65話 そして始まる日々4「絆と名前」
「本当に僕はトールなんだよね?トールで良いんだよね?」
と泣きはらした目で皆を見る。
「だから、そうだと言っておろうに」
といつの間にか元の大きさに戻っていた龍皇が苦笑する。
「うむ、トールはトールのままよ。知識が増えただけのこと、そうすれば自ずと考え方も変わろう。だが、ただそれだけよ。安心せよ」
とフェンリルが元の大きさで頬を舐めてくれる。
べっとり。
「トールのままだよね~、正直、前世の自分を覚えています!・・・それで?って感じだしね。まぁ、俺は何が何でも松田透だ~!って言い出してたら、話は変わるかもしれないけど!」
と妖狐。
あの苦悩を「それで?」扱いか、本当に敵わないなと苦笑いが出てしまう。
「皆に認められているのです、胸を張りなさい」
とドライアド。
両親はもう一度優しく抱きしめてくれた。
「大丈夫、安心して、君はトールだ、僕等の子だ」
とお父さんが言う。
「大丈夫、何度でも言ってあげるわ。あなたがどう感じていても、私達からしたらトールのままよ、自分を信じてあげて」
とお母さん。
「あまりにも鮮烈な記憶だったのでしょうか、それこそ名著に引きずられるように、歌劇に魂を奪われるように。記憶を取り戻したばかりですから、仕方のないことかもしれません。ですが、大丈夫、安心しなさい。トールはトールです、今日にでも面白い物を見せましょう、きっと悩む暇もなくなりますよ」
とリッチロードが頭をぽんぽんと優しく叩く。
「面白い物?」
「えぇ、自分が記憶を得てからのトールで過ごした時間や経験の不足も自分を信じられない理由の一つかもしれません。うってつけの物があります、今は秘密ですが」
しーっと1本指を口の前に持ってくる。
「そう、楽しみにしているね」
と笑顔で答えられた。
もう作った笑みではないのが自分でも分かる。
「えぇ、お任せあれ」
と道化のように礼をしてみせるリッチロード。
本当に彼は芸達者だ。
皆とこの景色を一望できるところまで歩いていく。
「「「「「「「トール?」」」」」」」
息を大きく吸い込み、
自分の両頬を思い切り!パシーンと音が鳴り響くほどに叩いた。
きっと結界が無ければ、山彦が聞こえたことだろう。
「「「「「「「トール!?」」」」」」」
「皆、本当にありがとう、僕はここに生まれて、皆が傍にいることに心から感謝する!
僕はここに宣言する!僕はトールであると!もう、迷わないと!!」
赤子は産まれ出てきた時に産声をあげる。
ならば、今ここからが欠けていた「松田透」の記憶を返してもらった「トール」の始まりだ。
赤子の産声に負けないように、皆に、世界に、できるだけ響くように誓う。
僕は「トール」だと。
「うむ」
と満足そうな龍皇
「うむ」
とやっぱり満足そうなフェンリル
「うんうん」
と笑顔で頷いている妖狐
「えぇ」
と背中を押す笑みを浮かべてくれているドライアド
「その意気です」
と笑みを浮かべるリッチロード
「あぁ」
と目を見て頷いてくれる父。
「えぇ」
と目に涙を浮かべる母。
「だから、龍皇、フェンリル、リッチロード、妖狐、ドライアド。僕の一生についてきて欲しい!僕のテイムをどうか受け入れておくれ、君等に情けないと思わせることの無い主になることを誓おう、神とこの夜明けに」
魔物の皆はびっくりするように互いを見渡した。
泣いていた少年が、いつの間にか大きく偉大な何かに見えた。
景色のせいかもしれない。
綺麗な景色に惑わされているのかもしれない。
弱さを克服した子へ補正がかかっているのかもしれない。
でも、気のせいでも良かった、付いていきたいと、前から見守るのではなく、その背中を追ってみたいと思えた。
どんな景色を見せてくれるのかと期待できた。
そして、頷き合い、僕の前に横一列に並んでくれた。
昇ってくる太陽はまだゆっくりと、月も見守ってくれている。
この時間で良かった、
太陽と月に見守られるこの時間で。
「我、龍皇はトールの従魔になり、その眼前に立ちふさがる脅威を悉く破壊してみせることを宣言する」
「我、フェンリルはトールの従魔になり、その身を襲う全てからそなたを守り尽くすことを宣言する」
「我、リッチロードはトールの従魔になり、その眼前に立ちふさがる物を魔法でねじ伏せることを宣言する」
「我、妖狐の長はトールの従魔になり、その身の鼻と耳になり危機から守ることを宣言する」
「我、ドライアドの長はトールの従魔になり、その身が飢えないように常に豊作をもたらすことを宣言する」
ありがとう、こんな僕についてきてくれて。
いつも、傍にいてくれて。
これからも傍にいてくれると言ってくれて。
本当にありがとう。
