102話 頑張る日々 36「憤怒と賭け」
目の前が一瞬赤で塗りつぶされる。
血の赤。
血の紅。
血の朱。
ブリキのようになった首を動かす。
そこには馬車が幾つも並んでいる。
そしてその前には売り物であろう、魔物達。
右足がなく、ただそこに棒を突っ込まれた者。
右腕がない者。
声帯が潰されているだろう者。
左足がない者。
両足がない者。
両腕がない者。
四肢がない者。
誰もが死を願っている。
「さぁ、首輪さえあれば皆さんでもすぐに扱えます。日頃の鬱憤を晴らしませんか?このように剣で突いたり、鞭で叩いたり、もちろん試し切りにもご使用いただけます」
そう言うと、近くのゴブリンの右目に剣を突き出す。
彼は声を出さない。
いや、出すことが許されていないのだろう。
そうか、この魔物商は魔物をそのような用途で売っているのか。
(そこに捕らわれている皆に問う。今までにどのような仕打ちを受けてきたか、食事はどうだったか、嘘偽りなく述べよ。我は愛し子、そなた等に愛され、また愛する者である)
((((((((・・・・・・・・・・・・!!・・・・!!!・・・・・!!!!!・・・・!))))))))
(分かった、待ってろ、救い出す)
小声で皆に命令を出す。例え、誰かに聞かれたところで構わないが。
「皆命令だ。ヴィト、王宮でとりあえず偉そうな奴を連れて来い、方法は問わない。早さを重視しろ。スコールは鉄の棒を何本か買って来い。スロールもスコールに付いて行き、必要であれば助けろ。数は幾らあっても良い。行け」
「了解」
「「分かりました」」
彼等はすぐさま動いてくれる。
「ハーヴィ、大人の人間の大きさまで大きくなって。ハーティはそのまま。そして僕のやることに口を出すな」
「トールよ、お主の怒りは多少なりとも分かるがな、一つ聞かせろ。これからやることにお主が傷つくことはなかろうな」
とハーティ。
そう言えば、今までは大体自分が出て片をつけてきたか。
心配させてしまうのも無理はないか。
だが、
「今回は大丈夫、ハーティ、悪いが君に戦ってもらうことになる。申し訳ないが、頼む。僕じゃ駄目なんだ」
「うむ、ならば良い。お主の為なら、万の軍勢だろうと、王国だろうと破壊し尽くしてやろう」
頭をくしゃりと撫でる。
「我はどうすれば良い?」
とハーヴィ。
「悪いが、相手の目を引きつける賞品になってもらう。暴れたいだろうが、今回は堪えてくれ。なに、近い内に暴れる舞台を用意してあげるさ、待っていな」
「ふむ?了解した」
とハーヴィが大きくなる。
「じゃあ、ここからは口を開くなよ」
一歩、一歩、近づく。
幸い先ほどの騒動のおかげで空白部分ができている。
歩きやすい。
ハーヴィを見て騒ぐ客もいるが、知ったことか。
自重?そんなものは先の店でゴミ箱に捨てた。
スイッチを切り替えるまでもなく、心は冷え、壁が作られていることがわかる。
自分のことも客観的に見えている。
世界という舞台の中の役者の一人。
自分が自分であることは「激流のように荒れ狂う憤怒」だけが教えてくれる。
被り物の中で小さく深呼吸して、意識して明るく声をだす。
「わぁ!凄いたくさんの魔物だね!」
魔物商はこちらの身なりでぎょっとするが、人間の声がしたからだろう。
珍妙な被り物を被ったガキだと察したようだ。
「そうでしょう、そうでしょう。なかなか、この辺では見かけない妖狐もいますよ、どんな変身もできますから遊び相手にも最適でしょう。剣の練習相手にもできますよ・・・ところで坊ちゃん?ご両親は?」
金がないガキは相手にしないか・・・?
「お兄ちゃんが今王宮に行っているよ」
露骨にほっと息をする店主。
ようやく商売相手として見たか。
「皆、欲しいなぁ。幾ら位?」
「皆ですか!?それはまた素晴らしい。貴族様の鏡ですね!使うべき時にドンと使う。それでこそ、貴族様です!坊ちゃまも将来良いお貴族様になられるでしょう。全てで40プラチナというところです」
・・・こいつ頭が沸いていんのか?蛆もたくさんいることだろう。あるいは首から上は飾りか?
