46話 もっふもふとしたもふもふな日々 9「ハイハイと新領主」
祭りの翌日から数週間後、アーノルド家は深刻な事態に直面していた。
朝食時に唐突に会議が始まる。
「トールのハイハイが止まらない」
とイリス
「トールのハイハイが早すぎる、僕が先にバテる」
とアーノルド
「家が狭くてトールも満足できておらんのではないか?」
と悪気なくフェンリル。
「一般的な子なら満足するのだろうが、「祝福と加護」のおかげで力もスピードも体力も付いたようだな、善きかな善きかな」
と笑う龍皇
「善きかな、でありませんよ!いや良いことなんですけどね、その分丈夫で元気ということですし。ただ、トールが疲れないので夜中に寝れないことも増えてきています」
とイリス。
「それは我も感じ取っていたわ、確かに問題だの」
とフェンリル。
「そろそろ生活習慣も真似っこで良いので見につけさせたいのですが、これだと身につきません」
と困った顔のイリス。
「「ふむ」」
と考え、考えた末にリッチロードを呼ぶ。
話を聞き終えたリッチロードは、
「じゃあ、場所を変えれば良いのでは?」
と即答をした。
「外でハイハイさせるのか?石とかを飲み込まんか、石で怪我をせんか?、汚れは?」
と矢継ぎ早にフェンリル。
それを聞き、うんうんとうなずくイリス。
「だから、石がなく汚れがない場所ならば良いのでしょう」
とリッチロード。
「そんなところ、この村にあったかの?」
と龍皇。
「ないのなら作れば良いのですよ、ところで龍皇もフェンリル殿も最近はドライアド殿が作ってくれた家にいないのではないですか?」
と、リッチロードが問う。
「そういえば」
「作ってくれていたの」
「「トールの傍にいるものだから忘れておった」」
「でしょう?」
とリッチロード。
「彼女に頼んで、二人用の家というか洞窟というかをくっつけてもらいましょう。そして床には木の皮を敷き詰めるなり、芝生にするなり。多少汚れても運動後には汗を流すのですから、汚れに対しては酷くなければ気にしなくても良いでしょう。いかがです?」
「「是非、それで」」
と夫婦からの懇願により決定した。
「話は聞きました、拙いものですがこれでいかがでしょう?」
ドライアドはすぐに動いてくれた。
まさにすぐだった。
話の途中から動き出し、話が終わったらもうできていた。
「地面は見た通り芝生です。石も栄養に変えて芝生にしているので怪我は心配ありません、手とかを舐めたりするようなら止めてくださいね、フェンリル殿、あと芝生を食べようとしても」
「うむ、任されよ」
「ちゃんと終わったらお風呂に入れてくださいね、父君も母君も」
「「はい!」」
「トール~、新しい遊び場だよ~、ママ達は見ているからフェンリルさんのところへ行っておいで~」
と抱っこしながら語りかけるイリス。
そして、
「マぁ、マ?」
「「「「「・・・・喋った?」」」」」
「と、トール?マぁマ、ママよ、もう一度、お願い」
とイリスが満面の笑みで顔を近づけながら、トールへ。
「マぁマ」
ときゃっきゃと笑うトール
「ママ?」
「マ、マ!」
手をイリスに向けてばたばたしているトール。
「あ、あなた、家の子って天才!」
と隠し切れない喜びようのイリス。
否、隠す気もない。
「ト、トール?パぁパ、パーパ、言えるかな?」
イリスから預かりアーノルドも挑戦。
「ぱぁ、うぁ」
「惜しい!もう一度!ぱぁぱ、パーパ、パ、パ」
必死である。
「パ、、、、パ?」
「そうだぞ、トール!パぁパ!パーパ、言ってご覧!!」
「パー、パ」
「パパ」
「パパ?」
「賢い子だ、天才だぞ、トール!お前は世界を変えられる天才だ、かわいらしい、良い子で天才、家の子って最強じゃないか?」
「「最強に決まっている」」
とぶれないフェンリルと龍皇。
それを見て苦笑いするドライアドとリッチロード。
親ばかは外から見ると苦笑いに終わるか、微笑ましいかだが、行き過ぎれば苦笑いへとコースは決まっている。
「はぁ、幸せ」
とイリスがトールに頬を寄せる。
「幸せだ」
とアーノルドがもう片方の頬へ。
夫婦の目が覚めたのは、トールが暴れたくてばたばたしてからだった。
「ごめんね、トール、はい、フェンリルさんのところへ行ってらっしゃい」
「フェ?」
「フェンリルだぞ、フェンリル、フェンリル、フェ、ン、リ、ル。フェ、ン、リ、ル。」
必死さが哀れさすら誘う。
「フェ、ン」
「リ、ル」
「フェン!フェん!」
とにこにこ顔のトール。
「良く言えたの、天才だの」
と相好を崩し、肉球で顔をもみもみするフェンリル。
「りル」はなくても自分を呼んでいるのが分かれば良いらしい。
