28話 生まれながらにして世界を震撼(王は踊る4)「親馬鹿と勘違い」
龍が翼をはためかせて飛んでくる。
巨躯であることなど知っていた。
ただ、その飛んでくる風景が、最期になるかもしれない光景が、とても綺麗なものに見えた。
龍がなるべくそっと騎士団の前に降りてくる。
これは騎士団を思いやってより、愛し子のためである。
別にズシンっと降りても良いのだが、それで地面が揺れたら元も子もない。
龍がやけに派手な衣装を着ている骸骨を降ろし、胴体を伏せのようにし、頭を軽く下げ目線をなるべく人間の高さに近づけながら口を開く。
「待たせたか?我が龍族の長である。龍皇なり、長なり調停者なり好きに呼ぶと良い。お主等の代表者はどこにおる?」
騎士団にはもう絶望しか残されていなかった。
喋ったぞ
真の竜だ。真竜だ。
もう王都も壊滅だ。
神よ、我等を受け入れたまえ
竜って真竜かよ、聞いてねぇぞ
騎士団の最前にいた、団長が震える口を必死に動かす。
「竜の王よ、真竜よ、お目にかかれたこと光栄に存じます。私がこの騎士団を率いる団長、カーズ・フォン・ブルッケンにございます」
「おぉ、一番前におったのか、これは好都合。後ろにいたのでは話がし難いのでな。」
というと、団長に合わせるように、後ろにややズリズリと交代し、伏せながら目線を合わせにかかる。
「恐れ多きことながら発言をお許しください、その体勢には何か意味があるのでしょうか?竜の常識に触れる機会がなかったため、無知をお許しください。私も倣った方が良いのでしょうか?」
「ん?人間は目線を合わせて話すが礼儀と聞くのでな、それに倣っているのみよ」
ざわめきが起こる。
人間の礼儀に合わせる竜だと、聞いたことがない!
害意がないのは本当なの・・・か?
「ならば、普段の体勢にてお話しください。人間社会でも王のような身分高き者は目線を合わせず上から話すことが常でございます。あなた様は私よりも明らかに身分高き者。どうか楽な姿勢にてお話しください。」
自分も伏せをしながら顔を上げるポーズをしなくてすんだ騎士団長がほっとして告げる。
作戦の失敗だろうが成功だろうが、部下の前でそんなポーズをとりたくない。
「そうか、教えてくれて礼を言う。意外と辛い姿勢でな」
普段の体勢に戻る竜。
といっても後ろ足を投げ出して座っているのが普段の体勢なのかは微妙だが。
「さて、お主等に留まってもらうよう、そこの長達に頼んだのは他でもない」
本題に入り、ごくりと知らず騎士団達は喉を鳴らす。
「お主等も全力疾走を繰り返すほどだ、急いでいるのは分かる。ただ、お主等が全力で走ると地面が揺れてな、愛し子が泣くのよ。我等が歩いていても泣かんのにの。数が多いからか、振動の仕方か分からんが。愛し子が泣くとあやすのも大変であるし、何より愛し子を泣かせとうない」
「愛し子」という言葉は知っていたが、本当にいたのか。
そして、赤ん坊が泣くのを止めるためにわざわざ来たというのだ、彼等は。
騎士団は顔を見合わせる。
自分の頬をちぎれんばかりにつねっている者もたくさんいる。
「お主等はなかなかの数の群れよの、何をするか知らんが我等も手伝うでな、地面を揺らさないように頼む。騎士団と言ったが、装備がないの。どこかで崩落でも起きたのか?どこか山肌が崩れて道でも塞がれたのか?それとも橋が落ちたのか。なんなら飛んで連れて行ってやるし、土砂をどかすのもやってやろう。崩落ならばそれに向いた魔物を派遣してやる。橋ならばドワーフにやらせよう」
「真竜よ、竜の王よ、真に手伝ってくださるのですか!??」
「真竜というのは聞き覚えがないが、うむ、手伝ってやる。何を急いでおるのだ?」
「真竜というのは人間の言葉を話す程の経験を積んだ竜のことをそう呼んでおります。知能も体力も硬さもワイバーンとは比較にならないので、真の竜であると。我等は村を魔物達から救いに来たのです!それでも手伝ってくださいますか!??」
騎士団長は垂れた希望の糸に必死に手を伸ばす
「何!??魔物が村を荒らすだと??どこの馬鹿の眷属だ!長も痛い目にあわせてやろう。それならば急ぐのも道理だ。良し、手伝うどころか我が始末してくれよう、愛し子が生まれたばかりなのに、同族の血を流させるなど言語道断である!!」
龍皇が吼える。
騎士団長は神に感謝した、森の奥深くに命がけで誘い出すどころか、最強の味方を手に入れたのだ。
もう怯えないですむように屠ることも可能かもしれない!!
