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60話 そして流れる日々1「練習と日記」

それはある日のことだった。


「あら?」

バサッと音がして、羊皮紙が落ちた。


アーノルド・龍皇・フェンリル・ドライアドがトールに字を教える側になりたいからと、教会で学んだ後復習するために買ったものだ。

ついでにトールが大きくなった時にこんなことがあったのだと伝えるためらしい。

各々が練習兼日記を書いている。

羊皮紙も決して安くはないが、ダンジョンを制覇したリッチロードはまさにその名に相応しくリッチに買い物をした。アーノルドの分も彼が買っている。


「だから早く棚にしまいなさいと言ったのに」

とイリスがぷんすかと怒る。

量が多くなり、新しく棚を作るか、物を減らすかでどうするか悩んでいた彼等は結局決まるまで棚の上に置いたらしい。

イリスは絶対に落ちて混ざるからと、物を一時どかしてでも棚に入れた方が良いと主張したのだが、だらしのない組が多数決で勝ってしまったのだ。

リッチロードが他の龍で少し外出をしてしまうと、一人で彼等の手綱を握るのが容易ではない。


「えっと、これは・・・」


『帝国暦1232年 ○月×日

きょうより、にっきというものをつける。とーるにきかせるためと、もじのれんしゅうのためだ。

きょうはとーるがうまれてから1ねんとすうじつらしい。

とーるははいはいができてえらい。

きょうもいっしょにねる。


帝国暦1232年 ○月□日

ごはんをたべた、にくとやさいとしちゅーだ。いつもあまりかわらない。

でも、まものもかわらない。

にんげんもかわらないのだとおもった。

きょうもとーるはげんきだ


帝国暦1232年 ○月△日

ごはんをたべた、にくとやさいとしちゅーだ。

きょうもとーるはげんきにはいはいをしている。

たつこともよくある、にほんあしですこしはしれる』


「あらあら、これはフェンリルさんのかしらね。ご飯とトールのことばかり。」

とイリスがふふっと微笑む。


今日の仕事は大体終わらせた。

トールはよく寝ているし、フェンリルはアーノルドと夜の狩りに出かけた。

ならば片してやっても良いだろう。

と手を伸ばすと、


「おかーさん!いる?入っていい?」

と妖狐の声がした。


「妖狐さん?勿論良いわよ」


「お邪魔しま・・・ってうわっ!なになに踏みそうになったよ!」

と元気に入ろうとして、思わず羊皮紙を踏みそうになった妖狐から抗議が入る。


今日の妖狐さんは人間バージョンだ。

誰も真似ていない、妖狐が人間になった時の姿である。

金髪のロング、背丈も高く、胸もお尻も大きい。

顔は元気一杯と書いてでもありそうな可愛い子ちゃん。

眉は細く、鼻筋も通っている、口などは蠱惑的でさえある。

しかし、その目だけで美人ではなく可愛いに分類されるのだ。

たぶん、その目が好奇心といたずら心に満ちているからだろう。


「妖狐さん、しー!トールが寝ているから」


「おっとこりゃ失礼。で、どうしたのさ」


「夫達が書いた日記?文字の練習?の紙が落ちて混ざってしまったの。もうやることないから、まとめてあげようかなって」


「あっはっは、そりゃ大変だ、私も手伝うよ。文字も読めるからね!」


「本当に妖狐さんは人間みたいね~」


「えっへん、じゃあ人と日付でまとめるねぇ」


「ありがとう」


・・・

・・・

・・・


「ぶはっ」

と唐突に妖狐が噴き出した。


「あら、どうしたの?」

とイリスが覗き込むと、


「お父さんのが面白くて・・・こんなことあったなぁって」

と一枚の紙を見せる。


『帝国暦1232年 □月×△日

今日は何と、村に強盗らしい集まりが来た。

女性を片手に刃物を突きつけ、「この女の命が惜しくば金を出せ、この女も別嬪だ、別に他のと合わせて売っても構わない」まで皆の前で言ったところで、「いや~、別嬪なんてお姉さん照れちゃうよ、でも強引な人は駄目だよ」と妖狐さんが元の姿に戻って一人ずつ肉球で地面にぺったんぺったん貼り付けていった。盗賊が踏まれるたびに「ぐえっ」と声がして、地面にめり込んでいった。でも何人かは「でかい肉球!」と叫んでいた。彼等も運が良かった、フェンリルさんだったらどうなっていたか。結局、領主様が持っていった。この村に金があるのを知っていたなら、妖狐さん達を知らなかったのだろうか?』


