105話 頑張る日々 39「ボスと噂」
じっと視線を感じる。
「頭を上げなされ、愛し子殿。儂はそんなに大層なものではないよ」
いただいた言葉の通りに姿勢を戻す。
「私のことをご存知で?」
「このような場所にいるからですかな、情報はなかなか早く集まるのです。恥ずかしながらお金の匂いがすることには尚更。先ほどは私どもの所の若い衆が失礼いたしました」
「いえ、案山子さんに案内を頼んだのは私です。スラムに来るのですからアレ位は想像しておりました。命や衣服の保証もしてくださいましたしね」
「お恥ずかしいことながら、止める暇もありはしませんで。手加減をしていただき、ありがとうございした。このスラムではあなたから暴力によって何かを得ようとする者はもうおりません」
「・・・理由をうかがっても?」
「大通りのような哀れな犠牲者を出すことは避けたいので」
もう伝わっているのか。
流石に情報通を名乗るだけはあるか。
「私は私の群れの一員である魔物や村人を傷つけられたり、侮辱されない限りは温厚です。ご安心ください。ただ、私がいる時に私の連れに手を出すことは確かにお勧めできませんね。自分でも何をしてしまうのか分かりません。あれでも抑えたのですよ」
と笑う。
「・・・貴重な進言をありがとうございます。本音を言えばそちらの方より、龍より、あなたが恐ろしい」
笑顔で返す。
笑顔は楽だ、そこから何を読み取るのも相手次第なのだから。
「さて、遅くなりましたが、あなたのことは何とお呼びすればよろしいのでしょうか」
「おぉ、失礼いたしました。この辺りの者はボスと呼びますな」
「ボス・・・」
似合わないな、この温厚そうな人には。
まぁ、温厚なだけではないのだろうと思うが。
「失礼ながら、聖職者であると伺っております。そちらでのお名前は?」
「元ですよ、ジョアンです。神父でした」
「失礼でなければ、何故聖職者をお辞めになったのか伺っても?」
「ジョブとしてはまだ神父ですがね、教会に逆らってしまいました。本来は人が足りないというどこかの都市に行くはずでしたが、気づいたら視察で訪れたココに戻ってきてしまいましてね。いつの間にか給金も打ち切られてしまいました」
と笑うジョアンさん。
「更に失礼を重ねます、今あなたは何で食べていますか?収入は?」
「皆が食べ物を持って来てくれます。ありがたいことです」
「その食べ物は誰かが追い剥ぎにあったものです、そこに関しては?」
「生きるために悪が必要なことがあります。そしてそれでしか生きられない者もおります、生まれながら。私は彼等に愛を教えるためにおります。少なくとも死者の数だけは減らせたと思いますが、長い道程です」
「俺からもそこには言わせてもらうぜ、古株から聞いたが、爺が来てから確かに死者数は減ったらしいぜ。追い剥ぎでの死者も、寒さでの死者も、餓死もな。お前さん方も死者を道端で見てないだろう。昔は死者が当たり前のように転がっていたらしい」
と案山子が言う。
ふむ。
信じても良いか。
「失礼なことを伺いました、謝罪をいたします」
と頭を下げる。
「今日ここに伺ったのはこれからのスラムについて話したいと思ったからです」
と身分証の裏を見せる。
「これは・・・!」
王の直筆サインだ。
情報通で僕を愛し子と見抜いたなら、それが荒唐無稽な物とも断じきれないだろう。
「王に進言をしました。汚物は病気を招きます。そのため汚物をも消化するスライムを導入することを。それをスラムの者の仕事にするようにと」
「なんと!それはありがたい!!」
ジョアンが立ち上がる。
「それでスラムの方でも知っておいてもらった方が話が通りやすいかなと思いまして。仕事はスライムを連れて歩くだけです。人間とか明らかに高級そうな物が落ちていれば、それは素通りで。その辺の判断をお願いすることになりますかね、後は当然スライムに道を教えたり。たぶん朝早くと夜遅くにすれば良いと思いますが・・・そうすればしばらくすると道に汚物はなくなるでしょう」
