26話 生まれながらにして世界を震撼(王は踊る2)「策と嘘」
日は万人に対して昇る、昇ってしまうのだ。
といっても、村では皆が起き出すだけだが。
日とともに起きて支度をして、日が沈むと仕事をやめるのが通常だ。
そんなに飲んでない村人はしっかり起きて朝食の準備をし出したりしている。
夫が外に転がっていると蹴り飛ばして起こすケースも少なくない。
子供は起こそうにもよほど寝具が良いのか、まったく起きる気配がない。
(ちょっとドヤ顔のフェンリルと妖狐)
魔物と言えば自由に生きる者だが、太陽とともに暮らしているのがほとんどなので起きだしている。
たまに頭痛がひどいのや、吐きそうな者が龍の血を欲していた。
人間も多かったが、村長の自業自得じゃの一言で村人が黙った。
村人が黙った様子をみて、魔物の長も流石に黙った、今回初の苦い顔をして。
今回最も哀れなのはリッチロードであろう。
人間との折衝を行い、魔物の土産を分け、フェンリルが寝ないか見張りながら、ドライアドの手伝いでオシメを洗い、魔法で乾かし、寝相が悪い酔っ払いを龍皇に頼み、どかすか湖に投げ飛ばしてもらい、朝は魔物の長を無理矢理起こす係りだ。魔法で重力を強くして悪夢にしてみたり、普通に精神魔法で悪夢を見させたり。
そして、飲めないし、食べられない。龍の血ももちろん飲めない。
変化の呪文を一刻早く完成させることを決意した。
後に、これが運命を変える分岐点の一つであったことを知らずに。
朝は朝食をとるかと思えば皆昨夜に食べ過ぎているのか、
ちゃんと食べている家庭や魔物は驚くほどに少ない。
さて、朝は寝てる魔物の長を他の魔物の長が起こしたり、湖組(投げ飛ばされた組)を拾いに行く組もいた。
魔物が寝ていると流石に大工仕事で起こすのがかわいそうだと、人間は仕事といえば大半が家畜と農地の世話に行くことになった。
まだ自分達がどう周囲に思われているかなど知ることはない。
昼になり、
全力で準備を終えた軍務大臣がゲッソリとした顔で、王に告げる。
「騎馬兵3000、魔術士の配備、各国への伝達全て終えました。軍議も終えております。」
「騎馬兵が多少心もとないが・・・」
「今回は生存率優先で特に乗馬を得意にしたものを選りすぐりました。村一つの人数と比べれば馬込みで充分でしょう。馬にも限りがありましたので。」
「そなたが言うのならばそれが最善なのだろう。良くやった。後は騎士団長が分かっておるのだな?」
真剣な顔で頷く、軍務大臣。
「ならば、そなたはもう休め。限界だろう。そこの者よ、軍務大臣を仮眠室へ。そっちの者は騎士団長を連れて来い」
「いえ、成果を確かめるまでは!」
と慌てる軍務大臣
「何かあった際の作戦変更時にはそなたの知略が必要となるかもしれん、基本はもうここからは現場判断よ、まずは仮眠をとり少しでも知略を取り戻すが仕事と思え」
何も言い返せなかった大臣は、王に感謝の言葉を告げるとその場で倒れた。
過労である。
「だから、限界だろうと言ったのにのぅ歳じゃろうに、それ皆で運んでやれ」
軍務大臣が運ばれるとともに、騎士団長が来た。
騎士団長が王に謁見するにあたり、いつもの謁見の仕草をとろうとする前に
「よい、謁見の挨拶なぞ今は不要じゃ、今は時は金よりも遥かに重い」
王が遮った。
「お主の仕事を述べてみよ」
「はっ!
1:第4の村が無事であるかの確認
2:無事であれば愛し子とはなにか、魔物はこれからどうなるのかをできる限り調べること
無事でなければ自分等を囮に変異種たちを森の奥深く、人里から可能な限り離します
以上です!」
「うむ、それに加えての仕事がある」
直立したまま王をまっすぐ見据える騎士団長
「はっ!何でもお申し付けください」
「王都と第1~3の村人への慰撫じゃ。国民達も不安を感じておるに違いないからの。速やかに行きたいが、これを放っておくこともできまい。なに、甲冑を身につけて隊列で門に向かえばよい。門のところでわしが適当に王都の民を安心させる演説でもする。そして、出て行ってもらいたい。」
更に、と続ける
「早駆けで第1~3の村の民を王都へ集めておる、全員じゃ。一人の抜け盛れもなくだ。途中でまだ歩いてきている村人がいれば安堵させてやれ、騎士団がどうにかするから王都で待っていろとでも。村人を集めているのには慰撫以外の意味がある、どういう意味か分かるかの?」
「はっ!
