42話 もっふもふとしたもふもふな日々 5「世継ぎと祝福」
トールが生まれてから半年が経った頃、王都からワイバーンが一斉に飛び立った。
そして各村に寄って伝えることには、王様に世継ぎが生まれたとのことだ。
それが意味することは、今日は祭日になること。
そして、村長の権限の及ぶところで少し豪勢な食事なり祭りなりをしても良いことである。
正直、王様と縁遠い村人達からすると「へぇ、めでてぇなぁ、それよりも肉だ肉、秘蔵の酒も出せ」というところではある。
第4の村もそうではあるが、王本人を見ている村人達からするとちょっと親近感というか、純粋に喜んでいるところも大きい。
そんななか、龍皇達は考えていた。
「やはり「祝福と加護」を与えに行くべきか?」
「うぅむ、義理ではあるが、一応群れの長だしのぅ、その集落に住まわせてもらっているからのぅ」
「「でも、トールから離れるのはのぅ」」
「何2人して馬鹿言っているんですか、行きますよ、当然。妖狐殿とドライアド殿もです」
とフェンリルと龍皇に言うリッチロード。
「ここで恩を売っておけば、後々トールに返ってきますからね。1週間後に向かいますよ」
「はい」
「は~い」
「うむ・・・」
「う~・・・」
既に決定事項として、飛竜のテイマーにそのことを伝えに行くリッチロードだが、
「いや、今日向かうとしよう、面倒だが」
と龍皇からの一言。
「はい?トールの時ですら産んだばかりは忙しいからと遠慮したではありませんか?」
「うむ、トールは神の意思も感じられたしの。そうそう死にはすまいと思えたが、王の子程度だとすぐに死ぬかもしれん。せっかく小さくなれるようになったのだから、少しお邪魔して母と子に我の血を分けてやろう、義理というならそこまでやるべきだろう・・・面倒だが」
「まぁ、言われてみれば産んだ直後から抵抗力がなくなりますからね、王宮と言っても龍の血より確かなものはないでしょう。ではフェンリル殿たちは小さくなってもらって、先の飛竜なんたらの人に乗せてもらいますか」
「面倒っちぃ」
と拗ねる妖狐
「まぁまぁ、何でも王都では色々店があるそうですよ、色々買ってきて、お土産を配りましょう」
となだめるドライアド
「トールにも土産を買うか!?」
「そうですね、そうしましょうか。村長から宝石の質の悪いのを幾つかもらってお土産の代金にして良いか聞いてきましょう」
と飛竜部隊の一人は思いがけず大きな仕事を背負うことになった。
とりあえず、飛竜部隊の彼がこの先の村にも連絡をする仕事があるということなので、帰りに乗っけてもらうことにした龍皇達。
「なんで、我で行かないのだ?早かろうに」
と龍皇
「さっきの小さくなれるという発言で配慮を覚えたのか、とひそかに感動した私にまずは謝罪なさい。あなただとワイバーン程度の大きさでも違いが目立つんですよ。ワイバーンに変身するならともかく。またワイバーンに変身して行くとしても向こうで誰に取り次いでもらうんですか、その辺の人を捕まえてですか?知らない人間が王宮に入ってそれやったら大問題ですよ。先の彼の顔を借りたら仕事が早すぎてサボっていると思われたらかわいそうでしょう?」
「お、おう」
とリッチロードの早口な説教に押される龍皇
「余計なことを口にするからだ、こういうのは慣れた手合いに任せるのが良い」
とフェンリルが笑う
「いや、その考えは直してもらいますよフェンリル殿」
骸骨の首がくるりと回ってフェンリルを捕らえる。
「うぇ、何故だ、慣れた者に任せた方が確実かつ早いだろう?」
世にも珍しいあがくフェンリル
「まぁ、その考え方は間違ってはいないんですがね、人間社会の常識を私しか知らないというのもどうかと思いましてね、いや私はそれでも良いんですけど」
「??何が言いたいのだ??」
「トールが何かする時に質問は全部私に来ますよ、今のままでは。知識でも魔法でも頼れるリッチロード、なんと常識も知っている。一方、もふもふしていても常識を知らないがために質問に答えられないフェンリル殿、時にはトールに怒られるかもしれまんせんね。さらに、もふもふすらない龍皇殿。それでも良いなら先の考えも間違ってはおりません、それでも良いならですがね」
「「良いはずがなかろう!!」」
と吼える2匹
「では、人がどういう時にどう考えるのか、どうして今の世の中になったのか、何を恐れ、何を見下し、何に怒るのか、しっかりと日々の中で学んでください」
「「うむ・・・」」
うまく言いくるめられたような気がする。
そんな話をしていると、先ほどの飛竜部隊の者が帰ってきた。
王宮はどんな風になるだろう?