その後は、ハイハイ鬼ごっこ、必ず鬼はトールでターゲットは龍皇か妖狐かフェンリルである、でトールがバテルまで続き、バテたトールに龍皇とドライアドとリッチロード、そしてたまたま面白そうな匂いを嗅ぎつけた妖狐が自分の名前を覚えさせようと懸命になった。
結果、
龍皇は「りゅー」
ドライアドは「ドラ!」
妖狐は「よー」
リッチロードは「リッチー」
に決まった。
誰も正式な名で呼んでもらえてないが、トールを世界の革命児よとばかりに褒めちぎる人間と魔物達。
トールはきゃっきゃっと笑うばかりである。
誰も「祝福と加護」のおかげなどとは言わない。
というか衝撃と喜びが大きすぎて思いついてもない。
しばらくの日数が経過すると、その日決まった名前と自分の名前をはっきりとトールは言えるようになっていた。
また余談だが、ドライアド特性の運動場は他の家庭でも羨ましがる声が多く、もう一つ作られた。
彼等も「祝福と加護」を受けていたのだ、そりゃそうなるという話である。
この頃でトールは8ヶ月ほど。一人歩きにもチャレンジしはじめている。もう名前もなんとなく理解しているし、叱られたらあまり繰り返さない、褒められると嬉しそうにする、気持ちを伝えようと頑張るなどし始めていた。
明らかに異常な成長スピードではある。
しかし、この年に限っては他の赤ん坊も子供達も発達が早く、もう村の作業を手伝っている子供達など身体をよく動かし、村の作業で考えたりすることも多いから鍛え上げられ、他の村よりも2,3才は上のようである。
この頃の子供の2,3才はとても大きい。
しかし、他の村との交流などあまりないので、村人は「今年の子供は凄ぇなぁ、おらん時はどうだったかなぁ、あいつはできてたっけ?」レベルの反応である。
明らかにおかしいと気づいているのは少数である、別に悪いことでもないので黙っているが。
そんなおり、馬車が見慣れない方向からやってきた。街道沿いではなく、四方を国で囲んでいるその中央の方面からだ。そっちにも道がある。領主の館につながる道である。
早速、人間代表の村長と魔物代表のリッチロードが出迎える。
馬車は紋章付きであることから貴族であるのが分かる。
その馬車から降りてきたのは一人の青年だった。
「出迎えご苦労、と言いたいところだが、そちらはリッチロード殿でよろしいか?」
「はい、そうですが?」
「そなたがいると、何と言えば良いのだろうな。御自らのお出迎え恐縮でございます?」
「まぁ、グレン王にも言いましたが敬意を表してくれているようなら特にこだわりませんよ。」
「そうか、助かるよ。微妙なんだよな、立ち位置が。私が治める村にいるが、権力下にいない。位はそちらの方が高いが、人間の貴族位ではない。あまり下手にでるのもよくないが、かといって上から物を言える立場ではない。叔父も苦労したろう。とりあえず魔物の方々には友人のように接するが良いかい?」
「それは良いですが、叔父?もしかするとあなたは?」
「うん、親族だよ、グレン王の弟の息子さ。公爵位は継いだばかりの新米貴族だがね。名はガイル・フォン・オーベルタン。好きに呼んでくれよ。村長よ、リッチロードよ、今日は新しい領主として挨拶と幾つか注意点を告げにきた」
「はっ」
と村長。
「はぁ、そういえば領主を有能な者に変えるよう言いましたねぇ」
とリッチロード
「それだよそれ、いきなり領地を変えるとか意味が分からないにも程がある。が、父も政務に疲れていてね、確かに王都に近いよりはこっちの方が、治めるべき貴族も少ないし自然も多い。父も休まるだろうと言われては納得するところもあるんだよね、父が治めていたところはやり方を変えなければある程度政務に携わったことのある人間なら問題なく治められるようになっているしね。それに世継ぎが生まれたから、王位継承権を持つ者を遠ざける意味合いもあるんだろう、パフォーマンスとしてだが」
「頼んだのは一番有能で、臨機応変に対応できる者でしたが、あなたが?」
「いやいや、父さ。僕はしばらくは位を継いでも父の下で勉強さ。安心してくれ。もしもの時のために国を治められるような教育を父も受けているし、グレンの叔父さんとも仲が良い。父が治めていたところは事件の数も魔物に襲われる数も、領民からの支持率も全て誇れるものだよ」
「まぁ、お手並み拝見ですかな」
と笑うリッチロード
「お手柔らかに頼むよ。さぁ、ここからは村長も聞いておくれ」
「はい」
「まずは告げるべきこと
1:未来永劫この村からは税を徴収しない、麦や家畜は買取制になる。適性な値段で買おう。
2:これからは荷車背負った街道沿いを行く商売人からではなく、領主のところの商売人から買うこと。特に生活必需品は。
