64話 そして始まる日々3「呪縛と祝福」
「まぁ、そう結論を急くでない」
と龍皇が言うや否や、小さくなり僕の頭上に舞い降りた。
爪を立てて、
「いったぁっ!!」
と涙目になる。
「それは痛くしておるからな」
と龍皇はなんでもないように言う。
でも爪は立てたままだ。
「そんなに死にそうな顔になって、どうしたかと思えば、それが、この様よ、一人で悩むからだ、愚か者」
と甘噛みというには強く頭を何度もかじられる。
「痛い、痛い、痛い!禿げる、禿げる!こんなこと、どんな顔して相談すれば良いのさ!あなた方が愛してくれた子供を殺してしまったかもしれませんって!?」
「そうよ、一緒に悩む者がいればまだマシだろうさ。少なくとも今のそんな結論に至るならばな」
「それは、どういう?」
と龍皇の攻撃が止んだ。
「そも、4才から6才に至るまででたくさんの知識と経験をお主は身につけたの?」
「え、うん」
「6才のお主は今までのお主を殺したのか?」
「それは違う、・・・けど!」
「何が違うのだ?我には同じにしか思えんよ?7才のトールに20年分位の知識が身についた、それだけだろう?」
とフェンリルが言う。
「でも、僕は今までの自分を食い尽くして生まれたんだよ!?」
気づくと、
お父さんが僕の前で目線を合わせるために膝をついていた。
「トール、話を聞いていると記憶を無くしたわけではないだろう?松田透という人の時の記憶を思い出しただけで」
「え、・・・うん」
「じゃあ食い尽くしてなどいないね。そして、僕も告白しよう。イリスにも内緒にしていたことだよ?」
と様にならないウィンクをする。
「あなた?」
「僕も前世の記憶を持っているよ、君が5才位の頃かな?頭を狩りの最中に木にぶつけてね、唐突に思い出したんだ。僕の前世はドイルという農家の人間だった。特に村に魔物が入ることはなかったけどね、それでも魔物のために何人かは死んでいたみたいだね。幸い、僕は寿命で死んだみたいだった。唯一の自慢は長生きしてたことでね、村で初めて70才を越えたことだったんだ」
「「え?」」
とお母さんと声が被る。
「ねぇ、トール?僕は君が5才の頃からと何か人が変わったかい?アーノルドと言えない位にさ。まさに今の君の状況じゃないか」
「え、え、え、えぇ!?・・・ううん、お父さんは何も変わってない」
と首を横に振ることしかできなかった。
「だよね、記憶はその人である為のものの一つだと思う。でも、君に物語をたくさん読んであげたくてね、たくさんのお話を色んな人から聞いたよ。そして本も読めるようになった。本って凄いよね、勇者と魔王の話なんて僕が夢中になってしまったよ、何回も話していたのに。本だと凄い詳しくてね!まるで勇者にでもなったかのように思えたよ」
「お父さん?」
「そしてね、外で本を読んであげていると他の子供達も寄ってくるんだ、そして読み終わると自分は勇者だ~って走りだすんだ。面白いよね?あの子達がそんな筈はないのに、まるで勇者になったかのように彼等は思えるんだ。記憶が増えて、それに振り回されているのかもね。・・・トール、今の君のように。見ていると君は「松田透」の物語が鮮明過ぎて、それに振り回されているように思うよ」
「もの・・・が・・・・・・たり?」
「それに記憶だけで人がその人かが決まるなんて、悲しいことを言わないでください」
とリッチロードが言う。
「りっち・・ろーど?悲しいことって?」
「人間は長生きをしていれば、呆けていきます。松田透の世界でもいたのでは?長生きをして呆ける人は」
「い・・・たよ」
「彼等は記憶を徐々に欠いていきます。先の話だと彼等は彼等でなくなるのですか?」
「ち・・・がう、そうだ、それは違う」
「そう、父君が仰ったように、記憶は大事な要素ですが、それだけではないと思いますよ?呆けは死への恐怖を忘れるための神のプレゼントだと思われています。では他の要素って何でしょうか?」
