まった。
「「「トールが反抗期に!?」」」
馬鹿1:龍皇=ハーヴィ
馬鹿2:フェンリル=ハーティ
馬鹿3:リッチロード=ヴィト
・・・手酷くやってやろうじゃないか、この馬鹿3人衆!
ため息とともに頭を押さえて発言するのはこの場の良心、妖狐ことスコールだ。
「本当に馬鹿だ、救いようがないね、まったく。反抗期位でこんな事を私達に言う子じゃないのはよく知っているでしょ」
「だ、だって、トールが我等のことを!!」
ともう泣いているハーティ。
「うん、馬鹿どもって言ったね、この馬鹿2、駄犬め」
と笑顔で言ってやる。
「・・・」
足ががくがくしている、ハーティ。
怒りが自分に向いているとは思っていなかったのだろう。
他の2匹もそうだ。
汗がダラダラと流れているハーヴィ。
頭をあちこちに向けているヴィト。視線を逸らしているのか、何かを探しているのか。
大丈夫、安心して?
決してドッキリではないから。
「ねぇ、ヴィト?」
我ながら優しい声だ。
「は、はい!?」
「彼等が使っていた剣は家にあった逸品級の物だったね?伝説の金属だって?あれを使うように指示したのはヴィトかな?」
「え、えぇ、そうです」
「次にハーヴィ、君の鱗やハーティの毛皮は綺麗なだけでなく、防御にも優れているようだね?」
「う、うむ、些かのことでは傷もつかないだろう」
「そう、伝説の金属とまで言わしめる、オリハルコンで斬られるのはどうだろう?些かのこと?」
「・・・いや、使い手次第だが、普通に斬られるだろう。だがアレを所持している者などそうはいまい、また我等とてただ斬られるわけでもあるまい、避けるか先に攻撃するか、どちらかよ」
「そう、安心した」
と笑顔が浮かぶのが自分でも分かる。
「やっぱり、お仕置きとお説教が必要だね」
「「「何故!!??」」」
「大分、伝えたつもりなんだけどな、良いさ、ここからは嫌でも思い知る」
近くに刺さっているなまくらの剣を手に取る。
軽い、仮にも鉄でできているだろうに。
7才の子供が軽く感じる、この異常。
ありがたい、「祝福と加護」はこんなことのために与えられたわけでは決してない。
だが、彼等に思い知らしめるにはこれしか思いつかなかった。
そして、その辺の棒切れをスケルトンへと投げる。
3人の目を見て言う。
「お仕置きと説教はね簡単なものさ、これから起こることを黙って見ていることだよ、目を逸らしちゃ駄目だよ?これは『テイマー』の僕ではない、『トール』としての命令だ。破るならば『テイム』はなかったことにさせてもらう、家からも残念だけど出て行ってもらう、家族ではなくなると思ってくれ」
「「「っ!!??」」」
まさか、そこまで言われるとは思っていなかったのだろう、3人の息を飲み込む音が聞こえる。
「これから行うことは他の皆の了承も得ている、これから行うことを止めることができるのはスコールのみ。龍の血を使うかどうかの判断もね」
「・・・これから行うこととは、具体的に?」
とヴィト。
「もう分かっているでしょ?僕の手には武器、スケルトンの先生にも武器。実戦形式の稽古をつけてもらうんだよ、スコールが止めるまで。具体的には僕が動けなくなるまでだね」
そこでスケルトンの先生にも目を向ける。
「ということで、先生と呼ばせてもらいますが、先生、僕に稽古をつけてください。寸止めは無し、頭と首と背骨も打ち込み禁止。他は蹴ろうが投げようが有りの、実戦形式で。気絶したら湖に叩き込んで掬いあげてください。それでも起きなければそこで終了。打ち込みの強さは大人の酔っ払いを店から叩き出す位でとりあえず」
頷く先生。
あぁ、思念伝達があると指導も受けられるのに
(強気な子だ、泣いても知らんぞ)
!?
(先生ですか?)
(そう呼んでいたな、お前は。しかし、この会話が成り立つということはお前も魔物か?)
(いいえ、ただの子です。ただ頑丈で、木だとあまり痛くないんです。これは馬鹿なことをしたあの3人とそれを止められなかった僕への罰です。しかも彼等には理不尽で、あなたには八つ当たりのような。巻き込んで申し訳ありません。ただ、指導を受けたいのも本当です、才はなくとも感覚や回復力を磨きたい)
(ふむ、才か。その感じ、初めて剣を握ったのだろう?ならもう才はないなどとその年で卑下することはないだろう?)
