18話 生まれながらにして世界を震撼(村編2)「父頑張る」
「さて、これよりが本題よ。この村に最近生まれた赤ん坊がおるな?」
皆がアーノルドの方を向く、
アーノルドと赤ん坊を抱いたイリスの顔色が青くなる。
そして、途端にアーノルドは自分の家に走って行く。
呆然とイリスは目で追いかけるだけだ。
自分まで追いかけたら赤ん坊が起きてしまう、と他人事のように考えていた。
自分の夫が自分達を見捨てるなど、と考えていると。
「おぁぁぁぁぁああ!!!イリスとトールは俺が守る!!他の村の犠牲なぞ知るものか、龍の皇よ!あなたからすれば羽虫のような俺だが、羽虫にも矜持があることを教えてやる!!」
ボロボロの剣、木の盾、頭を守るしか能のない兜
武装したアーノルドがイリス達の前に立って吼えていた。
イリスの目に涙が光った。
やはり、死ぬことになってもこの人を選んだ私の選択に間違いは無かったと。
疑ったことを恥に思う。
この人はこんなにも私達を愛してくれているのに。
周りからは止めろ、機嫌を損ねたらどうするとか、俺達だって覚悟を持ってここにいるんだお前も自制しろ、とか、雑音が聞こえる。
アーノルドは龍皇をひたすらに睨みつけた。
龍皇もリッチロードもここに来て初めて魔物らしい顔をする。
龍皇の気の弱い生物なら睨んだだけで殺せる鋭い眼光、
リッチロードから迸る視認できるほどの魔力。
村人達は薄れていた恐怖を思い出したが、誰一人動けなどしなかった。
パニックになどなれなかった。
自分に向けられたわけでもないのに、この恐怖。
精神も肉体も思わず時が止まったようだ。
それでもアーノルドは彼らを睨みつけ、二人の前に立ちはだかる。
その顔には死しても、必ず守り通すという覚悟が見える。
数秒か数分か。
均衡を崩したのは強い方だった。
「ぷっ、くっくっく、ははは、あ~ははははは!!」
「いや、流石流石、愛し子のご尊父殿であらせられる」
「何がおかしい!??羽虫の矜持がか!!」
「いや、おかしいというならばご尊父殿の早とちりだ。そして嬉しいのはその勇敢さだ。」
「我らを前にして怯えもせずにそのお覚悟。昔、勇敢なる者が成ると言われる勇者でさえも龍皇殿の眼光の前に足を震わせておりましたよ。あなたは家族のためならば勇者以上の勇気を見せられる。あなたにならば愛し子をこのまま任せられましょう」
「また、ご母堂もパニックにならずによくぞ動かなかった。闇雲に群れから離れれば狩られるが道理よ。我らほどになるとしないがな。群れに生きる者は群れからむやみに離れるべきではない」
「ご尊父殿、我らがいつあなた方の赤ん坊を襲うと言いましたか?」
「始めに言ったであろう、害意はないと」
そこまで言われて、アーノルドの腰が砕けた。
緊張が解けたのだ。
「だれかこのお二方に先の樽の水を、また今ので怯えた者も飲んでおくが良い。気分を高揚させる効果もある。恐怖もおさまろう」
ようやく動けるようになったものが水を飲み、アーノルドたちにも水を飲ませた。
特に助かったのはイリスだ。
この時代、産んだ母親が体力を失っており、病気になることなど珍しいことでもなかったからだ。
龍の血を飲んだことで、赤子に起こされてろくに寝れていない疲れなどもなくなり、免疫力も向上した。
免疫力や病気のことを彼女は知らないが、実はリッチロードはどんな展開であれ必ず彼女には水を飲ませると決めていた。愛し子の親が亡くなるなどあってはならない。
「さて、落ち着いたかの」
龍皇が周りを見渡す。
「我らがここにいる理由、それこそその赤子に他ならない。名をなんと言ったかの」
「トールです」
まだ信用しきっていないのか、半ば睨みつけながら答える。
龍皇は笑って
「すぐに信用しないのも良いの。慎重は身を助ける。さて、トールか良い名だの。唯一神イネガル様が昔、雷を操る偉大な神が別世界にいると言っておった。その名をトール神という。別世界が何かは分からないが、イネガル様が「偉大な」という神の名だ、この子は偉大な、それこそ歴史に名を刻む人物となろう」
両親はなんとなく産後の明朝の寝起きで名づけたので、そんな意味があることを知らなかった。
そのため、なんとなく顔を見合わせる。
そんな立派な謂れがあるのは誇らしいが、もっと平凡でも良かったかなと。
「さて、皆さんは「祝福と加護」というものをご存知ですか?」
皆、顔を見合わせて、首を横に振る。
「それも無理ありませんね。私でさえ知ったのは魔物になってからですから。」
「魔物の群れの長が自分の眷族の赤子に与えるものだ。与えられた赤子は「祝福と加護」の際に願われたところの成長が早く、そして限界も伸びる。例えば、オーガなら怪力になるように願うだろう。そうするとその願われた子は他のオーガの子よりも早く怪力になりやすいし、他の者が成長しなくなっても、まだ腕力が鍛えられるだろう」
へぇ~、と村人達はうなずく。
「簡単な「祝福と加護」ならば何回でも使えようが、自分の子供や特にできの良いものに与えることはそう易々とできはしない。強い「祝福と加護」は与えることができる回数が種族の長毎に決まっている。大体の長は何かの時の為、最後の一回は残しておくのが通例だ。」
なるほどぉ。
もう大体のことでは驚かなくなってきた村人達。
「その強い「祝福と加護」をの、トール殿に与えたいと願う魔物の長が我らを含めてたくさんおる」
