63話 そして始まる日々2「罪人と罰」
太陽が傾く、月が天を支配しようとする。
「あぁ、綺麗だ」
前世では見られなかった、濁りのない空、それはとても美しかった。
ずっと見てきたはずなのに。
何故、今日はこんなにも綺麗なのだろうか。
決まっている。
記憶があるからだ。
前世の、自分の。
その記憶と比べているからだ。
やはり、当たり前だったものが、こんなに綺麗に感じられるようになっているのはおかしいのだろう。
ならば、僕は松田透だ。
正常なのがトール。
異常なのが松田透。
簡単な話だった。
そう、簡単な話だ。
さぁ、いい加減にして帰ろう。
このうえ、皆を更に心配させるのは申し訳ない。
今でさえ心配してくれているのだろうから。
道中のスライムに「ありがとう」と伝えると、嬉しそうに弾んでから皆が散っていく。
集落なのか、個単位で暮らしているのか。
しかし、明確なのは、あの子の好意の対象を殺してしまったという、その明確な事実だけだ。
吐きそうだ、
吐きそうだ、
吐きそうだ、
一歩踏み出すごとに、このまま森に消えたくなる。
一歩踏み出すごとに、このまま首を吊ってしまいたくなる。
この身は既に処刑を待つ身なのだ。
断罪される身なのだ。
では、自殺など許されない。
復讐するは我にあり?
復讐するのは被害者だ、その家族だ、そうでなくてはならない。
神様はそれを見守るべきだと思う。
神様はその自分が行う裁きを彼等に代行させるべきだとおもう。
そう昔に思っていた。
昔?そう昔だ、前世だ。
ならば、ならば、
裁いてもらわなくてはならない。
自分を裁くなど傲慢で、卑怯で、逃げだ。
あの人達にそんな恥ずかしい行いをする訳にはいかない。
気づくと涙が出ていた。
誰が泣いたんだろうか?
・・・
・・・
「ただいま」
「お帰り、遅かったわね、もう少しでフェンリルさん達に迎えに行ってもらうところだったわよ、さぁご飯にするわ、手を洗ってらっしゃい」
とお母さんが出迎えてくれた。
「お帰り、む?どうした!その痣は!??誰かにやられでもしたか!??」
とフェンリルが慌てたように、寄ってくる。可愛い。
「考えがまとまらなくてね、ちょっと自分を自分で、龍皇龍皇、血はいらないから、こんなので」
と苦笑してみせる。
「む?良いのか?」
と今にも自分の手に牙を突きたてようとする、彼を止める。
過保護にも過ぎるだろう。
・・・こんな自分には勿体ない。
彼が傷つくことなど、この自分のためにはあってはならない。
誰かが傷つくことなど、この自分のためにはあってはならない。
そう思って、思わず笑ってしまった。
もう傷つけているのに、今更と。
涙が出てきた。
誰だろう、泣いているのは?
「トール?」
とお父さんが目線を合わせるように膝をついた。
「どうしたんだい?考えてたことがまとまらなかったのかい?」
「うん、いや、どうだろう、たぶんまとまったんだと思うよ」
「何か変だよ?大丈夫?スライムとか食べてない?」
と妖狐がおそるおそると尋ねてきた。
滅多に見ない感じで可愛い。
「食べないよ、なんでそんなひどいことをするのさ」
ひどいこと?
あぁ、ひどいことだ。
罪深くて酷いことだ。
7才の意識を乗っ取る幽霊。
あってはならない。
どの口で言えたものだろう?