(いいえ、才はありません、絶対に。だからこそ、様々な手段を取ります。剣技よりも実戦を教えてください)
(良いだろう、まずはかかって来ると良い)
「じゃあ、始めるよ!ちゃんと目を逸らすなよ、こちとら痛い目見ようってんだ!!」
「待て!何故、このようなことを!しかも鉄などと危なかろう!まずは説明せよ!!」
とハーティの声が聞こえる。
「言葉で説明できる怒りなら、とっくに!」
走り出す、景色が流れていく。
「しているんだよぉ!!」
と剣を彼等が見せてくれたように真上から振り下ろす。
中々の速さだったと思うが、受け止められる。
(ぬぅ!?重い!)
棒が折れそうだったのか、そのまま流された、
だったら、下から切り上げる!
刃を反転させて次は真上に!
(悪くない、判断だが、)
少し下がった、先生が、下からの切り上げに対して、刃の先を弾く。
僕の剣は再び下へ、先生の棒は上へ。
なんだか上から悪寒がする。
僕も下がる、が、
(この場合、使い手が同等ならどちらが次の手が早くなる?)
それは重力の恩恵を受ける先生の方だ。
下がったことで、辛うじて当たらないで済んだ。
ドンっと音がして、景色が回った。
回って、回って、突き刺さっている棒に背中から衝突する。
「がはっ!」
胸と背中が痛い。
胸?
違う、今は横に跳べ、何かが来る!
と、先ほどまでいた所を棒が通り過ぎて行った。
(避けたと、安心したな?相手が死ぬまで気を抜くな。剣は斬るだけでない、突くという選択肢も当然ある。そして、間合いは当然そちらの方が長い。隙も多くなるがな、長く伸ばせば。だが、今のを避けたのは、良し)
「どうも」
と立ち上がる。
さっきのは胸を突かれたのか。
そして、下からの切り上げは怖いな。封印だ。
にしても痛い。
「じゃあ、次ぃ!」
斜めから斬るように見せて、首を!
刃を急に横にし、薙ぐ。
(見え透いた小細工は、自分の首を絞めるぞ)
と首を防御する先生。
ガツンと音がする。
先のように受け流されない、もう膂力は覚えられたのだろう。
だが、そんなの言われるまでもない、
こんな初心者のフェイントに引っかかる者をヴィトが指導者に選ぶか!
本命は胴体部分への蹴りだ!
(だから、小細工はもっとバレないようにしろと言っている!)
押し出すように蹴るはずだった足を思い切り踏まれる。
ぞっとする気配が胴体辺りに感じる。
ヤバイ、何か来る!
思わず胴体を両腕で庇う。
だが、何も来ない。
(小細工はな、こうするのよ)
意識から抜けていた棒が逆足の甲を叩く。
「っ!!??」
痛ぁっ!
(感覚任せは良くないな、その目は何のためについている?全体を見渡せ、いきなり剣が迫ることなどない!何をするためには、どこが動くのかを考えろ!)
足を離すと彼は逆にこちらを足で蹴り離す。
「言われなくても知ってはいるんだよ!」
(ならばやれ!)
「知っているのとやれるのは別問題なんだ、よ!」
近くに刺さっている剣を投げる、と同時に走り出す。
と、彼が弾くと剣がこちらに返って来た。
「危ねっ!」
とこちらが弾く羽目になる。
既に目の前には棒を振りかぶった彼の姿。
捉えろ、捕らえろ!
動作の初動は!?
足!違う、踏み込みだ。
肩が若干動く、棒か!?
ならば、と体当たり寸前まで踏み込む。
(ぬ!?)
棒を振るうには狭いだろう、ならば次に来るのは拳か、蹴りか!
先に拳を叩き込む!
「っらぁ!」
すると、視界が急激に下がる。
「!?」
次に視界に映ったのは夜空だった。
(剣には柄がある、こことて鈍器よ)
言われて、跳ね起きるが、足元がおぼつかない。
脳を揺らされた?
さっきのは膝蹴りでも喰らったか?
「痛っ」
左の肩が痛む、ここに棒の持ち手のところを叩き込まれたのか。
(動きの瞬発力はある、力もある、危険にも敏感。だが、確かに才は感じられんな)
「そうだろうさ、僕には『テイマー』以外の選択肢がなかった。才があればジョブの選択肢に挙がるんだろう?だったら、僕には『テイマー』以外の才は無いということになる。だから剣ではなく、実戦を教えろと言っているんだ」
(なるほど?よく分からんが、才がないのを自覚し、確信しているならば。才がないがため実戦の感覚を磨きたいというのは理に叶っている、良かろう。様子見はここまでだ、要望通りここからはやってやろう、骨の1本や2本覚悟しろ)
「上等だ」
あぁ、不思議だ。
怒りと悔しさと後悔とが渦巻いていたが、
こんなに好戦的だっただろうか、「トール」も「松田透」も。
頭にアドレナリンが満ちている。
好戦的な気分だ。
今ならどれだけだってやれそうだ。
(いくぞ!)
