Teach.6 とまどいを、おしえて。
「昨日、飯倉さんに好きだって言われた」
翌日。その言葉は木下先輩からあまりにもあっさりと聞くことになった。
確かにそれは聞きたいとは思っていたこと。でもなぜ、木下先輩からそのことを言うの?
それは、私と木下先輩が並んで歩いている途中の突然の告白だった。
その時私はどんな顔をしていただろう。たぶん口が大きく開いていたんだと思う。以前にも驚くと木下先輩に口が開いていると注意されたことがあった。
「とりあえず口を閉じてくれないか」
やっぱり今回もそうなっていたみたいだった。
私はこの話を知っている。実際にその場所にいたのだから忘れるわけもなかった。
それでも驚いてしまうのは、このことを木下先輩の口から聞くことはないと思っていたから。でも、それも勝手にそう思っていただけだったのかもしれなかった。
「あ、えっと、なんで私にその話をしたの?」
とにかく何も反応しないわけにもいかず、素直に頭に思い浮かんだことを聞いてみる。
だけど、その質問内容にしてしまったことをすぐに後悔した。わざわざ木下先輩が告白されたことを言ってくるということは。
「ああ、付き合ったほうがいいのか参考にさせてもらおうと思って」
私の予感は、的中していた。もちろん、悪い方向になのは言うまでもなくて。
たぶん遅かれ早かれこういう話になったのだろうけど、私の言葉は完全に自爆のスイッチを押してしまっていたようだった。
「そ、そうなんだぁ…あ、ちょっと待ってね」
突然の話だったことに加えて、木下先輩の気持ちがこのみ先輩に傾いていること。二重のショックを受けて体が吸収しきれなかったのかもしれない、目にあふれるものがたまりそうになっているのを感じた。
だめ、こんな時に泣いちゃいけない。木下先輩を困らせるだけだって分かっているから。
ただでさえこのみ先輩に向かっている木下先輩の気持ち…私がここで困らせたりなんかしたら、嫌われてますます私から遠ざかってしまいそうで。
だから一度、木下先輩に背中を向けた。悟られないように軽く目じりをこすってみる。どうやら、今はこの程度で大丈夫そうだった。
改めて木下先輩の方に向き直る。聞かれてもいないのに、私は言い訳を思いついたままに言っていた。
「えへへ、ちょっと目がかゆくなっちゃって」
「そうか」
木下先輩から返ってきた言葉は一言だけ。なんとか怪しまれずに済んだようだった。
そこで、会話が止まる。もしかしたら木下先輩が私の続く言葉を待っているのかもしれなかった。
あえて言っていないのかもしれないけど、このみ先輩を一度はふっているということを、あの日の公園での会話で聞いている。それでもこのみ先輩は好きだということを言い続けて、木下先輩が少なくともその気持ちに傾いている。
もしかしたら、もう私が入っていく余地は無かったのかもしれなかった。
それも全部、私がずっとそばにいたというのに何もしていなかったから。何もできないでいたから。
今思うと、このみ先輩が言っていた『木下先輩が私のことを妹としか見ていない』『彼女ができないのは私がそばにいるから』と言っていたのは、私をけん制していただけだったのかもしれない。
だけどどちらにしても何もできなかった私には、責めることなんてできない。
それなのにこの先想いを伝えることができるのかな、なんてことを考えていた。だけど、今さらその気になったとしても、もう想いを伝えるには遅いのかもしれない…
「…いいんじゃないかな、きっとお似合いだよ?」
私の家と木下先輩の家への分かれ道。
その時を狙って、私は立ち止まり言った。
気持ちをこらえるのが限界にならないうちに。
ひどい顔になってしまうかもしれない私を見られないうちに。
大丈夫、まだ笑えてる…
私は、木下先輩の目を見て笑顔を作ろうと努力した。
「そうだな。わかった、ありがとう」
そう言われるのは分かっていたはずなのに。
それでも、息が止まるほどに苦しい。
どこかで否定してくれることを期待していたのかもしれない。
付き合うことを考えてるなんて冗談だよ、と言うと思っていたのかもしれない。
そんなこと、こんなに真剣な顔をしているのだからありえないのに。
「うん、じゃあね。またね」
分かれ道で答えたのは正解だった。これ以上木下先輩の顔を見ることができない。
私は今にもこぼれ落ちそうなものを若干上に顔を向けながらおさえて、その場を去った。
どんな表情で私を見ているのか、気にはなったけれど。
…でも、それでも。やっぱり振り向くことはできなかった。
一度我慢すると、意外とこのまま家までたどり着けそうな気がした。
もちろん、このままもう一度木下先輩の顔を見たら、そのままでいられることはできないだろうけど。
道路上で泣いたりなんかしたら、知っている誰かに見られてしまうかもしれない。
どうせなら、家まで我慢しよう。
なんだか、意外にそんなことを冷静に考えられる自分がおかしかった。
そんなことを考えながら歩くと、もう家の前まで来ていた。
あと一歩。もうほとんど崩壊しそうなくらいだったので、更に玄関まで足を早めようとした。
だけど、その時。
「近葉さん」
「た、竹内くん!」
門の横に誰かいるとは思っていた。気にも留めていなかった。
この頃の竹内くんはすごくタイミングの悪い時に会う。
だけど、この後の竹内くんの言葉は、そのタイミングの悪さがなぜ起こっていたのか証明するのに充分だった。
「話がある。近葉さんのことが好きなんだ」
竹内くんは、現れる時も話をする時も、いつも突然。
でも、なんでこんな時にまで。
誰にも見られずに泣くことができるところまで、あと少しだったのに。
私の気持ちは、もうここまでがおさえるのに限界だった。
「うっ…うう…」
声を押し殺そうとしても、だめだった。ここまで我慢してきた分が、一度に噴き出しているのが自分でも分かる。
「ちょ、ちょっと!ごめん、突然だったからいけなかったのか?」
私は首を振るのが精一杯だった。
頭の中がぐちゃぐちゃになる。
なぜ木下先輩に付き合うことを勧めたの?なんで今、竹内くんに告白されてるの?
全然状況を理解できない私に、誰か。
このとまどいを、おしえて。