なんだ、皆は何を言いたいんだ、分からない。
分からない、分からない、分からない。
「はいは~い!私って妖狐の長って呼ばれているけど、それって結構重要なんだよ?」
妖狐がリッチロードの後ろから顔を出す。
「妖狐?」
「周りに認められているってことだもん、そうじゃなきゃ、私はただの妖狐さ。下手したらただの可愛い狐さんさ。そういうことでしょう?呆けたお爺ちゃんがいても家族がこの人は自分の家のお爺ちゃんですって言えば、その人はその人と認められるっていう」
「そうですね、トールはずっと自分を自分として認めて良いか悩んでいましたが、他者がどう見るかも重要です、さすが妖狐殿」
とリッチロードがからからと笑う。
「他者が、皆が認めてくれないかもって思ったから!こんなに怖くて!!・・・痛っ!」
思わず、反論したら龍皇がまた何度も噛んできた。
「そんな、周りの、反応、を、考えていても、分かる、わけないだろうが!聞け!たわけ!」
「痛い、痛い、痛いから!!じゃあ、僕は何者なのさ、答えてよ!!!!」
心から叫ぶ、内に溜まっていた物を全て吐き出すかのように。
まるで子供が癇癪を起こして、周りに泥を投げるかのように。
「トールじゃろう」
「トールじゃな」
「トールでしょう」
「トールだよ?」
「トールさんですかね?」
と龍皇、フェンリル、リッチロード、妖狐、ドライアドが間髪を入れずに返してきた。
思わず、両親を見る。
「トールだよ?」
と父は優しく微笑んだ。
そして、お母さんが近づいてきた。
「ねぇ、私達があなたを愛してきたことを覚えている?」
「そ・・・んなの」
涙が流れる、
止まらない、
「覚えている、覚えているに決まっているよ」
「あなたも私達のことを愛してきてくれたと思っているのだけど、覚えている?」
「覚えているどころか!今でも愛しているよ、愛している、愛している!愛しているんだよ!!だから、こんなに、こんなに、ひっく、怖くて、こわ、怖くてぇ」
もう目の前が見えない
ふわりと抱きしめられる。
「私達に愛された記憶があって、愛してくれている。そして皆がこう認めてくれている。もう自分をトールだって認めてあげるしかないわね。大丈夫、自分のことを許してあげて。あなたはトールよ、何も欠けていないわ」
「良い・・・の?僕はトー・・・ルなの?」
「えぇ、皆を信じてください、家族でしょう、家族の言うことが信じられないのですか?」
とドライアドが後ろから抱きしめてきた。
「僕はトールなの?僕は・・・僕を殺してなかったの?」
「だから、そう言っておろうが」
と龍皇が頭をまるで愛しい卵を温めるように抱きしめてくれた。
「安心せよ、我等はお主を恨んでも、嫌ってもおらんよ、いつもの如く愛しておる」
とフェンリルが右から抱きしめてくれた。
「ほらほらリッチロードも、えい!」
と左からリッチロードと妖狐が飛びついてきてくれた。
お父さんもお母さんと半分ずつ前から抱きしめてくれた。
心で何かが、ぱりん、と砕ける音がした。
それからのことはあまり覚えていない。
覚えていないけれど、
わんわんと大号泣していながらとても安らいでいたこと、
抱きしめてくれる皆がとても温かだったことだけは、
次に生まれ変わっても、きっと、覚えているのだろう。
・・・
・・・
・・・
気づくと、太陽が顔を出そうとしていた。
きっと、この日のことをこれからも幾度も思い出す。
凍てつくような夜空が綺麗だったこと。
全てを温かくとろかせるような太陽が綺麗だったこと。
皆の僕を見る、慈愛に満ちた目のことを。
砕けた物はきっと鎖だったのだろう。
前世の僕という。
砕けた物を見下ろすと、それは宝石に変わっていた。
それは祝福だった。