恐れながら、
1:井戸水なのど村の共有財産を使って物資の補給を少しでも楽にすることが可能なこと
2:甲冑を脱ぎ捨てても良いということ
と考えます」
「ちなみに村の民を集めていることを知っておったか?」
「いいえ!存知ませんでした!」
「それで今の答えがでるならば重畳重畳。お主を団長に選んだ軍務大臣の目は確かだった。甲冑の用意はできておる、それを今まで身に着けさせなかったのは馬とお主等の消耗のためよ」
安堵に笑う王。
「ちなみに、もし第4の村人が無事ならば騎士団はいらなくなる。その際の連絡はどうなる?」
「はっ!いらなくなるかどうかは魔物の群れが消えるまで分かりませんので、予定通り第2の村で待機します、あそこならば魔物からも見えないはずですので。連絡の手段は狼煙を使います、天気によっては伝令のために馬を使うしかないでしょう。無事でなければ見に行った者は帰ってこれないはずですので時間で決行いたします」
「うむ。なんとも情けないことにお主等という国の攻めの要を、そのような人材達をこのような危険な賭けに使わざるを得んかった。恨むならばわしを恨め。この案を出したのはわしじゃ。本来ならばわしか軍務大臣も参加するべき危急時だが、わしには跡継ぎが決まっておらん、軍務大臣は過労で倒れておる。」
「なんと勿体なきお言葉!皆にも伝えましょう、最高潮のやる気が更に高まるというものです。此度の任務はまさに国を、この国だけでなく近隣の国まで救うというまさに騎士の誉れ。実は志願者は集められた兵より多かったのでございます。力量で落としましたが」
笑う騎士団長
「騎士を選んだからには死ぬこともあり得ると皆も分かっております。その最期になるかもしれぬ任務がこのような誉れ高きこと、王を恨むものなど一人もおりません、ご安心ください。いっそ感謝している者もいる始末。皆死したらアンデットとして蘇り国を永きに守る所存です!」
「お主のような部下を持てて、わしは幸せじゃ。死した兵がいたら、残りの家族の面倒をみることを改めて誓おう。子がいれば学校にも行かせてやろう」
「とてもかたじけないお言葉ですが、それは伝えない方がいいでしょう、死したら誉れを得るだけでなく妻子に不自由がなくなり、子は学校に行ける、そんなでは死にに行く馬鹿がでます」
私でも考えてしまいますよ、と笑う騎士団長
しかし、真剣な顔つきになり
「ただ、万が一の時には何卒、今のお言葉を」
傅く騎士団長
「うむ、うむ」
このような好漢を死地に向かわせるのだ、自分は。
もっと騎士達と話せば良かったと身勝手にも思える罪悪感を感じる、涙が出てくる。
「では、急ぎ甲冑を纏い、隊列を組み、王宮から広場を通り、門に向かいます。王も恐れながら急ぎ門にてお待ちください。危急の時故これにて失礼いたします」
「よろしく頼む」
去る騎士団長に王は頭を下げ続けていた。
甲冑を身に纏い隊列を組む間に、兵が通れるようにありったけの官僚を王命で狩り出し、前触れとして兵が通るのでと人々を道の端に寄せた。娯楽がない昨今、少しでも見ようとする輩を押しとどめるのは文系官僚には辛い仕事だった。今回行かない兵達は楽そうだったが。筋肉がものをいうらしい。
その中を整然とした隊列で歩く、騎乗して甲冑姿の騎士達。馬上槍も盾もきらりと光る。
女性陣や子供達から歓声が届く。
大の男まで見とれる。
だが、いつもなら誰かしらが手を振ったりとサービスするのに今日はない。
整然と、凄然と、隊列が進んでいく。
死にに向かうのだ、応えられる心境にない。
いつしか村人達は騎士達の後ろについていく、静かに、同じく整然と。
見送らなければならない。
そう、思えるのだ。思ってしまうのだ。
本当なら止めるべき官僚達までついて行ってしまう。
彼等を見るのが最後になるかもと、何故か思えてしまうのだ。
門にたどりつくと、壇が据えられており、なんと王がいた!