「今はトール君と呼びましょう。トール君は我ら魔物にとっても愛し子なのですよ」
これにはアーノルドとイリスが仰天した。
「何故!?うちの子にそんな大事なものを」
「人間にもジョブというのがあるのだろう?村長よ」
「はい、私や他の村長がその地の者の適正を見極め与えるのです」
「我は人間の「祝福と加護」はそのジョブであろうと考えておる。そしてトール殿は我らを統べるジョブに既についておる、鑑定のスキルがあるものは見てみるが良い」
「なんですと!おい、確かめてみろ」
村長が焦る。
本来は12歳になってから与えるのだ。
「村長ぁ、本当だぁ、なんか初めて見るジョブだわ。」
「なんていうジョブなんだ!!」
アーノルドが堪えきれずに訊く。
「魔を統べる者」
それがトールのジョブであり、テイマーの最上級職だった。
「よってな、我ら魔物はトール殿が生まれた時から知っておったよ。この世に愛し子が生まれたと。そして、愛し子には「祝福と加護」を与えんといかんとも思ったものよ。人間は群れでの戦闘力は中々だが、単体では怪我や病気ですぐに死ぬ。愛し子を死なせるわけにはいかんとな」
龍皇がアーノルド達を見て、頭を下げ目線をなるべく合わそうとする。
「ご尊父殿にご母堂殿、トール殿に我ら魔物の長達が「祝福と加護」を与えることを許可してくれまいか」
イリスがこれに答えた。
「それはトールにとって危ないことではないですか?」
「神にその子の前で願うだけよ、危ないことなどない」
「あなたは確かに我が子を傷つけないかもしれません、しかし他の魔物の長はどうなのです?」
「魔物の長はすべからく知能がある。「祝福と加護」を与える順番を待つ間、誰も傷つけはせんよ。もちろんトール殿に傷をつける者などおるはずがない。そんなに心配なら結界を張ろう。建物の中には入れんからご尊父たちの家の前で、まず気温を調整する結界、次に泣き声を遮断する結界、次に赤子自身に結界を張ろう。赤子には対物理結界を」
「泣き声?」
「ご母堂はあまりよく寝れないのだろう?人間の赤ん坊のこの時期には。授乳時には起きてもらうが、排泄物だなんだで起こすのは忍びないでな。やり方を教えてもらえればドライアドなど人型の魔物がその辺はやろう。あやし方も教えるといい」
「まぁ!」
明らかに天秤が傾いた。
地震で建物が崩壊し、その分人手が足りないのだ。村ぐるみで子供を育てるにしても乳母の代わりになれるような暇がある人は少なかったし、頼みにくかった。
そしてアーノルドはその辺が下手だったし、彼は狩りで村の食糧事情も支える仕事があった。
「最後に宣誓をしよう」
「宣誓?」
「我らトール殿に「祝福と加護」を与えるべくして来た魔物は害意を持ってこの村の誰も傷つけたりしない、この宣誓は唯一神イネガル様の名のもとに行う。反することがあれば我がこの村に来た全ての魔物の長を必ず駆逐し、自殺しよう」
我らならば死体でも高く買ってもらえるだろうよ。
龍皇は笑った。
村人達まで息を呑んだ。
そこまでの覚悟で彼らは来たのだ。
ただ、赤子のために。
「そこまで言われたら断れません。それに、断って、「では無理にでも魔物の住処に連れて行く」となっても困りますから」
「我らはトール殿を産んだお二方を尊敬しておるのだぞ、断られたら帰るまでだ。遥か遠く雪が今も降っているところに住んでいる魔物などには無駄足を踏ませることになるがな」
「それを聞いたら、より断れないじゃないですか。。」
イリスが困ったように眉を下げる。
「では私の家の前に、並ぶのであればそこが一番でしょう」
「そうですね、この前偵察に来たときにもそう龍皇と話していたのですよ」
もう村人は関係ないが野次馬根性で、アーノルド家の前にきた。
「さて。ここからスライムの長とその眷属より魔物の長どもを出す。少し離れておれ。皆でかいのでな」
龍皇の背にいたらしい巨大なスライムが降りる、そして、上から少し降りてきて龍達がスライムを投下する。
地面に降りたスライム達はその場でぺっぺっと吐き出していく。
小さくなっていた狼が、熊が、ゴブリンが、オークが、コボルトが、バジリスクが、他の魔物の長達が本来の大きさを取り戻す。
そして、長蛇の列をあっという間に作った。
知能があるというのは本当らしい、ちゃんと争うこともなく列を作った。
「長は大きい」と言っていたが、正しくは巨大であるものがほとんどだ。
もはや、村のその一辺だけ城壁を築きましたといわんばかりの列になった。
「これは一晩で終わるのかしら」
冷や汗をかいて、イリスは浅慮だったかもしれないと後悔した。
もちろん第三の村、第五の村でも龍の姿は確認できた。
そして、王都よりなだらかな坂の下のほうにできている第4の村は、第一の村や王都からも見えた。
龍だけでなく、魔物の城壁まで。
王都は厳戒令を出し、外から人を入れず、中からも外に出さなかったため、城壁に囲まれた町の中は知らずいつもの日々を過ごしていた。
他の村々では、避難する者、神に祈る者、全てを諦め酒を最期の共にしようとする者などパニックに陥っていたのは無理からぬことだろう。
ちなみに8匹の龍は近くの(龍にとっては)湖で久々の集いから話を弾ませていた。
ブックマークが更に増えて、評価も更にしてもらえました。
皆さん、ありがとうございます!!
主人公が早く自分の意思でもふもふできるように頑張ります。