12話 生誕と異変
「次に目を覚ます時は君がこの世界で生まれてきた時だ、記憶はもうちょっとしてからだね。
君に幸あれ、世界に幸あれ」
急速に眠くなってきた、祝福してくれたイネガル神に感謝を
「ありが・・・とうご・・ざ」
ここで完全に意識が闇に溶けた。
イネガル神は目を見開いて、
「さっきも感謝していたというのに。これじゃあ、こっちももっと手を貸したくなるよ」
そう微笑んだ。
「さて、今日生まれる子供のリストは・・・。これはダメ、王都だから魔物に会えない。ここもダメ、寒すぎる。ここもダメ、領主が無能。ここは・・・無難かな。領主が無能くさいけど、王都にもほどほど。森が近いから魔物にも会える。ここに決めた」
第4の村、そう名づけ直された村があった。
いつかの国王が
「アース村とか、イース村とか、サース街とか言われてもすぐに分からん!危急の時のため、全ての領地の名を直す」
と決めたらしい。確かに「第10の村にゴブリンの群れを発見」「そこだと王都からだと間に合わん、すぐに第3砦から兵を出せ」など迅速になったらしいが、分かりやすくなった一方で村で暮らしていた者達からは情緒がないと不満の声もあった。
なので、村人的には
イース村(第4の村)で通っている。
(ちなみに王都の地図にも昔の名前もつけて売られている)
そこに一人の男が家屋に向け、膝を着き、頭を地面にまで垂れて熱心に祈っていてた。
名をアーノルド、後に色々苦労する男である。
「神様神様、イリスをお守りください。初産なのです、母子ともに健康で生まれてくるように何卒お願いいたします。神様神様、必要なら俺に何があってもかまいません。何でもします。イリス達をお守りください」
彼が家にいて妻の傍にいないのには理由がある。
一つ、家は普通の村民らしく狭い。
二つ、産婆から汚いから出て行けと言われた。
三つ、助産婦からも狭いから出て行けと言われた。
彼にとっては女神にも等しい彼女らからの罵倒に、彼はすぐに従った。
実際いても何もできないことなど分かっていた。
この村には出産用の建物がないらしい。
「神様神様、どうかどうか!!」
だから、神に祈ることしかできなかった。
周りの村人もそんな彼の心境が分かるので、体が温まるスープなどを差し入れていた。
彼が自宅から離れていたくないというからだ。
実際に、産むとなればすんなりいくこともあれば、時間がかかることもある。
この前のケースに比べれば長いので、アーノルドにとっては時間がますごとに不安が増すのだ。
産婆曰く、この前は数回目の出産のうえ、慣れているからもはや私がいらないくらいだったとのことで、比較対象がおかしいのだが。
「神様、神様、母子の安全を!どうかどうか!」
幾度も願う彼。
そんな彼を笑う者などいない。
彼がイリスしか見ていなかったことや、
産むとなればこの時代母子ともに死ぬことなどよくあることを皆が知っている。
うるさいが、そんな声がイリスに届けばと産婆達も邪魔しない。
そんな彼に優しい声が聞こえた。
(君の願いは叶うよ、さっき何でもしますといったね、たぶん大丈夫だけど大変になったらごめんね。)
「え?」
周りを見渡しても、誰もいない。
そして!空耳かと思えば、家屋から赤ん坊の泣き声がする!!
「イリス!」
入ろうとした瞬間、ドアが内側から強く叩かれた。
「まだ入らないでください、母子ともに無事です。あれだけ祈っていたのなら土まみれでしょう。どこかで身体を洗って、清潔な服を借りてから来てください。まだやることもあるのでゆっくりで構いません。」
きっと顔はゴブリンの怒りの表情より怖いだろう声が中から聞こえ、背筋が凍った。
春から一気に真冬に落とされた気分だが、女神のいうことは絶対だ。
特に願いを叶えてくれた一人なのだから
きっと松田透が生まれたときから意識があったら、この助産婦さんの迫力に漏らしていたことは間違いない。
「はい!ありがとうございます!行ってきます!」
そうして、アーノルドは疾走する。友人の家で借りるために。
「イリス、ありがとう生きていてくれて!子供を産んでくれて!!神様ありがとうございます!」
最後に大声で妻に叫びながら
産婆達はニヤニヤしながらイリスに笑いかけた
「愛されているねぇ、うちの旦那もあんな可愛げがあったらよかったものを」
「そちらがまだまだ夫婦円満で子宝に恵まれているから、産婆を任されていると聞きましたよ」
「私も~」
「うるさい、子達だね」
顔を真っ赤にしながら産婆が言う
そしてイリスは今にも落ちそうな意識のなか、
赤ん坊を抱き、
「あの人ったら」
と満更でもないような、真っ赤な顔で呟いた。
「おや、この子は男の子だね、ちゃんと付いてる」
「顔は夫さんに似ているかな」
「でも輪郭はイリスさんじゃない、目の辺りとか」
「はいはい、イリスはもう寝な。これから子守もあるのだから、寝れるときはひたすら寝ないと身体がもたないよ、あいつにはこれからの注意事項とか伝えておくからの。一人は付いていなさい。赤ん坊をうつぶせで寝かせたりしないようにの」
産婆がまとめた。
後片付けを終え、長時間の戦争(比喩だがあながち間違いでなかろう)を終えた、産婆達は帰路につく。
そこで、一人が気づいたようにこう言った。
「あれ?あそこの猫ちゃん、どうしたのかな」
アーノルドの家に向けて、頭を下げ伏せているのだ。
「調子悪いのかなぁ?」
助産婦が近づくと、はっきり「にゃあ」と、まるで「元気だから邪魔するな」と鳴いた。
そして、移動すると同じポーズをとっていた。
見れば周りの動物達も全て同じようにしていた。
犬も、猫も、カラスも、めったに見ない鷹も、遠くに見える農場の牛も、羊も。
皆、アーノルドの家に一様に頭を下げているのだ。
おかしい。
おかし過ぎる。
だけど、他の村人になんと言うか。
「動物達がアーノルドの家のほうに向けて、みんなが同じように頭を下げているんです」
酔っ払いかと思われるだろう。
そして、今酔っ払いに思われるのは=で酔っ払った助産婦だ。良くて仕事がなくなる。悪くてアーノルドに殺される。
どうしようか、考えているうちにカラスや鷹は喧嘩もせずに飛び去り、猫も犬も普通の状態に戻っていた。
見れば、周りの産婆達も唖然としているが、普通の状態にすぐ戻ったのだしと、疲れた身体を引きずって家に向かうのであった。
異変はもう起きていた。
異世界だ~!