「あぁ、私この時見てなかったのよねぇ」

とイリスが言うと、


「ありゃ、もったいない。実はね、ここには書かれてないけど、盗賊?強盗か。強盗の長みたいな人、私が元の姿に戻ったのが驚いたみたいでね。大口開けちゃって!あんまりにも大口だから顎が外れちゃってさ、そのまま連れてかれたんだよね」

と笑う妖狐。


「まぁ、それはなんというか、気の毒というか」

と口を隠して笑うイリス。


「しかし、習い始めてもうこんなに書けるのかい、お父さん凄いねぇ」

としげしげに見つめる妖狐。


「それはリッチロードさんが教えてくれているらしいわ、学ぶ時間が龍皇さん達より少ないからと。ただ、少し厳しいらしいわね、それも口で夫が言ったことをリッチロードさんが文字にして、写させたんだと思う。たぶん、その後文法の話もセットでしょうね。たまに今でもその姿があるわよ」

とクスクス笑うイリス。


「そりゃ、あの優しげなお爺ちゃんや青年神父よりは厳しいでしょ~」

と、にししと笑う妖狐。


・・・

・・・

・・・


「あらぁ、そういえばそうだったわね」

とイリスが一人呟くと、すかさずキャッチする妖狐お姉さん。


「なになに?」


「これ、また夫の」


『1232年 ○△月□×日

そういえば、どうも2歳には「イヤイヤ期」というのがあるらしい。

トールは成長が早いせいか、どうももうきたみたいだ。

食事の時間や着替えもイヤというようになってきた。

ただ、食事を残すことはしない。どうも龍皇さんやフェンリルさん達がそうすると怖いらしい。


・・・

・・・


1232年 ○□月○○日

トールの「イヤイヤ期」はもうなくなると思う。

昨日もフェンリルさんとの鬼ごっこをしていたが、帰るときにまた「イヤ」と言い出した。

仕方ないから抱き上げて無理に家に運ぼうとしたら、暴れ出した。

そして靴をはいたままフェンリルさんを蹴ってしまった。

フェンリルさんは気にしてなかったが、トールが「ごめんね、痛かった?ごめんね」と泣き出してしまった。そっちをあやす方がよっぽど大変だった。

そして今日は一度も「イヤ」といわずに、言うことに従ってくれた。

この子は賢いが、賢すぎて自分に溜めすぎたり、他人の顔色をうかがうようになってしまわないか心配だ。』


「夫とも話したんだけど、心配が杞憂に終わって良かったわ」

とイリスが微笑む。


「イヤイヤ期なんてあるんだぁ、それは知らなかったなぁ~。でも確かに他の家庭の子だとよく言っている子がいるなぁ。そうか、イヤイヤ期かぁ」


「トールがすぐに終わっちゃったから、あまり役に立つか分からないけど。一方的に怒ったり、逆に子供の言いなりになっちゃったり、物で釣ったりは良くないらしいわよ」


「しないよ、そんなの。こっちが楽しそうにやっているとやってくれたりするし、話を聞いてあげて、子供の気持ちになってあげると収まるよ!伊達に妖狐さんじゃないからね!子供に変身することだってあるんだから、気持ちを想像することも変化の要素の一つさ!」


