56話 もっふもふとしたもふもふな日々 19「土地と本当に言いたかったこと」
「なんだと!?お前には分かるのか?早く言え!!」
とジョルジュがリッチロードの胸倉を掴む。
「あぁ、相当酔ってますね、余裕がない。後で龍皇の血かなぁ。とりあえず座ってください」
とリッチロードが着席を促す。
「幾つか理由はありますが、その一つが」
「立地でしょう」
ザイガが答える。
「そうです、まぁそれ位しか変わりがありませんからね。ただ、それだけのことがとても大きい」
「どういうことじゃ?」
とジョルジュ。
「簡単な話ですよ。北と南、どちらの方が作物が育ちますか?」
「南じゃろう」
「そうです。よって、南に魔物が集中します。草食の動物が南にはおり、それを食べる魔物がおり、更にそれを食べに・・・という感じですね。ただ、代わりに競争相手や天敵が少なくなる北にそのまま居ることを選ぶ者もいるのです。ゴブリンやオーガは繁殖力が強く、個々はそこまで強くないですからね。昔にそっちの北の国の方で繁殖した者達がいて、あえて北に留まったのでしょう。ちなみに彼等の集落は南の方ですよ、昔から、百年位にはもうなりますか?」
とゴブリンロードとオーガロードを見る。
「「うむ」」
と同時に頷く、ゴブリンロードとオーガロード。
「北には暮らす利点が感じられぬ、兄弟達も皆南よ。先のゴブリンの話は遠い昔に分かれた者達の群れだろう」
とゴブリンロード。
「南の方に魔物が集まれば、狩れる対象も広がる、狩れない日でも作物がある。果実が実っている」
とオーガロード。
「だ、だが!この村の者達は魔物より狼が怖いとぬかしておるぞ!!おかしいではないか、魔物は南に多いのだろうが!??」
とジョルジュが叫ぶ。
これにはザイガも興味深そうに見ている。
「それはこの辺の村独自でしょう、王都や第一の村ではたぶん魔物を普通に見ますよ?」
「どういうことだ?」
「この辺を縄張りにしつつも、群れからはぐれた人間を積極的に捕食しない魔物が既にいるんです。村人は気づいてなかったようですね、仕方ないことですが」
と笑うリッチロード。
「だから!」
どういうことだ、と叫ぼうとしたジョルジュの前に指を一本立てるリッチロード。
タイミングが外された形で黙り込むジョルジュ。
「ところで、あの篝火の近くに魔物がいます、なんでしょうか?」
とリッチロードが指を向ける。
思わず聞き耳を立てていた村人も見るが、そこには何もいるようには見えない。
「おらんわ、馬鹿にしているのか!」
と顔を赤くしたジョルジュが酒を飲んで怒鳴る。
「いえいえ、いますよ、おいで」
とリッチロードが呼ぶと、ぷよんぷよんと音がする。
そしてほとんど透明なスライムが姿を現した。
「スライムです。だから他の魔物も来ませんし、村人も気づかないんですね」
とリッチロード。
あぁ、スライムの集落か
それは駄目だ
ちょっと距離を置くわ
そりゃ他の魔物もここに来ないよ
無理
あぁ、一番無理
割に合う合わないじゃない、無理
怖っ!
「っていう反応になるのがスライムの評価です」
とリッチロードが笑う。
「たかが、スライムに?」
とザイガが尋ねる。
「人間にはたかが、ですが、特にゴブリンやオーガには相性が悪い。魔猪も下手をするとジャイアントも。まともにスライムと戦える魔物は実は少ないのですよ。スライムはほぼ打撃に関しては無敵です。その時点で今挙げた魔物のほとんどは戦えないでしょう。もし戦うなら火や魔法など形のないものが武器です。それを見ると大体はスライムから逃げます。だから群れからはぐれても火を起こせば助かるんですよ」
それに、と続ける。
「スライムは何でも吸収して栄養にします。何でもです。岩も草も水も、何でも。だから少し動いたら後は吸収作業に入ります。だから物音もあまり立てません。魔物達が嫌がるのは、ある意味動くトラップが仕掛けられているからですね。足を踏み入れたら長が来たときみたいに小さくされて捕獲されます。火の元とか、油とか持っていると吐き出されると思いますが。たまに積極的に追いかけてくる個体もいますし。ぶっちゃけて言えばたぶんこの村でも被害は出てますよ?何年かに一度とか。たぶん、ふらりと村に帰って来なかった人とかいるでしょう。それはスライムかもしれません。全てを溶かしますから完全犯罪です。もちろん、他の村に行った可能性もありますけどね」
隣で誇らし気にぷるんぷるん震えている小さなスライム。
「これがこの周辺の村と、あなたの国との魔物への意識の違いでしょう」
と締めるリッチロード。
「だから北の方がもちろん人間への被害は大きかったはずですよ。お兄さんの事件の発端の集落が襲われたというのも、そこの土地のゴブリンが飢えての苦肉の策だったかもしれませんね」
「あぁ!ちなみにスライムが魔物に恐れられる理由がもう一つありました!」
とリッチロードが思い出して叫ぶ。
「それは?」
とザイガが促す。
「動くトラップとでも言えるほど危険な割に食べられるところがありません。もう最悪ですよ」
と笑うリッチロード。
(最悪とは言ってくれるな、リッチロード殿)
いつの間にか、近くにいたスライムロード。
「褒め言葉ですよ、こと生きることにおいてあなた方ほど抜きん出ている者はいないということですよ」
(ふふふ、持ち上げてくれるの。ちなみにここ何十年も人間については眷族も手を出しておらんよ。皆、あの燃える水を持っておる、不味いでな)
「あぁ、そうでしたかそれは重畳重畳。それでは私はこの辺で。肉も食べてくださいよ、皆さんが焼いてくださっているのだから」
と笑いスライムロードと去っていくリッチロード。
スライムロード殿は肉を食べてますか?というか味分かりますか?
