14話 異変(3)「狼さんによるお説教」
アーノルドが家で赤ん坊に歓喜していたとき、
同日、同時刻、ゴブリン達とは別の遠くの場所で事件が起こっていた。
小山かと思うほど大きく、
一切の汚れなど見当たらず、
その毛皮の滑らかなことと言ったら見ただけでも分かり、
毛が少し長めだからこそ、その銀色が映える。
尻尾だけでも並みの人間ならばなぎ払うほど、大きい。
その顔も神が手ずから創ったかのように整っている。
そしてその荘厳な狼は怒っていた、
村の入り口にて、
口に人間の子供をくわえて。
そこまで遅くない時間でも、神の遣いか、あるいは滅びの遣いかと思う。
夕刻に月の色を反射していたら、間違いなく神の遣いと判断していたのだろう。
狼は吼えた、人間の言葉で。
人間の子供はわざわざ、下ろしている。
噛まないようにとの意図だろう。
「この村の人間どもよ、出て来い!!一刻も早くだ!!」
村中に声が響き渡る。
「隠れていても無駄だぞ、我の嗅覚をなめるなよ!!」
さぁ、そこからのパニックと言ったら、お祭り騒ぎだ。
逆らうことなど、できはしない。
あの一匹で国も滅ぼせるのではという威圧感。
そして逆らえない魅力。
ほとんどが諦めて絶望を顔に携え素直に従った。
しかし、出てくるのを拒んだ青年を引っ張り出すために他の青年が縄を巻いて連れてきたり、
赤ん坊が泣き喚く。
老人もこの世の終わりと思ってか、皆が来るまでに家族に今までの感謝を述べている。
赤ん坊が泣き喚く。
新婚があの世でもともにいようと絆を硬くする。
赤ん坊が泣き喚く。
赤ん坊をあやすことも上手くできないで、あたふたする両親がいる。
狼のそのカリスマに祈り出すものもいる。
皆が集まるのは、「一刻も早く」の割にはかなりの時間がかかった。
いや、集まったのだが、パニック状態のなか、誰がいて誰がいないのかを探すのに時間がかかった。
村長が数え、報告する。
「これで全部ですじゃ。後はベッドから動けない老人のみ、どうか勘弁してくだされ」
「老いた者には敬意を。別に構わん。後で聞かせてやれ。これ、そこのご老体に地面に座らせるつもりか、そこな者よ椅子と暖かい物を持ってきてやれ」
狼は不思議なことを言う。
皆殺しにでもされるかと思っていた。
あと、不思議なのは人間の子供を連れていたことだ。
ぐったりと半裸で、今は下ろされてうつ伏せだ。
そして、狼はまた吼えた。
次は狼の遠吠えだ。
狼には小さな遠吠えだろう。そこらの犬のような遠吠えだ。
しかし確かな畏怖を覚えさせるのに、いつまでも聞いておきたいその音色。
皆が静かになった。
赤ん坊は目をぱちくりとしている。
「さて、静まったな。これから言うことを黙って聞け。説教の時間だ」
狼は子供をゆっくりひっくり返し、
「さて、この子供の親はいるか」
顔を見て、ようやく判断がついたのだろう。
一組の夫婦が前に出る。
「私達の所のニールです、もう一週間も見つからなくて。最後に会わせていただきありがとうございます」
「最後?捨てるのか?子を!??」
狼が憤怒の形相で、夫婦をにらむ
「我らを召し上がるのでしょう、でしたらその大きなお口で我ら家族を一口にて。最後のお願いです」
妻が震えながら、嘆願する。
「・・・そういうことか、別に喰わんし、殺さん。主らだけでなく、他の者もだ。言ったであろう説教の時間だと。喰うつもりなら皆で狩りにくる、我だけで食べたら流石に部下が着いて来なくなるわ」
狼はふんっと鼻を鳴らすと、
「この子供は頭が良いのか、運が良いのか。川の近くの木のうろで寝ているのを発見したわ。我を見て気絶したがな、無理に何かを狩ろうとはせず、近くには拾ったのであろう、どんぐりなどがあったわ。魚を焼いて食わしてやったら、泣きながら食べておったよ」
今は満腹で寝ておるがな、と優しい目でニールを見る。
「さて、その頃、お主らは何をしておった」
お説教の時間です。
「探してました!村の者の力も借りて、近くから順番に!!」
夫婦は必死になって答えた。
よく見ると夫婦はやつれていた、心配でやつれたのだろうか。
「良い、子供は宝よ。探しもせんだったら我のところで育てるか狩りの練習の的にしておった。我らにとっても宝を育てるは大変な課題だからの」
狼は頷いた。
夫婦は下手したら、嬲り殺されるかもしれなかった子を思うと泣きそうになった。
そして周りを睥睨すると、次の質問にうつった
「では、何故その子供はあのような場所におったのじゃ?」
「ニールはお調子者で、あの日も私達が仕事で少し出るので、家で待っているように言ったのに、いつの間にか外にでていたのです」
「そうだろうと思ったよ、それが我が怒っていることよ!」
何故かその返答に狼は激怒していた。
「オスの子供が言うことを素直に聞くとでも思うておったのか、戯けめ!