「トールさん?」
とドライアドが心配そうにこちらを見ている。
あぁ、心配をしてくれてありがとう。
審判の時は近づいている。
「トール?」
とリッチロードがいぶかしんでいる。
あぁ、そんなに悩まないで。
審判の時はすぐそこだ。
「すぐ手を洗うから、皆でご飯を食べよう?冷めちゃうよ」
と笑って言う。
あぁ、神様、イネガル神よ、今だけ「家族」で食事をとることをお許しください。
無邪気に思い描いていたことがこんなにも罪深いことだったなんて思ってもいなかったのです。
その日の夕食は笑いが絶えないものだった。
誰もがおどけて、
誰もが笑って、
誰もが心配して、
誰もが恐れていた、何かを。
そして、終幕はあっけなく
「トール、何があったか話してごらん」
とお父さんが一言優しく核心に触れた。
ぐらぐらする。
このまま、この温かなぬくもりに包まれていたい。
ぐらぐらする。
「そのような青褪めた顔でおれば、誰でも気づくというものよ。いや、お主、気づかれていることにも気づいていたな?」
と龍皇。
さぁ、処刑の時が始まった。
「うん、話すよ、今日は皆が揃っていてくれて良かった、ねぇ龍皇。皆を乗せて連れて行ってほしいところがあるんだ」
「何処だ?」
「決して誰もいないところ、何者もいないところ」
・・・
・・・
・・・
鍵の代わりに家が石に覆われるというのは不思議な光景だった。
確かに誰も容易には侵入できないだろう。
侵入したところでいるのはスライムロード。
盗賊が来ないことを願う。
そう言えば、フェンリル、龍皇、妖狐、ドライアド、いつも誰かが村にはいた。
皆が村から離れたことは、知っている限りこれが初めてだ。
そして、僕達はどこかの山の山頂にいる。
誰かが近づけば分かるうえに、山頂までの道は険しいらしい。
更に、皆に声が漏れないように結界を張ってもらった。
4重である。
「んで、ここまでさせたんだ、お話してもらえるよね?」
と妖狐。
その目は案じている目だ。
止めてくれ、僕はそんな目で見られて良い人間ではない!
「うん、もちろん」
と笑顔を浮かべる。
天を仰ぐ、月も星もとても綺麗だ。
皆を見る、
龍皇の黒い鱗には金と赤が煌いている。月明かりの下では一層綺麗だ。
フェンリルの毛皮は月と良く合う。その顔と毛皮の美しさに見とれてしまう。
妖狐の毛皮は太陽の下が良く合うと思っていた、違った。月の下で眠る太陽、フェンリルと並ぶと一枚の絵画だ。
ドライアドは人間の姿をしている、美しいけれど彼女には本来の姿でいて欲しかった。
山頂では無理か、それは心残りだ。
リッチロードは王である、夜を支配するのは自分であるとその身が語る。
両親もこう改めて見ると、とても綺麗だ。この風景を後ろに絵を送ってあげたいくらいだ。
綺麗な空、温かな家族、一枚の絵画のような目の前の光景。
罪を裁かれるには良い夜か。
・・・
・・・
しばらく目の前を眺める。
涙が流れる。
誰の涙だろう?
「・・・神様に返してもらったものは何かって昼にフェンリルが僕に尋ねたね?」
「うむ。父が何かしでかしたか?」
とフェンリルの目が据わる。
「とんでもない!イネガル神様は僕との約束を果たしてくれただけだよ、だから高熱も今にも死にそうな青褪めた表情をしているだろう僕も、僕の自業自得で、僕の罪だ、僕だけの罪だ」
「罪?」
とお父さんが呟く。
「そう、罪。神様が僕に返してくれたのは前世の僕の記憶だ」
「前世の記憶?それが罪にどう結びつく?」
龍皇がいぶかしむ。
「そもそも前世って?」
とお母さんが首を傾げる。
「ちゃんと順を追って話すよ、だから皆静かに聞いてくれ、罪人の罪の告白は衆人の前でか、懺悔室と決まっているだろう?静かに語らせてくれ、質問は我慢してね。例え問いただしたいことでも」
とフェンリルを見て言う。
彼女は頷いてくれた。