(うむ、なにやら普通に食べるのよりも良いな)
ふむ、スライムのどこに味覚があるんですかね?
(解剖してくれるなよ)
ふふふ、しませんよ、そういえば教会はどうでした?
(あの変な建物か、うむ、彫刻が見事であった)
そうでしょう、龍皇が断言してましたよ、イネガル神そっくりだと
(何!?あれは神の彫刻か、もう一度行ってこよう)
後で皆に見せるので、大丈夫ですよ、それよりも酒を飲みましょう。
(ふむ、ならば、そうするか)
と仲良く去っていく。
「そんな、北だから、スライムだからなどで・・・くそっ」
と酒を呷るジョルジュ。
「それでお主は何故魔物が嫌いなのだ?」
とゴブリンロードがザイガに尋ねる。
「何、理由はほとんどがジョルジュ殿と同じ勝手な理由からですよ。簡潔に言えば人間にとっては魔物が邪魔であるということです。国土しかり、領土の安寧しかり。肉なぞ牛や羊で構わないでしょう。更に言えば、神が、愛し子がという理由で生活をすぐに変えられるのも気分が悪い。今までの我等の苦労はなんだったのか、それを思えば神も愛し子も憎くさえ思える。何故もっと早く告げて、あるいは生まれてきてくれなかったのか。そら、勝手な理由でしょう。私は別に親族が殺された訳でもありません。特別な理由がある訳でもありません。小さい時から領民が魔物に怯えてきたのを見て、嫌悪するようになっただけです」
とザイガが言う。
「それは確かに勝手な理由だな」
と隣から声がした。
「次はどなたですか?」
とため息を吐いてザイガが言う。
「我よ、龍皇よ」
と小さいバージョンの龍皇がパタパタ飛んでいた。
「おぉ、リッチロードだけでなく、龍皇殿もか!」
とゴブリンロードが手を叩く。
「うむ、奴の変化の魔法の一部を利用しておる。凄かろうて」
とドヤ顔の龍皇。
だが、すぐに真顔に変えると
「弱肉強食がこの世の全て、そう人間にもしっかりと教えたつもりだがの、どこかで教えが途絶えたかの、そこの突っ伏した王から選民思想らしきものが見えたわ。数が多くなるとそうなるのかの。あるいは個々の知性の問題か。まぁ、それは良い。神がもっと早く告げれば?愛し子がもっと早く産まれば?まことに勝手よ。愛し子が産まれたから神が理を多少曲げた、ダンジョンにて肉を得るならば弱肉強食は守られるからの。ただ、テイマーの最上級職が生まれてこなかったのはお主等人間の努力不足よ。弓ではおったからな、テイマーという職がどういうものか分かっていれば自ずと最上級職にすればどうなるか分かるだろうに」
「えぇ、それを承知しているから勝手な理由だと言っているのです」
と笑顔のザイガ。
「ふむ、救われんのぉ、憎しみなど早々に捨てるが良かろうに。人生の先達からの忠告じゃ、聞く耳持たんだろうが、覚えておけ」
その言葉に笑顔を貼り付けることで答えるザイガ。
「ふぅ、お主等どうせ神が仲良くすることを奨励したから、酒にでも誘ったのだろうが、こやつは無理じゃ、諦めろ。そこの老人は多少スッキリしたかと思うがな。いずれにせよその気遣いには神も喜ぼう」
皆の者、この血を飲んで頭をスッキリさせて、次は好きな相手と飲むが良い、と血が一滴と大量の水の入ったコップを青年に運ばせると龍皇が去って行った。
「なるほど、うっとうしいと思えばそんな理由でしたか」
とザイガ。
「うむ、まぁ、わだかまりが少なくなればと思っての」
と頬をかくゴブリンロード。
「・・・魔物のくせに」
とジョルジュ。
「後は最後に言いたいことがあっての」
とオーガロード。
「あぁ、そもそもそういう話でしたね、こちらの話ばかりでした。それで?早く言ってください」
ゴブリンロードとオーガロードは互いを見合すとこう告げた。
「「我等の眷属を殺すなら喰え!」」
「「・・・・・は?」」
「殺しておいて喰わんとは何事か!」
とゴブリンロード。
「どの者も殺されてもその者の血肉になれるから、殺されるのを許容できるというのに。お主等人間はただ駆逐するだけときた。我等は人間でもちゃんと喰うぞ、殺したら。喰う部分が少なくて不味くてもな!」
とオーガロード。
「いやいや、人型を喰えってそんな無理ですよ」
とここまで来て初めて慌てるザイガ。
「何が無理か!我等だとて人間でできている、お主等がやれん道理などあるまい!」
と酒を飲み干し、机に叩きつける。
「いや、お前等、その、臭いが、の?」
と流石に嫌いな相手でもセンシティブな内容なので、言葉を濁すジョルジュ。
「シチューにでもすれば問題あるまい!」
とオーガロード。
「死体を無駄にするでない!」
とゴブリンロードが怒り出す。
しばらく議論が続き、結論としてできる限り豚や牛の餌に混ぜたりすることになった。
そうすれば人間の口にも入るからだ。
ただ、((その豚達は貧民の炊き出し用だな))と2人の王は思ったという。
『ゴブリンを餌に立派に育った豚です、脂身が多いのが特徴です』・・・売れるわけがない。
こうして、一つの事件に幕が下りた。