さて、王宮に着くなり、部隊長へ「龍皇が祝いということで母子に健康を授けに来た」ということを伝えに行かされた彼の心境は如何に。
とりあえずここで待っていてくださいと待たされたのは以前の広場。ドライアドと妖狐は初めての王宮にきゃっきゃっとはしゃいでいる。曰く、花の見せ方が見事であるとか、大きい建物だぁ、私の何個分かなぁとか。
割と待たされるかと思えば、王が急いで駆けて来た!
「龍皇殿!・・・龍皇殿は?どこに??」
「目の前にいる小さい龍がそれですよ、グレン王。お久しぶりです」
「おぉ、リッチロード殿か、久しいですな!龍皇殿?」
「うむ、それ扱いを受けてはいるが、我が龍皇に違いない。久しいな、グレン王。小さくなる魔法を覚えたのでな、先触れも大掛かりにはいるまいと。母子に健康を授けに来たぞ」
「ありがたい、なんとありがたいことか!」
泣き出すグレン王。
「もうわしも連れ合いも歳で、これが最後の機会になるかもしれんのだ、是非是非頼み申す!」
「これこれ王が泣くものではあるまい、他の者は「祝福と加護」を授けに来た、それも祝いだ。流石にトールが産まれたときのように長を集めるのはここでは難しくてのぅ、少なくて悪いのぅ」
「いえいえ、ご配慮感謝いたします」
涙も引っ込む王都に長集合の地獄絵図
「では、こちらです。以前は王宮の中を見せられませんでしたが、今度は見ていただけますな」
と笑うグレン王。
「何、歓待ということなら以前ので充分よ、いきなり来た龍に礼を尽くしてくれたということでな」
とパタパタ飛びながら追いかける龍皇
「ほぇ~、王宮って村の人のイメージだと金ぴかって感じだったけどそうでもないねぇ」
「そうですねぇ、いたるところに兵士が立っていたり、美女がわんさか、とか。絵画がずら~っと並んでいるとか、ちらほらはありますけど」
と最近ベビーシッターということで村のおばちゃん達と交流を盛んにしている2人。
「でもこの敷物は良いのぅ、トールが転んでも痛くないように敷物は用意するか」
とフェンリル
「まぁ、王宮だからと金ぴかにしても、それで一体どんなメリットがあるのかというお話ですよね。兵士が少ないのは自分を狙う者が少ないという自信の表れ、美女が少ないのは自分の妻以外に見るつもりがないからですかね。あとフェンリル殿、転んだら痛いというのを学ぶの大切ですから。過保護はほどほどに」
「むぅ、痛かったらかわいそうではないか」
「それを乗り越えるのを見届けるのも親へ与えられた試練です」
とにべもないリッチロード
「リッチロード殿は、まことに良い知見を持ってらっしゃるの。金ぴかにするくらいなら、民に仕事を与える。そうしてきたからこそ、王都での評判が悪くなく、王宮に兵が少なくて済んでいるのがわしの誇りじゃ。美女なぞ本当の連れ合いができたら、いらんよ。また、転ぶことで痛さを覚えるのは大事である。過度に甘やかされて育った貴族の子ほど哀れなものはおるまいよ、フェンリル殿」
とグレン王。
「むぅ、同種の親子には甘やかすなと言っておったが、自分の子のように可愛いトールのことになると難しいの、あやつらも頑張って育てておったのじゃなぁ」
と遠い目をするフェンリルさん。他人の子については好き勝手言えるものなのです。
王が子が産まれたばかりなのに龍をつれ、骸骨を連れて歓談をしている姿にびっくり仰天、となっている様々な人間を目の端に歩む一行。
「と、ここですじゃ、ちょっと待っていてくだされ。流石に龍と狼に狐をいきなり連れてきたら妃に怒られる」
とグレン王が部屋に先に入る。
と、少しして、
「どうぞ、お入りくだされ」
「龍皇様方々、お初にお目にかかります、ナルガ・オーガスタと申します。このような格好で・・・」
「よいよい、堅苦しいのはまたの機会じゃ。喋るのも一苦労であるのは分かっておる。起きているのも辛かろう。誰か樽に水を一杯にして持って来い、至急にじゃ」
と龍皇。