3:万が一があれば徴兵は行われる、ないとは思うが。
今は以上だ、質問は?」
「1は約束通りですね、3は国ならば仕方ないでしょう。しかし2はどうしてですか?」
「君達のところだけ、財が異常なんだよ、しかもこれからも財は溜まっていくだろう?税で徴収されないのだから。だからやろうと思えば荷車毎買えてしまうんだよ、だからこその約束さ。生活必需品をここで買い占めると近隣の村が全滅するからね。
後は領主の館としても儲けたいのさ、大量に仕入れることで安くしておいて、ここで適度な値で売る。差額が利益だね。大量に仕入れたものをそんなに買ってくれなくても。別の村に立ち寄らせれば赤字にはならないだろう」
「たまにその商人しか売ってない珍しいのがあった時には?」
「買っても良いさ、それは仕方ない」
「ということですが、村長からは?」
「特にありませんじゃ」
「じゃあ、次だ。君達の所で困っていることは何かあるかい?村長は?」
「特に思いつきませんのぅ」
「リッチロードは?」
「教会とか建てて良いですか?物書きを子供等に覚えるチャンスをあげたいのですが。大体そういうのって教会の仕事ですよね?」
「そうだね、良いよ、建てて。ただ君達の村に対してはあまり助成金も出せないよ、ってか出したくない。税が来ないのに」
「それは良いですが、教会に大きな建物もくっつけたいんですけど、良いですか?村人全員入れるくらいの」
「良いけど、何に使うの?」
「赤ん坊が満足にハイハイとか、一人歩きの練習とかを安全にできるところが少なくてですね。何もないただっぴろい空間で清潔で、物が落ちていないところなんて作らないとないでしょう?お母様方も世話の仕方とか相談しあえますしね。この前、愛し子がハイハイするようになってから考えました」
「君は本当にリッチロードか分からないね、人間じゃないのかい、実は?悪い意味は持たせてないよ」
「元、人間ですから」
「ちなみにどう造る?大工呼ぶ?」
「いえ、ドワーフを引っ張り出して、全部木で建てようかと。木を切るのはオーガとかジャイアント族ですかね、呼んで良いですか?」
「駄目って言ったら?」
「たぶん野生のドワーフとオーガとジャイアントが来ますね、野生ですから、どう動くのかは私も分かりませんので。たぶんですけどね、来ないかもしれませんが」
「絶対来るやつだ、それ。良いけどね呼んで。なんでも各ロードが集まったこともあるらしいし、今更でしょう。まぁ、大工使ってくれるとお金が国に回るんだけど」
「じゃあ、一枚噛みますか?ドワーフとオーガとジャイアントの食べ物はそちらで手配してください、それを買いましょう。もちろんドワーフがいるので酒はたっぷりと」
「・・・良いね、叔父が言っていたよ、リッチロードに貴族になってほしいと。僕もそう願うね。双方の利益になることをちゃんと提示してくれる、人間目線も魔物目線も分かる、情愛がある。素晴らしいね」
「国より愛し子なので」
「そうなんだよね、叔父もがっかりしていたよ。うん、その話に乗るよ、代わりに教会の神父で良いのを探しておこう、2人もいれば良いかな。教え上手で知識が豊富な人を探しておくよ」
「それは助かります、ですが見合わない労力では?」
「うん、だから木の伐採地域を指定するよ、ここからここまでをまずは使ってね。それ以上はそこを切ってから」
と馬車から簡易地図を取り出ししるしをつける。
「構いませんが、どういう意図が?」
「話が変わるように思うだろうけど、あと数ヶ月で愛し子とやらは生後1年を迎えるんじゃないかな
」
「えぇ、それが?」
「また、魔物は集まるかい?」
「そうしたいですが、駄目ですか?」
「駄目って言っても従わないくせに」
と笑う。
「良いよ良いよ、その時にこの辺が伐採してあると領主の館から見えるんだよね、様子が」
「あぁ、なるほど?」
「もし宴をするなら、2ヶ月前には教えてくれ。たぶん各国の王を領主の館に集めて見物という名の会合を行うはずだから、たぶんそれも見越して公爵をここに寄こしたんだよな。王を招いても不敬に当たらない貴族位として」
と苦笑いする。
「大変ですね、木の伐採範囲など分かりました。あなたとなら良い関係を築けそうだ、これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ、たまに仕事を手伝いに来てくれても構わないよ、豪華な骸骨は顔パスにしておくよ。それじゃ、他の村にも領主が代わったことと、困り事アンケートを行うから、慌しくて村長もすまないね、それじゃ」
と馬車が去る。
また、あの宴をするのか、と楽しみになりつつも、うんざりもするリッチロードさんでした。