そこで、もう話が見えたと骸骨が進み出る。
「自己紹介が遅れて申し訳ありません、私はリッチロード。不死者達を統べる者です。騎士団長よ、装備がないのは馬の足を少しでも早く、そして疲れにくくするためですね。」
「そうですが」
「つまり、敵わないと判断するような魔物であると」
「そうです、どの魔物も普通の魔物よりも数倍大きく・・・」
「そうでしょうね。ちなみにその救おうとしている村の名は?」
「第4の村と呼んでおります。イース村とも呼ばれることがあるようです」
「これが最も大事なことですが、その村はここからどの方向に幾つ目の村ですか?」
「ちょうど、あなた様方がいらした方向、ここから2つ目の村です」
「龍皇よ、これで分かりましたね」
「うむ、救いに行く村の名とその場所が分かった、今すぐ馬鹿を叩きのめしてこよう」
頭に手をやり天を仰いだあと、骸骨から怒声がとんだ
「馬鹿はお前だ!この考えなしの筋肉馬鹿が!!」
リッチロードがここ2日の苦労を込めて、杖でお腹をフルスイングした。
流石の龍皇もリッチロードレベルで叩かれるとちょっと効く。
「うっ!」
騎士団が青ざめるが、龍皇は思ったよりもずっと動じてない。
「いきなり何をするか、骸骨が」
「あなたの頭は空っぽですか!?私たちが来たのはここから幾つ目の村ですか!??」
「いち、だろう」
第3の村の方を指す。
「に、だろう」
第4の村の方を指差す。
「二つ目だ」
龍皇は答える。
骸骨は優しい声で
「彼等が救おうとしている魔物はどこにいると?」
龍皇があっ!と気づき
「ここから二つ目の村です」
敬語で答える。
優しい声のまま骸骨は問う
「つまり?」
「彼等は我等が村を襲っていると勘違いをしている」
「よくできました、他に何かいうことは?」
「止めてくれてありがとうございます」
「よろしい」
その漫才の様子を唖然と見ていた騎士団長がなんとか頭を回転させて問う。
「つまり、えっと、どういうことですか?」
「私達はその村から飛んできたということです。村人は全員元気ですよ、龍の血で回復した者達さえいます。昨日は皆で宴会をしました、魔物も人間も、牛や豚を焼いて、酒を飲んで。強いていうならそのせいで今日は二日酔いの人間が何名か出た程度です。あなた方が最も恐れていた事態にはなっていませんよ」
「うむ、愛し子がおるのに同族を襲いなどせんわ。どの魔物の長も人間を襲わないように厳命していると言っておった、自己防衛のため以外にはの。馬鹿がどこかの村で暴れているということはなかったようじゃし、お主等の懸念も晴れた。良かった良かった」
リッチロードが馬鹿が暴れそうになっていたがな、と呟いたのが聞こえた。
大分溜まっていたようだ。
そして、今後百年はネタにされるだろう。
騎士団達は喜んで良いのか、疑うべきなのか、どうすれば良いのか混乱していた。
確かに魔物が人間を襲わなくなっているという報告があった。
それが愛し子のためであるという証言も、ゴブリンとフェンリルからあったという噂もある。
彼等も嘘を言ってなさそうだ。
だが、魔物の言うことを一から信じていいのか。
騎士団長が龍皇に告げる。
「懸念を晴らしていただき、ありがとうございます。ただ我等もどのような状態なのかを実際に見て王に報告する必要があるため、やはり第4の村に行きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「その人数でか?」
「いえ、数人ばかりで。後のはここで待機させておきます。馬も疲れているでしょうし、もとから待機の予定だったのです。」
「ふむ、とっとと帰っても良いと思うが。良かろう、大勢だとまた地面も揺れようが、数人ならば大丈夫だろう。馬が疲れていると言っていたな。ケンタウロスの長よ、2名ほど乗せてやれ。ユニコーンの長よ、男嫌いなのは承知しているがお主も2名ほど乗せてやれ、愛し子のためだ」
ユニコーンが馬面を醜く歪ませて「嫌だ」と表現していたが、愛し子の名に折れた。
「では、向かうぞ。残された者達があまり待つのも哀れだ、とっとと向かうぞ、地面を揺らさない程度の最高速で追って来い」
そうして龍皇が飛び、ケンタウロス達は去っていった。
騎士団長は何かあった際に作戦が実行できるように、その場から長を全員退去させてみせた。
残された副官がそれに気づき、周りを叱咤し、作戦が継続していることを告げた。
何が本当なのかはまだ確かめられていないのだ。