「はぁ~、本当に流石ね、妖狐さんは。村に一人妖狐お姉さんだわ」

と感心してイリスが言うと、

「えへへ」

とはにかんだ笑みを浮かべていた。照れているらしい。


・・・

・・・

・・・


「っぷくくく・・・ぶはっ」

と妖狐が必死に笑いを我慢していた。


「どれ?」

とイリスも笑いながら、受け取る。


『1234年 ○月○△日

今日はトールがフェンリルにブラッシングをしていた。

それは良い。我にもやってもらいたいが、できる素材がないだろうからそれは構わない。

ただ、「ここか、ここが良いんか?ん?良いなら声を上げてもええんやで」

とは3才の子供が言うにはいささか不自然な台詞だと思った。

父君もリッチロードも口を開いたままだから、やはりおかしい台詞なのだろう。

後で確認したが、やはり、交尾の時などに雰囲気を出す台詞らしい。

トールに確認したら酒場のおっさん同士がやっていたらしい。


ぶちのめすことに決めた。

とりあえず、犯人を捜そう。』


「ぶはっ」

とイリスも噴出して机に突っ伏した。


互いの腹筋が鍛えられたところで、互いに浮かんだ涙を浮かべた。


「見たかったわ」

とイリス

「私も」

と妖狐


・・・「「ぶはっ」」


・・・

・・・


あれからも纏め作業は続けていた。


「あぁ、これは・・・」

とイリスが悲し気な声を出す。


『1235年 □月△日

今日はトールにとって悲しいことが起きた。

いや、実際には昨日からだが。

牧場で一際可愛がっていた牛がいたらしい。

それを知ってか知らずか牧場主が家に肉を売ってくれたのだ、その牛の。

今日にフェンリルさんと牧場に訪れた時に、その事実を知った。

賢いトールは昨日と今日食べた肉がその牛の肉であることをさとったのだろう。

顔が途端に青くなり、身体が震えだした。

そして、吐こうかという時に、

「吐くな、絶対にだ、吐くでない!」とフェンリルさんが牙を剥き出しに殺気を出してトールに叫んだ。

今までにフェンリルさんが怒ったことは、0才だったか1才だったかの祭り、0才だったか。の時に財務大臣に怒った時だけだっただろうか。あれは叱っただけなのだろう。

ただ、今回はたぶん本気で怒ったのだろう、殺気さえトールに向けて。

狩りをしていると他人の殺気を感じることがある。

大体、そういう時には獲物は逃げるか、気づくかする。

しかし、今回の殺気は経験したことがない。傍にいた僕でさえ全く身体が動かなかった。

当然だ。彼女は長き時を生き抜いた始まりの生き物、魔物の長でさえ彼女のその強さに敬意を抱くのだ。

そんな生き物の殺気をまともに受けたトールはまさに僕と同じように動けなくなった。

彼女は人に変化をし、トールに近づいては、「飲み込め、必ずだ」と手に水を魔法で出して、その水を飲ませた。

水を飲まされたことでトールはようやく我に返ったらしい、「で、でも、僕、もーちゃんを食べ、食、食べ」と泣き出し、また吐こうとして、「吐くな」と殺気を込めた目で睨まれてまた動けなくなっていた。彼女は膝をつくとトールの目を見て「トールよ、愛しい者をそれと知らずに食べたのは辛かろう」だがな、と続けると「私はそのもーちゃんとやらを羨ましく思うぞ」と言うと、トールが震えながらもゆっくりと顔を心もち上げた。

「我も死んだらトールに喰われたいので」「イヤだ!絶対に死なないで、僕食べない、食べたくない」と泣き出してしまった。「いいや、今から言うことを良く聞け、トール。」と真剣な声にトールは涙を浮かべてフェンリルさんを見た。

「お主の身体は何でできている?今までに食べた野菜や肉からだ。もーちゃんとやらもお主を好いていただろう。もーちゃんとやらは今のお主の身体を確かに形作る一部になれたのだ。死は無駄ではない、受け継ぐ者がいれば。

その受け継ぐ者が自分が好いて、相手も己を好いてくれていた者であればそれは幸いだ。だからこそ、我ももし死んだらお主の一部になりたいと願う。逆にお主が死んだらお主を喰いたいと思う。他の誰でもない、お主だからだ。今、吐いてしまえばもーちゃんとやらは無駄死にだぞ。しかも好いていた相手に拒絶されてだ。それほど悲しいことはないだろう。もーちゃんを本当に好いていたのなら、その肉を全部己の物にせよ、少しでも吐くな。魔物も食べたものを吐くことはない。命の侮辱だからだ。もーちゃんとやらのために、吐くな、絶対にだ」と言い、抱きしめた。トールはそれでもしばらく彼女を抱きしめて泣いていた。

僕は情けない父親だ、あれは僕が言うべき言葉だった。

僕が教えるべきだったのだ。』


「あぁ、こんなことが。あ、だから教会で」

と妖狐も悲しそうな顔をした。


「どういうこと?」

とイリスが顔を上げると、


「教会にこの前行ったら、食べたものを吐くことの罪深さを、食べ物を粗末にすることの罪深さを説いていたんだよ、たぶんこれが原因だね」


「あらあら、まぁ。この日はアーノルドもお酒を飲んでようやく寝ていたわ、それからね、せめて力の使いどころを教えようと、そういう物語を集めてくるようになったわ。」


とお話しているからか、

日記の整理はまだもう少しかかるようだ。

ということで、次回も日記のお話です!


ちなみにおっさん達は同性愛者ではなく、ふざけてやってましたと念のため。

もちろん皆からぶちのめされました♪

酒の現場も喧嘩のところも子供は見ているから、親って大変だなぁって。。


勝手にランキング82位!

日間ランキング146位!

いつも皆さんありがとうございます!

なんかここ最近日々最高記録出ていたりして、嬉しい雄叫びをあげています、わおーんと!

もっふもふが世を支配する日まで!


もっふもふ

(妖狐の肉球で踏まれたい)

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