45話 もっふもふとしたもふもふな日々 8「龍と狼と変身と」
宴が終わったその日の朝は死屍累々だった。
前回は肉の消費が主だったが、今回はお酒が主だったからだ。
当然空きっ腹で飲む馬鹿者も出てくる。
飲み比べをする馬鹿者も出てくる。
無理やり飲ますなんていうのはざらにある(アルハラなんて概念はない
流石に婦女子は家で寝ているが、男連中は地面で寝ている。
地面で寝ていないのは、あまり飲まなかったか、途中で女性にどこかへ連れて行かれた者達だ。
女性陣の服がいつもと違うのに気づいた男連中は、ちゃんと自宅に帰れている。
地面の死体もどきが更に哀れである。
もちろん、新婚ほやほやのアーノルドは妻のおめかしに気づいた。
褒めて、褒めて、二人で景色の綺麗なところでゆっくりお酒を飲んだ。
帰ったら、フェンリルとトールが抱き合って寝ていたのを見て二人して微笑み、
一緒の布団で寝たのだった。
夫婦が目覚めると、ベビーベッドが何かおかしい。
よくよく見るといつもより更に小さく変化した妖狐と龍皇が寝ている。
もはやおもちゃのボール並である。
そこまでして一緒に寝たいのか。
苦笑いするタイミングも揃う、仲の良い夫婦である。
朝食の準備を進めると、外から死人のような声が聞こえてくる。
たぶん頭痛か吐き気をこらえながら片し始めたのだろう。
汚した者が片付ける、それが道理だ。
しかし、この様子だと今日の仕事はどこもお休みかもしれない。
皆の分ができあがる頃には魔物達も起きだしていた。
むしろそれまで寝ていたのは魔物としての野性を既に捨てているのではないかとすら思うが。
「むぅ、おはよう、父君、母君」
「おはようフェンリルさん」
「おはよう、よく寝れたみたいだね」
「うむ、昨日はトールも一度も起きなかったからな、熟睡してしまった。」
「くぁ、おはよう」
「おはよう龍皇さん」
「おはよう」
「おはよう」
「何だ、フェンリルも起きていたのか、気づいたらトールを独占しておったからに」
「祭りなどより、トールだわ」
「違いないが、たまには参加せよ、なかなか良い光景であったぞ。魔物と人間に垣根がなく共に笑いあえるのはの、何度見ても新鮮だ」
「そんなのはトールが大きくなって、祭りに参加するようになってからで良いわ」
「・・・たまに我でも引くわ、お主の愛の深さには」
「んぅ、うるさいなぁ、おはよぅ~」
「おはよう、妖狐さん」
「おはよう」
「「おはよう」」
「なんだい、大人組では最後かい、私」
「まぁまぁ、とりあえずご飯にしましょう、さぁさ、座って」
とイリスが促す
それぞれが人間に変身する。
人間の食事に慣れるためということだ。
トールが離乳食に進んでいたことが多大な理由だろう。
龍皇は長髪の黒髪である。よく見ると、黒に赤や金が混じっており、髪は後ろで束ねている。
背は長身で、体躯もよく引き締められているが、それでも腕の太さなどが見て取れる。
服は髪と同じ色合いで黒に赤や金が混じっている。
肌は真っ白な妖狐と違い、褐色肌である。
意思の強そうな顔立ちで、鼻先がすらっとしている。
フェンリルも長髪だが髪の色は銀色である。龍皇と同じように後ろで束ねている。
背も長身で、体躯もよく引き締められているが、腕などは太くはない。
ちなみに胸もお尻もお世辞にも豊かとは言えない。
服は銀というより白である。男物の服であるのは動きやすさからか。
肌は妖狐よりも白く、幻想的である。
顔立ちは意思の強さが感じられ、鼻先がすらっとしているのも龍皇と同じである。
ただ、幾分龍皇よりも優しげである。
どちらも、まぁ、街を歩けば特殊性癖持ち以外は振り向くだろう美しさである。
神が手づから造ったと言うのだから、当たり前と言えば当たり前だが。
妖狐さん?今日はイリスさんそっくりに耳ありバージョンです。
「「「「「「今日も糧を与えたもうたイネガル神に感謝を」」」」」」
「う~ぁあ」
どうもナイフもフォークも下手な龍皇とフェンリルさん。
どっちも得意な妖狐さん。
伊達に長く人間に変身していないのです。
まぁ、龍皇もフェンリルも力加減が難しいだけなので、すぐに慣れるでしょう。
また一方ではイリスとアーノルドでトールに一生懸命離乳食を食べさせている。
嫌がったりはしないが、きょろきょろしている辺り毛皮を探しているのだろうと察せられる。
また、手づかみで食べていた物をいきなり投げ出そうとするなど赤ん坊故の奇行に走るので、止めて皆で叱ったりとする。
一度、二度叱られるともうやらなくなる辺り赤ん坊らしくないが、
奇行の種類には事欠かないのは赤ん坊らしく、叱ることも多い。
もちろん、ちゃんと食べたときには皆で褒める。
そんな奇妙な組み合わせの朝食が日常になってきた。
「それでね、トールがあと少しでママって呼んでくれそうなの~」
と心底嬉しそうに話すイリス。
「パパもあと少しだね」
と得意気なアーノルド。
「むぅ、負けたくないが、そこ等は親の特権か。我の名前を覚えさすのはその次にしよう」
とフェンリル。
「しかし、もう子育てなど随分としておらんが、随分と人間らしくなってくるものだな」