「ふむ、・・・・・・・・・そうして道が綺麗になった後は?」
「幾つかの拠点にスライムを置いておきます。そこに糞尿を捨てさせましょう。そこの管理も仕事にすれば恒常的な仕事になります」
「管理?」
「スライムは全てを消化してしまいます。例えば、人を殺すのに使われたナイフでも。そういう物を消化して良いかどうかはそこにいる人間、つまりスラムの人間に任せたいと考えています。
また、今日は教会の治療院に行きました。そこでは人手が足りない様子。慰問代わりにスラムの子ども達を行かせるのも一つの手でしょう。報酬はご飯。治療院では大量生産のご飯ですから、仕入れに関わる料金が安くなりますし、不足している人手が足りることでしょう・・・まぁ、皆さんには一度綺麗になってもらわないとできませんが」
「ふむふむ」
と書面に書き起こしているジョアンさん。
ふむ、ならばコレもいけるな。
「後、僕が本を出そうと思っています」
「本?」
「えぇ、物語を。大人でも楽しめるように」
「買うかの?それに高いじゃろう?」
「買わせるのです、安くする方法は考えております。これは私からの発注になりますが、皆さんに原書を元に文字を書いてもらいます」
「そんなに文字をかける者がおるかの?」
「なに、読めれば良いのです。文字なぞ記号。真似をするだけならば大体の人はできましょう、見本があれば」
「・・・それで、あなたの望みは?」
「お給金関係のことを任せたいな、と。皆が喧嘩にならないように」
「・・・・・・・・・・・・それだけ?」
「えぇ。あぁ、今度魔物を連れて来るかもしれません。その時には手を出さないように言い聞かせるのも忘れずに」
「・・・あなたの利益は?」
「本で利益が出るかな?と言ったくらいですかね」
「・・・失礼ながらあなたの益は?収入といった面ではなく、そうすることであなたに何が返ってくるのです?」
思わず笑いが出てしまう。
あなただってそうでしょうに。
「愛は見返りを求めないものです、違いますか?」
ジョアンさんは目を細める。
気づけば涙も溜まっている。
「あなたこそ、神の遣いです。今日、あなたが訪れたことに神に感謝を。おぉぉぉぉ」
と僕の両手を握って泣き出してしまった。
慌ててしまう。一言が足りていなかった!
「どうか、お止めください。ジョアンさん!私は私ができることをするまでです。それに結果的に王都に対して私の影響力は強まります。決して益がないことはないのです。だから、そこまで大層な人間ではありません」
そうしてジョアンさんを座らせる。
「さて、とりあえずこんな構想があるというだけでも知っておいてください。また、ジョアンさんの方でそれぞれの人選とそこから得るお金の分配をよろしくお願いします」
「かしこまりました」
「では、最後にこれを」
とプラチナ硬貨を1枚渡す。
「ここからの改革には多少なりとも力と希望が必要です。教会への寄付ではありません、あなたへの寄付です。どうか大勢を救ってください。改革の波に皆が乗れるように」
ジョアンさんはじっと硬貨を見つめ、
神に祈るように胸の前で両手で握り締めた。
「必ず」
「では、これにて失礼いたします」
と被り物を被る。
「あぁ、最後に私の容姿についてはなるべく内緒に。知っている人は知っていますが、知らない人が多い方が都合が良いので」
とぺこりと頭を下げて、扉の外に出る。
「案山子さん」
「あん?」
「案内はここまでで結構です。ジョアンさんの手足となってあげてください。ご老体をあまり無理に働かせるものではありませんから」
「・・・・・・なぁ、何でだ?」
意味が分からず、首を傾げる。
「あんな大金をどうして人にやれる?貴族でだって大金だろう?」