と先生の声が聞こえ、
先手必勝!
先の武器は既に手になかった。近くの剣を握り締め、先生の下へ走り出す。
真っ直ぐ、振り下ろす。
やはり振り下ろしが最初が良い。
速い、それだけですばらしい。
武器なぞどちらが最初に相手に致命傷を与えるかだ。
速い方が有利だ。
先手も格上には譲れない。
振り回す側でなければ、防御していてもいつかは抜かれる。
常に早く、常に相手を振り回せ。
振り下ろした先に骸骨はいない。
いや、足捌きだけで避けたのか。
顎を殴られ、胴体も殴られ、蹴りで突き放される。
次は斜めに振り下ろしにかかる。
足が動いたのが見えた。
右に身体をズラすのか、剣の軌道を変える。
(自身の目論見から外れたら、距離をとって出直すことも覚えろ)
相手の肩が動いたのが見えたが、もう剣は動いてしまっている、身体も動かせない!
僕の剣より、相手の突きの方が速かった。
でも、見えた!右肩狙いか!
右肩を強引に後ろへとやる。
(ほぉ、良し。威力の殺し方は知っているようだな、では改めていくぞ!)
次は、骸骨が迫り来る。
斜めに振り下ろされた棒をガードする。
足を踏まれそうなので、一歩下がる。
棒を薙ぐのを見て、刃で受ける。
?おかしい、棒を薙いでいる手は片手!??
片手で手を掴まれたと思ったら、もう棒は完全に手放している。
来る、歯を噛み締める。
背中から落とされる。
(目を離すな!)
その言葉と共に踵落としが腹を目掛けて迫り来る。
両腕を重ねて防御する。
(防御は常に愚策と心得よ、避けろ!)
先生は既に近くに刺さっていた棒を抜いていた。
さっきとは別の肩を打たれる。
いったい!!痛いではなく、いったい!!
だが、痛さなど無視しろ。
これは相手も逃げられないチャンスなのだから!
打ってきた棒を掴んでくるりと回す。
(おっ?)
とあっさり手放し、足もどけてくれた。
だから起き上がり様に広く薙いだ。
(目は常に全体を見ていろ、敵を視界の外に置くなど最悪、更に敵が見えないのに得物を振り回すなど愚の骨頂!!)
と言葉が頭に響くと、横から鉄の塊が腹を目掛けて打ち込まれる。
まるでゴルフのボールだな、と遠くから自分の声がする。
「っげ、ごひゅ、がはぁっ」
また回る、回る回る。そして何かにぶち当たって止まる。
げぇぇ、と胃の中の物を出す。
夕飯を汁物だけにしておいて良かった。
先生は流石に追撃は止めてくれた。
効いた、完全に無防備だったようだ、緊張を抜いていたのか?
そういえば、何にぶつかったんだ。
と手探りで探すとファサっとした何かだった。
ぽつりぽつりと雨が降る。
見るとハーティが泣いていた。
「何故、防具もつけないでこんな無茶を?私等が悪かったからか?あの、ありがとうは嘘だったのか?」
ハーヴィは口を噛み締め血が流れている。
ヴィトは拳を握り締めている。
ハーティの頭を強引に撫でる。
「嘘なもんか、数年間は特訓してくれていたんだろ?いつかの僕のために、ありがとうは本心だ。感動したのも、憧れを抱いたのも。でもね、同じようにね、相反した感情を抱けるのも人間でね。でも、安心したよ、ちゃんと見ていてくれて」
「あんな脅しをしてそれを言うか」
と怒っているハーヴィ。
あぁ、君がそんなに怒っているのはいつ以来だろう。
初めてかもしれない。
「ねぇ、ハーヴィ、ハーティ、ヴィト。僕等は家族だよね?」
「当然だ」
「うむ」
「当然でしょう」
「良かった」
と笑みが浮かぶ。
「ハーティ、何故と言ったね、自分等が悪かったのかとも。悪いところがあった、悪くないところもあった。何故か、そこは言葉にできない。だからこそ、僕は続けるよ。僕の『想い』を思い知っておくれ。理不尽なところもある、だが、そこも含めた『想い』を」
足がもつれながら、
近くの棒に辿りつく。
上着は邪魔だ、脱ぎ捨てる。
既に痣だらけで笑えてくる。
打ち合ったのは何回だ?
痣を見て、観客席からはギリッと歯を食いしばる音が聞こえた。
誰だろうか?
同じ『想い』を抱いてくれているのだろうか。
だが、まだだ。僕はまだ動く。
皆が二度とあんな真似をしないように、ここで一度ボロボロになるまでやってやろう。
それにこのまま良い様にされているのも良い気分ではない。
だから、スケルトンに棒を向ける。
「先生、待たせたね、続けよう」