鬱憤を晴らすのが主なのにそんなに高いわけがないだろう。
しかも、傷ついている中古品。
ガキだと思って足元を見ているな。
「えぇ~、流石に足りないなぁ。10プラチナだけならすぐにでも手に入るんだけど・・・」
「お家まで連れて行きますよ?」
「ん~、駄目。お母様達に怒られちゃう。宝石とかあるけど、なにかと交換できないかなぁ」
と手持ちの宝石を見せる。
少ししか入っていない、明らかに足りない。
しかし、ここで相手に交換という選択肢を見せることができた。
「えぇっと、私も詳しくはないですが、流石に足りないですねぇ」
「どうしよう、リュー?ワンワン?」
と子どもらしく、魔物に語りかけてみる。
彼等は先に命じたようにしっかりと黙ってくれている。
微妙な表情をしているが、僕のしていることがよく分からないからだろう。
「坊ちゃま、これはご提案ですが・・・」
喰いついたか?
「そちらの龍とでしたら全てを交換してもよろしいですよ」
喰いついた!!
そして周りからのブーイングが凄い。
やっぱり、テイマーとかじゃなくても明らかに法外なことを言っているのが分かるのだろう。
そりゃそうだ。僕のハーヴィはこんなにも美しく、迫力がある。
成長すれば、どうなるかなんて子どもにだって分かるだろう。
あえて聞こえていない振りをして、
「わぁ!本当!!??・・・でも、リューは昔から家にいてくれたからなぁ」
「魔物なんて、その時その時に必要なやつを揃えれば良いんです。テイマーならお分かりでしょう」
うん、テイマーの低レベルは従える量に限度があるらしいし、それは正しい。
「でもなぁ、う~ん・・・」
「今なら馬車もつけますよ!?」
「え、本当!??・・・う~ん」
焦らす。
焦らす。
そして、挑発する。
挑発する時は相手の商売にダメージを与えるように、そして皆の前でやること。退路を断つように。
「・・・おじさんの所の魔物って、強いの?」
「もちろん!鬱憤晴らしだけではありません、トロール、ジャイアント、オークなどもおります!!空から強襲をかけるならばハーピィも、魔蜂もおります!!」
と紹介した皆を並べる。
「でも、見掛け倒しってことない?」
「な、失礼な!!彼等を捕まえるのに冒険者が幾人も亡くなっております。実力は折り紙つきです」
・・・折り紙あるのか、この世界 (勘違いです。語源的に日本人のお家芸の折り紙ではない)。
「失礼だったの?ごめんなさい。・・・・そうだ!じゃあさ、お母様達には賭け事は駄目って教わっているけど、賭けをしてみない!!??」
といかにも子どもが良いことを思いついたような仕草で手を叩く。
「賭けですか?」
「うん、僕のワンちゃんは結構強いんだ。そっちから3匹強いのを出してもらって、こっちからはワンちゃん一匹。勝ったら」
石を拾って、店主を中に入れるように大きく円を描く。
「この円の中のものを全てもらう。食料とかもあるだろうからこんな感じ。で、負けたら」
更にハーヴィの周りに円を描く。
「この円の中のリューをあげる。自信があるならどう?」
「そ・・・れは・・・」
流石に全財産を賭けるのは怖いらしい。
全うな感性である。
しかし、忘れてはいけない。
ここには既に貴様が集めた群衆がいるのだ。
しかも、血を見て、興奮をしている。
そして、彼等には娯楽がない。それは王都でも変わりない。
そんな中、ガキが店主に賭けを持ち込む。
しかも一見して店主が有利な賭けだ。
さぁ、逃げたらどうなるか。
少なくともここでは二度と商売ができないだろう。
おいおい、ガキがあんだけハンデつけてんのに逃げんのか!?
自慢の魔物ってな、どこにいんだよ!
大人の方がビビッテルとか笑えねぇ、とっととやれよ!
殺せ!
殺せ!!
殺せ!!!
早く殺り始めろよ!!
おい腰抜け、早く決めろよ!
実は強くないんじゃない?
あり得るわぁ、買わなくて良かったかも。
あのワイバーンみたいなの買いたいかも。
分かる!綺麗よね!
あの狼も!
ね!毛並みが全然違う!
おい、マジで逃げんのか!?てめぇそれでも玉ついてんのか!!
そろそろ石でも投げられそうだ。
じゃあ一石投じよう。
「えっ、自信がないの!?4匹にする??」
群集は爆笑。店主の顔は真っ赤になる。
「可愛がっているワイバーンと離すのが可哀想と思えば、調子にのって!良いでしょう!その賭けを受けます!!トロール、魔蜂、ジャイアントで行きます!そちらが仰ったのです、痛い目を見て大言壮語がどんな結末を迎えるかを知るのも勉強でしょう!!」
群集が沸き立つ。
僕の心も沸き立つ。
釣れた!