転がりでる助産婦、廊下の兵に大声で伝える、とその兵が大声で先の兵に伝える。その繰り返しが行われた後、樽が来た。
「思念で伝えることができないと不便じゃな、ッシ」
自分の牙で指に傷をつけると、その血液を一滴垂らす。
リッチロードが魔法でかき混ぜ、
「そのコップは綺麗ですか?」
と産婆に語りかける
「骸骨が・・・」
「今はそれよりコップは綺麗かどうかです」
「綺麗です」
「ではドライアド殿持ってきてください」
「はい」
と受け取り、コップに樽から1杯分。
「これをお飲みくださいナルガ様。龍の血は万能の回復薬なのです。原液だと強すぎるので薄めました。愛し子の父母も私の昔の連れ合いも飲んでおり、効果は保証いたします」
とは言われても、産後に血を飲む。いや胎盤を食べるとかあるけれど、という目でグレンを見るナルガ。
「彼等は嘘など言わんよ、そなた達の健康のためにわざわざ来てくださったんだ。不安ならばわしが先に飲もう」
とグレン王が一息に飲む。
「ど、どうですか?」
とナルガ妃
「・・・・・・・・・これはいかん、これはいかんぞ」
とグレン王
「「「「「大丈夫ですか!?」」」」
部屋の者達が騒然とする
「ははははっ!、これはいかん。妃の出産でろくに寝てもおらなんだのに、ここ最近で一番元気だわ!こんなのがあると何日も徹夜で、仕事から解放されんよ、こんなに悪い物はそうはあるまい!」
と豪快に笑い出す王。
「ナルガ、そなたも飲め。どんな酒や料理より効くわ、確かに原液では危なかろうよ」
とナルガ妃に飲ませるグレン王。
ナルガ妃もその効能に絶句、隈やお肌の悩みにまでさり気なく効いている。
「確かに、これはいけませんわ。健康のことなど忘れてしまった生活を送れそうです。王子にもこのまま?」
「良かったですね、龍皇殿、悪評が一つ立つこと疑いなしです。曰く、龍の血は人をダメにすると。王と王妃から広めていただければすぐに広がるでしょう。ナルガ様、赤子には強すぎるので与えてはなりません。ナルガ様の母乳を飲んでいけば自ずと龍の血を適量に取り入れられます。これで母子ともにしばらくは病気とは無縁になりましょう。王もですね」
「本当に何よりの贈り物をありがとうございます」
とナルガ妃が頭を下げる。
ぼたりとナルガの布団に滴が落ちる。
「さて、次は私達の出番かなん?」
と妖狐が言う。
「うむ、ナルガも元気になったようだが、あまり客を入れるような部屋でもなかろうからな。早いところしていただき、その後、少し菓子や肉など応接室で摘んで行っていただきたい、この後はわしも仕事があるので、ついていけないが。もちろんこの礼はいつか必ずしよう」
「まぁ、産後すぐの部屋に大勢がいつまでもいてはいけないのは同意です。また、産後すぐの王が忙しいのは分かっておりますのでご安心を。ですが、礼はいりませんよ。祝いの品ですから。さぁ、「祝福と加護」を!」
とリッチロード。
ちなみに、道中「祝福と加護」の祈りの部分で牙とか鱗とか言っても気にしないようにと伝えてある。
できる男なのである。
「ふむ、人の王子か、ならば『神よ、この子に全てを見渡す知恵と万物を通さん固き鱗を。群れの先頭に立ち、導く力を』」
と龍皇
「ふむ、ならば『神よ、この子に群れを統率する力と正しき道を知る鼻を。この子が率いる群れが誤った道に進まぬように』」
とフェンリル
「う~ん、じゃあ『神よ、この子に危険をいち早く知るための耳と鼻を、平和で暮らして生けますように』」
と妖狐
「では『神よ、この子にいつまでも健やかな身体を、病気などから身を守れますように』」
とドライアド
「被りますが、やはり『神よ、この子に苦難を乗り越えるための知恵とそれを得るための知識欲を、自らと群れの苦難に正しく立ち向かえますように』」
とリッチロード
と立て続けに「祝福と加護」を与え、部屋からとっとと出る一同。
グレン王の言っていた肉とお菓子は美味しかったことも付け加えておく。
妖狐とドライアドがレシピを教えてくれと調理場に押しかけるくらいには。