「そうでしょうね。う~ん、ジョアンさんを気に入ったからが一つ」
「他は?」
「今度魔物を連れて来ます」
「あぁ、聞いた」
「魔物に人間のために働いてもらおうと思ってます」
「あん?」
「魔物と人間が仲良くなる一歩になれば良いなと。スライム然り、龍然り、オーク然り」
「そんだけか?魔物と人間が仲良くなる、ただそれだけか?」
「強いて言うなら。あと、誤解があるようなら解いておきますが、僕は基本的には愛を信奉しています」
「あぁ」
「ただ、基本です。後で大通りに行って見て下さい。私の愛の一端が見れるでしょう。別にあんなことはしたくないんです。もし、皆が魔物を、生き物を自分の隣人のように愛してくれれば、それが願いです」
「・・・」
「さぁ、ジョアンさんの所へ」
「あぁ、分かった。そこのガキども!!」
と案山子さんは遠くから僕を覗いていた子ども達を呼んだ。
「この方々をスラムの外まで案内しろ、爺が認めた奴だ。誰にも手を出させるな。他の奴等にも伝えておけ・・・あぁ~」
ヴィトが骸骨の姿に戻った。
周りが阿鼻叫喚となるが、
「派手な骸骨姿の魔物を連れた人には手を出さないように、と伝えてください」
「あぁ、従魔って言ってたか、んじゃ、それで。他の野郎どもも良いな!派手な骸骨連れには手を出すなよ!!!!!!他の奴にも伝えとけ!!!!王よりスラムのことを考えている奴等だ、爺の怒りを買うからな!!!!」
と案山子さんが怒鳴る。
案山子さんは案外動揺していない。
結構な胆力だ。
冒険者として優秀だったんじゃなかろうか。
子ども達は案山子さんからいくらかもらったようだ。
現金なことだが、子ども達から混乱はなくなった。
現金>恐怖である。
「案山子さん」
ともう1枚金貨を子ども達に見えないように渡しておく。
「また今度案内を頼みます」
「おう、任せておけ!!」
と今日一番の笑顔を見せてくれた。
・・・
・・・
それから大通りに行って、あの奴隷に魔物の首輪の所有の破棄を宣言させたり (してなかった)、馬車を手に入れたりした。
馬車は忘れていたから盗まれているかなと思ったが、意外に荒らされた後はなかった。
騎士団長がさっきまでいたからだろうか。
とりあえず酒を大量に買い込む。
次に石鹸も買い込む、うん高い。
馬車は便利だ。
もう行商人?って感じに買い込む。
やっぱり商品を持って、店主が売り込みに来る。
なるべく酒精が強いのを買った。
ヴィトにはさっきの話を王にしてきてくれるように頼んでおいた。
そうして、皆と合流したが、
う~ん、今までにない沈黙が痛い。
絶対にあの奴隷のせいだ。
気まずい思いで、門のところにてヴィトを待つことしばし。
ようやく到着した彼は僕の馬車を見て、呆れたように何かを言おうとして、村にドワーフがいることを思い出したのだろう。口を結局つぐんだ。
「さぁ、帰ろうか」
・・・
・・・
門を抜けて、魔物達を森へ帰す。
そして、森でハーヴィに大きくなってもらい、馬車とスコールが買った鉄を掴んで飛んでもらう。
空を飛ぶ経験がない馬は安心してくれるように僕が2匹とも抱きしめておいたが、めっちゃ震えていた。
申し訳ないが思念をシャットアウトしておいた。悲鳴が響きわたりそうなので。
そうして、家に帰り着く。
なんだかんだ疲れた。
ヴィトに風呂を入れてもらい、石鹸で身体を洗う。
せっかくなので、皆も風呂に入れる。
予想通り、ハーティとスコールは身が少なかった。
笑ったら大変不本意そうに拗ねられてしまった。
スロールを洗う時は頭のみ。
流石にその類の関係になっていないのに、女性の身体を洗うのには抵抗がある。
ヴィトは今までのお礼も兼ねて骨を一本一本取り外して洗う。
ハーヴィが一番大変だった。
なにしろ、鱗が鋭いから下手に手を動かすと手が切れる。
だが、湯船に入ったハーヴィが一番可愛かった。
顔がゆるゆるだ。