「そうね、夜泣きでふらふらだったのが随分と昔のよう。でも他のところではまだまだ夜泣きするみたいね、それを考えると成長よりはフェンリルさん達のおかげかしら」
ふふん、とドヤ顔のフェンリルさん。人間顔でやると美人なだけになお尊大に見える。
トールのお気に入りランキングでは一歩か二歩届かない龍皇はぐぐぐっと耐えている。
「そういえば話を変えるが、昨日の妖狐達の料理はどうなったのだ?」
と龍皇。気になっていたのもあるが、逃げである。
「妖狐が料理?」
と一人分からないフェンリル。
「王宮で教えてもらったやつを試したり、王都で買ったお菓子の真似をしてみたりと祭り中にやっていたんだよ」
とアーノルドが教える。
「フェンリルさんにも後で王都のちゃんとしたやつ渡すからねぇ~、いやいや私とドライアドのタッグですよ、そりゃもちろん上手くいきましたとも、15回目位で。5回目からは吐きそうになる人も少なくなっていたよ」
と妖狐。
「お、おう、そうか。5回目まではどのような失敗をしたのだ?」
怖い物見たさからか、龍皇が尋ねた。
「いや、普通に生地が多すぎてちゃんと焼けてなかったり、アレンジしてみようと混ぜたのが間違えて雑草だったり、とりあえずテキトーにやってみたり、いやぁ、作る工程も見せてたはずなんだけど、それでも欲しがる人が結構いたから楽しくって、2回位は完全にふざけちゃった」
てへっと可愛く舌を出すイリス似の妖狐さん。
絶対イリスがしてくれない動作に見とれるアーノルド、に嫉妬するイリスさん。
さり気なく、ささやかな修羅場が裏では展開している。
「でも、絶対吐かせなかったよ!食材に失礼だからね!」
と妖狐さんが胸を張る。
「妖狐さん、これからは食材でふざけるのも禁止です。トールが真似をしたりしたらどうするのですか」
とイリスさんがぴしゃり。
「うわぁ火の粉が飛んできた、うぇ、分かったよぅ」
トールの名を出されると弱いのは妖狐さんも同じでありました。
そんなこんなで朝食を終えると、後片付けは妖狐。
イリスはトールを抱っこして優しく語りかけている。
トールも安心しきっている。
他はハイハイしても危なくないか総点検の上、床を磨くことに。
まずはフェンリルが子狼になって、下から見上げたり、棚を揺らしたりする。
「む、ここは危ないな、棚から食器が落ちる。食器は下にして、軽いのを上にせよ」
「ベッドの下にもぐれてしまうな、埃もつもる、ここにはなにか塞ぐものが欲しいの」
「父君達は今後家に入るときは靴を脱いでからだの、我等も足の汚れには気をつけよう」
「机の上には何も置いてないか、食器がある?片すのだ!危なかろう」
ことトールの安全に対しては妥協はしないフェンリルが一番向いている役である。
龍皇とアーノルドは真剣に言われたことをこなしていく。
「こんなものかの、常に我等が目を見張らせておくが、危険につながることは少ないほうが望ましい」
とフェンリル。
「ありがとうございます、龍皇さんもアーノルドもね」
とイリス。
そして床に降ろしたところ、うぁうぁ言いながらハイハイをし始めるトール。
目指すはフェンリルの尻尾一直線。
逃げてみるフェンリル、追いかけるトール。
逃げてみるフェンリル、まだ追いかけるトール。
逃げてみるフェンリル、まだまだ追いかけるトール。
両者部屋をぐるぐるとしている。
最後は捕まえられない悲しさからか、ぐずり出したトールと、すぐさま飛びついて舐めて甘やかすフェンリルの図になった。
もはや様式美だ。
尻尾は完全に掴まれている、割と強く。
しかし、痛さなど感じてないが如くトールに抱きついているフェンリルさん、ご満悦。
その後は疲れたのか、ふにゃふにゃしだしたので、お風呂に入れるイリス。
狩りに行くアーノルドと龍皇に分かれた。
妖狐さん?ふらふらしています。
ドライアドさん?ふらふらしています。
リッチロードさん?久々のお酒に変身後もふらふら状態です。
ちなみに、龍皇達の朝食はあくまで練習なので、本当の朝食は以前買った牧場から持ってくる牛達がそれだったりする。
龍皇がアーノルドについていくのは万が一にも怪我をしないためである。
アーノルドが村を出ると、死人もどきが少なくなっていたが、代わりに子供達が元気な大人に指示をもらって農作業などをしていた。
大人がいなくてももう村は大丈夫なのではないか、むしろ昨日のアレは悪影響を子供に与えるので大人はいない方が、とすら考えるお父さんである。
夕方にはようやくフェンリルが買ってきたトールへのお土産披露会となった。
お人形たくさん、骨たくさん、大きめの積み木がたくさんである。
骨は歯が生えるとかじりたがるのが群れにいたからだそうである。
意外と骨がお気に入りとなり、皆が驚き、フェンリルは本日2度目のドヤ顔であった。
積み木は失敗だった、色んなところに投げ出すので、片すのが大変なうえ、万が一にも影で飲み込んだりしないように数の管理が大変だった。
このまま平和が訪れると皆が信じていた。
数週間が経つまでは。