子供の仕事は親の言うことを聞くことではないわ、まだまだ知らないことだらけの外界を、走り回り、触り、匂いを嗅ぎ経験して、知っていくことこそ本当の仕事よ!親はその手綱を握り危ないことを教えるのが仕事であろう!!」
狼の育児についての説教は続く
「これだけ村人がおり、オスがおり、そんなことも学んでこなかったのかお主らは。匂いで追える我らと違い、人間など一度見失えば追えることはあるまい。この村には外敵の察知をする者はおらんのか。その者が村内から出て行こうとする子を未然で防げなんだも情けない。また、村の者同士で気にし合えば気づいたかもしれん。いなくなる少しの時間だけでも誰かに預けられなかったのか、主らは本当に群れなのか、嘆かわしい」
ため息をつく狼、そのため息だけでヒックリ返りそうになる。
「また、主らがどう見つけるやもと一日見ておったが、探し方がなっておらん。そこの者と、そこの者」
指された青年が何かしたかと冷や汗を流す。
「俺らが何かしましたか?」
「何かしましたか?自殺でもしようとしていたのか、逆に聞きたいわ、戯けが。何故に皆が集団で探しておるのに一人で探しておるのじゃ」
「いや、俺達は他の村人と違って強い・・・と思ってましたので、探すところは多いほうが良いと思っていたので」
確かに他の村人よりも強いのだろうが、狼を前に「強い」などと言い切ることができなかった。
「そこが馬鹿なのじゃ、人間の強みとはなんだ。何故、弱小たるお主等はまだ生きておる?答えは簡単じゃ、我らと同じように群れで行動するからだ。群れからはぐれたものなど、格好の餌となろうよ。我が今日の雰囲気を感じ取り、同胞を治めなければ喰われておったよ。人間の中では強いのであれば別行動するのではなく、集団で探しておるところでの斥候なり、なんなりを務めよ。一人を探しに出て、二人が失われたら、いくら子供が宝でも割に合わんだろうよ」
呆れる狼。
「村長よ」
「はい」
「本当は主が言うべきことだったはずじゃ、我の言ったことよく覚えておけ」
「末代まで伝えます」
「言ったな?主らの末代など我にはすぐよ、伝わっておらなんだら、次こそ喰うかもな」
村長は説教ばかりで怖さが薄れたがばかりに軽く返答してまってことに、冷や汗をかいた。
わしの末代よ、すまん。重荷を背負わせる。
「さて、村の索敵の状況や、防備、集まりにかかる時間の早さなど色々と言いたいことがあるが、本日はここまでにしよう。ご老体には厳しいだろうからな。ご老体達よ、主らの経験、知恵を余さず村に残すが良い。それが主らの仕事であろうからの。長生きすると節々に衰えを感じようが、それでも長生きすると良い。生にしがみつく執念もまた村人の見本となろう。子は宝だが、老体もまた知恵と経験の宝庫、ゆめゆめ疎かにするでない。」
老人達は涙を流し、狼を拝む。
「本当はこんな村に返すより、我が群れの若いのに狩の練習にでも使わすことを考えておった。子供は宝じゃ、もちろん我が群れの子供も宝だからな」
夫婦はいつ意見が翻り、「やっぱり練習の的にする」と言われるのか恐怖で倒れそうになっていた。
「しかし、運が良かったな。今日はめでたき日である。人間は助けることにした。この日に人間の血を流させるのは良くないからの。だからわざわざついでに説教までしてやったのだ、感謝するが良い」
村長が頷く
「勿論です、偉大なる狼様。あなたのご慈悲を我らは決して忘れないでしょう」
「我よりも、愛し子に感謝せよ。」
「あなた様のお子で?」
「いいや、我の子供ではない。まだそのご尊顔も拝見できておらん。だが魔物なら皆が感じておろう、愛し子が生まれたことが。それが人間になのかは群れの長レベルでないと分からんかもしれんがな。だから、今日はめでたき日なのだ」
狼はここに来て、ようやく破顔した。
人間に魔物の愛し子!?村人が驚く。
狼は幾らか悪い笑顔になって、
「さて、人間を助けてやったのだ。礼くらい合ってもよいと思うがの」
「失礼をいたしました。何をご所望でしょうか」
「主らが困らん程度に、牛や羊など家畜が欲しいの」
「今すぐに準備をいたしましょう」
「うむ、また、人間をこれから我らが襲うことはなくなるだろう。はぐれの者は知らんが。明らかに我の眷族であろうと襲われたら殺しても良いぞ。めでたき時に、愛し子の同族の血を流させようとする馬鹿はいらん。が、そうすると飯が足りなくなるやもしれん、鉄や武具など持ってきたら交換してくれるかの」
「交換は我らなりの価値でおこなわせていただけるのであれば、魔狼の皆様は話せるのでしょうか」
「魔狼?そう呼ばれているのか。我が名はフェンリル。太古に神により生み出された一種の原点なり。
我が眷属ならフェンリル種とでも言うが正しいと思うが。。まぁ好きに呼べ。
いや、他の者は話せないだろう、口の構造上な。だからその時は我が来ることになろうよ。価値は分からんが誤魔化しは効かんからな、匂いで分かる」
にやりと笑う。
誤魔化しを考えていた数人(牧場主を含む)は先に言ってくれてよかったと心底安堵した。
また説教されんように村全体と各々の在り方を見直しておけ、そうフェンリルは皆を見て笑って言った。
もふもふですよ、もっふもふ、説教されてても抱きつきにいくわ。小山の如しの狼。なにそれ日向に置いて、匂いをふんふんですよ