「それで勝負は?」
「どっちかの陣営が動けなくなるまでで良いよ」
「分かりました」
にやりと笑う。
首輪で無理やり動かすつもりでしょう。
知っている、分かっている。僕がお前の立場ならそうする。
でも、それには欠点がある。
それを教えてあげよう、貴様の身体でな。
「それでは始めますか?」
「ちょっと、待って。今お兄ちゃんが来たみたい」
群集をかき分けて、ヴィトが騎士団の人と一緒に来た。
「待たせましたね、弟よ。こちらは騎士団長です」
「何故だか分からんが、連れて来られた。これは何事か?」
「今、賭けをすることになったのでその立会人にお願いしたく、兄に頼みました」
「兄?そうすると君は・・・?」
「この被り物から察してください」
「う、うむ?よく分からんが分かった。それで立会人か?良かろう、私にも仕事があるからな、とっとと済ましてもらおう。ルールは?」
「どちらかの陣営が動けなくなるまで。こちらはこのワンちゃん1匹。このおじちゃんはトロール、魔蜂、ジャイアント。賭けている物は円の中にあるもの」
と言っていけば、すらすらと羊皮紙に書いていく団長。
「ふむ、これで相違ないか?」
「え、騎士団長?え?」
とおじさんが円から出ようとするから一喝する。
「テメェはそっから動くんじゃねぇ!!!!」
周りの騎士団長の登場に驚き騒いでいた連中も、水を打ったように静かになる。
「賭けた物は円の中のもの全て、それで間違いはないだろう?」
と僕が言うと、店主はただただ頷く。
「さぁ、見物していらっしゃる皆さん、僕は円の中のもの全てといった、それに相違は?」
ない!
おぉ、ねぇな!
ないぞ!
俺等も証人だ!
それがどうした、とっとと始めろ!!
「ということで、円の中のものを騎士団長様ご確認ください」
「うむ・・・確認した」
書面を団長から預かり、相違ないことを確認し、サインする。
「はい、これに署名を」
と店主へ
「あ、あぁ」
何が何だか分からないといった感じで署名する。
「どうぞ」
「うむ、両名の署名がそろった。もう開始してよいか」
「大丈夫です」
「だい・・・じょうぶです」
既に店主の顔色が悪い。
大丈夫、こっから更に酷くなるから。
「では、私の合図で始めとする・・・むごいことを・・・用意、始めぇぇぇ!!」
小声で何かを呟いていたようだが、なにはともあれ、始まった。
閃光のように銀色が駆け抜ける。
(ハーティ。トロールをあの店主の腹にぶち当てろ、気絶させろ。それでも気絶しなきゃ蜂を掴んで頭に叩きつけてやれ。ジャイアントは駄目、あいつが死ぬ。簡単には殺してやらない)
(了解)
銀の閃光はトロールに正面からぶつかると、後ろにいた店主ごと吹き飛んだ。
(蜂は羽をもげ、後で直す。ジャイアントは顎を揺らせ!)
その通りにすぐにジャンプし、魔蜂の羽をもぐ。そうするとその子はなす術がなくなる。
そして、ジャイアントの顎に思い切り頭をぶつける。
ジャイアントが白目を向いて倒れる。
その間、わずか3秒足らず。
「終わりました」
「・・・・・・・うん?・・・・う、うむ!そこの少年の勝ちである!」
・・・・・わあああぁぁぁぁぁ!!!!!
と群集が沸き立つ。
それもいつまで続くか。
「では、私はもう良いかな?」
と騎士団長が言う。
「ご苦労をおかけしました」
とヴィトが言う。
「あっ、騎士団長様!」
「何だい?」
「この大通りにオブジェを置きたいのですが、どこかに許可は必要ですか?」
「・・・・・・いや、必要なかったと思うな。あまり大きいとどかされる可能性があるし、盗まれる可能性もあるが・・・」
「その辺は大丈夫です、本日は立会人を務めてくださりありがとうございました。」
と被り物が脱げないように頭を下げる。
「では、店主も含めて、あの円の中のもの全てをいただきます」
メモ
タイトルの草案
「動物好きが異世界に行ったらテイマーになるしかないよね!?~やがて魔王へと至る道~(もふもふもっふもふ)」
以下いつもの!
皆さんからの後書き上の「勝手にランキング」の1日1回ぽちっと、感想、評価、いずれも楽しみにしております!読者の皆様からの反響はとてもモチべUP要因です☆
是非ご贔屓に♪