元の世界でも手乗り龍がいればよかったのに。
・・・
・・・
夕食も食べて、皆でいつもの山に。
今日は両親を連れて来なかった。
・・・あまり息子がして嬉しいことではなかっただろうから。
「さて、皆、僕に何か言いたいことがあるんじゃないかい?」
沈黙が痛い。
あいつにしたことの一切を後悔していないが、皆から距離を取られるのは嫌だ。
「トール、あなたは大丈夫ですか?」
とヴィトが思ってもみなかったことを言う。
「大丈夫って?」
「同族をあのように嬲って、心は傷ついていませんか??」
あ、ヤバイ。
涙出そう。
ここまで来て、僕の心配か。
「う・・・ん、うん、全く傷ついてないよ、ありがとう」
「しかし、お主はダンジョンのモンスターを傷つけただけで死人のようになっていたではないか、あのような、しかも笑いながら・・・本当に大丈夫か?」
ハーティが心の底から心配してくれているのが分かる。
「一思いに殺した方が良かったんじゃなかったのか?」
とハーヴィ。
そうか、皆、僕の精神を心配してくれていたのか。
「・・・前にも言ったよね、僕は人間が嫌いだったと。特にあの手の他者の痛みが想像できない輩が嫌いでね、そういう奴等は同じ痛みを受けるべきだと思う。この際だ、僕があの場で狙っていたことを話そうか」
と地面に腰を下ろす。
「一つ、噂になること。魔物への虐待は自身に返って来ると噂になれば被害を受ける子が減るだろう?罰を噂にする為には何が必要だと思う?」
「恐怖か?」
とハーヴィ。
「いや、正確には未知への恐怖、そうして想像ができることだと思う。別にハーヴィが言うように殺しても良かったんだ。愛?あんなものに持ち合わせる愛なんて持っていない。でもね、生かしておいた。
何故か、被り物は便利でね、中身が分からないのが良いよね。中には本当に新種の魔物と思った人もいただろうか。中身の僕がどんなものだか分からない恐怖、いつ来るか分からない恐怖。アレを笑って行えるという何を考えているか分からない恐怖。特に前者は必要でね、もしかしたら隣の家の子どもかもしれないだろう?それは怖いよね、いつ牙を向くか分からない。
そして、痛みが想像できること。何かが刺さったことくらいは皆あるでしょう。それが鉄の刃物になったら、何となくで良い、あいつの反応でとても痛いと想像できればそれで良い。そうして、あいつは間違いなく足を切り落としたり、鞭で打ったりをしていた。食事も碌な物を与えていなかった。これからあの場所に住む人は汚物を撒き散らしながら、ゴミのような食事を求め、自身から傷つくことを求める下衆の姿を見ることになる。しばらくの間ね。噂の生き証人になるわけだ、アレは」
皆を見渡す。
「皆、人間の悪意に底がないという話をしたね。僕は彼に思いつくことの、ほんのまだ軽いことしかしていないんだ。だって、自分がしたことと同じ痛みを受けろだよ?軽いよね?別に前の世界で拷問を学んだ訳ではない。そんな僕がね、あれだけできる。もちろん良心が痛むからとできない人も多いだろう。でもできる奴がいる。あれより惨いことを趣味にしている者がいる。僕が人間を恐れるのも当然と思わないかい?」
笑顔が浮かぶ。
あぁ、嫌な笑顔だ。
「ちなみに2つ目は憂さ晴らしが2、3割程度かな」
さて、
少し深呼吸をして、
「幻滅したかな?」
改めて皆を見渡す。
雨が少し降ってきた。
タイトルはあと2話くらいしたら、以下に変更します!
「動物好きが異世界に行くのならテイマーになるしか道はない!!(もふもふもっふもふ)~やがて魔王へと至る道~」
とりあえず、『もっふもふ』を検索キーワードにいれとけば大丈夫です
以下いつもの!
皆さんからの後書き上の「勝手にランキング」の1日1回ぽちっと、感想、評価、いずれも楽しみにしております!読者の皆様からの反響はとてもモチべUP要因です☆
是非ご贔屓に♪