近くの魔術士が拡声魔法を使う。
「愛する国民の皆よ、今日まで不安があったに違いない。外からの情報はなく、龍が飛ぶ姿が見えたり、突如村の人間が王都に急ぎ入ってきた。もしかすると第4の村のことを聞いたかもしれんの。曰く、一日で城壁ができた。いや、城壁ではなく魔物だと。王宮でも高いところからだとなにやら城壁みたいのが見えたと言っている者がいたが、村が柵でもこさえたと思っておった。魔法を使えば、できんことはないからの。才能ある魔法使いならば一晩でできよう」
「しかしだ!」
王の声色が変わる。
「しかし、確認したところ、あれ等は全て魔物の変異種じゃった。村人が言っておったのが正しかったのだ!」
ざわめく王都の民達。
だが!と王は続ける。
「愛する国民の皆よ安心するがよい。あの馬上槍を見よ、貫けぬ物などないだろう。あの見事な甲冑姿を見よ、あの騎士等に敗北などありはせんだろう!!王都に魔物の群れが来ることはない、この騎士等が魔物なぞ蹴散らすからだ。村々に異変など起こりはせん、この騎士等がいるからだ!!」
「騎士団長よ!ここに!!」
「はっ!」
「お主等は魔物如き知恵なきものに負けるのか、そんなことがありえるのか?」
「ありえません!」
「世界で一番の精鋭達は誰じゃ!?」
「我等特殊騎士団です!通常の騎士団の枠を越え、各騎士団から精鋭のみを集めました!我等に敗北などはありはしません!」
団長は、騎士団の方を見て、槍を掲げ、地声を張り上げる!
「我等に敗北などありはしない!」
「「我等に敗北などありはしない!!」」
「我等の槍は全てを穿つ!」
「「我等の槍は全てを穿つ!!」」
「「我等の盾は全てを防ぐ!」
「「我らの盾は全てを防ぐ!!」」
「最強は誰だぁ!?」
「「俺達だぁぁぁあ!!」」
槍を天に掲げ叫ぶ騎士達。
先ほどまでの静けさが嘘のような力強さに、観衆はただただ見とれるばかりだった。
「安心したわぃ、やはりお主達に頼んでよかったわ。吉報を楽しみにしているでの」
「はっ!お任せください、王は心安んじてお待ちあれ。王都の者よ、村から来た者よ、安心して生活して我等の凱旋を待っているが良い。凱旋時には酒を忘れるなよ!」
ようやく観衆の金縛りは解け、張り裂けんばかりの応援に変わった。
少しして、再び槍を掲げる騎士団長。
何を言い出すのか、静かに待つ国民達。
「王よ、では行ってまいります」
「おう、死体の処理は気にしなくて良いからの、疾風のような早さで救ってやってくれ」
王が騎士団長の手を握り締める。真剣な顔つきで痛いほどに。
「かしこまりました、王よ。では皆行くぞ!」
馬に騎乗すると騎士団長は天高く槍を掲げる。
後ろの騎士団も天高く槍を掲げる。
国民からは熱狂的な歓声があがる。
門が閉まり、しばらくするまで歓声はあがっていた。
全ては国民のために、安堵させるために嘘をつかなくてはならなかった、王と騎士団長。
愛する国民への嘘は、今までのどの戦場で受けた傷より痛かった。
騎士団は早足で馬を歩かせる。全力疾走などここぞという時にしかできない。
ようやく第一の村にたどりついた。
確かに魔物の群れがここからでも目が良い者ならかすかに見える。
距離的に考えればどれほど巨大か分かる。
ここで騎士達は甲冑も槍も盾も全て脱いだ、後で別部隊が回収に来る手はずだ。
魔物の群れから逃げないといけないかもしれないのに、甲冑など不利なだけだ、必要なのは身軽さと短くても良いので弓矢や石。自分に注意を向けさせるためのものだ。
そうして、少し馬を休ませた後は第二の村に向かってできる限り、全力で向かった。
途中で一斉に全力疾走もした、これはスピード感やどれくらいでこの馬はばてるのかを知るためだった。
しかし、これが事態をある意味解決へと向かわせる。
騎士団や王の想像を超えて。