「っ、本当に、ありがとう。ついては皆に名前を贈りたい。それは破滅と再生の神話からだ、僕と同じ由来からの名だ。名は力を持つと神は言っていた。君等に少しでも力を与えたい、異存はないか」
「「「「「ない」」」」」
「では、龍皇よ。君にはハーヴィという名を。最高神の別名で、高き者を意味する」
とできる限り手を広げて抱きしめる。
君がいてくれたから、こんなにも温かい世界になった。
「では、フェンリルよ、フェンリル自体がその世界の最高神を殺した魔狼の名だが、あえてハーティと名づけよう。月を追いかける狼の名だ、世界を動かす名だ」
頭に手を伸ばすと、頭を下ろしてくれたので顔を抱きしめる。
いつも一番に考えてくれて、愛してくれて、ありがとう。
「では、リッチロードよ、君にはヴィトと。神の次に生まれた小人達の一人で、賢者のことだ」
抱きしめる。
君の知識と智謀に幾度助けられたことか。
そして助けられていくことだろう。
「では、妖狐の長よ、君にはスコールという名を。太陽を追いかける狼の名だ、ハーティと同じく世界を動かす名だ」
ハーティと同じように手を伸ばすと、頭を下げてくれたので顔を抱きしめる。
知っているよ、皆が明るくなるようにわざとおどけてくれていることを。
どれだけ深くこの身を愛してくれていることも。
「では、ドライアドの長よ、君にはスロールという名を。神の次に生まれた小人達の一人で、実り豊かな者のことだ」
抱きしめる。
家族の輪に入れないと悩んでいたと聞いたことがある。
君だって、僕と同じくらいの馬鹿だ。
もう家族だよ。
「「「「「謹んでその名を拝領いたします」」」」」
「うん、頼んだよ」
彼等なら僕が間違えても正してくれる。
この身を殺すことになっても、きっと。
彼等になら自分の運命ですら任せられる。
あぁ、しかし北欧神話の本の知識がそのまま入っているのはありがたい。
好きだった本の一冊だ。
そこから神話を、物語を読むようになったのだ。
教科書の全文は頭にないのに、これだけはあるのはきっと贈り物の一つなのだろう。
イネガル神も好きだったに違いない。
神様、皆に会わせてくれて感謝いたします。
本当に、本当にありがとうございます。
「うむ、最高神の別名か、恐れ多いが光栄だな。高き者か、気に入った」
「気に入ってくれたなら良かった。ハーティとスコールはね、君達には常に月と太陽が傍にいる位輝いているから、その名をつけたんだ。気に入ってくれると嬉しい」
「うむ、我は気に入ったぞ。しかし、フェンリルがそのような名だったとは・・・完全に悪ではないか!!??」
「いや、破滅があり、再生が行われるという神話で、再生した世界が僕が生きた世だという世界観の神話だからね、最初の破滅をもたらすという意味では悪とは言い切れないと僕は思っている。彫刻も完成の前に削るという破壊行為があって、作成が行われるだろ?まぁ、大体の人は悪と言うだろうが。でもね、その強さから僕の世界の様々な物語に出てくる名でもあるんだよ、皆その強さに憧れていたとも言えるね」
「むぅ」
「ちなみに、ハーティとスコールはそれぞれ月と太陽を追いかけまわしている狼の名だ。喰われないために月と太陽は必死で動いているという風に考えられていた」
「「悪じゃないか!」」
「まぁ、太陽と月を動かす者は他にもいるんだけど、ハーティ達がいないと早く動いてくれないということらしいから、世界を動かす役目を背負ってると思うよ」
「まぁ」
とハーティ
「それなら?」
とスコール
「ふむ、ヴィト、響きも意味も気に入りました。」
「それなら良かった、君にはこれしかないと思った」
「私もです、スロール、実に良い意味です」
「本当はその美しさから、最高神の妻であるフリッグという愛と結婚を司る神の名と迷ったんだけど、やっぱりドライアドだからね、そっちにしたよ」
「えぇ、こちらの方が良いです」
とはにかむように笑った。
「ねぇ、トール?」
とお母さんが語りかけてくる。
「神話って何?あと、あなたが松田透さんだった世界には神様がたくさんいたの?」
龍皇たちに名前を与えるかは実は迷っていましたが、魔物はほとんど役職名か進化先の名で呼ばれているから、やっぱりあげたいなと。
実は案の段階だと、龍皇はニーズヘッグでしたが、ラグナロクを迎える契機になったわけでもなし。ラグナロク生き残るけど、死者を乗せて飛び立つとか。普段はユグドラシル齧っているだけとか。
、、、微妙ということで変えました。
エッダを参照しています。
あと、話は変わりますがタイトルを変えてみようかと考えている今日この頃。
テイマーだけど、魔王になりました(もふもふもっふもふ)
とか
テイマーだけど、勇者より強いのってどうなの!?(もふもふもっふもふ)
とか
悩ましい