「前世は今こうして生きている前の自分のことだよね、誰かだった僕は、死んで、生まれ変わってトールとして生を受けたんだ。ほぼ全ての生物がそうだよ?妖狐は妖狐として今こうして生きている前は、人間だったかもしれない。お父さんの前世はオーガだったかもしれない、でも僕は人と違うところがあったんだ。僕はね、別の世界の人間だったんだ、名を松田透。子供を助け、代わりに死んだ、20と数年生きた男の名だよ、ここまででまずは質問は?」
「別の世界?」
とお母さんが呟く。
「ふむ、父がよく別の世界という言葉を口にしていたのを覚えている。どんな世界かは知らないが」
と龍皇。
「たぶん説明するには色々とあり過ぎるんだと思うよ。松田透が生きた世界はここよりも少し進んだ世界だった。お風呂とトイレが各家庭にあったり、野菜の種類も多かった。魔物しかいない世界もあるかもしれないね」
「しかし、子供を助けて死んだとは見事な死に様よ!して死因はなんだ?」
と龍皇が聞いてくる。
「う~ん、ここの世界で例えると、魔猪の長が全身を鉄に覆われた状態で全力疾走していて、その前にいた子供を庇った感じ?首が回転してたらしいよ、神様いわく」
「「「「「それは死ぬわ」」」」」
「ただね、本当は僕でなくて他の人が助ける予定だったのさ、神様の中では」
「?でも前世で死んでるよね?ここにいるし」
と妖狐
「だから、僕はイネガル神様と出会えたんだ。省略するけど、死後を選べるようにしてくださってね。動物が好きだったから、テイマーが良いと。ステータスが伸びない職業だから最上級職で産まれながらにしてくれると。そして、記憶はどうするかと問われ、7才くらいで戻してくださいと。・・・それが松田透の最大の罪」
「あの、なんで20と数年って言い方してるの?」
とおずおずとお母さん。
うっ、触れられたくないところに触れられた。
「・・・仕事のし過ぎで、自分の年を忘れたの。たぶん27、28位だったと思う」
「・・・ (絶句)」
見る見る内に涙が溜まっていくお母さん。
「そんなに仕事をさせられてたなんて・・・」
「あ、いや、その、自分が自分に無頓着だっただけで、他の同じ仕事してた人は覚えてたよ!?どんな仕事だったかは忘れたけど、それは神様にお願いしてだし!」
「忘れたくなるほどの仕事か」
とお父さんも涙が溜まっていく。
「いや!?ありふれた仕事だったはずだよ!?」
「では、何故?」
とフェンリル。
「だって、夢だったんだ。こんな世界が!神様がお願いを聞いてくださったんだよ!?・・・夢にまで仕事を持ち込みたくない、・・・仕事好きじゃなかったし」
「「「「「「あぁ~」」」」」」と納得する一同。
「さぁそれよりも、最大の罪という所以は?」
とリッチロード
「ねぇ、リッチロード、人は何を持ってその人だと言えると思う?」
「哲学的ですね」
「僕は経験、知識だと思うんだ。知識が全部無くなったら、同じ人でも違う人でしょ?お父さんがお母さんのことを全部忘れたら、それはアーノルドという個人って言えるの?僕は言えないと思う」
「つまり、最大の罪というのは・・・」
と龍皇が継ぐ。
「そう、7才までしか経験がないトールに、20年は生きている松田透の記憶を植え付けたこと。この身を流れる記憶の約3/4は松田透だ。僕はトールと言えるかい?」
「僕は自分の夢のために7才の子供を殺したんだよ、皆が愛してくれた、皆を愛してくれた、何の罪もない子供を」
涙が流れる。
誰の涙だろう?
あぁ、僕の涙だ。
思ったより暗い話になりました。
でも、書きたかったことだったように思います。
良い思いだけするなんて、、、ねぇ?
人がその人たる所以、色々な人の考えがあると思います。
そう色々と・・・おっと黒い服の人達が家の前に・・・
明日から仕事だからですかね、
仕事で疲れたら頭の中でフェンリルと妖狐の肉球で顔をマッサージしてもらう妄想をしましょう。
フェンリルのお腹に顔を埋める妄想をしましょう、そうそこにはもっふもふという天国が・・・。
働く人へもっふもふ♪
え?今日からじゃないかって?
寝るまでは明日で良いんです(爆




